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第9話 「毒の谷、竜の血」

 朝だ。今日は白の王国をなんとかして通過して、毒の谷へ「トリコオオシバナ」を取りに行くクエスト開始の日だ。


 俺はギルドハウス併設の宿場のベッドで天井を見上げていた。ルナは昨夜にヴォルゲンと暮らしているオーナーハウスに戻ったので、今は3人で部屋に寝ていた。部屋の両端にデカいベッドがあるので、男女でベッドを分ければ大丈夫。そう思っていた。


 しかし、エローナが酔い潰れて寝た上、マリゴールの体温が非常に高いのが問題だった。寝ぼけたエローナが深夜、マリゴールの体温にやられて俺のベッドに潜り込んできてしまった。暑くて避難してきたので、当然薄着になっている。見ちゃいけないくらい薄着だ。マリゴールはマリゴールで寂しいのか、こいつも朝方に俺のベッドに入ってきた。こいつは元から薄着だ。薄着の女子に挟まれている。怖い。暑い。


 外から見たら俺が女子のベッドに割り込んだみたいになってないか? 睡眠も十分だし、俺はなんとかこのベッドから抜け出さねばなるまい。しかし、エローナが俺を抱き枕みたいに放さない。落ち着け。回復術師たるもの、常にクールでいなければ。そう。起きてしまったエローナと目が合っていても、エローナが顔を真っ赤にしながら、悲鳴を上げるために息を大きく吸っていてもだ。


 「夜這いか!?」


 「夜這われだ!!」


* * *


 数十分後、合流したルナをパーティに加え、俺たちは宿場を後にした。外に出ると、今日は雨がぱらついていた。マリゴールが「エローナがオルセンのベッドに入った」と証言してくれたおかげで変態扱いされずに済んだが、エローナはまだ耳を赤くしている。しばらくは目を合わせてくれそうにない。


 「うっし、それじゃ行きますか! 魔界!」


 マリゴールがパシッと拳で掌を叩いた。今から魔界に、4人という少数で行くのだ。白夜騎士だった頃は4人で魔界侵入なんてしょっちゅうやっていたが、それでも毎回緊張し、何度も命を落としかけた。

 俺たちはルナが借りてきてくれたウィンドテイル馬車に乗り込んだ。ウィンドテイルとは、その昔に魔物と混血になったと言われている変わった馬だ。温厚でとても賢く、そして何より脚が速い。その速さたるや、1週間走り続ければ世界を一周できると言われているほどだ。

 俺は馬車の窓からニコニコと笑いかけてきた馬主に契約金を払った。1週間で100ゴールドと高価だが、これは補償金込みだ。無事に馬車を返せば60ゴールドが戻ってくる。マリゴールが馬主に払う金貨を羨ましそうに見ていた。


 「よし、出発! まずは白の国城壁へ!」


 俺はウィンドテイル発進の合図であるラッパを鳴らした。ウィンドテイルは勢いよく走り出す。馬車の中で、俺は浮遊感に包まれた。ウィンドテイルがあまりにも速く走るので、引かれた馬車が宙に浮いてしまうのだ。だから止まる時、とても怖いらしい。


 馬車は街道を外れ、舗装されていない野原を進む。街道沿いに進んでしまうと、白の王国の王都についてしまう。俺はそこから大きく外れた、ただの城壁にたどり着きたかった。


 俺は馬車の中で、今回のクエストの目的をマリゴールに話した。ポーションの特徴を話すと、マリゴールは思い当たるフシがあるのか、人差し指を唇に当てて考え込んでいた。


 「つまりは『霊薬』の類だよな? ごめん、よくは思い出せないんだけど、魔物でおんなじような薬を使って回復する一族がいた気がするよ」


 俺もルナもエローナも、顔を見合わせた。エローナはすぐ赤くなって俺から目を逸らしたが。もしポーションが、魔物によってばらまかれているものだったら。ゾッとするような話だが、暗い雰囲気にしても仕方がないので、俺たちは道中、笑い話に花を咲かせた。マリゴールはライルの話を気に入り、何度も話してくれとせがんだ。


白の王国を追放され、馬車に乗せてもらったときは赤の国まで2日ほどかかったが、ウィンドテイルはたったの4時間で、白の王国が誇る高い城壁が見え始めるところまで来ていた。俺はウィンドテイル停止用のベルを鳴らした。すると、馬車を引っ張っていたウィンドテイルが、本当にピタッとその場に止まった。


 「嘘ぉ!! ぶつかる!!」


 思わず叫んだ。馬車がすごいスピードでウィンドテイルと衝突してしまう! そう思った瞬間、ウィンドテイルが尻尾を縦にブンっと振った。すると凄まじい風が馬車にぶち当たり、ぴったり馬車のスピードと相殺するように勢いが殺され、馬車は地面にふわりと着地した。


 「ふわー…」


 「これがウィンドテイルの名前の由来ですか…」


 「死ぬかと思ったぜ…」


 「そう? 母さんの鼻息の方が凄かったけどなー」


 4者4様といった反応をしながら、俺たちは馬車から降りた。少し向こうに、とても高い石造りの壁がそびえ立っている。

 この壁は、白の王国が魔界と人間界を分断するために、長い年月をかけて作ったものだ。これは世界を1周するように建っていて、所々に街や王都、砦が挟まっているという感じだ。つまり、この壁の向こうが魔界だ。

 この壁は魔界から侵入してくる魔物を防ぐが、当然ハーピーなどの飛行能力を持つ魔物には無意味だ。そして魔物の中にはこの壁を破壊して突破しようとする奴もいるが、それには別の対策がかけられている。


 「どうにかしてよじ登って向こうに行こう。ウィンドテイル馬車は隠して行かなきゃな…」


 「なんで?」


 なんでって。マリゴールはキョトンとして俺の顔を見ている。


 「ウインドテイルは速く走れるけど飛べないんだよ。馬車を抱えてこの壁を越えるなんて多分無理だ」


 「…壁をぶっ壊せばいいじゃん」


 マリゴールは「お腹が空いてるんだったらご飯を食べればいいじゃん」みたいな、コイツバカ? って顔をしている。多分俺も同じような顔をしている。何を言っているんだコイツは。お前は意識の高い塾講師か。


 「この壁にはな、各所にある砦ごとにいる魔道士が管理してる『破壊探知魔法』がかけられてるんだよ。ぶっ壊しなんかしたら、警備隊がすっ飛んでくるぞ」


 「ふーん。どこ壊したかわかるのか。賢いな人間は」


 マリゴールは既に、ローブからドデカいハンマーを出していた。マリゴールさん?


 「ちょ」


 止める前に、マリゴールはハンマーを振りかぶっていた。


 「『竜脈闘法ドラゴンハートォ!!』」


 マリゴールの全身に、龍の鱗のような紋様が浮かび上がった。「攻撃スキル」だ…! 攻撃スキルとは体内の魔力をガソリンに、瞬発的に超人的な技や能力を繰り出す戦士御用達の攻撃方法である。

 マリゴールはヴォンッと空間でも歪んだような音を出して、渾身の一撃を壁に向かって叩き込んだ。


 轟音。壁がくしゃみでもしたかのように波打ち、マリゴールがハンマーを打った打点から、分厚い石造りの壁が奥に向かって吹っ飛んでいく。破壊の波は左右に広がり、壁がドミノ倒しのようにガラガラと崩れ、倒れていく。地平線の彼方で、壁の破壊がようやく止まり、静かになった。たった一撃で城壁2km分くらい壁を破壊してしまったのだ。


 「これでどっから壊したかなんてわかんねぇだろ」


 マリゴールはハンマーを背中に戻し、馬車に戻っていった。ウィンドテイルも鼻水を垂らしながら呆然として、横を通ったマリゴールにビクッとした。


 「すんごい仲間が増えたね…」


 「オルセン、早くしないと警備隊が来るんだろう?」


 「…おう」


 俺はエローナに腕を引かれ、馬車に乗り込んだ。マリゴール、なんちゅう子だ。まぁいいか。白の王国の壁だし。古巣の諸兄らにはぜひ頑張って直していただきたい。

 唯一の幸いは、この衝撃の出来事でエローナが朝の事件を忘れ、普通に接してくれるようになったことだった。俺はウィンドテイル発信用のラッパを鳴らすと、ウィンドテイルは思い出したように瓦礫の上を疾走した。


* * *


 旅人には、死んでも忘れるなと言われる格言がある。「道に迷ったとき、空を見ろ。空が紫がかってきたら、反対の方へ歩け。紫の空は魔界の証だ」と。

 俺たちが睡眠を取っている間も、ウィンドテイルは真っ直ぐに目的地に向かっていた。城壁を突破してから6時間ほど経っただろうか。恐らく真夜中くらいだというのに、空は不気味な紫色だった。とうとう魔界に入ったのである。空の色が人間界と違うのは、魔物が呼吸する際に吐き出す「瘴気」のせいだと言われている。

 毒の谷は、魔界の中では比較的、人間界に近い場所にあった。それでも一切の油断はできない。


 「着いたな」


 俺がブレーキ用のベルを鳴らす前に、ウィンドテイルはゆっくり失速し、止まっていた。目の前を遮っているのが、毒の谷を流れるという「毒の川」だ。今はまだ少し緑に濁った色だが、これが谷に侵入していくと、泥のような緑色に変わるらしい。


 川は緩やかに下流に流れている。川沿いに下っていくと、簡単に這い上がることはできない谷底に向かっていけるようだ。


 「よし、ウィンドテイルはここまでだ」


 「置いていっていいのか?」


 エローナが心配そうにウィンドテイルを見ている。


 「心配ない。襲われたとしてもウィンドテイルは勝手に逃げてくれるし、馬車に繋がれていないコイツに追いつける魔物はそうそういないよ。適当に逃げ回りながら、最後にはここに戻ってきてくれる。賢いからな」


 俺はウィンドテイルを馬車から放してやった。ウィンドテイルはルナに撫でられて気持ちよさそうにしている。マリゴールからは本能からか、距離を取っているが。


 「行くぞ。毒の谷底にある洞窟を、「トリコオオシバナ」を探すんだ」


 ウィンドテイルに見送られ、俺たちは歩き出した。川が谷底に向かって伸びている。谷には、紫色の気体が充満していた。ガスだ。俺は全員に、無駄な呼吸はせずに歩くよう指示した。


 俺は杖を出した。そして、全員を魔法の対象に設定できるよう、杖を細かく振った。


 「エストリオ!」


 俺は杖から柔らかい光を明滅させながら、全員に解毒魔法をかける。最短で24時間、ずっとこれをかけ続けなければいけない。上手く事が運んでも、ウィンドテイルの元に帰ってくる頃には、魔力はほとんど空になっているだろう。


 俺たちは谷に侵入し、紫色の毒ガスの中を進む。大丈夫だ。ガスで少し喉が痛むが、体に入ってきた毒は俺の魔法で瞬時に解毒されている。ルナが光魔法で照らしてくれるので、少し先まで見通す事ができた。洞窟を見逃したら一大事だ。俺たちは注意深く、川の両脇にそびえ立つ岩の壁を調べながら歩いた。


 「…!」


 歩き始めておよそ30分。エローナが無言で、右側の壁を指差した。喋ると無駄に毒で喉を痛めるからな。俺は全員をかき集め、エローナの元に向かった。


 穴だ。俺がかがまずにやっと入れるくらいの小さい洞穴がある。穴は緩やかに上に向かって進んでいた。つまり、空気より重いガスはこの洞窟内には溜まっていないことになる。

 俺は覚悟を決めた。俺を先頭に、洞窟の登り坂を上がった。読み通り、5mも進むとガスはなく、空気が通っていた。俺は解毒魔法を解除した。


 「なぁオルセン。俺が先頭を行くから、5ゴールドばかしまた前金くれない…?」


 「燃費が悪くて同情するよ…ほら」


 マリゴールは俺から受け取った金貨5枚を、お菓子感覚で口に流し込んだ。ボリボリと食いながら、眉根を寄せている。


 「さっき攻撃スキル使ったからさぁ…動くとお腹空いちゃう」


 大変だな…そういう事ならもう少し金貨を渡しておいてもいいが、そうすると無計画にボリボリ食べてしまいそうで怖い。


 洞窟の登り坂は、ある程度進むと、登りながらUの字にうねっていた。来た方向に続いていることになる。


 「ねぇオルセン、これって…」


 「あぁ」


 ルナが言った。俺も同じことを考えている。やがて洞窟の出口が見えてきた。


 出口は行き止まりだった。つまり、入口から谷の中の傾斜を通って、入り口の上の方に位置する壁にある穴から出てきたのだ。下にはガスが滞留した谷と川が見える。この出口は高さ25mくらいだろうか。谷のガスは、この高さまでは溜まらないようだった。


 「無駄足…か」


 そう呟いた俺の口を、エローナが手で塞いだ。エローナは他の2人にも手をかざして、声を出させないようにしている。エローナは指で、左側、つまり俺たちが谷に入ってきた方向を指差していた。


 ギィコ…ギィコ…


 それは小舟だった。小さな木製の小舟の影が、毒の川を滑るように進んでいる。誰かが船を漕技、木の軋む不気味な音が聞こえている。それは俺たちの真下を通って、先に先にと進んでいった。


 「オルセン…」


 「あぁ…」


 口から手を離してくれたエローナと顔を見合わせる。


 「追ってみよう…!」


 俺たちは洞窟を引き返した。谷に戻ると、俺は再び全員に解毒魔法をかけた。そして、遠くの方にガスでぼやけて見えている小さな船の影を追って、足音を立てないように走り出した。

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