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第78罠 漆黒のドラゴン

50000PVありがとうございます!

 異世界生活78日目。

 コツコツ夜中まで建設作業を続けてきたルチルレイト、つまり俺の国がようやく完成に近づいてきた。

 

 海上なのをいいことに広々と作ったその人口島は、移動も可能な動く要塞ともいえる代物だ。

 全体をドーム状の結界で覆っているので、外からの攻撃はもちろん一切通ることはない。

 見た目にも、結界として機能している金色の糸がキラキラとイルミネーションのように輝くその様は美しかった。


 完成まではステルス結界にして隠しているので、突然海上に島が現れれば驚く人は多いだろう。

 その驚きが、恐怖ではなく歓喜となるために。

 ジルの即位式を、有り難く利用させてもらおうと思う。


「ティムパパ、お城は作らないの?」


 そう聞いてきたのはクルルを頭に乗せたラドラだ。

 暑さでげんなりしているクルルが、くわぁと欠伸をする。

 

 昨日オニキスの結界が解けてから、あまりにラドラにべったり過ぎたので無理矢理引き剥がしてきた。

 お仕置き代わりにオニキスは結界にぶち込んでいる。

 ラドラも疲れていたし、気分転換には丁度いいだろう。


「お城は別にいらないだろ、家ならこの前作ったし」


 素っ気なく返すと、ラドラは少し残念そうな顔をした。


「……魔王城、欲しかったなぁ」

「っ、え? ラドラ、魔王城って……」


 魔王の城は、魔王城。

 確かにそうなんだけど、いざ呼んでみるといかにもな名前でドキリとする。

 

「ティムパパはダンジョンも作れるし、ラドラだって我は魔王の眷属! ここから先は通さん! ってやりたいの」

「……誰と戦ってるんだよ、ラドラ……」


 はぁ、とため息をついてラドラには皆と仲良くしようね、とお願いした。

 ラドラの強さが間違った方向に使われないよう、ちゃんと教育していかないとな。


 強いと言えば、亜空間にしまったままのレッドオーガたちは格段に強くなっていたようだった。

 ジルがそれ以上だったのであまり比較にはならなかったけれど、あの時スウィンと戦ったときとは明らかに動きが違っていて。

  

 鑑定をかけるとやはりレッドハイオーガにダークホブゴブリンなど上位種になっていたし、何なら数も異常に増えていた。

 あの時60万頭もいたのだから増えて当然なのかもしれないが、1000万頭もいるとさすがに亜空間が数え間違えたかと目を疑う。


 ラドラだけでも世界征服できそうなのに、1000万のモンスター軍隊なんて知られれば俺の存在は世界にとって脅威でしかないだろう。

 皆に怖れられる、そんな存在にはなりたくない。

 できれば、人にも魔物にも頼ってもらえるような……、そんな偉そうなことを言える器ではないけれど。


 そのためにも、ルチルレイトが多くの人に楽しんでもらえる、また来たくなる場所になることを意識して建設した。

 イメージは、テーマパーク。

 ダンジョンをメインのアトラクションとして、美味しい食べ物に癒しの温泉と宿。

 家族全員で遊びに来て楽しめる、そんな場所。


「大体ラドラ、魔王城とか、そんな話誰から聞いたんだ?」

「……っ、それくらいラドラでも知ってるの」

「……ラドラ、何か隠してるだろ」


 ぎくり、と漫画のように固まったラドラは素直で可愛い。

 アクアドラゴンに聞いたにしては少し発想が幼い気がして、少しカマをかければこれだ。


「っ、ええと……、ティムパパも会えば分かるから!」

「会えばって、ええ……!?」


 手をぐい、と引っ張られて吸い込まれた先は、俺の亜空間の中。

 いや、亜空間の出入りは俺しか操作できないはずなんだが。

 時々ラドラがアクアドラゴンのところに里帰りしたとき、そういえば家のリビングでクルルと一緒に寛いでいたことがあった。


「ラドラ、俺の亜空間の出入り……もしかして自由にできる?」

「隠してたわけじゃなくて。……うん、できるようになったの」

「それで、俺に内緒でここに?」


 入った亜空間は、よりにもよってダークミストドラゴンを隔離してあった場所だ。

 魔力は満たしてあるが、その強大な力を外に出すわけにはいかなくて、そのままになってしまっていた。


「ここ、本当に何もないから……。ご飯がないのは可哀想でしょう?」


 真っ白な空間に、その存在が明確に分かる漆黒の体躯。

 何もない床に丸まって眠っていたダークミストドラゴンは、俺たちが近づくとその頭を起こした。


 鉱山の奥深くで出会った時と比べて、少し大きくなった体躯。

 漆黒の頭がこちらへ向き、その双眸が俺を見つめる。

 薄紫色の眼は、あの時破壊した紫水晶の色とよく似ていた。


『……随分と、放っておいてくれたものだな』 

「悪かったよ、すっかり忘れてた」

『っ、忘れていた、だと……? こんな何もない場所に閉じ込めておいてよくも』

「いや、お前危険そうだったし」


 俺のせいでもある、というかまぁ俺が忘れていたのが悪いのだけれど。

 明らかに不機嫌な目の前のドラゴンが、何もない床を尻尾でドスンと叩いた。


「ちょっと、せっかくティムパパを連れてきたんだから怒っちゃダメなの」

『ちっ……、連れてきたことは礼を言う。おい魔王ティム、ここから出せ。生かしてくれた時は仕えると言ったが、こんな何もない場所で飼い殺されるくらいなら死んだ方がマシだ』


 ここから出せ、と言われてもこんな危険なドラゴンを出せるわけがない。

 怒りが高まってきたのか、口元から漆黒のミストが少し漏れてきていた。

 ……あれ、全てを塵にして消してしまうブレスなんじゃないのか。


 そんなものを吐かれては大変だと、自分の身を纏う結界を強める。

 ダークミストドラゴンの口元を結界で覆うと、ギロリと睨まれてさらに怒りを煽ったようだった。


『……我と話をする気はないということか』

「そんなつもりじゃない。……そのブレス、少しおさめてもらえないか。お前が強いドラゴンだってことはわかるよ。だからこそ、どう扱っていいのかわからなくて。食事も与えずに本当にごめん」

『……食事はいい。魔力は充分に満ちていたし、ラドラが届けてくれたからな』


 ラドラの方を見たダークミストドラゴンの目が、少し和らぐ。

 同じドラゴンだし、通じるものはあるのだろう。

 大きさから考えて、年頃も同じくらいなのだろうか。


 ……そんな幼いときに独りで放っておかれたなら、いくらドラゴンでも寂しくて当然かもしれない。

 悪かったな、と思いダークミストドラゴンの頭に手を近づけた。

 

「ちゃんと話もできてなかったよな。……どうして、あんな場所にいたんだ?」


 聴きたいことはたくさんある。

 邪悪な気配がする、なんて言われて見つけたコイツがどうして独りで死にかけていたのか。

 俺の目をしばらくじっと見たダークミストドラゴンは、さっきまでの怒りを無くしたように、ふ、と笑って言った。


『我のことを、ようやく聞く気になったか魔王。……いいだろう、話してやる』


 ダークミストドラゴンとは、それからしばらく話をした。

 たくさんのお肉や食べ物を出して、それらを一緒につまみながら。


 ーー鉱山の奥深くに生まれたのは、それ程前ではない。

 気づけばそこにいた。卵から孵ったときには、親ドラゴンの姿はどこにもなかった。


 何も教えられずとも、自分のことだけはわかっていた。

 卵の側にあった魔石を齧ると、自分は魔王の眷属になるために生まれたのだと理解したからだ。


 ただ、魔王にどうやって出会えばいいのかがわからなかった。

 鉱山の奥深くから出るには、生まれたばかりの体では幼過ぎる。

 近くにいたモンスターで飢えを凌いでいると、次第に鉱山自体から魔力を吸われるようになった。


 元々の魔力量が大きいとはいえ、自分の魔力を吸って増殖していくモンスターたちに与え続ける程には蓄えはない。

 地上へ逃げようとしたが、上層部に行くにつれ薄くなる周囲の魔力に返って苦しむだけだった。

 最初はそれでも耐えていたが、キングシャドウワームが出てきた頃からは吸われる魔力量が格段に増え、動くことすら難しくなっていった。


『……そこからは、知っての通りだ。あのまま誰も来なければ、我はとうに死んでいただろうな。もっとも、あの鉱山は我の魔石さえも吸い尽くすまであの状態を保っていただろうが』


 話し終えたダークミストドラゴンが、新作のハンバーガーをポイと口に放り込んで満足げに息を吐いた。


「……つまり、何で鉱山の奥深くにいたのかはわからないってことか?」

『おそらく、あの場所と魔王に縁があるのだろう。……実際に、こうして出逢えたではないか』

「……うん、まぁそうだけど」


 俺が鉱山に行ったのは偶然で、あの奥深くまで潜ったのもスウィンやラドラの力があってのことだ。

 何かの力で引き寄せられた、なんてことがあるのだろうか。


『まぁいい。……腹も満たされたしな。ほら、することが、……あるだろう?』

「……すること?」


 ダークミストドラゴンが、俺の顔を覗き込む。

 何のことを言われているのかわからずにいると、焦れたようにああ、とかうう、とか言い出した。


「何だよ、俺は別にすることなんて……」

「……ティムパパ、ラドラにつけてくれたみたいに名前では呼ばないの?」

「名前? ……もしかして、お前まさか」


 俺と契約、したいなんて言わないよな、と言い終わる前に俺の頭に落ちてきたのは大きな雫だった。

 べしょりと濡れた頭を手で拭って見上げると、薄紫色の眼が潤んでいる。


『……魔王の眷属となるために生まれた我が、魔王に拒絶されるなどとは思いもしなかった』

「ま、待てよ! 拒絶、とかじゃなくて、ええと……」

『拒絶されたわけでは、ないのだな……?」

「あ、ああ! いやでも、魔王って言っても俺は戦いとか好きじゃないし、ラドラもいるから眷属ってそんなにいなくても……」

『……我は、やはりいらぬ、と』


 明らかに項垂れたダークミストドラゴンが、深くため息をつく。

 ああ、もうブレス漏れてるから! 黒いミストが口からもくもく出ちゃってるから!


「そのブレスが悪いんだよ、どこでも出したら危ないだろ?」


 ぴた、と止まるブレスと固まるダークミストドラゴン。

 ……しまった、本音が出てしまった。


『……ブレスを出さなければ、契約してくれるのか?』

「……ああ。俺は魔王だけど、無闇に人を殺すことは好まない。モンスターも同じだ。お前が俺の考えに従えるなら契約してやるよ」

『……承知した。我は主の命でのみこのブレスを使うと誓おう。……これでいいか』


 僅かに漏れ出ていたブレスが、ピタリと止まる。

 念のため大きく深呼吸を何度もしてもらったが、漏れ出る様子はなくなった。


「……分かったよ。……じゃあ、お前の名前はブリークだ」


 名前を呼んだ瞬間、ブリークの体が淡く光った。

 魔力が、繋がる感覚。

 ほぅ、と目を閉じて息をついたブリークは、再び目を開けると俺に頭を垂れた。


『これで、我は魔王ティムの正式な眷属となった。……うむ、いいな。身体中に魔力が満ちる感覚はこの上ない』

「喜んでるところ悪いけど、ラドラみたいに腕輪とか人型になれるよう練習してくれるか? このままじゃ連れて歩けないからな」

『む、それくらいはできるはずだが』


 ラドラにお手本を見せてもらうと、何度か練習した後にブリークも指輪になることができた。

 ネックレスに腕輪に指輪か……あんまり増えると変な感じだけど、まぁ仕方ないか。


 次にチャレンジしたのは人型への変身。

 これは、さすがにラドラでも時間がかかったのだからすぐにはできないだろう。

 そう思っていると、意外にもブリークはコツを掴むのが早かった。


 ラドラの教え方も上手いのかもしれないが、1時間もせずにブリークは男の子の姿に変わることができた。


「……どうだ、我もできると分かっただろう」


 現れた姿は、ラドラと同じかそれより少し幼いくらいの五歳児。

 小さな子どもが、我、だなんて言葉遣いをしているのがあまりに可愛くて思わず笑ってしまう。


「う、うん。……ぷ、ふふ、ブリークってさ、そんなに小さかったんだな」

「っ、仕方ないであろう、まだ生まれて間もないのだ」

「ドラゴンってそういう言葉遣いなのか? 確かに皆そんな感じだけどさ、ラドラは違うだろ?」

「言葉遣いなど、これが普通だろう。ドラゴンは高貴な種族だからな」


 何か可愛いから、そのままで話してもらうことにした。

 ラドラは、新しい友達ができたかのように楽しそうに話している。

 

「良かった、これで一緒にご飯が食べられるの」

「そっか、ラドラはブリークが心配だったんだな」


 頭を撫でると、嬉しそうに微笑むラドラ。

 ……良かった、俺が思っているよりもずっと、思いやりのある良い子に育ってくれているみたいだ。


「ねぇブリーク、魔王城のお話また聞かせてほしいの」

「うむ、魔王城は邪悪にして最強の城だ。訪れる者は全て生きては帰ってこれないと恐れられる。ダンジョンのように構造が入り組んでいてな、魔王の部屋までたどり着くのが至難の技なのだ」

「カッコいいの……!」


 ……前言撤回。

 ブリークが、ラドラに悪影響を及ぼしている。


「……ブリーク、ラドラに変なこと教えると魔力を切るからな」


 ドラゴンにとってのヒーローは魔王で、そういうのが大好きなお年頃なんだろうけど。

 ラドラには、可愛く育って欲しい。

 たとえそれが俺の我儘だとしても。

 

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