第42罠 卵と一緒に引きこもり
異世界生活42日目。
卵と一緒に家に引きこもってから、4日目の朝を迎えた。
外出はドッポのところくらいで、エレノアからジェミィに状況を伝えてもらいランドールへの肉の納品もお願いしてもらった。
ちゃぷん、と時折揺れる卵は魔力を充分に吸って孵化の時を待つばかりだ。
俺はというと、久々のゆっくりとした時間を持て余してファームの拡張と整備をしたり、魔石を無駄に作ってみたり。
毎日焼肉も飽きるので、ステーキやすき焼き、しゃぶしゃぶなど料理も色々作っては肉を食べ続けた。
卵に吸わせる魔力を蓄えるために肉を食べるなんて、まるで俺が母親になったみたいだ。
でも、卵のうちに吸わせた魔力量で産まれたドラゴンの強さも違ってくると聞いてしまったからには、頑張らざるを得ない。
何でも、ドラゴンたちは卵を産む前に魔力溜まりを入念に探して場所を決めるのだとか。
アクアドラゴンも、今のこの世界ではどんな魔力溜まりよりも俺の側が一番だと踏んだのだろう。
暇を持て余して作った魔石は、100を超えた。
アクアドラゴンの魔石のような特大サイズを目指して何度も試作を重ねようやく出来上がったのは、見事な球体に金色の檻のような模様が入った魔石だ。
効果は、見た目の通り結界魔法。
金色の檻で捕獲できる、言わば永久牢獄のようなもの。
使うことはまずないだろうが、面白いものができたと一人で悦に入っていた。
あとは、ちまちまと作っていたのはアイテムボックス機能のついた魔石。
これが使い勝手が悪く、出し入れの細かな調整が効かない。テーブルの上のコップを入れようとすると、テーブルまで入れてしまう、といった感じだ。
改善すべく色々試した結果、スロウシープの羊毛で編んだ袋の底に魔石を取り付けてみた。
スロウシープの魔法反射効果がいい具合に袋の中と外を断絶してくれて、袋の中に入れれば収納、袋の中の魔石に触れれば取り出しができる。
……マジックバッグって貴重品だと聞いていたので、これが量産できれば肉も腐らず運べるしすごく便利だと思っている。
今は俺が編んだ下手くそな袋だけど、そこはジェミィに相談してスロウシープの羊毛をいい鞄に加工してくれる職人を探したい。
ーーそんなことをしながら、3日間はあっという間に過ぎた。
卵に触れて魔力を注ぎながら、強く育つんだぞ、なんて話しかける。
すべすべとした卵を触っていると、コツン、と指に伝わる振動。
「……もしかして……!」
孵化が、近いのかもしれない。
3ヶ月が4日になるのはさすがに成長早め過ぎだとは思うが、楽しみで仕方がないので早く産まれて欲しいというのは正直なところだ。
「うまれるのか!? オレもうまれるところみたいぞ!!」
「まだだよ、でも近いかもしれないな」
卵のまわりをうるさいくらいにグルグル回っては疲れて寝るを繰り返していたクルルがまた起きてきた。
俺が魔石を作っている間も、ドラゴンの子守歌を歌ってみたり昔の映像を見せてみたりと、ずっと卵につきっきりだったからな。
長命種にとって、それ程新しい命の誕生は大きなイベントなのだろう。
卵を撫でていると、またコツン、と振動が触れた。
中で動いたのか、重心がずれて卵が大きく揺れる。
これは、もしや本当に……。
「クルル、本当に産まれそうじゃないか!?」
「オレ、ずっとみてるからな! よーし、がんばってカラをやぶれ!!」
卵に声援を送るクルル。それが聴こえたかのように、一段と卵の動きが激しくなった。
ゴツ、ゴツと先程よりも力強く殻に当たる音がする。
殻、硬そうだな……。
俺が手伝えることとすれば、魔力を送ってやることくらいだ。
ーー卵を触れる手に、魔力を込める。
誰よりも強く、その強さは周りを守るための優しさに使える、そんなドラゴンに育ってほしい。
なんで、そんなことは俺のエゴでしかないけれど。
どうか、無事に産まれてくれますように。
願いを込めながら、魔力を注ぐ。
魔力に応えるように、卵が水の中で暴れ始めた。
結界の中なので、転がっても外にぶつかるものはない。
自力で、殻を破って出て来るしかないのだ。
頑張れ、頑張れと、応援するしかできないのがもどかしい。
クルルも、横で固唾を呑んで見守っていた。
どれくらい経っただろうか。
突然、中からの大きな振動とともに殻にピシリとヒビが入った。
続けて2回、3回と卵が暴れる。
ヒビが少しずつ広がり、パキリと音を立てて、割れた。
「……やった!! ティム、みてたか!?」
「うん、うん……!! 姿は!?」
最後は勢いよく殻が割れて、可愛らしい頭が出る。
『……プキュウ……?』
アクアブルーの体色に、丸みを帯びたフォルム。
ドラゴンというには、……可愛すぎる。
大きく丸い眼は、深い蒼色。
ころんとした前足には、ちょこんと爪が生えている。
長い尻尾で上手くバランスを取ってよいしょ、と座り直した赤ちゃんドラゴンは、俺の目をじっと見てにぱぁと笑った。
『……パパ!!』
「……っ、いや、俺はパパじゃなくて……!! そ、そうだ、名前、名前を……ええと……っ」
数日間考えた割に、こういうときになって何も出て来ない。ええと、ドラゴン、ドラゴン……!
「……っ、君の名前は、ラドラ。これからよろしくね」
ーー言い終えたかどうかの瞬間、ラドラの体が光り輝く。
「ケイヤク、セイリツだな」
「……今ので? 光っただけだったけど」
「ああ、これでオレたちはずっとイッショだ。……ティム、しぬなよ? オレもラドラもナガイキなんだぞ」
「……はは、無理言うなよ」
クルルの目が、案外本気だったのであえて笑って返した。
……これは本当に、長生きする方法も考えないといけないかもな。
卵の殻がなくなっても、水のゆりかごを纏ったままのラドラは宙にぷかぷかと浮いている。
時折近づいてきてはくっついてじゃれてくるのがとても愛らしい。
産まれたこと、アクアドラゴンに伝えないと。
「ラドラ、本物のパパとママに会いに行こうか」
「……キュ?」
亜空間に行き、アクアドラゴンを大声で呼ぶ。
湖面が揺らぎ、数秒後にざぶん、と巨体が現れた。
『……産まれたか!! ……いや、さすがに早すぎやしないか? まだ、数日しか経っておらんが』
「結界に成長促進作用があって、早くなったみたいで」
「……プキュ!! キュウ!!」
目の前に現れたアクアドラゴンを見て、ラドラは驚きはしたが喜んでいるみたいだ。
すぐに妻を呼んできたアクアドラゴンが、我が子の姿を見て涙ぐむ。
『お、おぉ……我が子よ』
「ラドラ、パパとママだよ」
『ラドラと、名付けたのか。……うむ、良い名前だ』
『……ええ。名付けをしていただき、ありがとうございます』
「アクアドラゴンなのに、全然関係ない名前にしちゃって……」
『……ティムよ。気づいておらぬか、自分のしたことに。その子は我が子ながら、アクアドラゴンではない』
「……え!? どういう、ことですか……?」
慌てて、ラドラに鑑定をかける。
もしかして、もしかしてだけどプレミアムドラゴンになってたりしないよな……。体中から変な汗が噴き出てきた。
『鑑定:アクアマリンドラゴン アクアドラゴンの上位種。魔力を充分に与えられて育つことで生まれる。体長10メートルを超える大型竜種。水属性の魔法を得意とし、アクアマリンという名前の如く宝石のように美しいと称される姿は竜種の中でも至宝とされる。レア度:SSS』
……アクアマリン、ドラゴン……?
アクアドラゴンでも充分すごいのに、さらにその上位種とかあるのか……。
「アクアマリンドラゴンなんだね、ラドラは」
『キュウー!!』
ラドラが喜んで翼をバタつかせる。
レア度が見たことないやつになってたけど、これは胸にしまっておこう……。
「そういえば、性別とかって分かるんですか?」
『お前……、分からずに名付けたのか? どう見ても可愛い雌ドラゴンではないか……!!』
……え、そうなの? 見た目で分かるもの?
クルルの方を見ると、うんうんと頷いている。分かってなかったの、俺だけか……。
名前は、まぁどっちでも大丈夫な名前じゃないかな。
『ティムよ、……異種間でも子を成さぬことはないが、お前に嫁がせるために任せたのではないからな!?』
「……は!? 何言ってるんですか!!』
さすがに、気が早過ぎやしないか……。
俺も、娘がもしいたらそんな気持ちになるのかなぁ。
アクアドラゴンにまた見せに来るからと話して、亜空間から戻る。
しかしこれは……、クルルみたいにネックレスになれるわけでもないラドラを、この先どうするか。
ドラゴン連れて歩いてたら、街中大騒ぎになるよな。
「ラドラ、連れて歩くの心配だなぁ……」
「たしかに、こんなにカワイイからさらわれたらタイヘンだ!」
「クルルみたいにネックレスになれれば目立たないでいられるんだけど……」
それを聞いたラドラが、こてんと首を傾げる。
クルルが、目の前で俺のネックレスに変身した。
それを見たラドラが、キュウ! と驚いて興味深そうにネックレスに擬態したクルルを観察する。
「キュ! キュウウ……ッ!」
ぽんっ、と目の前のラドラが消えて、俺の手首に美しいアクアマリンの宝石がついた腕輪が現れた。
「うわっ……! ラドラ、今ので覚えたのか……!?」
「キュ! キュウ!!」
ぼうん、とまた元の姿に戻るラドラ。
……どうやら、ものすごく優秀らしい。
人前では腕輪の姿でいることをお願いすると、こくこくと頷いてくれた。
これなら、人前でも安心かな。
エレノアも心配しているだろうし、まずは関係各所に報告に行かないと。
……あまり気は乗らないが、エレノアにまず報告するならモリウスのところだろう。
アクアマリンドラゴンのことも知っているかもしれないし、聞いてみる価値はあるかもしれない。
手土産代わりに肉を持って、魔物研究所へ向かう。
エレノアがもしいなければ、手短に切り上げて帰ろう。
いつものように開いている扉を開けて、今日ばかりはそっと入る。
奥の様子を伺うと、話し声が聞こえた。エレノアだ。
「モリウス、ちょっとは寝たらどうなの? ずっと不眠不休なんて体を壊すわ」
「ドラゴンの卵が孵るかもしれないなんて時に、寝てなんかいられるか!? ああ、夢にまで見たアクアドラゴン……、産まれたばかりの子ドラゴンなんて生涯で見たことのある人がいただろうか……!」
「産まれたら、きっとティムのことだからすぐに知らせてくれるわよ。少しでも寝ないと……」
……やっぱり。ドラゴン好きのモリウスのことだから、絶対に見たがると思ってた。
ラドラはまだ産まれたばかりだし、人にも慣れてないから負担はかけたくないんだけど……。
エレノアには報告しないといけないし、モリウスがしつこいときはすぐに腕輪に戻そう。……よし。
「あの、エレノアさん」
「「ティム!?」」
2人して、そんなに驚かなくてもいいだろうに。
こっちを見て、側に子ドラゴンを連れていないのに気づいて明らかに落胆しているモリウスの顔がひどい。
「ご報告に、と思ったんですが……。今、大丈夫ですか?」
「いいも何も、待ってたわ。……産まれたのね?」
はい、と返事をしたときの、父親でもないのに号泣したモリウスの顔が忘れられない。
それでドラゴンは、とモリウスに食い気味に言われて、咄嗟に今は連れてきていないと嘘をついてしまった。
ラドラも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの初対面の男性とは話したくないだろう。
「それで、あの……。モリウスさん、アクアマリンドラゴンってご存知でしょうか」
「ぐす、うう……会いたかった……。アクアドラゴンじゃなくて、アクアマリンドラゴンのことかい? 僕も伝説として本で読んだことしかないけれど、それはもう宝石のように美しいドラゴンで、聡明で弱き者を守り魔王も倒す強さを持っていたと書いてあったような……。ドラゴンは確かに大型で強いモンスターだけど、そんなドラゴンが本当にいるのかは疑問だなぁ。もしいたら、ぜひ会ってみたいけどね。……あ、もちろんアクアドラゴンの子どもに会いたいのが今は一番だからね!? 今度は絶対、連れてきて欲しい」
伝説の存在……。ラドラって、そんなにすごいドラゴンなのか。強くなるようにって、魔力はたくさん注いだけども。
とりあえずは、アクアドラゴンということにしておこう。
伝説のドラゴンを連れてるとか知られたら大変だ。
ただでさえ、伝説の肉屋として知られてしまっているのに。
エレノアに、王様への依頼達成報告をどうするか、どこまで見せるのかを相談することにした。
エレノアも1人で判断しかねたようで、急遽集まったのはランドールの屋敷だ。
領主への報告をすっ飛ばすのもまずいらしく、その報告も兼ねて、かつてのパーティーメンバーで気心の知れているエレノア、グラン、ランドールの3人で会議となった。
ランドールには焼肉の後にダンジョンに行ったところからの報告になるため、2人には悪いが改めて最初から説明することになった。
「……ということなんですが。それで、この子がラドラです。今日産まれたばかりなので、あまり刺激は与えないでいただけると」
この3人には見せておくべきかなと思い、人払いをしてもらってからラドラを出した。
「……話の展開についていけていないのは、私だけなのか? 何をどうしたら焼肉を食べたやる気でダンジョンにふらっと行って初回で踏破したあげくアクアドラゴンを2頭も捕獲してスタンピードも阻止して湖も守り、子ドラゴンを飼っているんだ……?」
「ランド、よく分かってるじゃない。流れはそれで間違ってないわ。おかしいのは、ティムの能力だけよ」
「あぁ、そうだな。一緒に戦って俺もよく分かったよ。もう何が起きても驚かないって思っとかないと、心臓が何個あっても足りん」
「……グランさん、本当に驚かないですか」
「ん? ああ、俺は何があってももう驚かん! お前のすることにいちいち驚いてられるか」
……そんな風に言われると、驚いて欲しくなるなぁ。
「ラドラが、アクアドラゴンじゃなくてアクアマリンドラゴンだと言ってもですか?」
「「「……は!?」」」
エレノアが、ラドラを凝視して固まった。
ランドールは頭を抱えて青くなり、目を合わせない。
グランは、驚きすぎて椅子から転げ落ちた。
……ほら、驚いてるじゃないか。
「……全員、今のは聞かなかったことにするわよ、いいわね?」
「無論、私は今気絶していたらしいので何も聞いていない」
「……いやいや、おい……夢か? あ、夢だったな。そうか、夢か……」
3人とも、現実逃避をし始めた。
どうやら、本当に聞かなかったことになるらしい。
「いやあの、むぐっ……」
「ティム、ここから先は何も言わずによく聞いていてくれる?」
エレノアに口を塞がれたので、黙ったまま頷く。
もうこれ以上、情報を増やすなということか。
この前作った魔石、綺麗だから見せたかったんだけど。
鑑定にかけたら魔王クラスも封印できるらしく、ヤバい物だということだけは確定しているので見せない方がいいのだろう。
「ジグヴァルド王には、ドラゴンの達成報告だけでどうだ? その方がシンプルだろ」
「どこで捕獲したのかって話になったときに、芋づる式にユグルス湖のダンジョンのことと湖一帯が結界で保護されている話は言わなくても王の耳には入って繋がると思うわ。秘匿していたことが後でバレるリスクが高いなら、初めから言うべきよ」
「しかし、ユグルス湖一帯を結界で保護できる能力を公にしてしまうと、ティムの能力を他の場所にもと王からの要請が入るのは必然だろう。ローレリア王国全体に結界がかけられれば、モンスターが増え食糧難は解消されるからな」
「そうなれば、他の国が目をつけるだろうな。どの国も食糧難に困っているのに、うちだけ解決されるなんておかしいことはないだろ。すぐにバレる」
「……外交のことは、私も専門外よ。その辺はルーファス宰相に相談した方がいいのかも。……はぁ、もうここまで話が広がるとこんなメンバーで話し合う範疇超えてるのよね。ねぇティム、あなたは……どうしたいの?」
エレノアの問いに、3人の視線が集まる。
……俺は……。
「……こんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、自分の好きなように生きるって、決めているんです。ココイ村の人たちはみんな優しくていい人たちで、喜んでくれるから肉屋も始めただけで。王様の依頼も、王様と話して困っているのを助けたいと自分が思ったから。……だから、まだ会ったこともない他の国の人たちのことも、世界のことも、僕にはまだ分からない。モンスターが土地の魔力不足で苦しんでいるのも見てきたから、人だけじゃなくてモンスターだって助けたいと思ってます。自分が、どこまでできるか分からないけど、好きなように、自分のしたいことに素直に生きたいなって。……わがままで、すみません」
3人が、優しく笑う。
隣にいたグランが頭にぽん、と大きな手を乗せて俺の髪をぐしゃぐしゃにした。
「お前なぁ……。まだ子どもなんだ、1人で背負い込まずに、周りを頼れ。頼りないかもしれんが、お前が1人で頑張る度に俺は心配でならん」
「そうよ、まだ小さいんだから。ちゃんと守ってあげるから、安心して?」
「本当ならアーベスト家に養子に入ってもらいたいところだが、ティムはそれで収まる器じゃないからなぁ。困ったことがあれば何でも言いなさい。私はいつも味方だからね」
「皆さん……ありがとうございます」
ーー結局、明日王様に報告に行くことにしてこの場は解散となった。
どこまで正直に話しても、その後のフォローを周りがするから大丈夫、という話になったようだ。
ラドラは、すやすやと眠っている。
寝顔もとても可愛くて、思わず顔がニヤけてしまう。……俺も、親バカになりそうだな。
クルルもラドラと遊びたいだろうから、早く家に帰ろう。
今夜もたくさん肉を食べて、魔力を養わないと。
……ラドラって、何を食べるんだっけ……?
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