第8罠 ワイルドボアはお好きですか
異世界生活8日目。
朝のコッコの鳴き声にも大分慣れてきたな。
慣れないのは、今朝も俺の顔の上で寝たがるカーバンクルだ。窒息しない程度に隙間を開けてくれている辺り配慮を感じるけど、余計にワザとやってる感じがする。
「クルル、それやめてよ……苦しい」
「ティムがはやくおきないのがわるい、オレはらぺこだぞ」
「甘いもの、でしょ。そんなに甘いものばっかり食べて虫歯とかならないのか? 栄養バランスも悪いし」
「オレにとってのエイヨウはマリョクだからな、ティムのマリョクがあればビョウキなんてならないぞ。あまいものはベツバラってやつだ」
「……甘いもの、食べなくてもいいってこと?」
「むー、それはダメだぞ! オレのたのしみなんだから」
尻尾を振って甘いお菓子を要求するカーバンクル。食べさせなくても大丈夫みたいだけど、欲しがるのだから仕方がない。
昨日買ったクッキーを出すと、アイテムボックスのおかげで焼き立てのままだ。
「ティム、これうまいな! あのときのティムのワナ、どう見てもバレバレだったけどこのクッキーがうまそうなにおいしてて、どうしてもガマンできなかったんだ……。」
そんなに美味しいのかとひと口食べてみると、焼き立てはまた格別に美味しい。カリッと香ばしく、まだ温かさも残っているので中はしっとりしている。
というか、箱罠バレてたのか……。次はもうちょっと工夫しなきゃな。
「美味しいって幸せだよなぁ」
「オレは、ティムとであってシアワセだぞ?」
……まん丸な瞳に長いまつ毛が上目遣いに見上げてくる。可愛い。むしろあざとい。
「クッキーもういっこ、ちょうだい?」
――俺、カーバンクルの手の上で転がされている気がする。
朝の日課となりつつあるコッコファームの卵回収作業と数の確認をして、餌の補充と魔力の充填。
昨日だいぶ減らしてしまったけど、どんどん増えているので大丈夫だろう。元気そうに走り回るコッコを見て安心した。
コッコを数えていると、1羽色の違うコッコを見つけた。ピンクがかった体色に、少し大きめの体。もしや、と思い鑑定してみる。
『鑑定:ピンクコッコ コッコの亜種、コッコの繁殖数が増えてくると突然変異で生まれることがある。卵もピンク色で美味。レア度:B』
やっぱり! ピンクコッコって前に卵を食べたことがあるやつだ。
ゴールデンコッコも突然変異で生まれるらしいけど、ピンクコッコもそうなのか……。
ということは、いつかゴールデンコッコが生まれたりもするんだろうか。
突然変異の理由は分からないし、楽しみにしておこう。
昨日の残りで朝食を済ませ、冒険者ギルドに向かう。
ミティとレーラに途中で会い、朝から森に行くと言うので気をつけてねと言葉を交わして別れた。
「おはようございます」
「あっ、ティムさん! 昨日は本当に美味しいお肉をありがとうございました!!」
セレンが朝から元気良く受付をしている。昨日はすごい量を食べていたけど、大丈夫だったんだろうか。
「おう、ティムか。昨日はご苦労だったな」
「いえ、皆さんが手伝ってくれたおかげです」
奥から出てきたグランが話しかけてくる。
「今日はどうした?」
「いえ、そういえば前にたくさん頂いていたコッコ肉の依頼について、相談しようと思いまして」
「そうだな……、ティムのコッコファームがコッコ肉を村に卸すようになれば、野生のコッコを捕獲するなんて依頼はいらなくなるからなぁ。ティムの育てたコッコの方が美味いし、この依頼は取り下げてもいいか確認しておくよ」
「ありがとうございます。野生のコッコはもうあまり減らしたくなくて……、あいつらも頑張って暮らしているみたいですし」
「お前も変なヤツだな。モンスターは倒して食うもんだろ」
「そういうもの……ですか?」
「そうやって、生きてきたからな。お前みたいにモンスターまで守ろうとするヤツは珍しいよ」
そうやって生きてきた、か。異世界での常識は、まだまだ俺には分かりそうもなかった。
「そういえば、ジャックウルフの引き取り日がそろそろじゃないか?」
「そうですよ、ギルド長。もう、本当に大変だったんですからね。早く連れて帰ってもらわないと……」
檻に入れられたジャックウルフは、相変わらず迷惑をかけているようだった。
見ると、檻の中に骨がたくさん入っていて齧って遊んでいる。
「コッコの骨をあげると大人しく遊んでるんですけどね。」
何だかんだ、セレンが上手くやってくれていたのかな。元気でいたようで良かった。
話していると、突然目の前の空間がぐにゃりと歪む。
慌てて一歩後ろに飛び退くと、中からなんと人が現れた。
「グラン、久しぶりね」
「エレノアじゃないか、どうしたんだ」
突然目の前に人が現れたのにあまり驚いていないグランは、エレノアと呼ぶいかにも魔法使いな服を着た美女のことを知っているようだ。
「あぁ、これが噂のジャックウルフね。元気そうじゃない。これなら生徒の練習にもぴったりだわ」
「あの、もしかして」
状況を理解できていないセレンが問いかける。
「あなたは初めてよね。私は王都魔法学校で教員をしているエレノアよ。ジャックウルフを引き取りに来たわ」
「あの王都随一の魔法使いと名高いエレノア様……!? 失礼致しました、ジャックウルフはこちらですのでどうぞ」
「エレノアが直々に取りに来るとはなぁ。ジャックウルフくらい、誰でも良かったんじゃないのか」
「こっちも忙しいのよ、王都からココイ村までどれだけ遠いと思ってるの。時間短縮効率化、というわけで空間魔法が使える私が任命されたってところね。」
「じゃあ1週間も待たせる必要なかっただろ。俺はてっきり誰かが馬車でも使って来るもんだと」
「仕事が片付くまで来れなかったのよ、文句言わない」
へいへい、と気の抜けた返事をするグラン。
エレノアはジャックウルフに近づくと、檻に手を入れた。
「おい、噛み付かれるぞ」
「大丈夫よ。ねぇあなた、私と一緒に来る?」
豊満な肉体に、大人の魅力。漆黒の長いコートが座ることではだけると、タイトなミニスカートが覗いた。
「クゥーン……」
「そう、いい子ね」
「ちょっと!私のときにはそんな声出したことないじゃないですか」
セレンが思わず声を荒げる。
「諦めろ、セレン。お前はまぁ、そうだ、まだ発育途上だからな」
グランの下手な慰めがトドメを刺す。
ここは間に入らないのが正解だ、と黙っていると、沈黙が余計に気まずい空気となってしまった。
エレノアがジャックウルフの頭に手を置くと、手の中に吸い込まれるようにジャックウルフが姿を消す。
「回収完了、っと」
「それ……! 今の、どうやったんですか」
思わず言葉が口をついて出た。
だって、生きたままのモンスターをアイテムボックスみたいに入れられるんだ。
どうやったらできるのか分からなくて、いつも捕獲した生き物は運ぶしかなかったのに。
「あなたは?」
「ティムです。」
「そのジャックウルフを捕獲したのは、こいつだ。報告には少し書いていたと思うが」
グランがジャックウルフを捕獲した少年について記載した報告書から、冒険者ギルドを通じて王都にまで噂が流れているらしい。
「……そう、あなたが。捕獲なんて珍しいスキルね、私でも聞いたことがないわ」
「エレノア、せっかくここまで来たんだ。ちょっと話でも聞いていけよ」
グランに促されて奥に通されると、エレノアに自分のスキルについて簡単に話す。
罠が使えることと、それを結界で捕獲できるということ。
あとは……これはギルドにも話していなかったけど、空間魔法が使えるということ。ただ、生きているものは入れられないので、どうやったら入れられるようになるのか教えて欲しいと伝えた。
「話はよく分かったわ。ただ、教えるかどうかは別ね。まずはティム、あなたの能力を見せてもらうわよ。グラン、ちょっとこの子借りていくわね」
「え、うわ!? どこに行くんですか」
エレノアに掴まれた瞬間――視界が、歪む。体ごと、ぐるぐる回って吸い込まれる感じだ。
次の瞬間、目の前に現れたのは全く別の景色だった。
「ここ、は……」
「初心者の森、なんて呼ばれている王都の近くにある森よ」
ココイ村の森と似ているが、周りを見渡すと生えている草花が違っている。
「まずは捕獲、見せてくれる?」
「は、はい……」
「ほら、来たわよ。あれはコボルトね。ジャックウルフより全然小さいじゃない、大丈夫よ」
二本足で立って歩いてくるのは、犬の顔に、人の体を持ったコボルトと呼ばれるモンスター。人型のモンスターって、初めてだ。なんか、すごく……怖い。
手には短剣を持っており、こちらに気付いたのか近づいてくる。
「ヴゥ……ッ!!」
コボルトはゆっくりと近づいてきたかと思えば、急に走ってきた。短剣を振りかざし、俺に斬りかかってくる。
「うわぁ……っ!!」
逃げ切れずに真正面から剣筋を浴びる。
「ちょっと、避けなさいよ!」
エレノアが慌てるが、俺は全くの無傷だった。結界魔法があるからね、かけておいてよかった。
しっかり切ったはずと困惑しているコボルトの足元に、落とし穴を作る。
ごめんな、ちょっと落ちててくれ。
「……何が起きたのか、説明してくれる?」
落とし穴に落ちたコボルトを見ながら、エレノアが頭を抱える。
結界魔法を自分にかけているのでノーダメージなこと、罠スキルで落とし穴が作れることを説明した。
落ちているコボルトを結界魔法で回収し、捕獲完了。
四角く光る結界の檻をコボルトごと宙に浮かべ、エレノアの前に持っていく。
「……いつも、こうやって捕獲しているんですが」
これ、差し上げますとコボルトを縛って渡すと、エレノアはため息をつきながらコボルトを亜空間に回収した。
「……規格外すぎてどう判断したらいいのか分からないわ……」
「この森じゃなくて、サパン村の近くの森に行きませんか」
「え? あそこはワイルドボアやレッドベアがいる危険な森なのよ、あなたみたいな小さい子……! って、そうね、ダメージ受けないんですもんね。いいわよ、行きましょう」
――また、ぐるりと周る視界。何回もやるのはちょっと気持ち悪いな。
「着いたわよ、ここがサパン村の森の奥。昔この辺でレッドベア5体に囲まれたことがあってね……」
鬱蒼とした森の中に、フゴ、フゴと微かに聴こえる鳴き声。
「……いた! エレノアさん、ちょっと待っててくださいね」
ワイルドボアが、2頭。見た目は思ったとおり猪そっくりだ。ただ、大きさが……かなり、でかかった。
集まって食事をしている様子で、こちらには気づいていない。
落とし穴を大きめに作ると、わざと木を踏んで少し音を立てた。
こちらに気付いたワイルドボアが、すごい勢いで突進してきて、そのまま――落ちる。
落とし穴に近づき、結界魔法で捕獲した。
「お待たせしました! エレノアさん、これ、申し訳ないんですけど僕の家まで運んでもらえませんか?」
「……私を使うんだったら、見返りはあるのよね?」
「とびきり美味しいコッコ肉をご馳走します」
場所を説明し、そんなところに家を建てたのと言われながら我が家に瞬時に帰ってくる。
「えーと、ワイルドボア用の場所を作るのでちょっと待っててくださいね」
コッコファームと同様に結界で柵を作る。ワイルドボアなので、柵は硬いほうがいいと思い鉄製の柵をぐるりと巡らせる。
穴を掘る習性を考えて、地中1メートルの深さから地上3メートルまでの高さに作り、天井はサパンの森に似せて木を多めに。地面は土のままにして、土の中に木の実やナッツ類を餌として置き、探させる様にした。魔力を込めて、完成だ。
一部始終を見ていたエレノアが、理解できない、といった顔でこちらを見ている。
「エレノアさんのおかげで、ワイルドボアの飼育が試せそうです。ありがとうございました!」
「いいえ、私は何もしていないわよ」
「エレノアさんの空間魔法がないと、サパンの森からは連れて帰って来れなかったので。お腹空きましたよね、家に来てください」
エレノアを家に入れ、リビングのソファに案内する。
電気ケトルで沸かしたお湯でポト麦茶を入れて出した。
「今のは、火魔法で沸かしたのよね」
「いえ、違いますよ。この家は僕の結界魔法でできているので、自分でも説明がつかない部分が多くて」
黙ってしまうエレノアを横目に、アイテムボックスから昨日の余りで申し訳ないですが、とフライドコッコや串焼きなどを出す。余った分を作りたてのうちに入れておいたので、熱々のままだ。
「ありがとう。……いただくとするわね」
一口食べたエレノアは、信じられないといった顔で一口、また一口と食べ進めていく。
「これが、コッコ肉……!? 今まで食べてきたコッコ肉と全然違うわ」
プレミアムコッコだからね、美味しいのは仕方がない。
「……もしかして、ワイルドボアも……?」
「そうですね。繁殖が成功すれば、ですが」
フライドコッコをもう一つ、とおかわりを要求した後、エレノアが言ってきた。
「これは何としても、ティムに空間魔法を極めてもらう必要があるわね」
「……えぇ!? いや、極めるまでは、別に……」
「ここまでできるんだもの。できると思うけど。この家だって、結界魔法だけじゃこうはいかないわ。空間魔法と結界魔法、一緒に使えるからこそ、できることなんじゃないかしら」
食事を終えてから、広い敷地で空間魔法の練習が始まった。
「魔法は、イメージが大事よ。アイテムボックスはすぐにできたんでしょう? それは、あなたの中にアイテムボックスのイメージがあったからよ」
「じゃあ、生き物を入れるときは……」
「入れる、というイメージより、自分も入れる空間をイメージしなさい。扉を描いて、そこを開けたら別の空間に入るような」
言われた通りに、扉を描くイメージをする。結界魔法で扉を作り、その向こうに広がる亜空間を思い浮かべる。
目を閉じて、――扉を、開く。
「うわ、何ですか、これ……!」
「できたじゃない、それがディメンションホームよ。入ってみたら?」
ちょっと怖いが、恐る恐る入ってみる。
中は、何もない、真っ白な空間だった。
試しに、家を建ててみると外と同じように家ができた。地面を土に変えることも、太陽を再現することも空の青さを調節することもできる。
ここなら、どんなモンスターにも理想の環境が作れそうだ。
「すごいですね、この空間! 自由自在じゃないですか」
「うん、まぁ、普通は魔力がそんなにないからクローゼット1個分とか、小さいものなのよ? あなたは魔力量が異常なだけ」
「これって、普通じゃないんですか」
「当たり前よ、自分の魔力でモンスターを育てるなんて普通なら魔力切れで死んでるわよ」
魔力の多さは個人差があるものの、魔物に魔力を与えるだけの持ち主はなかなかいないという話だった。大きなモンスターほど多くの魔力を必要とするため、コッコよりもワイルドボアのほうが育てるのは大変なのかもしれない。
「次は、空間移動ね。さっきと同じようにディメンションホームを開いてみて。今度は私も一緒に入るわ」
「分かりました。……どうぞ」
「……もうマスターしたのね、じゃあ入って」
中に入ると先ほど調整したままの家と景色が広がっていた。
「さっきの一瞬でもうここまで手を加えたの……? それに、すごい広さね」
「すごいですよね、太陽まで再現できちゃって」
「私は太陽がある亜空間は初めてだけどね。……じゃあ、空間移動の説明ね。さっき扉を開いて入ったまま、同じ扉から出たと思うけど、今度は別の場所を思い浮かべながらもう一つ扉を作ってみて。そうね、例えば冒険者ギルドとか」
「わかりました。……うーん……、これでどうでしょうか」
「扉を開けてみて」
ゆっくり扉を開けると、セレンが見える。
「成功ね、出てみましょう」
2人で扉を出ると、セレンがぎゃああ、とひどい声をあげた。
「な、な、何ですか! 突然出てくると心臓に悪いのでやめてください!」
「ティム、飲み込みが早すぎて逆に物足りないわ。じゃあ、授業はここまで。後は自分で考えなさい。それと、コッコ肉はまた食べに行くから用意していて」
「エレノアさん、ありがとうございました。またいつでも待ってます!」
亜空間に消えていくエレノア。授業は、どうやら合格したようだ。
あっという間に帰っていってしまったエレノアを、少し寂しく思う。また、来てくれるといいな。
「どうだったんだ、授業は?」
「グランさんも、ありがとうございました。ちなみに……ワイルドボアはお好きですか」
「何っ!? どういうことだ、もしかして……」
「ええ、上手くいけば、ですが」
グランさんと握手をして、冒険者ギルドを後にする。
空間移動を覚えてしまえば、我が家へも一瞬だ。
先ほど捕獲したワイルドボアを見に行くと、地面を掘り木の実を探し出して食べていた。
雌雄を鑑定で確認すると、雄と雌が1匹ずつだった。増えてくれるといいけどな。
またサパンの森に行って、もう少し捕獲してきてもいいかもしれない。
レッドベアは……熊って、美味しいんだっけ。
色んな場所に行けるなら、この前通ったサパン村やタバラ町にも行ってみたいな。
まだまだこの世界は知らないことばかりだ。
「ほかのまちにもあまいもの、あるか!?」
「探してみないと分からないけど、都会にはもっと美味しいものがあるかもな」
「オレもあまいものさがす!」
とりあえずは、ココイ村の甘いものでも。そう言って、ファミィにお菓子をお願いしていたことを思い出した。
急いで、空間魔法でドッポのお店の前に出る。
「すみません、ファミィさん。来るのが遅くなってしまって」
「いえ、今日はもう来られないのかと思っていました。ちょうどさっき、試作品ができたのですが召し上がられますか?」
「ええ、お願いします」
出てきたのは、卵白を使ったメレンゲクッキーと、卵がたっぷり入ったマフィンだ。
「試作品なので、良かったらまた感想を聴かせてください」
「ありがとうございます。あと、他のお菓子も全部いただきますね」
「いつもありがとうございます」
家に帰ると、試作品はあっという間にクルルの胃の中に消えていった。
「タマゴがいっぱい、はいっていてうまいな!」
「よかったね、俺も一口くらい食べたかったよ。ファミィさんのお菓子……」
「ティムはあのムスメがスキなのか?」
「え!? いや、えーと……」
「オレもファミィがスキだな、あまいものをつくれるなんてすごいヤツだ」
クルルのヤツ……、何かあったら1週間甘い物抜きにしてやるからな。
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