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第1話 「凱旋、追放の夜」

 夜。高い壁に囲まれた城下町は、月明かりよりも明るく光り、楽しげな声や歌を騒がしく発していた。


 「白の王国」は、人間界と魔界を分断する広大な領土を誇る大国だった。魔界から人間界に侵入しようとした場合、必ず白の王国の領土を通ることになる。それらの魔物から背後にある国を守る役割を担っていたため、防衛費の名目で他の3国から資源や資産を巻き上げ、それによって繁栄していた。


 今宵は、人間界に戦争を仕掛けたドラゴンの軍勢の大将「カイザーファヴニル」を、白の王国が誇る4人の精鋭部隊「白夜騎士」が討伐し、9ヶ月に渡った人間と魔物の戦争に勝利した、記念すべき日だった。


* * *


 「白夜騎士、バンザーイ!」


 「シロ様、こっち向いてー!」


 「ファルナ! 俺だ! 結婚してくれー!」


 白の王国内。城下町に張り巡らされた石畳の道を、俺たち「白夜騎士」は馬に乗って凱旋していた。押し寄せる民衆から、花吹雪だの酒だの、かれこれ3時間は浴びせられっぱなしだ。馬も辟易としているに違いない。


 白夜騎士の顔、国王から「シロ」の名前を賜った、最強の剣士「シロ」


 攻撃魔法と補助魔法で戦局を操る女魔法使い「ファルナ」


 500kgもの鎧を纏い、味方を庇いながら自慢の怪力で暴れまくる無骨な兵士「ガドル」


 そして俺…一応どんな回復魔法も使える回復術師、「オルセン」


 俺たちは、敵大将「カイザーファヴニル」を討ち取り、事実上戦争を終結させた功績を、こうして全国民から祝われている。広い城下町を一周して、城で王に謁見してお言葉を賜れば、それでやっとこの凱旋パレードは終わる。道中疲れていたので、俺は早く家で寝たかった。


 「ねぇシロ。あんなに女の子からキャーキャー言われて…」


 「心配するな、ファルナ。俺があの女の子たちに指輪を贈ったか?」


 「ガハハ! このガドルの前でイチャつくとはいい度胸だなお前ら! 畜生! 酒だ!」


 …前の3人盛り上がってるな。


 「なぁガドル。カイザーファヴニルとの戦いで全身に炎食らってただろ。ちゃんと回復しなくて大丈夫か?」


 「…」


 ガドルは俺の言葉を無視し、民衆に渡された瓶のワインを飲んでいた。どうも最近…というかここ数年、3人は俺にだけツラく当たってくる。それに今回のカイザーファヴニル討伐の旅ときたら…こいつら俺が回復する前に「ポーション」で回復しやがる。当て付けかと思っても仕方あるまい。

 まぁ、俺だけ王命で途中から白夜騎士に加わったから、ちょっとしょうがない面もある。こいつら3人は幼なじみでずっと一緒に行動して、助け合い、いつの間にか「白夜騎士」とまで呼ばれるようになったような叩き上げだ。俺はこの3人が危険な仕事をするようになってから、優秀な剣士であるシロを万が一にも失ってはならないということで加入させられたのだ。

 しかし、それでも俺たちは同い年で、白夜騎士としては10年の付き合いだ。28歳の大人が、嫌がらせで俺を困らせるとは考えられない。3人がこういう態度なのは、攻撃が一切できない俺が間違ってでも前線に出ないようにという、優しさの裏返しなのだろうと思いたかった。


 ようやく、王の住う「白城」が見えてきた。やれやれ、この長い夜もやっと終わるのか。俺たちは城まで伸びた坂を、槍をピンと上に掲げ整列した兵士たちに見送られながら上がっていった。入城し、やたらと長い階段を上り、俺たちはようやく「謁見の間」に通された。ここに入ったことがあるのは俺たちの中じゃシロだけだ。今回の功績がどれほど大きなものだったか、ようやく実感が湧いてきた。


 俺たちは玉座に腰掛ける王の前に、横一列に並んで跪いた。王は父親のような優しい雰囲気で俺たち…特にシロを見下ろしていた。横には大臣が、これまた王の上機嫌を喜んでいるようにニコニコしている。


 「白夜騎士よ、よくやった。私は歴代で1番の功績を残した王になれた。その方たちも誇るが良い。厄介な魔物の軍勢の一角を落としたのだからな」


 「恐悦至極に存じます」


 基本的に、王と会話するのはシロだけ。その方がいいのだ。俺たち無礼な戦争屋は、いつ口を滑らせるかわかったもんじゃない。世渡り上手で礼節をわきまえた上、腕の立つシロは王のお気に入りだ。


 「カイザーファヴニルはやはりシロ、そなたが討ち取ったようじゃの。ワシはもうお前に与える勲章や爵位がないのが惜しいわ」


 「滅相も。ファルナの魔法やガドルの身を挺した防御がなければ、この成果はあげられませんでした…しかし」


 しかし…? 俺は嫌な予感がした。


 「率直に申し上げます、王。白夜騎士に回復術師は必要ありません」


 俺は思わず顔をあげ、シロを見た。シロはこちらを見向きもせずに、王に向かって淡々と話している。


 「事実、この旅路で1度も、我々はオルセンの回復を受けませんでした。いえ、むしろ足手まといだと思ったことの方が多いほどです。回復術師は回復以外の一切の能が無い」


 「ま、待てよ! 俺の回復魔法を断ってポーションばっか使ってたのはそっちだろ!?」


 俺は思わず身を乗り出してシロに反論した。それでもシロは俺の方を見なかった。


 「オルセンよ、御前である! 控えよ!」


 大臣に一喝され、俺は渋々跪いた姿勢に戻る。シロはまだ言い足りなかったのか、言葉を続けた。


 「ただついてくるだけの者が、命をかけて戦う我々と同じ地位、名声を得るというのは、白夜騎士…ひいては白の王国の戦士全体の士気にも関わるのです。王、どうか…」


 俺はつま先を見つめながら王の言葉を待った。王がシロを守るために、俺を白夜騎士に加入させたのだ。いくらシロの頼みと言っても…


 王は考え込んでいた。大臣が王に耳打ちをしているらしい声が聞こえる。俺は耳をすませ、その言葉を聞き取った。


 「王…今、我が国で生産を独占しているポーション。それの有用性をアピールする、いい機会なのでは?」


 「ふむ…回復術師いらず、というのはいい売り文句かも知れんな」


 まさか…まさか…


 「オルセンよ、白夜騎士に…いや、この国にもう回復術師は要らぬ。今回の名誉に代わって報酬を払おう。それを持って、どこへでも行くがよい」


* * *


 「おい…どういうことだよ!!」


 謁見の間を出て、雑談しながらどこかへ行こうとする3人を、俺は引き止めた。


 「なんなんだよ…どうしちまったんだよ!? 昔は俺の回復を受けてくれてたじゃないか…! 何が不満なんだよ!?」


 3人はゆっくりと振り向いた。俺をゴミでも見るかのように睨んでいる。


 「忘れたのかよ、シロ! 知り合って間もない頃、お前が蛇の毒で死にかけて…!俺、そのとき解毒魔法使えなかったから、一晩かけてなんとか習得して…」


 「黙れ」


 シロはいつの間にか、俺の目の前に立っていた。人間離れしたスピードだ…シロは今まで聞いたこともないようなドスの聞いた声で俺を睨みつけていた。


 「俺の神話に、苦労話は必要ない…! 後世に伝わるのは、俺が活躍した話、勝った話だけでいい…! いらねぇんだよ、テメェ」


 「そ、そんな理由で…?」


 俺は地面にヘナヘナとへたり込んだ。


 「オルセン、ポーションってすっごく気持ちいいの。あなたの回復魔法は気持ちよくない」


 「な、なんの話だよ、ファルナ…?」


 「攻撃受けて、ポーション飲んでね、体が再構築されていく感覚が、すっごいイイのよ…もっと攻撃受けてもいいかなって思えるの…!」


 「戦わんお前にはわからんことかもしれんがな。痛みだけでなく、その恐怖を克服できるっちゅうのは、戦士にとってどれほど心の支えになるか」


 「ガドル、お前まで…」


 ワナワナと体を震わせる俺に、シロが剣を突きつけた。


 「失せろ。お前は国外退去を命じられた身。速やかにこの国を出ていかなければ、白夜騎士としてお前を斬る」


* * *


 城下の外に続く道を、俺はとぼとぼと歩いていた。腰に括り付けた金貨入りの袋が、虚しくチャラチャラと鳴っていた。俺は面倒なことになるのを恐れ、ローブのフードを目深にかぶり、顔を隠した。


 町では凱旋パレードが終わっても、興奮冷めやらぬ様子でいくつも酒宴の席ができていた。


 「お父さん、俺大きくなったら回復術師になる! みんなを治せる魔法っていいよね!」


 仲間たちと飲んでいる男に、小さい子供が楽しそうに話しかけた。


 「バカ、今に回復術師なんて役職、完全に消えちまうぞ」


 「えー? なんで?」


 「今はどんな傷も状態異常も治せるポーションがある。それにな、回復魔法ってのは他の魔法と違うんだ。一つでも覚えちまうと、他の種類の魔法も攻撃特技も、一切覚えられなくなる。回復しか能がなくなるんだ」


 子供に「回復術師はやめておいた方がいい」と言おうとしたが、父親が全て代弁してくれた。おっしゃる通り。そして俺はこのザマなのだから。


 …いつだったろうか。物心もつかない頃、俺の母親は病気だった。俺は家の本棚を全部ひっくり返して、魔術入門書を見つけて、独学で回復魔法を覚えた。でも傷を治す呪文だったから、母親の病気は結局治せなかった。そして、そのとき回復魔法を覚えたせいで、回復術師として生きていくしかなくなってしまった。


 『母さんじゃなくて、他の誰かを救っておやり…』


 それが、母親の最後の言葉だった。


 涙でぼやける視界を、ローブの袖で晴らした。いつの間にか、白の王国の外壁の門に到着していた。


 「オルセンだな。通れ」


 門番に促され、俺は白の王国から出た。最後にもう一度、振り返ってみた。城から祭りの終わりを告げる花火が3発、打ち上がったところだった。


 俺は前に向き直る。振り返るのはもうおしまいだ。この国と俺は、もうなんの関係もなくなった。

 この街道を進むと、赤の王国にたどり着くだろう。白の王国に重税を課されている小国だが、果たして俺を受け入れてくれるだろうか。


 俺は街道を見つめ、遠くに何かが落ちているのを見つけた…いや、誰かが倒れているのだ。


 「おーい、オルセン!」


 俺は門番に声をかけられ、振り返った。やはり国外追放だけは免除になったか?


 「あそこで倒れてる女、疫病なんだ。もっと遠くへ行って死ねって伝えといてくれ。我が国に病気が入り込む」


 「なっ…」


 俺は街道を駆け出した。キレた。もう白の国に情もクソもあるものか! 俺は全速力で女の元へ駆け寄った。


 「うぅ…」


 女の子は14歳くらいだった。金髪で整った顔立ち。身体中に、疫病特有の発疹が浮き出ていた。側に、白の国への通行手形と、赤の国の医師から白の国の医師へのの紹介状が落ちていた。靴は泥だらけでボロボロだった。

 この女の子は、白の国で医療を受けるため、赤の国から遥々来ていたに違いない。しかし門番が独断でこの子の入国を突っぱねたのだ…!


 俺は腰に括り付けている杖を取り出した。杖先にぶら下がっている緑色の宝石が、月明かりで煌めいた。


 「ヴィル・ヒール…!」


 杖先から暖かな光が放たれ、彼女を包み込む。彼女の身体中の発疹は、みるみるうちに消えていく。失敗するはずはなかった。魔術学校に入学してから教授に「真っ先に教えろ」とせがんだ、疫病退散の魔法。あの日母親にかけてあげられなかった魔法…


 「あなたは…」


 女の子は目を開いた。俺は泣いていた。嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか。女の子が戸惑うなんてわかっていたが、涙を止められなかった。

 女の子は何も言わず、俺の手を握ってくれた。俺は一晩中、泣いていた気がした。

 小説初心者です。ご意見ご感想、気になる表現などお寄せ頂けると嬉しいです。できれば毎日、少なくとも2日にいっぺんくらいは更新したいと思っております、よろしくお願いいたします。

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