31 閑話 ユウギリと暗躍と
日曜日なので三話更新予定です。これは一話目。
ユウギリは見ていた。
自分が作った最高傑作、魔法の疑似太陽ネオンが落とされたのだ。
おそらくは、イコマが扱う爆薬の類。
高さ五百メートルの看板を支える金属柱を発破し、ジャストサイズのコロシアムに落下。
衝突の衝撃波がコロシアムを駆け巡り、地面が砕け、おそらく建物自体が数センチ傾いている。
――めちゃくちゃじゃ!
反則だ。
武器以外の持ち込みは禁止であるはずなのだ。
だが、もし禁止行為であれば、そもそもユウギリのルールが許していないはず。
一度決めたルールは、オートで実行される。床が修復され、看板が生え直すように。
だから、つまり。
――持ち込んではおらぬ! 事前に、十四時半ちょうどに真下に落下するよう爆薬を仕掛けておったのじゃな!?
高所であることを除けば、通常の発破よりは簡単だったろう。なにせ、このなにわダンジョンは基本的に無風。
風の影響を受けないため、落下物に影響するものは重力と、発破の衝撃のみ。
五百メートルをまっすぐ下に落とすのは、難事ではあれ、不可能ではない。
――端に寄って地面に埋まったのは、己が衝撃から逃れるためじゃな!
看板が板である以上、ダイレクトな衝撃が入るのは直線の上に限る。
円形コロシアムを、ちょうど横断する形だ。
であれば、板面のどちらか、端に寄って衝撃に備えれば、自分にかかる衝撃波も最低限に抑えられる。
逆にいえば、コロシアムの中央に固定されていたアダチは、まごう事なき直撃。
いくらタフネスAといえど、無事では済まないだろう。
――わらわの自慢の疑似太陽看板じゃからな!
ランクでいえばS級だ。たいていの魔法はたやすく使いこなすユウギリだが、疑似太陽の構築には数日をかけた。力作だった。
こればかりは、他のてきとうなネオンのようににょきっと生え直すことはない。
特別な看板なのだ。
ユウギリは胸を張って、もう一度コロシアムを見た。
砂埃の中に、ばらばらに砕けた太陽看板が散らばっている。
見るも無残である。一所懸命作った看板なのに。
『あの下郎が……ッ!』
イコマはルールの隙をついた。
円形のコロシアムで、武器防具以外の持ち込みは禁止。
アダチを固めるのには、土を使った。もとからコロシアムにあったものだ。
そして、コロシアムは円型だ。ユウギリ自身がそうデザインした。
決して、球形ではない。
高さ五百メートルの高さであっても、円の中にあるのであれば、それは。
――場内のオブジェクトを利用しただけじゃな。土をほじくり返して利用したのと同様、試合開始時には、すでに看板も爆薬も……コロシアム内には、あったのじゃ。
ユウギリは歯噛みする。
理屈は通る。ほかならぬ、ユウギリが作ったルールだ。ユウギリがいちばんよくわかっている。
コロシアムの範囲をてきとうに円と決めたのも、ユウギリが用意した武器以外は持ち込み禁止だが、場内の土は別に構わないというルールを作ったのも。
ふんわり、なんとなくで決めた。
竜はそういうスケールの小さいことをいちいち考えない。
だからこそ、ルールのすき間を突かれた。
ユウギリの想定を超えた攻略法で、イコマはアダチに五百メートルの高度から超大型の看板を落下させ、コロシアムの地面ごと粉砕した。
というか、コロシアムの建物自体、いまの衝撃でかなりのダメージが入った。
観客も、落下によって発生した衝撃波や土埃で、気絶している者もいるようだ。
――死者は……おらぬな。
コロシアムをぐるりと見渡せば、土埃に覆われていようと、それくらいは見通せる。
観客席の前列にいたものたちが、いつの間にか後部へと移動……避難させられていたらしい。
主導したのは、ナナという薙刀使い。従ったのは、コロシアムを怪我でドロップアウトした元剣闘士たち。
――怪我人を治してやる代わりに、避難誘導の協力を取り付けたのじゃな。
周到だ。むかつく。
ユウギリはただちにルール変更を考える。
闘技場の範囲を、円から球に変更する必要がある。さらに、場外へ著しく影響を与える攻撃も禁止しなければ。ペナルティも――いや。
その前に、守らなければならないルールがある。
『……勝者を認めねばならんな』
憎々しげに、ユウギリが呟いた。
イコマが、土埃の中から現れた。
全身がひどく折れ曲がった男を担いでいる。
アダチはまだ生きている――だが、意識はない。明らかな戦闘不能だ。
『……エキシビジョンマッチの勝者は、無限の薙刀じゃ!
古都の英雄、イコマの勝利を……今回限り、認めてやるとも!』
経緯はどうあれ、今後の規則はどうあれ。
現状の勝者がどちらかは、だれの目にも明らかだった。
ユウギリも、それだけは認めなければならなかった。
――やれやれ。二度目のイコマは話が違う……か。先に、あやつに褒美をやらねばならんのう。
このエキシビジョンマッチが成立したのは、ある男の進言があったからだ。
四日前、ユウギリの居室に訪問者があった。
●
『……イコマとアダチの再戦を? どんな価値があるというのじゃ』
「イコマが勝つ。二度目のイコマは話が違うからな。
そして、チャンピオンの一強状態が終わり、コロシアムに変革が訪れる。
なあに、イコマはどうせアンタに挑むんだから、アンタがその手でぶっ殺してやればいい。
その後、不在になったチャンピオンの座を求めて、みんながみんな、死に物狂いで試合をおこなうってわけだ」
『貴様は信用できぬ』
「ああ。だから、ひとつ交換条件だ。もしイコマが勝たなかったら――おれが死ぬ」
『……ほう?』
「できるだけ滑稽な死に方をしてやる。貴様が爆笑するような、な。
だから――どうだ、ユウギリ。一回だけ、おれにディレクターをやらせてくれないか。
ただの一回でいい。ただ一度、エキシビジョンマッチを許してくれるだけでいい」
『……そこまで言うのであれば、仕方ない。許してやろう』
「もうひとつ頼みがあるんだが――イコマが勝った場合、おれの望みをかなえるのは、アイツの前にしてくれないか」
『なぜじゃ』
「スキルランクを上げて、ぶっ殺したい相手がいるからさ」
●
ユウギリは嘆息し、コロシアム全体の傾きを魔法で修復しながら、眉をひそめた。
――怒りの双剣め。なにを企んでおるのじゃ……?
ここから一気に動きます。
双剣くんが殺したい相手とは誰なのか、みなさんも予想してみてね!




