第53罠 王の戯言
朝日にはやや遅い時間。
重たいカーテンを、初めて自分で開けた。
差し込む日差しが目に痛い程には、暗闇で悩んでいた時間は長かったようだ。
ーージグヴァルドは、決めた。
あの日起こったことを、せめて息子には打ち明けようと。
自分の話などもはや誰も聞いてはくれないかもしれないが、次の国王となるジルウェインにだけは知っていて欲しいと思った。
寝室内に差し込んだ光に気づいた使用人が、憑き物の取れたようなスッキリとした顔の王を見て、安堵の表情を浮かべた。
「王よ、お戻りになられて嬉しく思います」
「……ジルウェインを、呼んでくれるか」
身なりを清潔に整えて、ジルウェインを待つ。
久々にご一緒に食事でもと誘われたが、内密な話なので人払いをしたいと言い、あえて寝室で話すことを希望した。
ベッドの横に備え付けられた書棚から、一冊の本を取り出す。
本を開くと中心がくり抜かれた中には、手の平サイズの特大魔石。
クリスタルのように無色透明の魔石は、いつか何かあったときのためと隠しておいた物だ。
取り出して、本を書棚に戻す。
扉をノックする音と共に、ジルウェインの声が聞こえたため入るように言った。
「お父様、お待たせしました」
「悪いな、こんなところで」
「いえ、お体が戻られたと聞いて安心しました。……もう、大丈夫なのですか?」
「ああ、世話をかけた。ジルウェインには、私が籠っている間のことを任せてしまってすまなかった」
自分の手を握り、ふるふると首を横に振るジルウェイン。
……本当に、我が息子ながら良い子に育ったものだ。
「謝らないでください、お父様。……むしろ、叱って欲しいくらいです。僕、初めてお父様の仕事をさせてもらって、……すごく、楽しくて。今まで、どんなに勉強しても所詮僕は小さな子どもでしかなかったから。改めて、お父様は本当にすごいなと思いました。……僕はお父様のこと、心から尊敬しています」
本来であれば褒めてやるところだろう。
ルーファスのサポートがあったにせよ、10歳の若さで王の代わりを務めたのだ。
ただ、ジグヴァルドの心の中はざわざわと波立つばかりでよくやっただなんて台詞は出てこなかった。
「……人払いをする。何人たりとも入ってはならぬぞ」
周囲にそう声をかけ、部屋に2人きりになったところで魔石を取り出した。
「お父様、それは……」
「防音作用のある魔石だ。これで他には一切聞こえぬだろう」
「……わかりました。それで、どのようなお話でしょうか」
大事な話だと理解して眼差しが鋭くなるジルウェインに、向き合って目線を合わせる。
急ぎで用意させたテーブルと椅子は、ジルウェインが座るには少し大きかった。
「ティムのことだ。お前も仲良くしていると聞いているが」
「……はい、先日の食事会から時々一緒に過ごしています」
息子に、初めて出来た年の近い友人だ。
告げるのは酷かもしれないと一瞬ためらったが、もう言うと決めたのだと思い直した。
「……あやつは、魔王だ。この先、この国を脅かす存在になる。もう、……手遅れかもしれんが」
言った。ようやく、言えた。
黙ったままのジルウェインを見て、やはり衝撃が大きかったかと思う。
「知っています」
「……何、だと?」
今、知っていると言ったか。
それも、さも当然のことのように言ってのけたのは聞き間違いではないのか。
「ええ、お父様。ここだけの話ですが、僕は初めからそうではないかと思っていました。確信したのは、一昨日のことですが」
「……何があった、話せ」
ジルウェインの話によると、そもそもあれだけのスタンピードを無傷で抑えられる程の魔力が人の範疇を超えていること、各地のスタンピード予防に結界を張った結果、結界内が魔境化し禁足地となったこと。
そして、コッコという低ランクのモンスターでさえSランク級、いやそれ以上にも匹敵する強さを実際に目にしたことが決定打となった。
「ーーという訳で、ルーファスもそのことは知っています。……まさか、それくらいのことで伏せっておられたなんて言いませんよね?」
ニコリと微笑む息子の顔が、正直ルーファスよりも怖い。
「……っ、それくらいのことなどと! どうするつもりなのだ、あれは肉をエサに我が国の全てを奪うのではないか!?」
「その様子ですと、どうして僕がティムと仲良くしているかもお分かりではないようですね? おっしゃる通り、お父様がグズグズしてらっしゃる間にティムは着々と力をつけ、いつ魔王として君臨してもおかしくありません。我がローレリア王国など、ティムのモンスターで襲われればひとたまりもありませんしその上美味しいお肉で国民は心まで骨抜きにされているところです。戦力としては、全く対抗できる見込みはありません」
では、なぜと口から発しかけたところで、ジルウェインが不敵に笑った。
「ティムは、どんなに強くとも心は人間と同じ、まだ13歳の少年らしい弱さを多分に持っています。僕は、ティムの親友として彼が正しく成長できるよう導くことができる。将来的には同盟を結ぶ程に、僕の隣にいることの価値を感じてもらうのです」
「……魔王すら自分の手駒にすると言うか。我が息子ながら、末恐ろしいな」
「……先が見え過ぎるというのも、困りものですけどね」
眉を下げるジルウェインが、ひどく大人びて見えた。
あれの持つスキルは、先見と統率に掌握、全属性魔法に剣術と武術だったか。
与えられたギフトの多さに驚嘆こそすれど、それ以上の感情はなかった。
まだ10歳でどこまでスキルを使いこなしているのかは知らないが、魔王すら掌握すると先を見ているのならば、もう自分の出番はない。
「王位継承の準備を、進めてくれるか」
「……っ、お父様! 本気ですか!?」
「お前がそこまで育っていると知っていれば、もっと早く譲っておけば良かったと思っている。……もう、飾りだけの王は疲れた」
「……わかりました。ただ、ルーファスにはお父様の口からお伝えください」
「ああ、分かった。……後を、頼む」
***
異世界生活53日目。
昨日の一件があってから、ラドラがすっかり魔王ごっこにハマってしまった。
「我こそは、魔王ティムの眷属ラドラである!」
「……わー、ラドラかっこいいー」
アクアドラゴンに預けた影響で我、なんて言い方を覚えてしまって。
ビシッとポーズを決めてドヤ顔をこちらに向けるラドラを、褒めてやらないとクルルに怒られるのだ。
「もうティムパパったら、全然気持ちがこもってない!」
「ごめんごめん、ラドラは世界一かわいいよ」
ぷくー、と頬を膨らませるラドラはとても可愛い。
何をしても可愛いので魔王の眷属ごっこにもこうして渋々付き合っているのだが。
亜空間にいる間にアクアパパに色々教えてもらったの、と部屋の中で水魔法をぶっ放そうとしたのはさすがに止めた。
覚えがいいと褒められていたので、今度どこかで見せてもらおうかな。
今朝もファームに行きコッコたちを大量に捕獲する。
亜空間の方をメインにしていく方針にしたので、増えすぎた分は亜空間に入れていくように少しずつ動かしている。
ウェアウルフたちもその数を着々と増やしており、家も自分たちでどんどん建てていた。
結界内の木は切り倒してもすぐに元通りになるからと、手慣れた様子で今日も軽々と材木を抱えて作業をしている。
もう500匹を超える数のウェアウルフも、やはり強くなっているのだろうか。
騎士団と魔術師団が合わせて500人と聞いていたが、ウェアウルフの方が強いかもしれない、とは言わないでおく。
……そういえば、ウェアウルフといえばユルム森林にいたのだから今なら戻れるのではないだろうか。
周辺の状況も調査してもらえるし、元いた場所のほうが暮らしやすいに決まっている。
そうクルルに伝えてもらうと、ウェアウルフのリーダーは首を横に振った。
「……どうして? 森はもう結界で魔力も行き渡っているし、元いた場所の方がいいんじゃないか?」
『ここよりも暮らしやすい場所など、ありません。辺りを満たす魔力は濃く、体力はみなぎり疲れることがない。コッコは際限なく増えますので食べるものにも困らず、皆安堵に満ちております。若い者はあり余る力を訓練に当てていますので、今度力比べをしようと試合場まで作り出しているところでして。ティム様のおかげで皆本当に楽しく過ごしているのです。それでも出て行けとおっしゃるなら従いますが……』
一気に話し切ったウェアウルフは、主であるティム様に対して言い過ぎましたと顔を青くして俯いた。
「出て行けなんて、言わないよ。ウェアウルフにはいつもお願いしてばかりで、よく働いてくれるしこっちが申し訳なくて。戻りたくなったら、いつでも言ってくれたらいいからね」
『……っ、我々などにも尊大なお言葉、感謝いたします』
まるで王様にするみたいに、片膝を地面について頭を下げるウェアウルフ。
「そんなことしなくていいから。それじゃあまるで俺が王みたいじゃないか」
『……ティム様は新たな魔王となるお方では? 我々ウェアウルフでもそれくらいは分かります。でなければこのような極上の魔力、説明がつきません』
……また、これだ。
そんなに魔王がいいのだろうか。
ーー俺なんて、自分の手でモンスター1匹殺したことすらないのに。
そりゃあ、間接的にはコッコたちを散々お肉にしてきたし、先日は俺のせいで18人もの人が亡くなった。
自分を正当化するつもりはないし、命を自らの手で奪いたくないのは自分自身の弱さだと思っている。
もちろん、死んだ時の感覚の嫌さを覚えているからこそ命を大事にしたい、というのは変わっていないけれど。
『……どうか、されましたか?』
「あぁ、いや。皆、俺が魔王だって言うからさ。……ウェアウルフにとって魔王ってどんなイメージなの? 教えてよ」
つい、口をついて出た言葉。
まだ自分は魔王について何も知らない。
……知りたいと、思ってしまったらそれは。
『魔王ですか。私が生まれてからは魔王が居ませんでしたが、長老からは世界を安定させ全てを司る存在と聞いております。よく、魔王の御伽噺を聞かされたものです……』
「……ごめん、話してくれてありがとう。っ、用事を思い出したから」
何だか胸がざわざわして、慌ててウェアウルフに帰ると告げて自室に戻ってきた。
「どうしたんだティム? ウェアウルフもシンパイしてたぞ」
クルルが、ベッドにうつ伏せになっている俺の背中に乗ってくる。
「……っ、何だよ。皆、俺のことを魔王って」
「ティムにしてはめずらしいな、コワイのか? ムカシはマオウなんていっぱいいたけどな」
「……何百年に一度じゃないのかよ」
「それはここセンネンくらいのハナシだぞ。オレがうまれるマエはたくさんいたらしい、くわしくはしらないけどな」
クルルの重さが地味にきついので、太ったんじゃないか、甘いものの食べ過ぎだろと言って横にどかせた。
「大体、魔王って何するんだよ? 別に国とかいらないし、王様になりたいわけでもないし」
「そんなの、もうしてるんだぞ? ティムがケッカイでまもっているのはゼンブ、ティムのシモベになったモンスターたちだ。いまさらユルムのモリのケッカイをカイジョしろといわれたら、ティムもおこるだろ?」
……たしかに、もし今あの土地は全てローレリア国のものだから返せと言われたら。
結界を解除すれば、急に魔力が途絶えてせっかく増えたモンスターも全て死んでしまうだろう。
そうなることが分かった上で、そうすることを迫られれば……、例えそれがジルだとしても反発してしまうかもしれない。
「……モンスターを守るために、戦わないといけないこともあるってこと?」
「まぁ、どういうシュダンをとるかはマオウによるけどな。チカラでねじふせるタイプもいれば、はなしあうタイプもいる。わるいマオウばかりじゃないってことだ」
守るために、魔王になる。
……それならば、俺が守りたいのは人も魔物も、全てだ。
「……なぁ、クルル。人と魔物が仲良く共存するのって、難しいのかな」
「ニンゲンかぁ……。アイツら、オレたちのことソザイかニクにしかみえてないんだぞ?」
「はは、確かに。でも、レーラみたいないいヤツもいるだろ?」
「レーラはすごくヘンだけど、……まぁそうかもな」
ファミィとミティがいないと甘いものも食べられないし、と話すと思い出したようにシュークリームをねだられる。
2人で食べようとすると、ラドラも慌てて出てきたので一緒に食べることにした。
「このシュークリーム、めちゃくちゃウマイんだぞ!!」
「ほら、人間だって大事だろ? 俺、魔王って呼ばれて何か嫌だったんだけどさ。理由がやっとわかった気がする」
クリームをべっとり口の周りにつけた2匹が、こっちを見る。
「……人間か魔物か、選ばないといけない気がしたんだ。人間なのに魔王って、どっちなんだろうって。でも、どっちも守れる力がもし俺にあるなら、俺はどっちも守りたい。攻撃力はないけどさ、防御だけなら自信あるんだ」
「ティムはジュウブンつよいとおもうぞ?」
「ラドラも、ティムパパが1番強いと思うの!」
……まったく、俺をおだてるのが上手いんだから。
そう言いながらもう一つシュークリームを渡す俺も俺だ。
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