第4話 「恋路、第一王子」
「オルセン…お前、辛かったなぁ…」
「そのシロとか言う奴、俺たちでぶっ飛ばしてやりてぇよ…!」
森全体が燃えぬよう気を付けて、ルナの熱魔法でハーピーの巣を燃やしてから、俺たち4人は焚き火を囲んでいた。ガロードとバスティスは、俺の境遇を聞いて、物騒な顔を黄色いハンカチに顔を埋めていた。ルナは俺が傷を治してやった牛を撫で回している。
「いいんだよ、ありがとう。もう、どうしようもないと思うから…」
ポーション中毒。これが「白の王国」で蔓延しているのは間違いない。あの国では、今いる赤の王国よりずっと早くからポーションが流通していた。そして、みんなちょっとした怪我や体調不良でもポーションを飲む。つまり国民のほとんどが重度の中毒のはずだ。そうなってしまえば、俺の魔法でも恐らく治せない。ぶっちゃけ「じゃあもういいや」って感じだった。もう知らん。
「でも、赤の王国や他の国でポーションが流通するのは、阻止しないと…!」
ガロードとバスティスは大きく頷いた。
「ギルドハウスの奴らにも、ポーションはもう使うなって教えてやんなきゃあよ」
「でも、それだと回復手段がなぁ…オルセンみてぇな回復術師がもっといりゃあいいのにな」
「いやー…もう流行らないよね…回復しかできないしさ」
「いやいや! 俺らの腕力とか上げてくれたじゃねぇか! あれってもう補助魔法と一緒だろ!」
「だよな! あんないろいろできるなら、今から俺も回復術師、目指しちまおっかな」
ガロードとバスティスがキャッキャと話している。夢を壊すわけじゃないが、一応教えておかねば。
「あれはね、周囲の脂肪のエネルギーを分解して筋肉に回してるんだよ。君たちの筋肉量を目算で仮定して、筋力増強量を加減しなきゃならないんだよね。強すぎると筋肉が断裂するし、漫然と全体的に増強しても効率的な腕力の増加につながらないから、筋肉ひとつひとつで強化の割り振りを…」
「わかった。オルセン先生。わかった」
「俺らにゃ無理だ」
俺たちは焚き火を囲んで笑った。魔物を倒し、目的を達成し、焚き火を囲んで雑談して、笑い合う。久々の感覚だった。寝袋に潜り込もうとして、またバカな話が始まって、笑って寝られなくなり、また焚き火のそばに座る。そんな夜がふけていった。
* * *
翌日、森を抜けた俺たちはギルドハウスに戻り、クエスト成功の報告をして、報酬を受け取った。勝手にクエストについてきたルナは流石に父親に怒られていたが、俺やガロード、バスティスの熱心な説得で、怒りを収めてくれたようだった。
「2人とも、行っちゃうのか?」
俺はギルドハウスの前で、荷物をまとめたガロードとバスティスに声をかけた。
「あぁ。俺らは元々、赤の王国の北のほうの出身でよ」
「地元の奴らにも『ポーションが危ねぇ』って教えてやりてェんだ」
「そうか…気を付けてな。中毒も初期段階なら、ポーションさえ摂取しなければ回復するはずだから」
ガロードとバスティスは、手を振りながら笑顔で去っていった。俺はギルドハウスに戻り、カウンターに腰掛けた。目の前には、ルナの父親でこのギルドハウスのオーナー、髭面大男の「ヴォルゲン」が、グラスを磨いている。
「ワインを。グラスで」
「はーい」
俺が注文すると、ヴォルゲンが無視していたのでルナがグラスワインを注いでくれた。スライスされたパンが添えられている。赤の王国はその名の通り、赤ワインが名産と聞く。そんな酒にうるさいタチではないので、香りだのはさておいて、おもむろにグイと一口飲んだ。確かに。フレッシュだが味がしっかりしていてうまい。
「オルセン。ルナに聞いたぜ。うちの店でも、一応ポーションの取り扱いはやめてやる」
ヴォルゲンが無愛想に俺に話しかけた。機嫌が悪そうだ。
「ありがとうございます。本当は赤の王国そのものへの輸入を禁止してもらいたいくらいですけど…」
「国際問題だな。王族に知り合いでもいなきゃ、貿易品に口出しなんぞできん」
俺はワインをもう一口飲む。草の根運動でポーションをやめろと言い続けるのは難しいだろう。そもそも回復手段がほぼポーションしかない上、麻薬のように欲しくなってしまうのだ。やはり、国に入ってくること自体を規制しなければ。
「どうにか王族に渡り、つけられませんかねぇ」
「…不可能でもねぇな」
俺は本当ですか! という顔をヴォルゲンに向けた。ヴォルゲンは無言で、バーカウンターに一番近いテーブルをあごでしゃくった。
テーブルには、女性と男の子が座っている。女性は銀髪のボブヘアーで、10代後半から20代前半に見える。黒いロングワンピースに白いつば広の帽子をかぶっている。上品に紅茶を飲む姿は、とても育ちがいいように感じられた。
男の子の方は13歳くらいだろうか。顔つきはもっと幼く見える。同じく銀髪の巻き毛で、装飾がびっしりついた服を着て、背中にでっかい剣を背負っていた。ビールジョッキで豪快に液体を飲んでいるが、泡の立ち方などを見るにどうみてもジンジャエールだ。彼はチラチラと、洗い物に勤しむルナを見ている。
「ライル。どうしても私とお付き合いしてくださらないのね」
「ふん、エローナ。僕にはもう心に決めた人がいると、何度言わせる」
2人は周囲に聞こえるような、芝居がかった大声で会話した。演劇みたいだ。またチラチラとルナを見ているので、彼女にこの会話を聞かせたいに違いない。しかしルナは洗い物に夢中だ。
「…あの凸凹コンビがどうしたんです?」
「あのチビな…赤の王国の第一王子だ」
俺は思わずワインを吹き出しそうになった。あのいかにもアホそうなのがこの国の…!
「あのいかにもアホそうなのが!?」
俺は思わず言ってしまった。ヴォルゲンは厄介そうに腕を組んで唸っている。
「言うな…お妃様が頑張って9人産んで、やっと出てきた男の子、世継ぎなんだ」
ライルはツカツカと気取った歩き方でカウンターに行き、ルナに話しかけた。
「やあ。今日は何かクエストはあるかい? できれば僕にふさわしい、うんと難易度が高いやつがいい」
「こんにちわ。ちょっと待ってね」
ルナはクエストボードから、依頼書を取ってライルに見せた。
「…ドラゴン残党の討伐、ですって」
「いいね! ちょうどいい!」
そんなバカな。ドラゴンの討伐って、白夜騎士と敵対していた「カイザーファヴニル」が率いるドラゴン族の残党のことか? あの強かったシロだって、ちゃんとした装備でなければ危険な相手だ。
「あのクエストな、赤の王国の王室からの依頼なんだ」
ヴォルゲンが一層声を潜めて言った。
「…ヤラセってことです?」
「そう。国は傭兵を大量に雇って、9割がた残党狩りを終わらせてからクエストとして貼るんだ。ライルしか受けられないようにしてな」
つまりライルに美味しいところを持って行かせるってことか。理由は恐らく…
「ルナさん。この魔法剣士ライルと、ご同行しませんか?」
ライルはルナに片手を差し伸べた。
「お皿洗い終わってからならいいよ」
ルナは特に表情を変えることなく、そう答えた。
「あのバカうんち野郎…間違えた。ライルはウチのルナにホの字でよ」
ヴォルゲンは握り拳を固めていた。ホの字て。
「心中お察しします。魔法剣士って何ですか? 聞いたことないですけど」
「あいつな、『剣から魔法が出せる唯一の存在』って嘯いてんだよ。大嘘だがな。いつも代わりに魔法を出してやるのが、従者のあの女、エローナだ」
飲み物から何から偽りだらけだな…エローナとかいう彼女も召使いの上に、恋の協力で猿芝居までさせられてかわいそうだ。
「あのクエストについていけば、もしかしたらライル経由で王族とのつながりができるかもな…ついでにお前、ライルがルナに変なことしねぇか見張ってこい」
「お目付役ですか…いいですよ。なんか釈然としませんけど」
俺がヴォルゲンの頼みを承諾すると、ヴォルゲンはライルの方に歩み寄った。
「失礼。ただいま、このクエストは新人冒険者の参加が条件になってましてな」
「何!? そんなの条件にないはずだぞ!?」
「ライル、なんであなたがそんなこと知ってるの?」
ルナの言葉に、ライルは口籠った。ルナはライルの素性を知らないんだな。もっとも、興味がないだけかもしれないが。
「こちらのオルセンを同行させてください。回復術師なので、ライルさんの邪魔にはならないと思いますがね」
「ども…新人のオルセンです」
「回復術師…そんならいいや。弱っちいから俺の手柄を横取りできないし」
ヴォルゲンに紹介され、ライルに挨拶する。ライルはニヤニヤしながら俺の全身を見て言った。俺はもはやイラつかなかった。回復術師は得てして舐められ慣れているものだ。この程度なら可愛いもんさ。
「ではこのクエストはライル、ルナ、エローナ、オルセンの4人で。決定!」
ヴォルゲンは乱暴にハンドベルを鳴らして、クエストの決定をギルドハウス中に知らせた。きっとあのハンドベルをライルの頭に振り下ろしたいのを我慢しているに違いない。
「ではすぐに参るぞ! 出陣!」
* * *
俺たちは山沿いの草原を歩いていた。前でライルがルナの気を引こうと頑張っている。
「いやー暑い。汗が…」
ライルはわざとらしくハンカチで汗を拭った。その白いハンカチには、真っ赤な糸で王家の紋章が刺繍されている。しかし、ルナはそれに気付いていない様子だった。
「ハハ…」
俺はエローナの横を歩きながら、苦笑いした。少年よ、そんなんで女の子がなびいても嬉しいか?
「ぼっちゃまのこと、ヴォルゲンからお聞きになったと存じております」
俺はぎくりとした。あの騒がしいギルドハウスで、俺たちのヒソヒソ声が聞こえていたのか…
「ご主人様の悪口を言われて不服なのかい。メイドさんか?」
「お目付役です…別に陰で言う場合は咎めません。ぼっちゃまはまだ若く、未熟な点もある」
この人、結構まともじゃないか。そう思う俺を、エローナは目を細めて見つめた。凍りつくような冷たい目だ。
「だが、ぼっちゃまやルナ様の前でその態度を出せば、赤の王国全てを敵に回すことと考えて頂きましょう」
「わかったよ…あんたも大変だな」
「君主に従うのは当然の務めですから」
ルナ以上に感情が読めない人だ…そう思いながら、俺は気まずい道中を、どう王家に取り入ろうかと思案することでやり過ごした。
夕方、ライルが立ち止まったので、俺たちも立ち止まる。そこは岩場だった。岩陰や洞穴など隠れる場所が多く、なるほど大将を失ったドラゴン族がいかにも仮宿にしそうな場所だった。
「到着! さて、この辺だったな」
ライルはクエスト文を見ながらそう言った。背負っていた剣を重そうに抜き、剣を構える。エローナはこっそりと、ルナの背後に回った。
ライルがオホン! と咳払いをすると、2匹のドラゴンが、まるで追い立てられるように岩場から飛び出してきた。「グレイドラゴン」という種で、身長は2m程で2足歩行。武器や防具を作って装備することで知られている。だが剣は没収されており、鎧は革のベルト1本でなんとか肩にぶら下がっているボロボロっぷりだった。
「我が国…じゃなかった。赤の王国を虐げし魔の軍勢よ! 魔法剣士ライルの稲妻剣をくらえ!」
たった2匹の軍勢に無駄なジャンプを織り交ぜて向かっていくライル。ライルが斬りかかる、というかグレイドラゴンに剣を当てに行く瞬間、ルナの後ろにいたエローナがこっそりと杖を抜いた。かなり上等な大型の杖。属性特化型だ。彼女は黄色い大きな宝玉が取り付けられた真っ直ぐな杖を、背後で器用に動かしながら小声で呪文を詠唱した。
「ボラ・ボルテリオン…!」
刹那、上空から雷が落ち、一瞬で2匹のグレイドラゴンを黒焦げにした。ライルは1回しか斬る動作をしていないのに2匹倒れてるけど、そこのところはいいのか。
「どうですか! ルナさん!」
ライルは少しへっぴり腰になってルナの方を振り返った。目の前に雷が落下したので腰をほとんど抜かしたらしい。クネクネと気持ち悪い動きでルナに近寄って行った。
…こんな出来レースで、どうやって俺は活躍をして、王室に恩を売ればいいのか。
「これでドラゴンの残党は滅びました! 俺の稲妻剣で!」
「2体倒しただけだよ? まだ隠れてるかもしれないじゃない」
「そっ…それもそうですね…」
ライルは焦りながら取り繕った。ツメが甘いんだな。2匹しか用意してないと知っているのはライルだけなのだから、そりゃルナにしてみればそう思うに決まっている。
「じゃ…じゃあ夜までこの辺りを見回って、それから野営することにしよう! あ、しまった!」
ライルの言葉が「あ、しまった!」から随分と棒読みになったぞ。
「間違えて2人用のテントを2つ持ってきてしまった! これは2人ずつに別れて寝ないといけないな、うん」
「男女で別れましょ?」
ルナに言われ、焦った顔をするライル。そりゃそうだろ。ツメが甘いって言ってんだろが。言ってないけど。ライルはエローナに「なんとかしろ!」とでも言わんばかりの表情を見せつけている。
エローナはおもむろにナイフを取り出し、ルナに見えないように思いっきり肩を刺した。血が勢いよく吹き出す。
「えっ!?」
俺の声に全員がエローナの方を向く。エローナは素早くナイフをしまっていた。ライルは青い顔をしている。流石に想定外だったのだろう。
「エローナさん、大丈夫? オルセン、早く回復を…」
ルナが俺の方を見たので、俺は杖を取り出そうとした。その手をエローナの手が止めた。
「先ほどのドラゴンの見えない斬撃を食らってしまったみたいですわ…回復術師さんに一晩つきっきりで回復してもらわないと…」
「え、いやこんなの…」
エローナが俺のほうに倒れ込んできた。思わず受け止め、抱き抱える格好になる。一瞬ドキッとしたが、エローナが俺に耳打ちをした。
「一晩中かかると言え」
エローナは杖を触りながら、俺を睨んでいる。口はボルテリオンの「ボ」の形になっていた。脅迫だ。
「これはひどい。血管がズタズタで毒も入っている。尿酸値も高めだな。朝までかかりそうだ」
俺は口から出まかせを吐いた。無論ただの切り傷で、大きな血管も切れていない。尿酸値なんて見ただけでわかるか。
「それはいけないな! テントを張ってやるから急いで2人は中に! 俺たちは見回りをしてきましょう!」
俺たちはライルが2分くらいで適当に張ったテントに押し込められた。ライルは意気揚々とルナを引き連れ、見回りに行った。ルナはじっと俺を見ていたが、何も言わなかった。もう敵はいないんだから多分5分くらいで帰ってくるだろう。
「よくやった、オルセン」
「ハハ…」
俺は斜めになっているテントを建て直しながら、にやりと笑うエローナに苦笑いを返した。