27 ニセモノの太陽
結論からいうと、僕はともかくとして、ナナちゃんのほうはとても激しかった。
最初ははかなげで楚々とした雰囲気だったけれど、慣れてきてからが強かった。
さすがは筆頭騎士、正々堂々と正面から組み伏せてくるのはまさに騎士道。
端的にいうと、捕食されている気分になった。
『あれ、コレもしかして僕が好き勝手されてるのでは?』と、途中で首をかしげながらぞんぶんに絞り取られたのである。
まるで、そう。あの激しさは、覚えたての中学生のようで……。
……いや、みなまで言うまい。
彼女は二年間も男っ気のないサバイバル生活を強いられていたティーンエイジャー、青い春真っ盛りの青少年だ。
「つまりは……LIBIDO……」
冷蔵庫からエナドリを取り出して飲みつつ、部屋の惨状に目を向ける。
ねばねばのどろどろである。
シーツもマクラも、脱ぎ捨てたメイド服や制服でさえも。
「……粘液魔法、すげえな。と、僕は思うのであった」
どういう用途に用いたかは詳しく言わないけれど、粘液の分泌量を増やせる魔法の用途などそう多くはないですね、ハイ。
魔法の考察自体は興味深いけれど――詳細はだれにも言わず伏せておこう。甘酸っぱい思い出なのだ、これは。
男がエロメイド服着て粘液を魔法で異常分泌していた一夜を、甘酸っぱい思い出と言い張るのは無理があるかもしれないけれど。
甘酸っぱいというより、もっと味が濃い目な感じかも。
スイーツじゃなくてメイン。焼肉とかラーメンとかそのへん。
特盛マシマシな感じで。
いやまあともかく。
僕は備え付けのコーヒーメーカーのボタンを押しつつ、ベッドで穏やかな寝息を立てるナナちゃんを見やる。
「好き勝手……ね」
なんとも無責任で、恐ろしい言葉だけれど。
僕の本質は、案外、そこにあるのかもしれないと、一夜明けて思う。
ダンジョン攻略は、手段に過ぎない。
そうやって、人々を救うのが目的じゃなくて、人々を救ったあとの世界でなにをしたいかこそが、大切だったはずなのに。
ついぞ忘れてしまっていた。
目先の『崇高な目的』に目がくらんで、大局的な視点での『俗っぽい望み』を追いやってしまっていた。
「キャンピングカーで悠々自適ライフのために、気持ち入れ替えていきますか」
目標を設定し、達成のための手順を構築し、進捗状況をリアルタイムで観測し。
チャート通りに落ち着いて攻略すれば、最短でなくともクリアは可能なのだ。
いまこそ初心に立ち返ろう。
窓の向こうの太陽型ネオン看板を見上げながら、脳内でいろいろチャートを組み立てていると。
「あるぇ、お兄さん、どこぉ……?」
背後で鼻にかかった声が上がった。
お嬢様のご起床である。
「おはよ、ナナちゃん。コーヒー飲む?」
「うー……」
カップを持ってベッドに近づくと、シーツの中からたおやかな手が伸ばされた。
飲むらしい。
「大丈夫? 体、どっか痛かったりしない?」
「……んえ?」
体はともかく、寝起きで意識が大丈夫ではなさそうなので、コーヒーをちびちび飲むナナちゃんを眺めて待つ。
ローディングローディング。脳の起動まであと少し。
「……えとね。おなかの異物感がすごい」
シーツ(with粘液)にくるまって、両手でマグカップを持つナナちゃんは眠そうに目を細めた。
「あと、なんかめっちゃ幸せ」
続けて口元を緩めてそう言ったので、まあ、悪くはないのだろう。
●
なにわダンジョンの中央にある、巨大な太陽型のネオンは、今日も煌々と輝いている。
闘技場の真上に設置された疑似太陽は、パイプが張り巡らされた天井から数十本の支柱で吊り下げられており、ユウギリの現実改変能力――ダンジョン生成能力の高さを物語っているようだ。
天井を見上げながら、街を歩く。街ブラデートである。
「壁面、天井面のパイプを伝っていけば、疑似太陽まで近づけそうだよね」
「あるいはロウソクの翼を作って羽ばたいてみるか、とか?
お兄さんならできちゃうんじゃない?」
それ、太陽の熱で羽が溶けて落ちるやつだぜ、ナナちゃんや。
ギリシャ神話、イカロスの逸話である。
青年イカロスは、ロウで固めた翼で空を飛ぶ力を得て、太陽神アポロンにすら近づけると自らを過信した。
古来、太陽や大地、風や嵐、海に水――そういう大自然は、それそのものを神に見立てられていたから、人類に恵みを与える太陽はまさしく神の代表格。
そんなものに近づけるなんて、イカロスはずいぶんと慢心したものだ。
結果、思い上がった人間の翼は神の発する熱に耐えきれず、青年イカロスは真っ逆さまに落下し、命を失った。
人間の傲慢さと慢心を戒める、テクノロジー批判神話のひとつとされている。
「人間が太陽に近づきすぎた罰だっていうけど、竜が作ったニセモノの太陽でも近づきすぎたら罰は下るのかな」
「ニセモノの太陽なんてものを作ったユウギリにこそ罰が下ってほしいけどね、僕は。
神や天使がいるならば――いそうで怖いな。竜もいるんだし」
ちなみに僕はメイド服を着用し、ご主人様であるナナちゃんの三歩後ろをしずしずと歩いている。
「……掃除当番のメイドさんには悪いことをしたね」
「絶句してたね。お兄さんが部屋中粘液まみれにするからだよ」
共犯のくせによく言う。
これは掃除が大変だ、時間がかかりそうだ、しかも他人の粘液をさぁ、あーあ、という視線に耐え切れず、僕らは掃除が終わるまでデートと洒落こんでいるわけだ。
本当に申し訳ない。今度、なにか美味しいものでも差し入れようか。
「僕も一緒に掃除をするべきだった気がするんだけど……」
「お兄さんは私の専属だから、私と一緒にいてもらわないと。
たっぷりサービスをしてもらわなくちゃね!」
「具体的にはどんなサービスを? お嬢様」
「えへへ、手をね……繋いでもいい? お兄さん」
散歩進んで、手のひらを合わせて握ると、どちらともなく「えへへ」と笑みがこぼれた。
町民が僕らを見て「百合だ……」「尊い……」と手を合わせているが、申し訳ない、片方は男です。
かかったな!
「しかし、お兄さんも女装が板についてきたね。
エロメイド服のまま外出しても平気だなんて」
「これも好き勝手の一環だよ」
「開き直りやがった!」
●
古都で一人の女が「はっ!」と叫びながら顔を上げた。
「なんだかとっても激しく先を越された気配がするよぅ!?」
「うわびっくりした、いきなり叫ばないでくださいまし。
ていうか手を動かしてくださいな、手を。
カグヤ様がやらないと、畑仕事に補正がかかりませんのに」
「レンカちゃん、いっくんはいつごろ帰ってくるのかな!?
『ヘタレだしナナちゃんと二人きりでも大丈夫でしょ』とか思ってたのに、いきなり不安になってきたんだけど」
「大丈夫ですわよ、ええ。
ナナもアレでけっこうな奥手ですもの、からかう程度ならまだしも、いざ本番となればどうせヘタレますわ。
ヘタレないシチュエーションがあるとすれば、イコマ様がものすごーく凹んでいて、ナナが『私がやらねば』と庇護欲バリバリに思い立ったときでしょう。
つまり、イコマ様がかなり追い込まれたときに限られますの。
そしてイコマ様が追い込まれるほどの窮地となると、とてつもない難敵に違いありませんの。
ええ、なにわダンジョンによほどの難敵がいればヘタレを乗り越える可能性はあるでしょうけれど、日本第二の都市であるなにわダンジョンの規模はすなわち日本第二クラス、関東ダンジョン圏に比する難敵がいることでしょう。
結論としては――あら? ありえちゃいますわね。
いやらしい! いやらしい展開ですわ! 羨ましい!
帰ってきたらわたくしも混ぜてもらいましょう」
「ありえちゃいますわね、じゃないよぅ!
うー、いっくんの初めては私のなのに……いやシェアしてはいるんだけど……」
畑のそばで薙刀を持って控えていた護衛の巨乳女子が、首を傾げた。
「イコマっちの初めてって……なに?」
「あら、ヤカモチったら!
お勉強の時間ですわよ!」
「レンカちゃん、こういうときだけ元気はつらつになるの、どうかと思うよぅ……?」
ともあれ。
「はやく帰ってこないかなぁ」
古都の空には、本物の太陽が明るく輝き、英雄の帰還を待ちわびていた。
次回あたりで再戦まで持っていきたいところ。
★マ!




