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誤りを正す

 

 手紙を送った数日後、手紙の返事と一緒に今までマリアに送った貴金属が戻ってきた。


 手紙を送ったあの日から全ての色が失われたように全てが灰色に見えた。だが思えば昔、まだマリアと出会う前の自分の世界はいつも灰色だった。


 家族仲は割といいほうだと思う。

 ただ自分は人が苦手だった。植物が好きで一人の時間が好きだった自分は他人との無言の時間も苦ではなかった。だが相手は違う。

 無言は苦痛で拒否されていると思われるのだ。


 そんな人付き合いに疲れていた頃出会ったのがマリアだった。マリアの父は自分の父の友人で自分も一緒にと2人で家に招かれた時のことだ。込み入った話があるからと輪から外された自分は中庭でひとり日向ぼっこしているマリアを見つけ一緒させてもらったのだ。まだ小さかった少女は無言が苦痛だとも思わずただそこに居てくれた。


 それだけで救われた気がした。

 その日のうちにマリアは自分の婚約者になった。


 大切にしよう。

 その思いは今も変わらずこの胸にある。





 この屋敷の門をくぐるのはかれこれひと月ぶりだろうか

 衝動的に馬で飛び出してここまで来たのは初めてだった。手土産の焼き菓子すら持たず贈られた貴金属を抱えていたことに屋敷についてから気づいた。


 門をくぐるといつもマリアに付いている侍女アンが驚いた顔で駆け寄ってきた。彼女は昔から顔を知っているけれど歳をとっている気がしない。


「グラディウス様?!」

「‥‥急に来てしまってすまない。マリアに逢えないだろうか」

「マリア様はただいま接客中でして‥‥」

「頼む、いくらでも待つ。これ以上の迷惑はかけないと誓う」


 深く頭を下げると侍女は慌てて分かりました、と声を上げた。


「ですから頭をあげてください!侯爵家のお坊ちゃんが侍女風情に頭を下げないでくださいませ!」

「‥‥私の事をお坊ちゃんと呼ぶのは貴女位じゃないだろうか」

「幼少の頃より知っておりますので‥‥失礼を承知でいいますが相手の顔を見ずに物事を進めるからこういう事になるのです。間に仲介物など置かずに面と向かって言葉を交わしてください」


 侍女は頭を深く下げるとご案内致します、と中庭に案内してくれた。


 中庭の陽の当たる1番いい場所にあの木は植えられている。肌寒く感じる頃オレンジ色の小さな花を沢山つけていい香りが辺りを満たす。どうして自分はマリアにこの木を送ったのだったか、そんな考えはすぐ吹き飛んでしまった。

 マリアがあの木の前で祈るように手を組んでいたからだ。


 ああなんて、愛しいんだろう。


「‥‥マリア」

「グラディウス様?」


 大きな瞳をさらに見開きこちらを向いてどうして、と呟いたマリアは少し痩せただろうか。そこまで私は彼女を追い込んでいたのだと胸が痛む。


「‥‥これを返しに来た。これは君の物だ、いらなければ売ればいい。小遣いくらいにはなるだろう」

「売るだなんてそんなことしません、私は少しでも結婚資金の足しになればと思って‥‥それより爵位相続を放棄しようとしているのいうのは‥‥」

「結婚?結婚するのはマリアの方だろう?爵位は弟に譲ろうと考えている。君はあれとどうか幸せになって欲しい。‥‥私は遠縁の田舎に移り住み植物を育て研究したいんだ」

「ですから田舎に移り住んでグラディウス様がお好きな方と結婚するのでしょう?」


 2人して話が噛み合わず首を傾げる。どうして自分が結婚する話になるのか

 結婚するのはマリアの筈だ。マリアが幸せに暮らせるようこの数年で学んだ事を棒に振り爵位を弟に譲ろうと思っているのに


「私は結婚などしないし田舎には一人で行く。だが気にしなくていい、私はマリア以外欲しいものはないのだから」


 目を大きく見開いたマリアは顔を真っ赤にさせて震えた。この可愛らしい反応を目に焼き付け思い立つ。


「そうだこの木の挿木をくれないだろうか‥‥君の代わりに」

「わ、私の代わりなど、いらないでしょう?」

「何故?この先の人生がほんの少しだけ明るくなる。私はそれで充分だ」

「婚約破棄したのは貴方の方なのにどうしてそんな顔するのですか」


 マリアは恐る恐る近づき手を伸ばしてくる。頬に触れるのを躊躇った彼女の指先に触れたくて頬を寄せると思っていたより温かい温度が頬を撫でた。


 今しがた昔から自分達を見守ってくれていた侍女に面と向かって言葉を交わせと叱られたことを反芻し全て話そうと決める。

 今更嫌われても既に好かれてはいないのだからどうということはあるが自分が悪かったのだと納得は出来る。

 もっと会話をしておくんだったと後悔するのは嫌だった。


「私がまだ君を愛しているからだ」

「先程から気を持たせ過ぎです‥‥他の方が好きなのでしょう?」

「私はマリアと出会ったあの日からずっと君だけだが‥‥君は違うだろう?エルネストと愛し合っているというのは聞いている。君には幸せになって欲しいからこそ婚約破棄を申し出たんだ。君は優しいから長く婚約している俺に悪いと婚約破棄は出来ないと泣いていたとも聞き及んで‥‥」


 言い切る前にマリアが泣き叫ぶように声を上げた。


「お待ちください、私がお慕い申しているのはグラディウス様だけです!グラディウス様こそ可愛らしい植物を贈るほどに愛しい方が居るのだと聞きました!」

「そんなことあるはずがない。全てエルネストに聞いているんだ、既に身も心も捧げていると‥‥他に口外したりしないから気にしなくても」

「なんですそれは?!この身を捧げてなどおりません!潔白です‥‥っ」

「す、すまない、泣かないでくれ‥‥」


 ぼろぼろと大粒の涙を零すマリアにハンカチ差し出そうとして手が止まる。しまった、今は出せるハンカチが‥‥


「どうしてこんな事に‥‥っ」

「マリア、目を擦るな」


 慌てて目を擦る手を取り昔マリアから貰ったハンカチを優しく押し当てる。

 拙いながらも懸命に縫ってくれたハンカチは大切にし過ぎて使えず、色褪せたものの糸がほつれることなく今も自分の胸ポケットにいつも入っている。


「‥‥あ」

「!すまない、今手持ちのハンカチが‥‥」

「‥‥持っていて、くださったのですか」

「‥‥宝物なんだ、ずっと胸ポケットにいれて‥‥最初で最後の君からの刺繍の贈り物だから」

「見たことがなかったので‥‥お気に召さなかったのだと以降は既製品を‥‥」

「私を思って縫ってくれたのだと思ったら大切すぎて、使えなかった」

「‥‥グラディウス様」


 侍女に目を冷やすものを頼むと既に濡れたタオルを持っていてそっと差し出される。


「僭越ながら‥‥御二方はお互いに噛み合っておりません。ゆっくりお話し合いされてはいかがでしょうか?」

「アン‥‥」

「おふたりとも若いくせに楽しようとするからいけないのです。無様にもがいて一生懸命恋してくださいませ」

「‥‥そうだな、私たちはきちんと2人で話さなければいけなかったんだ。マリア今日の予定は?」

「何も‥‥刺繍をしようと思っていたくらいですわ」

「そうか、私も今日は1日自由なんだ。君の時間を貰ってもいいだろうか‥‥聞いて欲しい話があるんだ。とても愚かな男の話が」

「私もあります。聞いてくださいますか?‥‥とても情けない女の話です」


 腕をのばしマリアを抱きしめる。ゆっくりと回された手はしっかりと自分の服を掴んでいた。


「君の話声はとても心地がいいんだ」


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