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すれ違う日々

 

「マリア、兄さんには好きな人がいるんだ。幼少期から彼女のプレゼントには兄さんが選んだ可愛らしい植物をプレゼントしてるんだよ」


 幼少期から婚約していた侯爵家のご長男グラディウス様とと結婚できるまであと1年。

 私は今14歳でグラディウス様はもうすぐ23歳になる。私が6歳の頃から夢に見ていたグラディウス様との結婚は私の目標だった。

 良き妻になれるよう花嫁修業は欠かさなかった。けれどグラディウス様のひとつ下の弟であるエルネスト様からそんなお話を聞いたのはある雨の日の事だった。


 私が6歳の頃に1度だけ貰った当時の私の身長程の木の苗はすくすくと成長して庭の1番いいところで立派に葉を揺らしている。

 グラディウス様は小さい頃から植物が好きなお方で普段は寡黙な方だけれど植物のお話だけはよくお話してくれて低く優しい声はとても心地よくていつまでも聞いていたくなった。


 当時の私は木の苗のお返しに拙いながらも一生懸命お花とグラディウス様の名前を刺繍したハンカチを差し上げたことがあったけれど後日エルネスト様が『ごめんねマリア‥‥兄さんがハンカチを捨てたのを見ちゃったんだ‥‥もう心を込めたものをあげない方がいいよ』と教えてくれた。エルネスト様は申し訳なさそうだったけれど、当時の私は拙い縫い方だったものねと納得してあの日以来贈り物は既製品を送っていた。

 ‥‥いつかグラディウス様が大事にしてくれるような刺繍を出来るように練習しながら。


 グラディウス様からもそれ以降は貴金属が贈られた。明るい石のついた首飾りや腕輪、ブローチもあったけれどそのどれもに彼の色は入ってなかった。今思えば自分の心は別にあるのだとグラディウス様なりの拒絶だったのかもしれない。

 夏の夕暮れから夜になる時に見られる濃紺のような艶めいた髪に暖炉の火の様な暖かな火色の瞳を揺らしながら低く優しい声で植物を語る聡明なあの方に私が釣り合っていないのは分かっていた。

 悲しいけれど納得できてしまった。


「お嬢様、グラディウス様からのお手紙です」

「ありがとうアン」


 グラディウス様の丁寧に書かれた宛名を見つめ息を整えて封筒を開ける。

 グラディウス様とは週に一度のペースでお逢いしていたけれどここ2年ほどは週に一度の文と月に一度のお茶会になっている。

 というのもグラディウス様が侯爵家を継ぐためのお勉強をなさっているからだ。


 開けたくないな、と思いながらも開いた文には身体を気遣うご挨拶と婚約を破棄したいという内容だった。








「兄さんマリアに植物なんかあげちゃったの?普通ご令嬢に植物なんかあげたら困っちゃうよ。これからは貴金属がいいんじゃないかな!そうだなあ明るい色のがいいんじゃない?兄様の色は暗いものね、アクセサリーには向かないよ」


 そう言われたのはマリアが6つ、自分が15の頃だった。

 私は父親譲りの濃紺の髪に緋色の瞳をしている。共に色の深いものでこの色は嫌いではなかったしむしろ尊敬している父と似た色は誇っている程だった。

 だが9つ下の麦のような黄金色の髪に淡い若葉の様な目をした陽だまりのような婚約者におくるには些か色が重いようにも思えたから弟のエルネストに言われたことは正しいなと思った。


 まだマリアは6つで、だからこそ自分と同じくらいの植物をあげても喜んでくれたがこれからはそうもいかないのだろう。

 エルネストにお礼を告げこれ以降は明るい石のついた貴金属を贈ることにした。


 いつか贈る指輪には自分の色のついたものを贈りたいと思いながら。



「ごめんね兄さん‥‥実はマリアと僕はお互い愛し合ってるんだ、既に身も心も繋がってる。けどマリアは優しいから自分から婚約破棄なんて出来ないって泣いていたんだ‥‥」


 そんな衝撃的な話を聞かされたのはある晴れた日の朝、庭の花壇に日課の水やりをしていた時だった。


「ずっと相談されてたんだ、兄さんより僕と婚約したいって‥‥僕も長年説得したんだけど僕の方が‥‥ごめんね兄さん僕も彼女を」

「もう、いい。マリアへは私から婚約破棄を申し出る」

「わかった。‥‥ありがとう兄さん」


 いつだかマリアが好きだと話してくれた花壇の花は色とりどりの花弁を揺らしていたのに今は白黒にしか見えなかった。


 本来は現当主の父に事の次第を話して両家ぐるみの会議をするのが普通だがそれよりもまずマリアの話を聞きたかった。


 ‥‥正直、力になりたいとは思えない。

 だがあの陽だまりのような少女が女性の気持ちもわからない、仕事しか出来ない植物好きの木偶の坊と結ばれるわけがなかったのだと納得することは出来る。


 心からお祝いすることは出来ないが自分がマリアの為に残してやれる事がひとつだけあることに既に気がついていた。


 まずはその旨を伝えなければと筆をとった。





「‥‥そんな、爵位相続を放棄しようと考えてるなんて」


 グラディウス様からの文は衝撃的なお話ばかりだった。

 婚約破棄のお話にひとしきり泣いたあと手紙には2枚目があったのだ。慌てて読むと自分は爵位相続を放棄しようと考えていて自然豊かな田舎に引っ越そうと考えているという。


「どうして、そんな」


 そして気付いた。そこで彼女と2人で暮らすつもりなのだと。

 ‥‥いいな、私もグラディウス様と田舎に引っ越してみたかった。


「‥‥いいえマリア。私は私に出来ることをしなくちゃ」


 そうだ、貴金属を返そう。

 丁寧に保管していたから殆ど傷もないしきっと生活費の足しになるに違いない。‥‥私にはこの木があるもの。

 この木だけは、ずっと一緒だものね

 とうに背丈を越した木に背を預け目を閉じる。忘れもしないこの木を贈ってくれた日の事を。



『マリア、この木はねお願い事をすると叶う木なんだよ』

『お願いがかなう木?』

『ああ。マリアは何を願う?』

『‥‥グラディウスさまが、幸せになりますように』

『‥‥マリアが居てくれるだけで私は幸せだよ』



「‥‥どうか、グラディウス様が幸せになりますように」


 私は縋るように手を組み木にお願いした。

 お願い事が変わってしまうかもと思ったのに願った言葉は昔と変わっていなくてどうしようもなくグラディウス様が好きなのだと思い知った。




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