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第49罠 王都ミート肉

 異世界生活49日目。

 いよいよ今日は、ティムティムミートの王都店開店日。

 ここ数日ルーファスとジェミィが頑張ってくれていたので、開店準備はバッチリなはずだ。

 

 温泉で癒された体をぐっと伸ばして、起き上がる。

 横には、抱き合うようにして寝ているクルルとラドラ。

 ラドラが産まれてから、クルルは少し、いやかなり変わった。


 最初の頃は時々見せていた、どこか遠くを見つめるような悲しい顔。

 きっと、今はもういないドラゴンのことや、カーバンクルの仲間たちのことを考えていたのだろう。

 何と声をかけていいか分からず、俺はただクルルの横顔を見つめていた。

 

 今は、そんなことを微塵も感じさせないくらい、毎日本当に楽しそうにしている。

 ラドラと一緒に転がって、くるりと宙を回転して、しっぽでラドラの顔をふさりとくすぐって。

 大きく口を開けて笑うクルルの笑顔を見て、これが本当のクルルの顔だったんだな、と思う。


「むにゃ……、おきたのか、ティム」

「ああ、……よく寝てたなクルル。よだれ垂れてるぞ」


 シーツに丸いしみができているのを慌てて隠すクルル。

 急に動いたので、横に寝ていたラドラが身を捩らせてううん、と声を漏らした。


「今日はちょっと早く出ないとな……。クルルはラドラが起きたら一緒に降りておいで」

「ん、わかった」


 階段を先に降りて、キッチンへ。

 今朝はささっと、先日試作でたくさん作ったステーキサンドで朝食にする。

 王都店の目玉メニューとして考えたのが、オーロックスのステーキを挟んだステーキサンドだ。


 オーロックスもかなり数が増えてきたので、このタイミングで商品に入れることとなった。

 なるべく価格は落としたかったが、ジェミィに泣かれたので1キロ金貨1枚となってしまった。

 ワイルドボアが1キロ銀貨3枚なので、3倍以上はさすがに高いと言ったのだが。

 

 ビジネス街の立地から、ランチ目的で来る人が多いことを予測しての新メニューとなるステーキサンド。

 カリッと焼いたバゲットに分厚いオーロックスのステーキとグリーンリーフを挟んで、マスタードが香るバター醤油風のソースが俺なりのこだわりだ。

 1日100食までの数量限定で、少し贅沢なメニューとして出すことになった。

 価格はひとつ銀貨2枚。ランチにはかなりお高い価格だが、満足してもらえる自信はある。

 

 アイテムボックスから出来立てのステーキサンドを出して、豪快に齧り付く。

 うん、……美味い。

 ソースはあまり馴染みのないバター醤油を無理言って作ってもらったけれど、やっぱり美味しいな。

 眠そうにふわふわと飛んで降りてきたラドラにも、ステーキサンドを出した。

 嬉しそうに受け取ると、あーんと大きな口を開けてぱくりとひと口。


「これ、おいしーい!」


 にぱぁと笑うラドラは、今日も最強に可愛い。

 産まれたばかりの丸々としたフォルムから、日に日に成長して少しドラゴンらしくなってきた。

 滑らかな背中から尻尾の先にかけて埋め込まれたようなアクアマリンの宝石が美しく、触ると少しくすぐったそうに笑う。

 ぷにぷにとした手に伸びてきた爪は案外鋭くて、口の中には硬い歯がしっかりと生えてきていた。


 普通、ドラゴンは100年くらいかけて成体にゆっくりと育っていくらしい。寿命が数千年であればそれくらいなのだろうか。

 今の成長速度が正しいのかは正直分からない。結界魔法の成長促進作用が働いている可能性があるからだ。

 もしあっという間に大きくなるのだとしたら、成体がどれくらいの大きさか分からないけれど家を大きくしないといけないな、なんて考えてしまう。


 ステーキサンドに夢中になっているラドラの頭を優しく撫でると、こちらを向いて小首をかしげて笑う。

 隣では、オレにもアマイモノ! なんて騒ぐクルル。

 ーー今日も、幸せな朝だ。



 朝食を終えて支度をしたら、クルルとラドラにはいつも通りネックレスと腕輪になってもらい王都へ向かった。

 レーニア通りの目立つ角に建てられた、真っ白な外観にお肉の赤い看板が目立つ店。

 ティムティムミート王都店も、ココイ村の1号店と同じ外観を再現してサクッとリフォームさせてもらった。

 さすがに5日でリフォームまでは普通だと厳しいので、そこは俺の出番だ。


 スタッフの面接ついでに外観と内装もリフォームすると、ジェミィが腰を抜かしていた。

 ココイ村のときもそうでしたよね、と言ったけど目の前で見るのは初めてだったらしい。

 ルーファスもこれは……王都の住居問題が一瞬で解決、とか何とか言ってたけれど聞かなかったことにした。


 そういえばジェミィは、王都とココイ村の往復ができるように空間移動の魔石を渡したときもひどく驚いていたっけ。

 忙しいのにずっと王都に居てもらうのも申し訳なくてほんの気持ちのつもりだったのだけれど、こちらも空間移動という新たな商売が成り立つらしく王都ツアーもできるんじゃないかい、とブツブツ言っていた。


 魔石といえばマジックバッグの量産だが、こちらはジェミィが動いてくれてすでに実用化できる状態まできていた。

 スロウシープの羊毛を使うならばと、立ち上がったのはタバラ町の職人たち。

 すぐに20以上の案を出してきたのはさすがといったところか。


 試作を重ねて完成したのは、フェルト生地で立体的に作られたお肉モチーフの肩掛けポーチ。

 ティムティムミートの看板と同じ生肉のモチーフもあれば、フライドコッコの形やカツサンドの形まで。

 全部で10個作られたポーチは、どれも違う形をしていた。


 同じ物を作らないことで、どのポーチを誰が持っているか視認性をし易くすることが目的らしい。

 スタッフだけが使用できるように設定はできるけれど、なくなったときにすぐに分かるようにするということだった。

 あと、形が他にないデザインなので配達スタッフということがすぐに分かるし店の宣伝にもなることを狙っている。


 これを使って貴族や飲食店にも配達に行くことで、定期的な売り上げ安定と需要の把握にもなる。

 多すぎれば制限すればいいし、余裕があれば営業にも回れるといったところだ。

 ルーファスの作戦だが、ここまでされるとさすがに王都の肉は全て賄うつもりで考えなければいけない。


 幸い、コッコもワイルドボアも充分に増えている。

 オーロックスは制限が必要だが、1頭が大きいのでそれなりに供給はできるだろう。

 亜空間で育てているコッコは、外の結界よりも魔力が濃いからか増えるスピードがさらに早いことがわかってきた。

 ワイルドボアとオーロックスも亜空間で育てることにしたので、足りなくなることはないと思う。


 店の中に入ると、もうルーファスとジェミィがスタッフを仕切って販売準備を進めていた。

 ココイ村の店舗より10倍は広い店内には、販売用のカウンターが5つ。

 奥に10台設置した大きな冷蔵庫の手前には肉を切り分けるスタッフが数名と、広々とした調理スペースには調理専門のスタッフが次々とフライドコッコや串焼き、カツサンドを作っている。

 30名雇ったスタッフが開店日は総出で対応に当たっており、店内は活気にあふれていた。


「ティム! こっちは準備万端さね、さぁ店長が確認しとくれ」


 ジェミィが俺を見つけて声をかけてくる。

 促されるがままに、肉のチェックと調理メニューの試食、スタッフの接客マナーまで確認をしていった。


「……ええ、どれも問題ないですね。ジェミィさん、準備をありがとうございます」

「こんな魔石を貰っちゃあねぇ、その分は働かせてもらうさ」


 渡してからすぐに指輪に加工された魔石を自慢げに見せてくるジェミィ。

 余程嬉しかったのだろう。魔石が、というよりは新しい儲かる算段がついたことが、だろうけど。


「これはティム様、開店までまだ時間がありますが来ていただけたのですね」


 話しかけてきたのはルーファスだ。

 式典用に長いローブを着ているが、手にはいつもの魔法板を持って何やら色々と書き込んでいる。


「おはようございます。ルーファスさんも、準備をありがとうございました。まさかこんな短期間で王都店が開けるとは……」

「いえ、ティム様のお力がなければこのような立派な店にはできませんでした。間もなくジルウェイン王子も到着しますので、ぜひ案内していただけますか」


 ジルも早めに来るのか。色々と話したいこともあるし、楽しみだな。


「ええ、もちろん」


 ルーファスに返事をしてからそれ程経たずに、ジルが豪華な馬車に護衛をつけて現れた。

 護衛についているのは騎士団長のシヴィルだ。

 こちらに気づき、ルーファスには見えないようにニッと笑って見せる。


 シヴィルに差し出された手を取って、馬車から降りてきたのはシヴィルの胸程も届かない身長の小さなジル。

 式典らしくベルベットレッドのマントを着て、真っ直ぐに見据える目はとても凛々しく風格だけは王のそれを遥かに超えていた。


「ティム! 会いたかった」


 俺の姿を見て、子供らしく顔を綻ばせるジル。

 そんなジルを見てルーファスの目が潤んでいた。


「ジル、来てくれてありがとう。俺もジルと話したかった」

「そう言ってくれると嬉しいよ。ここが、ティムのお店かぁ……」

「開店前に案内するよ、ジルにも食べてもらいたいんだ」


 店の中に一緒にジルを連れて行き、ルーファスに軽く目配せした。

 ジルは、大きな冷蔵庫にも驚いていたし、スタッフ1人ひとりにも声をかけてくれて店の内装もいいと褒めてくれた。


 カウンターで、スタッフにステーキサンドを2つ注文する。

 すぐに用意されたそれを、店内のカフェスペースで一緒に席について食べようと誘った。

 

「……すごく、いい匂いだね」

「まぁ、食べてみてよ。王室御用達にするのに、ジルが食べたことないなんて言えないだろ?」

「うん……、そうだね。じゃあ、いただくよ」


 焼き立ての分厚いステーキが、バター醤油風のソースのいい香りと相まってすごく美味しそうな匂いを漂わせている。

 ステーキサンドをじっと見つめたジルが、ごくりと喉を鳴らした。

 小さな口を大きく開けて、がぶり、とひと口。

 ステーキから溢れ出した肉汁が、バゲットに吸いきれずジルの手に零れた。


「んむ、うわ、ぁ……! 美味しい!! お肉が柔らかくてジューシーで……、こんな美味しいお肉初めてだよ……! ソースも食べたことない味だけど、すごく美味しいね。パンもパリパリで香ばしくて、お肉とよく合ってる」


 キラキラと目を輝かせて嬉しそうに感想を話してくれるジルは、とても幼く見えた。

 いや、それこそが年相応と言うべきだろう。

 いつものジルは、背伸びばかりしているのだから。


 朝食はお互い食べてきたはずだが、ステーキサンドは別腹といった感じでペロリと平らげてしまった。

 俺に至ってはさっき同じものを食べてきたというのに。


「ふぅ、すっごく美味しかったよ! ティム、これはステーキサンド、と言うのかい?」


 商品名を聞かれて、ふと思いつく。


「ねぇジル、そんなに気に入ってくれたなら、このステーキサンドの名前はジルウェインサンドにしようか?」


 ほんの思いつきだったけれど、ジルの目がぱあっと輝いて、それはいいね! と俺の手を取ってぶんぶんと振る。

 ルーファスに聞くと、ジルウェイン王子がよろしいのでしたら……、と大人しく言っていたが、あれは内心嬉しくて泣いているやつだ。


 大急ぎでメニュー表を変え、ジルウェインサンド、通称ジルサンドが完成した。

 自分の名前がついた看板メニューに、ジルもすごく嬉しそうにしている。

 国民の期待の塊になっている王子の名前がついたメニューなんて、王室御用達の中でも最高ランクになるだろう。

 後ろでジェミィが、やってくれたねぇと呟いていたのは聴こえていた。



 そして、いよいよ開店1時間前。

 店の前の通りは通行規制がされ、店の入り口でジルウェイン王子から褒賞としてのティムティムミート王都店授与と、王室御用達の証を授与する式典が行われる予定だ。


 店の前に恭しくベルベットレッドのカーペットが敷かれ、周りから見えやすいように雛壇が置かれた。

 店に並ぶ客は列を整備されてはいるが通りに溢れんばかりに集まっており、さながらパレードでも始まるかのような賑わいとなっている。


 時間になり店の中から現れたジルが雛壇に登ると、割れんばかりの歓声が起きた。

 ルーファスが進み出て、魔法で声を大きくしてから話し始める。


「それでは、王都を救った英雄、ティム様への国王からの褒賞を授与いたします。本日はジグヴァルド王に代わり、ジルウェイン王子から賜ります」


 雛壇に立ったジルウェインと、一段低い場所で向かい合う。


「ティム、此度の働き、誠によくやってくれた。父に代わり、心より礼を言う。褒賞は、ティムの経営する肉屋を王都に開くための店舗である。この店は王室御用達のSSランク店舗に認定する。良いな」


 そう言ってジルが渡してくれたのは、特大サイズの魔石が埋め込まれた表彰楯。

 全体を覆うクリスタルの台座にロイヤルブルーの魔石が固定されていて、その上には赤に金の縁取りがされた王室の紋章が大きくつけられていた。

 ……これ、いくらするんだろう、なんて考えるのも怖い感じだ。


「……ありがたきお言葉、しかと受け取らせていただきます」


 恭しく表彰楯を受け取ると、ルーファスが軽く頷いて話し始めた。


「これで、ティム様にこの店は授与された。コロッセウムの屋台でこの店の肉を食べた者も多いと思うが、今日発売となる新メニューの名前をここで紹介したい。ジルウェイン王子がいたくお気に召され、国民の皆に親しんで食べて欲しいと名をいただいた、ジルウェインサンドだ。オーロックスのステーキを挟んだこれまでにない美味しさだが、数量は限定になるため1人2つまでの購入制限となる。ぜひ、王室御用達の味を楽しんでいただきたい」


「……ジルウェインサンドだって!?」

「王子様の名前がついているなんて、きっとものすごく美味しいに決まってるわ……!!」

「オーロックスの肉なんて、食べたことあるか? 俺はない! ……めちゃくちゃ美味いんだろうなぁ」


 観衆が一気にザワつき、早く食べたいという声があちこちから聞こえてくる。

 ……ルーファス、宣伝しすぎだよ……。


 開店まであと30分となり、列を整理してもらい注意事項を案内した。

 ケガのないように押したり走ったりしないこと、順番を守らない場合一番後ろに行ってもらうこと、購入制限について何度も並び直さないことなど。

 

 開店すると、初めてにも関わらず列は順調に捌けていった。

 さすが鍛えられたスタッフたちだ、ジェミィの教育も行き届いているのだろう。

 ジルサンドは飛ぶように売れていて、開店日だけ500食用意していたが30分程で完売してしまった。

 他のメニューも大人気で、すごいスピードで捌いているが客足はなかなか途切れそうにない。


「これなら、大丈夫そうですね。ジェミィさん、ルーファスさん、ありがとうございます」

「なぁに、お安い御用さね。1日でこれだけ売り上げが上がってくれれば、ギルドにもかなり入るからね」

「私は、ジルウェイン王子の笑顔が見られただけで感無量です……ティム様、ジルウェインサンドのネーミング、敬服いたしました」


 改めて深々と頭を下げられてしまうと、申し訳なくなってしまう。

 本当に、ほんの思いつきでジルが喜ぶかなと思っただけで。


「王子の名前をつけた食べ物など、国民食になりましょう。隣国に紹介もしやすいですし、ああ、何て素晴らしい……!」

「……なんか、すみません」


 何を謝ることが、と言われながら、馬車に戻ったジルに呼ばれて向かう。

 店のことが任せられるなら僕の部屋に来ないかと誘われて、断る理由もなく頷いた。

 

「じゃあ、後はお願いします。ジルに呼ばれているので」


 ジルが、といえばルーファスは断れないのが段々わかってきたので、お店のことはお願いしておいた。

 お肉は充分用意してあるし、なくなれば早めに店を閉めることになっているから大丈夫だろう。


 馬車に乗り込むと、ジルが嬉しそうに笑った。

 何をしようか、と話すと僕の部屋に着いてからね、と言われる。

 ジルの部屋で2人になると、そっとジルが耳打ちしてきた。


「僕を、ティムの魔法で連れ出して」


 ……いやいや、王子をこっそり連れ出したとかバレたら大変なことになるんだけど!?


「……ダメかな? 僕、外の世界がもっと見たいんだ」

「ルーファスに許可をもらった方がいいんじゃないか? ダメなことくらい、ジルが一番わかってるくせに」

「ルーファスはダメなんだ、アイツ全然融通きかないし」

「だろうな」

「だからさ、ティムならバレないようにできる方法知ってる気がして」

「……ジルはさ、何が見たいんだ? 俺だって、どこでも行ける訳じゃないしな」


 ちょっと悲しそうな顔をしたジルは、少し黙った後話し始めた。


「……真実が知りたい、ただそれだけだ。与えられる情報だけじゃなく、自分の目で見たものを信じたい。そうするだけの自由は、僕にはないんだ」

「自由、か。ジル、自由と自分勝手を履き違えないほうがいい。わかってるだろうけどな。ジルを守ろうとたくさんの人が動いてる。それを裏切ることが、お前の王子としてのこれからに傷をつけるかもしれない」

「王子としての立場は弁えているつもりだ。……でも、僕だって1人の子どもでいたいときだって……あるよ」


 話は、そこまでで終わった。

 ジルが話を変えて、魔石の作るところを見せて欲しいと言い出したからだ。

 その日は、ジルの部屋で2人で色々な話をして時間が過ぎた。

 ジルはもうさっきの話はしなかったけれど、俺はジルの言葉を忘れることはなかった。


続きが読みたいと思った方はブクマ・評価をどうぞよろしくお願いします。

感想や誤字報告もありましたら大変ありがたいです。

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