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第二章【なにわダンジョン解放編/大悪党に連れられて】

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29 閑話 アダチ



 コロシアムに立つアダチは、マスクを外していた。

 いつも通りの闘技場。いつもと違うのは、エキシビジョンマッチだということ。


「……イコマはんを殺したくはないんです」


 顔をゆがめてそう言った。


「せやけど、こうして挑むなら、叩き潰さなあかん。

 二度目や。チャンピオンとして、二度目は息の根止めなあかん」


 レスラーのマスクを装着して、アダチは冷たい殺意を纏う。

 対面のイコマもメイド服のプリムをつけて、準備万端だ。


「……いっこ聞いてええですか? なんでメイド服?」

「いや、正装なんで……」

「そ、そうでっか……」


 ――まあ、ひとそれぞれやしな。うん。


 通常、専属の使用人は男性であれば執事服を選ぶ。

 わざわざ露出の多いメイド服を、わざわざ女装して着こなすあたり、そういう趣味なのだろう。


『エキシビジョンマッチ、開始じゃ。さっさと終わらせい』


 観客は多いが、明らかに盛り上がりに欠けている。

 一度、はっきりと明暗分かれた相手だからだろう。ユウギリもつまらなさそうにあくびをしている。

 ユウギリは舐めているが、アダチはイコマのことを決して軽んじていない。

 むしろ、冷静な判断と狂気的な言動が入り混じった、予測不可能な男だと捉えている。


 ――油断は禁物!


 だからこそ、アダチは最速で終わらせようと思った。

 アダチにしては珍しく、自分から打って出たのだ。こぶしを握り締め、プロレスで培った技術をフルに生かしたステップで接近する。

 地球が壊れる前は、マスクをかぶったヒールレスラーだった。



 ●



 アダチの娘が病に倒れたのは、離婚してからだ。

 妻は不倫をしていて、親権はレスラーとして稼いだ金で弁護士団を雇い、もぎ取った。

 自分のなにが不満だったのか、裁判の中でいやというほど聞かされた。


 ヒールとは程遠い私生活。真面目な仕事人間。

 そんなヒトだとは思わなかった――。


 破天荒なのはリングの上だけ。

 それが悪いとは思わない。そういう仕事で、そういう役割だ。

 だが、そういう仕事も、そういう役割も、派手好きの妻には伝わらなかったらしい。

 振り返ってみれば、なぜ結婚したのかさえ、思い出せない。

 好きだったはずなのに、面倒な思い出とひどい言葉だけが浮かんでは消えていく。


 タマコの親権を奪い、ひどい癌だと判明したあとも、アダチはがむしゃらに働いた。

 莫大な治療費を支払うために、プライドを捨ててバラエティのテレビ番組にも出まくった。

 とにかく金が必要だった。

 すでに余命宣告されるほどの状態で、世界でも先進的だとされる、保険の利かない治療法も取り入れたからだ。

 娘は、そんな自分に呆れたようにこう言ったものだ。


「忙しいんやから、無理して病院来やんでええねんで」


 それでも毎日、仕事終わりや仕事前に病院に向かって、たわいない話をした。

 今日はどんな検査を受けた、今日はどんなテレビを見た、通信教育ではなにを習った――。


「パパの試合、見たで。カッコええやんか」


 何気なく放たれた言葉に、泣いてしまったことをおぼえている。

 号泣した。嬉しくて、誇らしくて、そして悲しかった。

 なぜタマコが。どうしてなんの罪もないこの子が。

 病に侵されなければならないのか。

 ナースにドン引きされるくらい泣いて、また明日から必死に働こうと思った。


 しかし、翌日に地球が壊れた。

 病院という施設は頑丈で、耐震基準もしっかりしていたから、天変地異自体は耐えきった。

 地震も津波も大嵐も耐えて、けれど、大阪市内であったことが災いした。

 竜の襲来。混乱のさなか、アダチは這う這うの体で病院に辿り着き、タマコを抱えて逃げた。

 大阪市外、山間部の高校に避難できたのは、不幸中の幸いだったが、それでも不幸には違いなかった。

 治療が止まった以上、余命を先延ばしにできない。

 むしろ、押しとどめていた癌の進行が、堰き止めていたダムが決壊するかのように、猛烈な勢いを取り戻してしまった。

 それでも二年間を生き延びたのは、タマコ本人の意志の強さだろう。

 ぎりぎりのところで、生き延び続けた。

 アダチの住んでいた高校集落は貧しかったため、タマコを養い続けるのは難しかったが、それでも二年を生き延びて、ユウギリが目覚めた。

 最悪な状況で、しかし、僥倖だった。


 闘技場で勝てば、タマコを救える。


 二年前かぶっていたマスクは捨てて、新たに布を張り合わせてマスクを作った。

 悪役(ヒール)ではなく、ホンモノの悪になる必要があった。

 勝てば勝つほどに、専属メイドに指名した娘との会話は減っていった。

 かまわない。

 誇りは捨てた。涙も。あのときの感情も。

 かまわない。

 がむしゃらに勝ち進み、時には殺した。

 エキシビジョンマッチと称して、若い女性を惨殺したこともある。

 武器を割り、服を剝いで、全身の骨を砕いてやった。

 ひとを殺すときは、いつだって震えていた。殺したくなんかなかった。

 ただ、必要だったのだ。そうしなければ、ユウギリが満足しないと思ったから。


 気の良い若者をいけにえに捧げて、娘を竜にして、アダチの仕事は終わった。

 娘に嫌われても、生きていてくれさえすればいい。


 だが、エキシビジョンマッチがセッティングされた。

 何者かが、ユウギリに再試合させる価値があると提言したらしい。

 もう、やめてほしかった。

 エキシビジョンマッチだ。人々が見たいのは、チャンピオンによる殺戮ショーだ。

 マスクを脱いで入場したのは、ただのアダチとして若者に向き合いたかったから。


 それでも結局、アダチは悪のマスクをかぶった。

 かぶって、いやというほど実感する。

 もはや、こうしてマスクをかぶって闘技場に立つ自分も、まぎれもなく自分なのだ。

 ホンモノの悪としての自分を、否定したりはしない。

 だって、そうでなければタマコを救えなかったのだから。



 ●



 アダチのスキルは『タフネス強化:A』ひとつだけだが、自前の技術はプロ以上だと自負している。

 リングとは広さが違うし、禁止行為も存在しない。

 あえて言えば、ユウギリが指定した武器以外は持ち込めないことか。

 闘技場の土を目潰し代わりに投げる剣闘士もいたが、逆にいえばこの円内には土くらいしか利用できるものはない。

 真正面から戦うしかない状況であれば、アダチは無類の強さを誇る。


 対するイコマもまた、接近戦を選択していた。

 遠距離攻撃を主体とする男が、薙刀を捨て、口を拭うような仕草をしながら吶喊してきたのだ。


『なんじゃ、やけくそか。つまらんのう』


 ユウギリの発言に、アダチは眉をひそめた。


 ――策があるんか?


 間違いなく、なにかがある。やけっぱちではないだろう。

 イコマはそういう男だ。少なくとも、アダチはそう思った。


 ――やとしても、その策ごと踏みつぶすだけや!


 組み合いならば、自前の技術を持つアダチのほうが有利だ。

 自前の技術までは『複製』できないのは確認済み。武器として手足を振るえば、アダチのタフネスがカウンターで破壊する。

 どんな策でも、勝利は揺るがない。

 コロシアムの中央。

 顔を突き合わせるほどの距離で、アダチの右手がメイド服の薄い肩布を掴んだ。


 ぬるっと滑った。


「……えっ?」


 手が、布を掴み損ねた。

 バランスを崩し、倒れそうになった体を支えるために、アダチは右足を大きく踏み出した。


 ぬるっと滑った。


「ぬ、おお……っ!?」


 股を大きく広げた体勢で、アダチはコロシアムの地面に転がった。

 受け身を取ろうと、とっさに手を突っ張る。


 ぬるっと滑った。


「なん……ッ!?」


 べちゃり、と地面にぶつかる。

 いや、それは構わない。アダチのタフネスからすれば、受け身など取る必要がない――いつも癖で動いてしまうが。

 だが、異常事態だ。

 この感覚は、過去に一度だけ経験があった。

 レスラー軍団の一員として、覆面をしたまま、スポーツ系バラエティ番組に出たときのことだ。

 お笑い芸人とガチ勝負という名目だったが、それではレスラー軍団の勝ちが揺るがない。

 だから、ある条件が追加された。

 そのときと、同じ。


「……ローションレスリング!?」


 気づけばイコマを中心にして、謎の粘液が周囲に広がっている。


 ――『粘液魔法』か!


 おもしろスキルだと思って考慮していなかったが、イコマは応用してきた。

 プロレスかつ、素手というアダチのファイトスタイルにあわせて。


「……くっ」


 立ち上がろうとするアダチに、ローションの影響をまるで感じさせない動きで、イコマが手のひらをぶち当てた。

 破壊されない。攻撃ではない。

 だが、触れられた右手が重くなる。

 固める前のコンクリのような泥が、アダチの右腕に絡みついていた。


 ――なんや、コレ!?


 想定外だ。あるはずのないものが、この闘技場内で発生している。

 肉体と薙刀。それ以外の得物がある。環境が、いつもと違いすぎる。

 この闘技場に泥なんてないはずだ。あるのは、土とネオンの灯りだけ。

 そのはずなのに。

 加えて、イコマの動きが鋭い。相手もローション塗れなはずなのに、バランスを崩すことなく地面を踏みしめ、泥を握りしめた両手で高速の連打を放ってくる。

 痛みはないが、打撃のたびに泥が手足を重くする。


「ど、どういうこっちゃ! なんでイコマはんは、そないに動けるんや!?」

「毎日、ナナちゃんと粘液塗れになっていたので慣れているんですよ!」

「毎日ずっと特訓しとったんか!?」

「はい! 毎晩ヤってました! たまに昼過ぎまで!」

「昼過ぎまでか!」

「すみませんうそつきました! ―― 一回、夕方まで!」

「熱心やな!」


 あれほどの技量と経験を持つ薙刀使いを相手に、ローションレスリングのスパーを毎日繰り返していたのか。

 ならば、これだけ動き回れるのにも納得がいく。


「ローションを使ったプレイに関して、僕とナナちゃんはすでに一流と言っていいでしょう!」


 ――プレイ?


 言い方にちょっと違和感はあるが、ともあれローションレスリングの経験はイコマに一日の長がある。

 だが、もうひとつ謎がある。


「この泥は――なんや!? なんで、ワテの『タフネス強化:A』で破壊できへんのや!?」


 ぶつけられた泥玉が、砕けないのだ。



なんで僕は「男二人がローションでくんずほぐれつしている状況」なんて書こうなんて思ったんでしょうか。

だれか教えてください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変です! ナナちゃんとのローション修行の描写がまるっと抜けてますよ!! [一言] ていうか粘液魔法のおかげで絶倫うらやましい 俺も掘られたい
[一言] ちょっと青春が溢れすぎてませんかね夕方までとかw
[一言] まぁ油塗ってるようなもんだし伝統的な対策か……?
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