第8話 「メンバー募集、参加希望者0人」
「解毒魔法は問題ない。ただ、俺の魔力が持つかだ」
「毒ガスは不燃性らしいから、私の雷魔法を使っても大丈夫だろう」
「私が光魔法で行く先を照らせばいいのね」
俺とエローナが城の螺旋階段を降りながら「毒の谷」の攻略法を練っていると、いつの間にかルナが会話に割り込んできていた。俺の髪に刺さった白い薔薇を抜いて、口に加えている。
「お前も来るのか…?」
「嫌ね、オルセン。私が冒険大好きなの、まだわかってないの?」
ルナはしれっとそう答えた。いや、仲間が多いのはありがたいんだが、帰ってからヴォルゲンパパにゲンコツくらいそうだから嫌なんだけど。
「ルナ様。王とのお話はどうでした?」
「えっとね、私の話ってより、ライルはどんな人かっていっぱい聞かれたよ。あと、王様の初恋のお話を聞かされたなぁ…あの王様、若い頃平民の子に恋して、結局何もできずに諦めたんだって」
あの王様もなのか…血は争えないな。まるっきりライルと同じことをしていたとは。しかし、あの王は人格者なのに、子育てはあまり得意ではないらしい。ライルの性格や娘のいじめを放置したり、リンドレアをお花おばけにしてしまったり。
「ねぇオルセン。毒の谷は進めそう?」
「…地図を見るに、毒の地点から「トリコオオシバナ」が咲いてると思われる洞穴まで歩いて半日ってところか。ずっと「解毒魔法」をかけてなきゃいけないが、無駄に回復魔法を使わなければ魔力は持ちそうだ」
「そうなると、もう少し戦力が欲しいところだな。それも物理攻撃ができる者がいい」
エローナの意見に賛成だ。俺は抜きにして、攻撃がエローナの雷魔法とルナの熱魔法。明らかに偏っている。魔法が効きにくい魔物も少なからずいるし、それに魔法使いは魔力が切れたら終わりなのだ。となると…
「クエストを貼るか」
ギルドハウスにクエストを貼ればいい。そうしたら傭兵が雇える。幸い、白の王国から追放される時にもらった金貨が手付かずだった。しかし、いつもギルドハウスで見るゴロツキどもを連れて行ってもな…
「『他店貼り』、してみる?」
ルナがそう言った。名案だった。他店貼りとは赤の王国中のギルドハウスに手紙を回して、メンバーを募集することだ。一番良さそうなやつを連れて行けばいい。
「よし、そうしよう! 依頼金は俺が出すよ」
どうせあんまり使いたくないと思っていた、白の王国のハゲ王からもらった汚い金だ。全部依頼金にしてしまおう。俺たちは早速ギルドハウスに戻り、募集文を考えた。
* * *
『クエストメンバー募集
当方3名 回復術師:雷属性魔法使い:熱、光属性魔法使い
募集:1名 男女問わず 物理攻撃アタッカー限定 実力テストあり
報酬:999ゴールド
クエスト期間 7日間予定。前後する可能性あり
クエスト内容 魔界。毒の谷を超えて目的のアイテム回収後、帰還
備考 とある理由により白の王国に入国しての横断が不可能なため、警備の手薄な王国城壁を発見して突破します』
夜、ギルドハウスのテーブルで、俺は初めてのクエスト依頼文を書き上げた。こんなもんだろう。報酬は相場の10倍くらいだし。俺は自信満々で顔を上げたが、ルナもエローナも渋い顔で文章を睨んでいた。
「すごく胡散臭い…」
「なにっ! どこがだよルナ!」
これのどこが胡散臭いんだ。しかし、仕事でいくつものクエスト依頼書を見ているルナだ。俺は大人しくルナの意見を聞くことにした。
「まず、高額の報酬でメンバー募集1人。明らかに『追い剥ぎ』に見えちゃう。クエストなんて嘘で、お金につられて依頼を受けた人を複数人で襲って身ぐるみを剥がす行為ね」
「うっ…」
「さらに4人で魔界、毒の谷に行こうとしてるってのがとても非現実的。生きて帰ってこられる保証なさそう」
「確かに…」
「で、通行手形なしに白の王国の城壁突破でしょ? 見つかったらお尋ね者だよ」
「……」
俺は言葉を失った。いつもポーッとしてるルナに正論で詰められると、こう、なんとも惨めな気分になってくる。
「まぁ依頼料が高額だから成立するかも。一応国中に貼ってもらえるようにするね」
「あ、待って」
俺は一応、募集条件のところに「本当に誰でも大丈夫です。身分問わず」と書き足した。
* * *
翌日。俺たちは勇んでギルドハウスに乗り込み、クエスト参加希望者を待った。出発は早ければ早い方がいい。
「…誰もこないな」
時すでに夕方。エローナにトランプ遊びを教えながら3人で待っていたが、いまだに1人も参加希望者が現れない。やはりルナの言うとおり、胡散臭いのだろうか。
「いっそ依頼料を今の5倍くらいに跳ね上げたら、一攫千金狙いの命知らずが来るかもね」
ルナがそう言った。リンドレアに掛け合って、クエスト依頼金を工面してもらえるよう交渉した方がいいか、はたまた危険を承知で、3人で出発してしまうか。
その時だった。ギルドハウスの跳ね扉を押し退け、1人の女性が入ってきた。背の高い女性だ。髪は真っ赤で長い。年齢は予想で18歳前後。体型は、頭から体をすっぽり覆うマントのせいでわからなかった。だが、背面の膨らみから、相当大きな武器を携帯していることが窺える。唯一見えている顔は、目がつり上がってはいるが美人であり、しかし少し具合が悪そうに見えた。
「北のギルドハウスから、クエストを受けにきた。まだ募集はある?」
女性はマスターのヴォルゲンにそう告げた。持っていた紙をチラリと見ると、正しく俺が募集したクエストの依頼書の写しだった。
「俺の依頼だ。オルセンと言う」
「アタシはマリゴール。早速、実力をテストしてもらいたいんだけど?」
マリゴールは俺の握手に答えた…あっつ! 手が尋常じゃなく熱いぞ、この人! マリゴールはマントがはだけないよう、慎重に背後から武器を取り出している。そして、大きなハンマーを俺の前にドカッと置いた。その大きさたるや、持ち手を含めて俺の目の高さまである。魔物をぶっ叩くのに使うのであろう重りの部分は酒樽並みの大きさで、片方が尖り、片方が平らだ。マリゴールの目が俺に「持ってみろ」と言っていた。
俺はハンマーの持ち手を掴み、持ち上げようとした。お、重い…ギリギリ床から持ち上がって、それっきりだ。筋力増強の回復魔法でもかけなければ、肩に担ぐこともできないだろう。
マリゴールは俺からハンマーを受け取り、ひょいと持ち上げたかと思うと物凄い速さで回転させた。トリックでもなんでもない。そして、一連の動作でマントがはだけ、チラと中が見えた。マリゴールはマントの下に、水着のような赤い布をビキニのように着て、それ以外何も身につけていなかった。なんと大胆な。
マリゴールは高速でハンマーを振り回すと、一切疲れた様子もなく、ゆっくりと床に置いた。
「こんなもんでいいかな? 実力を見せろって言われるたびに何かをぶっ壊してたんじゃ、資源の無駄だろ?」
マリゴールはニカッと気持ちの良い笑顔を見せた。合格どころか、今すぐにガドルの代わりに白夜騎士に入れるんじゃないか?
「申し分ないよ! 彼女がエローナ、この子がルナだ」
俺はマリゴールに2人を紹介した。ルナを紹介した時、カウンターの向こうでヴォルゲンの眉毛が釣り上がったのが見えた。もう娘がクエストに同行するのを止められなくなったが、やはり心配なのでイラついているのだろう。俺はヴォルゲンに背を向けた。
「よろしくお願いします、マリゴール」
「よろしくねー」
「よろしく! 華やかなパーティだな! ところで…」
マリゴールは申し訳なさそうに、俺の方を向いた。
「1ゴールドだけで良いからさ、前金でくれないか…?」
「構わないよ」
俺は腰袋から1ゴールド取って、マリゴールに渡した。もし持ち逃げされたとしても、ハンマー芸の見物料と考えたら惜しくない値段だ。
マリゴールは1ゴールド金貨を受け取った。そしてそれをじっくりと見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。
「…ああもう我慢できない…! 身分、問わないんだよな…? 誰でもクエストメンバーにしてくれるんだよな…?」
「え、うん…」
なんだこの念押しは。マリゴールはまた金貨に視線を移すと…金貨に噛み付いた。
「えっ」
ガリゴリと音を立て、マリゴールは金貨を噛み砕き、美味しそうに飲み下した。俺もエローナもルナも、あのヴォルゲンでさえ呆気にとられてマリゴールを見て固まっていた。
「……っはぁあああああ」
マリゴールはこれぞ至福と言った表情で、手の甲でよだれを拭った。そして、自らの体を覆っていたマントを脱ぎ捨てた。マントに煽られて、彼女の体から熱風が吹いた。
豊満な体つきだった。先ほどチラリと見えた水着のような服装。そして…耳の上あたりから伸びている2本の角と、ホルダーがわりにハンマーの取っ手に巻きつけている、長い尻尾…
「アタシはドラゴンの…ハーフみたいなもんだ。約束なんだから雇ってもらうよ」
* * *
「お前、良いやつだなぁオルセン!」
夜も更けて、マリゴールを迎えた4人…いや、寝てるエローナを抜いたら3人か。俺たちはギルドハウスの宿場の一室で酒を酌み交わしていた。ルナはまだ若いのでお茶を飲んでいる。エローナはマリゴールに2杯ビールを薦められ、真っ赤になって寝てしまった。弱い。
マリゴールが空腹そうだったので、俺はさらに10ゴールドを追加で渡していた。マリゴールはそれを大事そうにかじりながらビールを飲んでいる。ずっとマリゴールが肩を組んできて揺さぶってくるが、彼女は自分の平熱が65度くらいだと言うことを理解していないようだ。熱い。
「初めて見たよ。ドラゴンのハーフで、しかもお金を食うなんて」
「正確に言うとドラゴンに拾われた少女って感じかな? アッハハ!」
俺を尻尾でベンベン叩きながらマリゴールが笑う。アッハハじゃない。ドラゴンに拾われただけでそんなびっくり人間になるはずないだろう。ルナが興味津々でマリゴールに質問しまくっていた。
「マリゴールさん、どうしてお金を食べてるの?」
「…アタシは赤ん坊の頃両親に、ドラゴンの住む谷に捨てられてさぁ…凍えて死にそうだった。丁度その時、お腹の子がダメになっちゃったドラゴンに出会った。それが私の母さんだ…凍えた私は、母さんの胎内で育てられたんだ」
「よく生きてたもんだな…それで少し体にドラゴンの特徴が出たのか…」
「そ。おかげで体が暑くてな! 服なんか着たくないけど肌は隠すのが人間のルールなんだろ? それに「金」しか食べらんないの。でもアタシなんかが日常的に手に入れられる金なんて、金貨くらいのもんだ」
「ビールはいいのか?」
「金以外は消化できないから大体そのまま出てくるよ。飲む?」
「誰が飲むか!!」
大体事情が掴めてきた。食料としての金貨を得るために、身分を隠して傭兵として働いているというわけか。大変だろうな。普通の人は1ゴールドもあれば1週間は食っていけるのに、それを食事として食べるとしたら1食分にもならないだろう。そう思うと金貨はひどく小さく薄っぺらに見えた。
「ずっとお母さんと暮らそうとは思わなかったの?」
ルナのその言葉に、マリゴールは少し憂いのある表情を見せた。
「母さん…「マザーファヴニル」は、白の王国のなんとか騎士って奴らに殺されちゃったんだ…金のいっぱい出る鉱山も、そいつらに取られちゃった。アタシだけ母さんに逃がしてもらったんだ」
俺はワインを吹き出しそうになった。思い出した…白の王国が、白夜騎士が倒したドラゴンの軍勢、その大将である「カイザーファヴニル」の妻が「マザーファヴニル」だ…!
ルナもそのことに気づいた様子だったが、特にマリゴールに告げ口しようとは思っていないようだ。そうか、間接的にとはいえ、俺がマリゴールの母親代わりのドラゴンを…
「ま、戦争だからさ…しょーがないから人里に降りてきて、必死に生活してるってこと! 人間に正体晒したのなんて初めてだけど、結構良いもんだね! ま、ひとつよろしく頼むよみんな!」
マリゴールは満面の笑みで、今夜何度目かわからない乾杯を俺たちにせがんだ。今夜は俺のオゴリだ。それが今の俺にできる精一杯の贖罪。ポーションの中毒作用を証明できたら、ちゃんとマリゴールに謝ろう。そして、彼女が俺にどんな思いを抱いても、ちゃんと受け入れよう。そう思いながら、俺はマリゴールにビールを注がれて妙な色に混ざったワインを飲み干した。