30 ジャストサイズ
僕の戦い方は、結局いつも通りだ。
闘技場の土を連続複製し、粗い砂にして、『粘液魔法』で生み出した唾液と混合した泥だ。
『粘液魔法』で量産した唾液も、土と混ぜて作った混合泥も、『複製』の連打で手に触れられる範囲で増やし続けられる。
走りながら唾液を口内で増やしておいて、アダチさんとの接敵直前に手で触れ、ローションを『複製』で増やしていくだけ。
もとの唾液も『粘液魔法』で増やせるし、増加効率は非常に高い。
砂も地面から一粒でも拾えっておけば、ねずみ算式に増やせてしまうし。
配合を調整すれば、粘度も重さも自由自在。ランクが下がったところで、土も泥も大した影響は受けない。
だって、所詮は土と泥だし。
さらに。
「攻撃じゃないんですよ。僕の『傷舐め』は治療スキルですから」
重要なのは、これだ。
「……つまり、治癒効果のある唾液を主成分にして、ローションを分泌した……と?」
うなずくと、アダチさんの頬がひくひくした。
まあたしかに気持ちのいい状態ではないもんね。
男の唾液だもん。女の唾液ならいいのかっていうと、そうでもないだろうけれど。
「ようするに、治療用の泥パックですよ。
効くかどうかは賭けでしたけど。
そのときはローションで対応するしかなかったので、大変だったでしょうし」
説明しながらも、泥を連続で生み出し、アダチさんにぶつけ続ける。
アダチさんもさるもの、泥を振り払いながらローションの範囲を逃れようとするものの、もはやプロレスの技術ではどうしようもないほどのローションと泥がコロシアムの中央に広がっている。
ぬかるみに足を取られた人間は、たとえ足首程度の深さであろうと、まともに動けなくなる。
このまま泥で封殺し、治療パックで拘束するのが第一の目的だ。
もはや格闘とはいえない泥合戦を繰り広げていると、アダチさんがついに重みに負けて倒れた。
四つん這いで起き上がろうともがくチャンピオンに、ここぞとばかりに大量の泥をのせまくる。
「……ぐ、くぅ! せやけど、ワテの動きを封じてどうするつもりやっ?
結局、Aランク以上の攻撃手段がないことに変わりはないやろ!
窒息させようにも、ワテは無呼吸でも一週間以上は生きられる!
時間経過で無効試合になるだけや!」
「そんなまだるっこしいこと考えてませ――いえ、一回考えましたけど、それよりもAランクの攻撃を用意するほうが確実なので、今回はそっちを仕込みました」
「なにを――わぷっ」
どばどばと泥をかぶせて、アダチさんの膂力では抜け出せないように重量を足しておく。
アダチさんと直接触れない泥に関しては、土の比率を高めた『固くて重い』粘土を中心にして、とにかく盛りまくる。
アダチさんの膂力では抜け出せないように、たっぷりと。
基本に立ち返って考えてみれば、勝負とはとどのつまり強みの押し付け合いだ。
だったら、僕がアダチさんに勝っている部分、パワーとスピード、そして『粘液魔法:C』と『複製:B』を最大限に生かして攻略するしかない。
コロシアムの範囲は、直径百メートルの円形だ。
その中心に、奇怪な泥のオブジェを建設し終わるまで、しばらく時間がかかった。
ほっと一息ついて天井を見上げれば、妖しい太陽がぎらつく光を発している。
あの疑似太陽の看板もまた、直径百メートルであり――このコロシアムの真上にある。
疑似太陽とコロシアムを中心にして街を集合させたのだろう。
偶然ではなく、必然。あの太陽が真上にあるのは、ユウギリのデザインに違いない。
コロシアムとサイズを合わせたのも、デザイン上の問題だろうと思う。
手を挙げて、観覧席にいるユウギリに大声で呼びかける。
「すみません、いま何時ですか?」
『……昼の、十四時二十五分じゃが』
ふむ。試合開始から二十五分。ちょっと時間が押している。
アダチさんは、ローションの中でも予想以上に動けた。経験があったのかもしれない。
ぬかったな……甘かった。だけど、賭けには勝った。
『イコマよ。拘束した程度では、勝ちとは言えんぞ?
試合運びは見事じゃったが、見た目も実態も泥臭くてかなわん。
そこで手詰まりならば、貴様の負けじゃぞ』
「あと五分だけ待ってください!」
いらいらしている竜女に叫び返しておく。
ともあれ、残り五分だ。急がなければ。
僕はコロシアムの端っこまで寄って薙刀を拾い、刃を地面に突き立て、スコップの要領で土を掘り起こした。
力任せにざくざく掘って、僕が入れる大きさの穴を作る。
ついでにローションと泥でぐちゃぐちゃになったメイド服の上を脱ぐ。
観客が「おおお……!」と湧いた。男の上半身なんか見ても楽しくないだろうに。
ぐちょぐちょのメイド服を複製し、『粘液魔法』でさらにコーティングして、即席の緩衝材をいくつか作成する。
穴の中を緩衝材を敷き詰めて、潜り込む。
自分の上にも緩衝材を広げてから、恒例の対ショック姿勢を取った。
直後、ものすごい衝撃が僕を襲った。
ごごぉん、という桁違いの震動。脳が揺れる。
ステータスオールBじゃなかったら、ぜったいにやりたくない作戦だ。
五分、ギリギリだった。危なかった。
衝撃がおさまるまで待ってから、布と土をかき分けて穴を這い出る。
コロシアムにすっぽり収まるように、疑似太陽が落ちていた。
真下にいたアダチさんのオブジェは、ひしゃげた太陽の残骸に潰されて、跡形もない。
威力でいえば、ドウマン戦で用いた大極殿屋根落とし以上。
タフネスAであっても、大ダメージが確実だ。
「……よし!」
『よしではないわああああああああッ!?』
ヨシ!(安全確認)




