第15罠 スロウ&クイック
異世界生活15日目。
コッコの鳴き声で起こされるのも、もうすっかり慣れたものだ。
慣れないのは昨夜勢いで作ったキングサイズのベッドだけれど、レーラは気持ち良さそうに眠っている。
肉屋は昨日大量に売ったので、今日は休業日とした。
ソアラたちも疲れただろうし、コッコも減ってしまったので1日くらい休みにしてもいいだろう。
日課のコッコとワイルドボアの世話に行くと、元気良く走り回るコッコたちの姿にほっこりした。
魔力を込めた結界の中は自然と草木が生い茂り、コッコの巣に近い環境に見える。餌も足りているようだ。
チェリルのジャムをたっぷり乗せたマフィンを頬張るクルルは、口の周りをベタベタにしている。
余程美味しそうに食べているので少し食べてみると、さくらんぼによく似た甘酸っぱさがベリーリュとはまた違った美味しさだ。
結界の中にいるコッコたちは、森の奥にあったコッコの巣にいたコッコたちよりも活き活きとして元気そうに見える。
クルルも俺といると元気になったとか言ってたし、魔力ってモンスターの環境にそんなに大事なんだろうか。
「なぁクルル。もし、この結界の中に魔力がなかったら、餌をあげててもコッコたちは元気じゃないのかな」
そう聞くと、クルルはマリョクがご飯でショクジはおかずなんだとか、よく分からないことを言う。
「どんなにたべても、マリョクがすくないトチだとハラがへってしかたがないんだ」
魔力が少ない土地ではモンスターはお腹が空いて仕方がない……?
「そうだぞ、セカイでマリョクがへりつづけてるから、みんなハラがペコペコだ。でも、ティムのケッカイのなかはマリョクがたくさんでハラいっぱい、コッコたちもうれしいって」
俺の結界の中は魔力を満たしているから、結界の中にいればモンスターのお腹も満たされるってことか。
俺の魔力ってどれだけあるのか知らないけど、今のところ無尽蔵な感じなんだよな。魔力切れとか感じたことないし。
「……よく分からないけど、この結界の中にいるコッコたちは、幸せなのかな」
「ハラいっぱいがシアワセってことなら、シアワセだ」
マフィンもう一個! と口の端についた食べかすをペロリと舐めながらクルルがおねだりしてくる。
……俺って、罠師というよりみんなの空腹を救う職業な気がしてきた。
この世界の人たちって、モンスターもだけどみんな飢えてるんだよな。
食糧難を助けて欲しい、なんて王様が言っていたけれど。
モンスターを食べて生きていく人間と、魔力を栄養にして人間を襲うモンスター。
ーーどちらもただ、お腹が空いているだけなのかもしれない。
コッコの数は、昨日あんなに減らしてしまったのに1日で1500羽程度までは戻ってきていた。ピンクとイエロー、ブルーのコッコが駆けていくのをテンポ良く捕獲して各ゾーンに移していく。
落とし穴と違って網の罠は好きな位置から出せるので格段に捕まえやすくなった。
空中からバサッと落とすのもいいけど、手からビュッと出す感じにするとちょっとしたヒーロー気分で楽しい。
目の前を走るコッコを色んな体勢で網を出しながら捕まえていると、怒ったコッコに後ろから頭を突かれた。
……ちょっと遊びすぎたな、コッコごめん。
網にかかったコッコを離すと、大きく翼をバタつかせて逃げていった。
ピンクコッコのゾーンの様子を見に行くと、卵もたくさん産まれて数も200羽近くになってきていた。
ずいぶん増えたので、ピンクコッコの販売についても考えていかないと。
ピンクコッコは普通のコッコよりも甘みが強くて美味しかった覚えがあるけど、そういえば肉はまだ食べていないんだった。
肉はアイテムボックスに仕舞ったままなので、今日にでも試しに食べてみるか。
そう思いながらピンクコッコの無精卵を回収していると、不意に背中をつつく感触があった。
「……ん? 何か、今……っ、うわぁ!!」
振り向くと、すごく顔の怖い真っ赤なコッコが、俺の背中をクチバシで連打している。
結界があるからダメージはないけど、ビジュアルだけでもとても怖い。
ピンクコッコはおっとりした感じで羽もふわっとしているのだが、コイツはトサカから足先まで真っ赤で翼を広げると内側の羽は黒色をしていた。見た目もシュッとしているので怖い顔も相まってすごく強そうに見える。
「ココココココッッ!! コケーーッ!!」
止まらないクチバシ連打に、飛び上がってハイキックまで繰り出す真っ赤なコッコは、かなり攻撃性が強いタイプみたいだ。
ノーダメージなのでいいのだけれど、どこから湧いてきたのかさらに2羽の真っ赤なコッコが俺を囲んで突いてくる。
仕方ないので落とし穴を足元に作り、コッコだけ落ちてもらった。
『鑑定:レッドホットチリコッコ 真っ赤な辛さと情熱は誰にも負けないと熱く燃えたコッコが変異した。攻撃性が高く交戦的。肉はとても辛いのでお子様は注意。レア度:B』
……レッドが、増えた。
4色目、ってことだよな。あと3色、色も気になるけど味も気になってきたな。
イエローがカレーで、ピンクとブルーはまだ食べてないけどブルーは塩味だったっけ。
出てない色は……グリーンとか? どうやったら違う色が出るんだろう。
とりあえずレッドホットチリコッコを新たに作ったレッドゾーンに移して、辛そうな香辛料を餌にたくさん置いてみる。
真っ赤なトウガラシのような香辛料に群がり、嬉しそうに食べ始めた。嬉しそう……なんだけど、やっぱり顔が怖い。
ゴールデンコッコの顔も怖かったけど、レッドのほうがシュッとしている分凛々しい印象だ。
ピンクゾーンから産まれたということは、ピンクとピンクの組み合わせでレッドが産まれたということだから、他にも色の組み合わせで別の色が産まれる可能性はあるかもしれない。
色の組み合わせを考えれば、イエローとブルーが組み合わさればグリーンになると考えるのが妥当だろう。
グリーンが産まれると仮定して、グリーンゾーンを作ってイエローとブルーのコッコを10羽ずつ入れてみた。
ワイルドボアは、初めに産まれたウリ坊たちもすっかり大きくなって100頭を超えてきていた。
そろそろ店に出してもいい頃だろうと思い、5頭を捕獲する。
1頭が3メートル400キロの巨体なので、5頭でも2トンの重量だ。肉にできる部分は全体の重量の半分くらいなので、約1トンとしても、コッコ肉に換算すると500羽分くらいになるから結構な量だろう。
コッコよりも体が大きい分成長は遅いので、あまり数を減らさないようにしたいところだ。
亜空間にワイルドボアを入れて、家に戻る。
起きていたレーラが冷蔵庫に入れておいた卵で朝食を作ってくれていた。
「おはよう、ティム。朝から頑張ってるわね」
「朝ご飯、ありがとう。いただくよ」
レーラは不思議なキッチンにも随分と慣れた様子で、電気ケトルでお湯を沸かしてポト麦茶を淹れてくれる。
朝食は、千切りのキャベットをたっぷり敷き詰めて卵を割り入れた巣ごもりエッグだ。
トーストと野菜スープも一緒に作ってくれていて、2人でいただきますをした。
「今日は、どこかにまた行くつもりなの?」
「そうだな、レーラはどこか行きたいところはある? できれば、依頼が達成できるところがいいんだけど」
Cランクの依頼書を見ながら、どのモンスターから行こうかと考える。
別に悩む必要はないのだけれど、どうせなら楽しいところに行ってみたい。
「じゃあ、スロウシープはどう? タバラ町に行ってみたかったの。織物が名産だから、洋服とか絨毯とかがたくさんあるって聞いたわ」
タバラ町か。ランドールの屋敷に行くときに前を通っただけだったから、行ってみたいと思っていたんだった。
スロウシープも、岩みたいに動かないから捕獲も簡単そうだ。
「じゃあ、スロウシープの捕獲にタバラ町に行こう。レーラ、好きな服があったら見てみようか」
「いいの!? ……それなら、頑張ってあげてもいいんだから」
やっぱりレーラも女の子なんだな、なんて洋服が好きと聞いてつい思ってしまう。
自分の服もこれしかないし、せっかくだから買い物も色々できるといいな。
朝食を済ませてから、ドッポの店に寄って解体を依頼し、ファミィのお菓子もたくさん買っておく。
ワイルドボア5匹はさすがに置き場所に困るみたいで、ドッポが店を拡げないといけないかなと呟いていた。
タバラ町のことをギルドに寄ってセレンに聞くと、スロウシープは町の財産なので捕獲するなら相談した方がいいとアドバイスを受けた。
タバラ町はスロウシープの毛を刈って織物をしているので、モンスターが少なくなってきている近年は織物の生産量も落ちているようだ。
レーラにがしりと腕を掴まれて、タバラ町へ空間移動する。
人と一緒に移動するのも少しずつ慣れてきて、あまり移動時の吸い込まれるような違和感を少なくできるようになってきた。レーラはまだ、怖いみたいだけど。
タバラ町の入り口付近に降り立つと、辺りはスロウシープが遠くに点々と見える草原だ。
「ここが……タバラ町?」
レーラはまだ怖いのか俺の腕を離さずにいた。
「うん、ほら遠くに見える白い岩みたいなのがスロウシープだよ」
「ほんとに岩みたいに動かないのね……これなら捕獲も簡単じゃない」
「町の許可がいるみたいだから、冒険者ギルドに聞いてみよう」
町に入ると、道の脇に立ち並ぶ民家と行き交う人たちの数が多く、やはり町なのだなと実感する。
道に面する店は服や毛織物がいくつも並び、その店によってデザインや色づかいも違うようだった。
どの店も個性的で目移りするが、一際目を引いたのは冒険者用の防具を扱う店だ。
スロウシープの白色を原色のまま使ったスロウシープになれそうな全身スーツや、頭用防具なのだろうが白くてふわふわの帽子は被ればとても可愛くなりそうだ。
「……ティムが着ると、犯罪級に可愛いわね……早く脱いで、事件が起こる前に……!」
同じ様にスロウシープの帽子とスーツを試着したレーラが真顔で言ってくる。
レーラのスーツこそ、防具の意味をなさないような露出の多さでそっちの方が早く脱いで欲しい。
「あぁ、もう脱いじまうのか。気に入らねえなら買わんでいいぞ。スロウシープの毛は防御力も高いし、最近は数も減ってて貴重だからな。お前らみたいな子どもには買えん値段だ」
店の奥から出てきた店主らしきおじさんが声をかけてくる。偏屈そうだが、正直見た目だけならスロウシープにそっくりと言われるんじゃないかというくらいずんぐりとしている。
「これ、おいくらするんでしょうか」
聞いてみると、全身スーツが金貨20枚、帽子が金貨3枚ということだった。
スロウシープは動かない分、防御力も高く魔法も跳ね返す性質があり、その性質を宿すスロウシープの毛は冒険者にとても重宝されるのだとか。
金額的には余裕で買えるので、金貨46枚を払って購入した。あれを着てスロウシープの群れに囲まれたい、ただそれだけの気持ちだ。
レーラにはパジャマにでもしてもらおう。
驚く店主を尻目に、他の店を見に行く。
レーラが気に入った店は、スカートやフェルトでできた可愛い髪留めが置いてある店だった。
リボンや花柄など、女の子が好きそうなモチーフが多く置いてある。
「ねぇティム、こっちとそっち、どっちが似合う?」
レーラが指差すのは綺麗なグリーン地に草木の刺繍が入ったスカートと、ピンクから赤のグラデーションが美しいスカート。
どちらも似合うから両方買おうよと言うと、普段そんなことはしないくせに突然ハグされた。
一緒に、レーラの赤いポニーテールにと思って黄色いマリーゴールドのような花をモチーフにした髪留めを買った。
「レーラに、似合うと思って」
髪よりも赤く頬を染めたレーラの髪に、髪留めをつけてあげる。うん、やっぱりよく似合う。
「ティムの、髪の色と同じ……」
このときは知らなかったが、自分の髪や目の色のものを異性に贈るというのは深い意味があるんだとか。
ちなみに、ミティとファミィにもフェルトでできたブローチとブレスレットをお土産に買ってみた。
買い物を終えて、冒険者ギルドに向かう。
受付嬢にスロウシープの捕獲について聞いてみると、なぜか奥に通された。
応接室にいたのは、タバラ町のギルド長だ。
ギルド長といっても、タバラ町の人たちは基本丸っこくて温厚な見た目をしているのでギルド長も優しそうに見える。
「君が、ティムか。話は聞いているよ、捕獲や飼育ができるんだとか」
ふくよかな体型に細い目のにこやかなギルド長は、冒険者というには些か柔和すぎる気がした。
「スロウシープの捕獲依頼を受けていまして、できれば何頭か捕獲させて欲しいのですが」
「ふむ……タバラ町の周辺も近年はモンスターが減ってきていてね。織物も満足に作れなくなってきているくらいだ、できるなら数は減らしたくないんだが」
やはり、捕獲はして欲しくないということか。
「では一旦捕獲して、数を増やして返すというのはどうでしょうか」
「……何? そんなことが、できるのか」
「ええ、少しお時間はいただきますが、繁殖に成功すれば捕獲させていただいた数の何倍もお返しできます」
ギルド長が、前のめりになってくる。
それもそうだろう、町の名産品でもある織物の素材は町の財政にも関わってくるのだから。
「もしかして、商業ギルドでお話ししたほうが良かったでしょうか」
「い、いや、うちで大丈夫だ。……ひと月で、10匹のスロウシープを30匹にできるなら、捕獲許可を出そう」
「分かりました。それでは10匹捕獲して帰ります。依頼書は書いていただけますか」
ギルド長に依頼書を書いてもらい、スロウシープ30匹の返却時に金貨50枚の報酬をもらえることとなった。
あとは、スロウシープを10匹捕獲してファームに新たなゾーンを作るだけだ。
「よし、スロウシープを捕まえに行こう」
草原に戻ってくると、遠くに点々とスロウシープが見える。本当に動かないので、遠くから網を軽く投げるだけで簡単に捕獲はできた。
「ベ、ベェーー」
捕まったスロウシープがゆっくりと鳴く。
口が動いたのを見て、ようやくぬいぐるみではなく生きているんだと思った。
もふもふの毛を堪能していると、急に後脚で強烈な蹴りを放ってくる。油断は禁物ってことか。
タバラ町の人たちはこの蹴りを上手く避けながら毛を刈る技を持っているのだとか。
捕まえるのはすぐだけれど、一匹ずつが離れているので意外と時間がかかった。
ようやく10匹捕まえて数えていると、視界の端に高速で動く何かが目に入った。
「レーラ、気をつけて。結界はしてあるけど、何か分からないものがいる」
「う、うん……私には、何も見えなかったけど……」
そう話した直後に、また気配を感じた。
落とし穴を足元に設置し、範囲を広くしていく。
コッコファームで使っていたときは50メートルでも広げられていたので、範囲はかなり広くできるようになった。
空を飛んでいるのなら落とし穴では難しいけれど、近くに飛んできたら網で引っ掛ければいい。
自分とレーラの周りに、範囲内に触れると網が発動するように設置する。
これで、どこから来ても罠にかかるはずだ。
「レーラ、お願い」
「……うん、分かった」
匂い玉を発動したレーラに、反応する気配。
まるで遠くから射られた矢のように現れたそいつは、網に引っかかって落とし穴に、落ちていった。
「……シープ?」
スロウシープに似た見た目のそれに、鑑定をかける。
『鑑定:クイックシープ 体長100cm〜150cmの中型種。スロウシープとは反対に敏捷性が群を抜いており、視認するのも難しく攻撃性が高い。スロウシープと対で生活しており、スロウシープに寄ってくる冒険者をクイックシープが襲う連携スタイル。毛刈りは必要としているのか、毛刈り中は攻撃してこない性質がある。レア度:B』
……何か、違うの捕まえちゃった……。
スロウシープは捕まえないように言われていたけど、クイックシープは言われてないのでそっと連れて帰ろう。
自宅に戻り、ファームにスロウシープのゾーンを作る。クイックシープも一緒に暮らしていたみたいだし同じゾーンでいいだろう。
地面は草原にして、柔らかく食べやすい草をたくさん生やしておく。広い方がいいだろうと思い、敷地もかなり広めに取ってみた。
少し増やしてから、モリウスのところには持って行くようにしよう。ランクアップは、ワイルドボアでもいいみたいだしね。
レーラは、新しく買った服をミティに見せに行くと言って帰っていった。ミティにもレーラが自分でいくつか服を買っていたようだ。本当の姉妹みたいに仲がいいんだな、といつも思う。
ドッポの店に解体した肉を受け取りに行き、アイテムボックスに収納した。
明日は肉屋も開けたいし、ワイルドボアの肉も出してみよう。
店の奥にファミィが居たので、先程買ったブローチを渡してみる。
ピンクのバラをモチーフにしたブローチは、ファミィの髪の色とも合っていてとても可愛いと思ったのだ。
「これ……、ティムさんが、私に……?」
「ファミィの髪と同じ色だから、似合うと思って」
後で知ったことだが、相手の髪や目の色と同じ色の物を贈ることも深い意味があるらしい。
頬を赤く染めたファミィは、豊かな胸元にブローチを着けて嬉しそうに微笑んだ後、俺の頬にキスをした。
外国では挨拶みたいなものだから、異世界ならそりゃもう挨拶以上に気軽な感じのものなんだと……、思わないと俺の顔が爆発しそうだった。
ーーその頃。ワイルドボアの噂を聞いたランドールは、厨房にいるコックと使用人たちと最高のワイルドボアの料理法について熱く論議していた。
「もうコッコ肉がないから、いつ納品に来てくれてもいいんだが……。グランに言っておくか」
「ランドール様、新しいレシピを考えました!!」
「よくやった! あぁ、早くワイルドボアが食べたいものだな」
「えぇ!! 私も心待ちにしております!!」
ーーそんなことは全く知らないティムは、のんびりと今日も露天風呂に浸かっていた。
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