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第89罠 漆黒の即位式⑥

 王都ローラニア。

 王城を中心として円形に区画されたその都市は、周囲を高い塀に囲まれている。

 加えて王直属の騎士団と魔術師団が守る王都ローラニアは、魔物の侵入を許さない都市として長年平和を守ってきた。


 ユルム森林のスタンピードは記憶に新しいが、あの時も奇跡的に一人も被害を出さずに王都は守られた。

 ……あれは全て、ティムのお陰だ。


 その王都が今、ティムの強固な結界を破った魔物たちに襲われている。

 泣き叫んでいるのは女子どもだけではない。

 商売を生業とする者は剣を握ったことのない者も多く、本来なら魔物と戦えるはずの男たちも逃げ惑っていた。


 それは、ここ10年魔物が急激に減少した影響だ。

 魔物と戦う必要性がなければ、剣や魔法の腕を磨くよりも読み書きや計算に時間を当てた方が将来的に稼げる可能性は高くなる。

 強さを競い冒険者に夢を抱く時代は、とうに過ぎ去っていた。


 時代の変化に反して、現れた魔物たちの強さは桁違いだった。

 魔力不足で魔物が生きていけない時代に、あれだけの魔物を生かしうる魔力はどこから補われているのか。

 それも、全てが滅多にお目にかかることもできないようなSランク以上のモンスターばかり。


 ーー魔力バランスの、不均衡。

 魔物が枯渇した場所へ補うように溢れ出したスタンピード然り。魔王が生み出したこの魔物たちも、膨大な魔力源がなければ存在すら難しい。

 魔王が二人同じ時代に二人も現れるなど、歴史上初めてのことだ。


「……こんな時代に生まれた僕は、それ以上の先見を磨く必要がある、ということか」


 そう独りごちたジルウェインは、改めて眼下の王都を見つめた。


 場所は王城にそびえる尖塔のさらに一番上。

 落ちたらひとたまりもない場所で待ち合わせるのは、親友でありライバルの魔王ティムだ。


 蒼い見事なドラゴンの背に乗って現れたのはティムと、もう一人。


「悪いな、待たせた」

「……その子が、レーラ? 初めまして、ミティとも早く会いたいって話はしていたんだけど……まさかこんな所で初対面とは」

「あ、いえ、えと……、お会いできて光栄です、ジルウェイン王、様」

「はは、いいよ気を遣わなくて。今から僕たちは共に戦うパーティーだ。レーラの協力がこの作戦には不可欠でね。……協力して、くれるかい?」


 レーラの手を取り、手の甲に唇を寄せかけて止められた。


「……ミティが悲しむので、そういうのは結構です」

「すまない、悪い習慣だな。覚えておくよ」


 触れられた手をそっと隠したレーラの視線の先は、ティムに向けられている。

 言葉に出すよりもずっとわかりやすいその感情の行先は、先見で視てはいけないもののひとつだ。

 ……まぁそれがこの国の未来に関わるのであれば、把握しておくべきなのだろうけれど。


「ティムと、一緒に住むんだってね。ミティから聞いているよ」

「……もういいだろジル、早く行かないと」

「じゃあ、話は終わってからゆっくり聞かせてもらうことにしよう。ティムにこんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったからね」

「っ、いや、彼女じゃないって……!」

「はいはい、照れないでいいから」


 顔を赤くしているのが一番の証拠だろ、と言ってあげたいところだがこれ以上は後の楽しみに取っておくこととした。

 僕もラドラの背に乗せてもらい、塔の先端から王都へ滑空する。

 

 僕たちの到着を待つ間、ティムの結界で強化された各国の王たちと騎士団、魔術師団一同が王都を守ってくれている。

 しかし、その攻防は熾烈を極めていた。

 150万近い魔物の大群に立ち向かうのは、シヴィル率いる騎士団と、リオーネロ率いる魔術師団。

 騎士団が前線で剣撃を繰り広げ、後方から身体強化や遠距離攻撃で魔術師団が支援をする。

 その連携は普段からの訓練の賜物だ。


 一方で魔物たちの数は全然減っていなかった。

 本当ならギルド長であるスウィンが活躍する場面だろうが、今朝の騒ぎでまだ戦える状態ではない。


 20万のスタンピードの時でさえ、絶望的な数字だった。

 それが150万だ。500人程の戦力でどうにかできるとは到底思えない数字であり、むしろここまで良く保ったと褒めてやらねばならない。


「ティム、皆も頑張っている。……作戦通り、行くぞ」

「ああ、任せろ」



***



 ラドラの背中に乗ったまま、ぐるりと円を描くように飛んでもらう。

 設置したのは、長く広い網だ。

 王都の上空に広げた網は、海で言うなら追い込み漁といったところか。

 大きく広がった入り口から、先端にかけて狭くなっていき返しをつけたことで一度入れば出られない仕掛けにした。


 あとは、レーラの出番。

 レーラのスキル、ルアーを存分に使ってもらう。

 撒き餌と匂い玉(パフュームボール)を同時に網の先端へ設置すると、150万もの群勢が一斉にこちらへ向くのを感じた。


「ひ、ちょっと、ティム! めちゃくちゃ怖いんだけど」

「大丈夫、俺から離れないで」

「う、うん……」


 網の先端は丸く閉じられているから、網の中へ魔物たちが入ってくれれば特に危険はないはずだ。

 万が一網に入らなかったモンスターがこちらへ来た場合は個別に対処する予定にしている。


「うわ、すごいな……全部こっちにすごい勢いで向かってきてる。レーラのスキルは効果抜群だね」

「……褒めてくれるのは嬉しいけど、これで本当に大丈夫なの?」

「ああ、あとはジルが上手くやってくれるさ」


 ラドラから離れ、単独で飛んで行ったジルはもう遥か向こうに見える。

 網の先端までたどり着いたモンスターは、まだ約二割といったところか。


『ギ、ギイイイッ!!』


 撒き餌を食べるのに夢中になっているのはストーンガーゴイルたちだ。

 対象のモンスターが最も惹かれる餌に変化するらしく、高級そうな石を齧っている。

 パープルハーピーは色っぽいお姉さんの上半身をした鳥のようなモンスターだが、あちらのほうが見てはいけない物を貪っていた。


「うぇ……、気持ち悪くなってきた」

「見ない方がいいわよ、ハーピーの悪食は有名なんだから」


 見ている間にも、続々と集まってくるモンスターで網の中はみるみる埋まっていく。

 五割、七割……。よし、そろそろかな。


「ジル、頼む!」


 目印に打ち上げた金糸の矢。

 結界を広げる合図だ。


 それと同時に、ジルが風の渦を巻き起こした。

 網の先端が渦の中心となって、全てを引き込んでいく暴風。

 モンスターたちが翼を風に取られ、網にまだ入っていなかったモンスターたちもぐんぐん引っ張られて網の中へ吸い込まれていく。


「さぁ、全部入ったよ。……グラビティ」


 いつの間にか近くに来ていたジルが、両手で握り込むような仕草をして詠唱する。


『ギ、ギヤアアアア!!』


 網も、周りの空気も。

 全てを圧縮するジルの魔法はモンスターたちの塊を無慈悲に小さく固める。

 身動きの取れなくなった150万のモンスターたちは、呆気なく俺の結界に捕らえられ亜空間へと仕舞われた。


「意外とすぐ済んだな、さすがジル」

「すごいのはティムだよ。……残りがいないか、探そう。レーラ、もう少し協力してもらえるかな?」

「っ、はい!」

「ふふ、返事が元気だね」


 ラドラに乗って、王都へ降りる。

 おそらくもう限界であっただろう皆の顔が、歓喜と涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「……っ、あんなに大量のモンスターを、本当に……っ」

「奇跡を、見たのかと……!」


 ジルがまだ混乱している皆の中央へ進み出て、詠唱したのは治癒魔法の中でも上級とされるエリアヒールだ。

 淡い緑の光が王都全体を包み、怪我が瞬時に治った民たちがまた感極まって泣き出した。


「皆、心配をかけた。脅威は去り、王都ローラニアには再び安寧がもたらされた。皆が、勇気を持って立ち向かってくれたから勝ち得たものだ。王として、皆に心より感謝する!」


 ジルの言葉で、王都に歓声が溢れる。

 王様らしく的確に指示を出すジルが、民の安全確保と救護、被害箇所の把握を命じた。

 各国の来賓には深々と感謝を伝え、王城まで丁重にお送りするよう騎士たちに指示をしている。


「ジル、俺たち二人で残ったモンスターがいないか探してくる」

「……すまない、こっちが済んだら合流するよ」


 ジルはまだ忙しそうなので、レーラと二人で探すことにした。

 ラドラに全体を見回してもらったが、大きな反応はないとのこと。

 小さな通りや路地裏に隠れて気配を消している可能性はデーモンなら考えられるため、歩いて探し始める。


「……ここには、居なそうだな」

「うん、こっちも。これだけ匂い玉(パフュームボール)を出しても出てこないなら、いないと思うわ」


 匂いを撒き散らしながら、王都のあちこちを周る。

 幸い、残っているモンスターはどこにも出ず、あとは王都に結界を張り直すだけとなった。


 最後の路地を確認し終えて、レーラと顔を見合わせてホッとする。

 生き残りとは言え、Sランク以上のモンスターだ。

 レーラを危険な目に合わせる訳にはいかないので、思いの外気が張っていたのだと思う。


「レーラ、確認はここで終わりだ。……良かった、出てこなくて」

「あの作戦がすごかったのよ。Sランク以上のモンスターをまさに一網打尽! ……本当に、カッコ良かったんだから」


 珍しく素直に褒めてくれるレーラに、思わず顔が赤くなる。


「何だよ、いつもはそんなに褒めないくせに」

「……私だって、素直になる時だって……あるわよ」


 照れて向こうを向いていたレーラが、振り返ったとき。


 ……俺は、もう声すら出すことができなくなっていた。

 全身が、煮えたぎるような感覚。

 熱くて、今にも燃えてしまいそうで、辛うじて吐き出した息すら喉を灼くような痛みが走った。


「……ッ、カ、ヒュ……ッ……!」

「っ!! ちょっと、ティム!? 何、どうしたの!?」


 ーー苦しい、苦しい、苦しい。

 息が出来ない、熱い、溶けてしまいそうだ。


 ボタボタと、眼から溢れ落ちた液体は黒と紫を混ぜたような気持ち悪い色をしていて、地面がジュウ、と溶けた。

 ……ディードギルス、お前か。


 今、意識を手放すのは簡単だ。

 けれど、それは即ちアイツに体を空け渡すことになる。

 薄れゆく意識を辛うじて保ちながら、それだけは理解できた。


『……どうだ? 中から溶かされるのは。……ああ、まだ子どもにはその痛みは辛いだろう。快楽に変えても良いが、いずれにせよ遅かれ早かれ精神は崩壊してしまうな』


 脳内に、響く声。

 亜空間から直接干渉してくるくらいなら、亜空間を破って出てくればいい。


『……は、ここから出るよりも俺は、お前とひとつになりたいのだ。体を見てみろ、もう角が生えてきているだろう? 亜空間に放り込んでくれたのは実に都合が良かった……。貴様の魔力の源がここにあるのだからな』


 ひとつになりたいだと!? ふざけるな、俺はお前となんか融合したくない!!


『そんなに嫌がるな、痛いのは最初だけ……すぐに悦くなるのだから』


 くそ、この変態魔王!!

 俺の身体を作り変えて何が愉しいんだ。


 気がつけば、もうどれくらい息をしていないのかわからなかった。

 全身が熱く、ただれて腫れ上がったように痛み以外の感覚が鈍い。


 何も聴こえない、何も見えない。

 頭に響くのは、ディードギルスの気持ち悪い声だけだ。


 ……ああ、コイツもデーモンならオニキスがジグヴァルド王を乗っ取ったのと同じことが出来るのか。

 そう思い至ったときには、ーー俺の意識は遠く途切れていた。

 

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