第17罠 モリウスの憂鬱
異世界生活17日目。
昨夜はミティたちと腹一杯ワイルドボアの焼肉を食べた。
みんなで囲む食卓。楽しい会話。
焼肉は、とても美味しかった。
けれど……、焼肉をしたことで、俺は気付いてしまった。
牛が……食べたいのだということに。
朝の日課を済ませてから、モリウスに貰っている依頼書を引っ張り出して改めて内容を見てみた。
数が多すぎて今まであまり真剣に見ていなかったけれど、もしかしたらこの中に牛みたいなモンスターがいるんじゃないか。
牛が見つかればファミィに牛乳も渡せるようになるし、ケーキも作れるようになるかもしれない。
今受けられる依頼はBランクまでだけど、依頼書は Sランクまでもらっている。
一枚ずつめくって見てみると、依頼書にはモンスター名と依頼内容、達成条件、報酬、期限について書いてあった。
モンスター名だけでも、それっぽいのがいないかな……。
Sランク、ミノタウロス……確か牛が頭だけど、体は人間だったよな……人型はちょっとな。
Aランク、バイコーン……これは馬だな。ユニコーンみたいな奴だよな。
悩んでいると、突然すごい勢いで玄関をピンポンする音が聞こえてきた。
こんなことをするのは、……あの人くらいだ。
「久しぶりねー、ティム! 依頼は進んでる?」
玄関を開けると、黒い三角帽子を被ったエレノアが勢いよく入ってくる。
ちょうど良かった、魔石のことも聞きたいと思ってたし、牛のことも知っているかもしれない。
「エレノアさん、おはようございます。良かったら、ワイルドボアの串焼き食べます?」
食べる!! と元気のいい返事とともに自分の家のようにソファで寛ぎ始めるエレノアに、熱々の串焼きを渡した。
「はむ、んん〜〜っ! 香ばしくて美味しいわね、柔らかいし臭みもなくて、ワイルドボアじゃないみたい!」
先手必勝で串焼きに夢中になっているエレノアに、先に話を持ちかけてみる。
この人のペースに巻き込まれると大変だからな……。
「探しているモンスターがいるんですけど、頭に角が生えててモーって鳴き声の……」
「っていうかティム! モリウスのところに行ったんだけど何よあれ!?」
……うん。この人話聞かない人だった。
「何って、」
「ものすごい大きな建物が出来ててびっくりしたのよ? ジャックウルフを引き取りに行ったら、モリウスしか入れないし中からジャックウルフも出せないとか言われちゃって」
そういえばモリウスしか入れないように登録したんだった。ジャックウルフも中で昼寝して寛いでたな、確か。
「……それは、すみません」
「すぐ謝れるのはいいことよ、少年。じゃあ、早速案内してもらえる?」
ーーやっぱり、そうなりますよね。
空間移動でモリウスのいる魔物研究所へ向かう。
この前キングフォレストスネークを連れて行ってから少し経っているけれど、餌が足りているかとか様子を聞きにいこうと思っていたところだった。
「おはようございます、ティムです」
玄関扉の外から声をかける。
エレノアは、何も言わずにズカズカと中に入っていった。
「入るわよ。ティム、モリウスはね、夢中になると周りの音とか気にならないから待つだけ無駄よ」
「は、はぁ……」
いいのかな、と思いつつエレノアについて行く。
モリウスは、奥の部屋で何かを必死に書いている様子だった。
「モリウス、ティムを連れてきたわよ」
エレノアに肩を軽く叩かれて、モリウスは初めてこちらに気付いたように顔を上げた。
「あぁ、エレノアか。それにティムも。見てくれ、ティムが捕獲してくれたモンスターの観察記録だ。今まで見ることの出来なかった生態が、こんなにも分かるなんて……! 昨夜は一晩寝ずに夜間の生態を観察していたんだけど、夜間の行動を安全に観察できるのは画期的だよ!」
「モリウス、あなたちょっと頑張りすぎよ。寝てないなら今日は休みなさいな」
「いやでも、そうは言っても……」
エレノアが、明らかに目の下に隈の出来ているモリウスの顔を見てため息をつく。
「ティム、とりあえず中を案内してくれる? モリウスも、どうしてそこまで夢中になっているか理由を教えてくれるかしら」
「……分かったよ、とりあえず一緒に見てくれ」
先日作った動物園……もといモンスター園の中に3人で入る。
エレノアも入れないと困ると言うので扉に登録をした。
モリウスとも仲がいいみたいだし、何かあればエレノアにも助けてもらえるだろう。
作ったのは、ココイの森エリアと、シュアティレイクの森エリア、そしてキングフォレストスネークのエリアの3つ。
これからさらにエリアが増えることを考えて、増設できるようにしてある。
入り口から最初に現れるのが、一番モンスターを多く入れているココイの森エリアだ。
レーラのスキルで大量に捕獲できたモンスターを全部入れたので、20匹くらいはいるはずと思って中を見る。
ガラス張りで区切っているので中は上から下までよく見えた。
……そこには、100匹を超えるモンスターが生き生きと暮らしていた。作ってから、4日しか経っていないのに。
「……増えてます、ね?」
「そうなんだよ、毎日観察する度にどんどん増えていっていてね。幼体の時間も少ないし、ちょっと見逃すとすぐに成体になっているんだ」
結界の成長促進作用は、ここにも効いていたらしい。
むしろどうやったらこの効果を無くせるかが分からない。
「……ティム? 何をしたのか教えてもらえるわよね?」
「コッコとワイルドボア、美味しかったですよね? それと同じです。結界内は成長促進作用があるみたいで」
「何だと!? 成長促進……! いや確かに肉屋をしているとは聞いていたが、まさかここまでとは」
驚きながらメモを取るモリウスを、エレノアが呆れた顔で見ている。
「成長促進ねぇ……、このエリアだけでも充分広いけど、まだ奥があるの?」
「そうですね、右奥がシュアティレイクの森エリアです。そっちは、まだ数匹しかいなかったはずですが」
歩きながら話して、シュアティレイクの森エリアの前に来た。
ガラスの向こうにはシュアティレイクの名前の通りに湖もあり、湖畔の穏やかな草地と木々が美しい。
見ていると、木の裏からそっとロールリスが顔を出すのが見えた。木の実を手に持って、硬い果皮を前歯で齧っている。
その後ろから、ぴょこっと現れたのはロールリスの子どもだ。それも、1匹ではない。数えてみると6匹いた。
「……こっちも、増えてますね」
「可愛いのね、ロールリスって」
「可愛いなんてもんじゃないさ、ロールリスはただでさえ警戒心が強くあまり人前に姿を現さないんだ。それも子育て中ならなおさら……。すぐに成長してしまう前に、少しだけ観察させてくれ!」
またもメモを取り続けるモリウスは、余程モンスターが好きらしい。
そんな姿に慣れているだろうエレノアも、今日のモリウスの姿にはさすがに呆れていた。
これまでの魔物研究所は、魔物研究所というにはあまりに何もない環境だった。
しかし、急にこんな施設ができてしまったのだ。
欲しい玩具を手にした子どものように、目を輝かせるのは当然なのかもしれない。
「……もう見なくてもいいくらいだけど、その奥が最後のエリア?」
「ええ、環境はシュアティレイクの奥の森に近くしていますが、湖畔よりも草丈が高く湿って薄暗くしています。キングフォレストスネークが、そういうところが好きみたいなので」
メモを取り続けるモリウスを置いて、奥のエリアにエレノアと2人で進む。
エリアの中を見ると、キングフォレストスネークは捕獲したときよりも大きく活き活きとした姿になっていた。
数は1匹だけしか入れていなかったので、増えてはいないようだ。
「良かった、ここは増えてないです」
「あんな大きなモンスターが早々増えたらたまんないわよ。あれも食べれなくはないけど、増やすなら美味しいモンスターにして欲しいわね」
キングフォレストスネークって食べられるのか……、あまり食べたくはないけど。
モンスターを食べることが日常だったこの世界では当然なのかもしれないが、毒牙で威嚇してくる数メートルもの大きな蛇を食べようなんて、俺だったら思わない。
施設内をぐるりと見て回っていると、モリウスが満足そうに戻ってきた。
「いやぁ、ごめんごめん。ロールリス、可愛かったなぁ……」
「……まぁ、楽しそうで何よりね。それで、ジャックウルフのことだけど」
「あぁ、ティムに出してもらわないとだったね」
「いえ、出さなくていいわ」
エレノアの発言に、モリウスも俺も首を傾げた。
……まぁ、次の瞬間には目の前の人物はエレノアだったと思い知るのだが。
「ここ、魔法学校で見学に来ることにするわね。生徒が全学年で300人くらいいるから、何回かに分けて……。来るのは私が空間移動で連れてくるから大丈夫。あ、王様にも報告が必要よ、こんな大ニュース隠してはおけないわ。モリウス、報告書ができたら王様をここに連れて来るから案内しなさいね。もちろんティムも参加よ、あなたが作ったんだもの」
……怒涛の勢いで放たれた言葉たちを飲み込むのにしばらくかかったのは、モリウスもだろう。
「……ちょっと待ってください、そんなつもりじゃ」
「ティム、この施設……誰でも見学できるように結界を作り変えられるわよね?」
「え、えぇ……」
「良かったわ、ティムが優秀で。じゃあ今からお願いするわね。私は魔法学校の調整に行ってくるから」
そう言って、すぐに空間移動で消えていくエレノア。
「ちょっ……! またそういうことするんだから……」
「はは、エレノアは他でも相変わらずなようだな」
仕方ない、といった顔でモリウスが笑う。
「モリウスさんは、昔からご存知なんですか」
「そうだな、結構長い付き合いかもしれないな。昔からエレノアは強くて、モンスターを狩ってきて食べるのが好きでね。一緒に色んなモンスターを食べたものだ。残った皮や素材をくれて、そこからモンスターの生態を研究して遅くまで一緒に話し合ったものだよ」
「仲が良いんですね」
「いや、まぁ腐れ縁みたいなものだ。今はあいつの空間移動くらいしか、こんな辺境には気軽に来れないからな」
魔法学校の生徒が来るならここも忙しくなるな、と呟くモリウスの顔は、少しだけ嬉しそうにも見えた。
エレノアの無茶振りにため息を吐きつつも、モリウスや魔法学校の生徒のことを考えると結界をリニューアルしてもいいかと思い直す。
これまでは全体を建物として入り口にセキュリティを付与していたが、多くの人が見られる動物園と考えると各エリアのみ結界で覆うことにした。
半球上のエリア内にはその森を再現した環境とモンスター。周囲の歩道は整備し、結界に触れることのないよう柵を設置した。
せっかくなので、中にいるモンスターの紹介文を載せた看板を設置。鑑定先生が文面は教えてくれるので簡単だ。
餌をあげられる穴は残し、その横に餌置き場を設置。餌やりって何でか楽しいよね。
どんな餌をあげるかはモリウスにお願いしてみた。
スティック野菜やコッコの骨など、あげるモンスターによって種類は様々だ。
最後に『モリウス・モンスターガーデン』と入り口にアーチ状の看板をつけて完成。
看板を見せると、何もしていないのに自分の名前が付いているのは違う、つけるならティムガーデンだろうとモリウスが言い張る。
名前をつけるのはティムティムミートで懲りているので、ティムガーデンはやめてほしいとこちらも主張する。
結局、ローレリア国王が運営している魔物研究所ということで『ローレリア・モンスターガーデン』ということになった。
建物はとりあえずリニューアル完了で一安心だ。
ただ、せっかく見てもらうならもう少し種類を増やしたいと思ってしまう。
牛を探しに来たんだし、モリウスなら知っているかもしれないので聞いてみた。
「うーーん……、それだったら、オーロックスかなぁ。エレノアが美味いと言っていたよ。今も生息しているのか分からないけど、僕も見てみたいし依頼書を書こう。生息地は、ユルム森林からセジャス川の中腹辺りかな。まだそこにいればいいが、群れで移動するから見つからなければそこから範囲を広げて探すといい」
「オーロックス……聞いたことがないですね。ランクはどれくらいですか?」
「オーロックスはBランクだな。ティムはDランクだったか。あとひとつランクを上げる必要があるな」
オーロックスをすぐにでも探しに行きたいが、ランクが足りないと依頼が受けられない。
こっそり捕獲してきたところで、ここに置いてしまえばバレてしまうのは確実だ。
「……それなんですが、Cランクのワイルドボアならたくさんいるんですけど」
「……ワイルドボアか。あの突進を受けずに観察できるのは興味深い。依頼達成のサインならいくらでも書くが何頭いるんだ?」
「そうですね、150頭くらいいるので肉屋のことを考えると50頭までなら出せますが」
「な……! っ、50頭だと!?」
「少し時間がもらえれば増えるのでもっと出せるんですが」
「……いやいい、10頭もいれば充分だ。依頼達成を伝えておくから、ギルド長にランクアップを交渉してくるといい」
「ありがとうございます。10頭ならすぐ出せるので、キングフォレストスネークの向こうに新しいサパンの森エリアを作ってワイルドボアを入れておきますね」
頭を抱えたモリウスがサインをしてくれている間に、モンスターガーデンに行って新しいエリアを作る。
サパンの森は背の高い針葉樹林と落葉樹が密集していた。
地面には落ち葉が沢山積もり、落葉樹から落ちた木の実や土の中に生えた芋類をワイルドボアが掘って食べていた。
再現はファームでもしていたので、同じように木を生やし木の実や芋類を土に埋め、ワイルドボアを入れて完成だ。
戻るとモリウスが依頼達成用紙をくれたので、ギルドに戻って報告することとした。
エレノアが戻ってきたときのことはモリウスにお願いして、ココイ村に空間移動で戻ってきた。
依頼達成報告をするため、冒険者ギルドの扉を叩く。
中には、いつも通りのセレンとグランがいた。
「おぉ、ティムか。今日はどうした?」
グランが珍しく受付よりも先に声をかけてくる。
「依頼達成報告に来ました。あと、ランクアップのご相談も……」
依頼達成用紙を受付に提出する。ワイルドボア10頭に、少し前に捕獲したAランクのキングフォレストスネーク1匹だ。
「ワイルドボアだな。お前育ててるんだからこんなのドッポに持って行くのと同じだろ。あとは、キングフォレストスネーク……、Aランクのモンスターまで捕まえてきちまったのか」
「すみません、フォレストスネークだと思って捕まえたらキングがついてて……」
「まぁいいさ、モリウスは喜んでたか? 報酬ならちゃんと出るから安心しろ。それで、ランクアップの相談だったな」
「ええ、どうしても捕まえたいモンスターがBランクで。ひとつ上がってCランクになれば、依頼が受けられると思ったんですが」
「そうだな……、キングフォレストスネークの実績があることだし、Aランクまで上げたらどうだ」
「え!? いいんですか、そんなに飛ばしても」
「いいも何も、ティムの実績を考えれば当然だろ。ギルド長として、判断を誤ったつもりはないが」
グランがセレンにギルドカードを更新するように伝える。
こんなに簡単に上げてもらえるなら、初めからココイ村で相談すればよかった……。
「ありがとうございます。最初からグランさんにランクアップの相談をすれば良かったです」
「 Sランクに上がるのはこうはいかないからな。俺のときも大変だったが、 Sランクの昇級には試験がある」
「試験……ですか?」
「あぁ。試験といっても、実力を認めてもらうためのイベントみたいなもんだけどな。王様や大勢の観客の前で、王都のギルド長に戦って勝つんだ」
「王都のギルド長ってもしかして……」
「そうだ。あのスウィンだよ、最年少でドラゴン討伐したって自慢してくるアイツだ」
戦って勝つって……、剣も使えない自分にそんなこと出来るんだろうか。
しかも相手はあのスウィン。二度と会いたくない顔だったのにまさか戦わなければいけないとは。
「まぁティムなら余裕だろ。相手を戦闘不能にするか、参りましたと言わせればいいだけだ」
「いやいや余裕って……、剣も使えないんですよ僕」
「まぁ早いとこやってくれるのを楽しみにしとく。スウィンがティムの落とし穴に落ちる無様な姿が楽しみだ」
グランの話では、 Sランク昇級試験を受けるには Sランク級の依頼を達成した実績とギルド長の推薦があればいいらしい。
Sランクの依頼を早く達成してくるように言われたが、とりあえず俺はオーロックスを見つけたかった。
「オーロックスを探しにユルム森林とセジャス川に行こうと思っているんです。もし Sランクのモンスターがいれば、ついでに探してきますね」
「 Sランクがついでって、お前……。いや、オーロックスか! ……あれ、めちゃくちゃ美味いんだよなぁ……。よし、頑張って見つけて来い。オーロックスの肉が食べられるようになるなら Sランクはついででもいい!」
「グランさん、食べたことがあるんですね」
「あぁ、昔エレノアが美味いって持ってきてな。美味いから食い尽くされて今はほとんど見つからないらしいが、お前ならきっと見つけられるさ」
よく分からない期待をかけられ、オーロックスの依頼を受ける。
今日はもう時間が遅いので明日にするようにセレンにアドバイスされた。初めての場所は、モンスターの動きが穏やかな日中の方がいいらしい。
明日、レーラに一緒に来てもらってユルム森林とセジャス川に行ってみよう。
見つかるといいなぁ、と期待を膨らませながら今日は家に帰った。
ーーその頃、モリウスは机に片肘をついて頭を痛めていた。
エレノアのおかげで研究所の成果は各方面にアピールできそうだが、自分は元来そういう性分ではない。
園内を紹介してにこやかに案内する、そんな役割ではなく、資料に囲まれた狭い部屋で研究論文を書いている方が性に合っているのだ。
魔法学校は10歳から入学できるので、来るのは小さな子どもたちだろう。そんな子どもたちに囲まれて園内を歩く自分の姿を想像してゾッとした。
あぁ、こんな時はロールリスが木の実を頬袋いっぱいに頬張って食べている姿を見に行って癒されよう。
モンスターが、ある意味モンスターらしくなく伸び伸びと生きているだけの空間を、外から眺めるという贅沢。
牙を向けられることも襲い掛かられることもないこの環境は、モンスターにとっても安心できるのかもしれない。
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