24 正義
タマコちゃんのためなら、とチャンピオン――アダチさんは言った。
闘士を六人殺した男は、娘のためだと言ってのけた。
「人殺しですら、あの子のためだっていうんですか!?」
「……ガン細胞が、全身のリンパに転移しとったんです」
淡々と。
息がつまりそうな事実を、ただ淡々と。
父親の言葉が、闘技場の床に落っこちた。
「文明が壊れる前から、あの子は余命数年と宣告されとった。
病院施設は崩壊し、環境は過酷化し、それでもワテらはなんとか二年を生き延びてたけど――タマコは、日ごとに衰弱してたんです。
そんな時ですわ、ワテらがこのダンジョンに呑まれたのは」
右肩の痛みから意識を遠ざけつつ、僕はアダチさんに問う。
「つまり……あなたはチャンピオンになって、タマコちゃんを救ってほしいとユウギリに願ったのですね!?」
返答はない。
だが、それが事実だろう。
頭の中で、いろいろな情報がかちかちと組み立てられていく。
不治の病を治したチャンピオン。
ユウギリがかなえられる願いは『ユウギリが可能な範囲』――ならば、自分以外の者の快癒も願えば叶うはず。
必死だったに違いない。
文字通り、必ず死ぬ覚悟で殺しにかかった――自分の命を懸けて、相手の命を取る覚悟で。
勝つために、全力を尽くし。
そして、タマコちゃんの肉体を治した。
けれど、それならば。
わざわざ僕らを、このダンジョンに誘い込んだ理由はなんだ?
タマコちゃんを救うという願いは叶えたはず。
なのに、どうしてアダチさんは僕を騙すような真似をした……?
「なぜ、と思ってはると思います」
僕の表情がわかりやすかったのか、中年は苦笑して首を振った。
「ユウギリを楽しませるには、単なる闘技者以上の逸材が必要やった。
その辺の喧嘩自慢じゃあきまへん。
ホンモノをキャスティングせなあかんかったんです」
「ユウギリを楽しませる、って……。
どうして竜に付くんですか!?」
タマコちゃんを治したならば、あの竜はもはや用済みであるはず。
なのに、どうして――?
「チャンピオンになったものは、願いを一つ叶えてもらえます。
ほんなら――チャンピオンがさらに願いをかなえてもらうには、どうすればいいと思いはりますか」
「……ッ、なるほど……!」
つまり、リアリティショーだ。
ユウギリが見たいものを見せる演出家――チャンピオンはその役割を負うのだろう。
つまらない番組にテコ入れをするディレクターのように。
組み伏せられたまま、壊れた四指で闘技場の砂を掻く。
痛みはあるけれど、動かないほどじゃない。
骨にひびが入り、皮膚が裂けてはいるものの、柄まで砕け散った薙刀・レプリカとは違う壊され方だ。
破壊の程度が違う。
Aランクより下位の攻撃に対する耐性……下位であればあるほど、破壊されるのだろう。
劣化複製したCランク以下のなまくらは大破し、Bランクの肉体は壊されはしても致命ではない……と。
「チャンピオンが、ユウギリを満足させられれば……追加で願いを叶えてもらえるんですね?」
「理解が早くて助かります。
とは言うても、生半可な露悪では満足してもらわれへんのですけどね。
ヒトを殺したんも……人類同士の殺し合いなら、アイツも満足するかと思ったんですが」
「あなたってヒトは……!」
しかし、ようやく理解できた。
つまるところ、ユウギリは最初から闘技者の戦闘なんて、なかばどうでもよかったのだろう。
闘技場がなまくらの武器しか使えないのも、ユウギリにとって『闘技試合で仕方なくヒトがヒトを殺す状況』よりも『ヒトが自ら選択してヒトを殺す状況』のほうが重要だった。
ヒトで遊ぶ――その、極致。
箱庭に人類を閉じ込めて、自滅をそそのかし、その様子を見守る悪辣主義。
アダチさんみたいな人を。
きっと、本来は優しいだけのお父さんを。
昏い決意持つ殺人者に仕立て上げるストーリーを、自らに演出させている。
ぎちぎちと軋む右腕を無理やり捻って、僕は背中の上にのしかかるアダチさんと目をあわせた。
なにかを言わなきゃいけない。
だけど、なにをどう言っていいものか、わからない。
脳みそはぐちゃぐちゃで、痛みで意識もノイズがかかっているけれど、それでもなにかを言わなきゃいけないと思った。
なにかを言わなければ。
負ける。
意志が、折れる。
「我が子のためなら、正義に反してもいいって言うんですか!?」
「なら、イコマはんは正義のためにタマコに死ねって言わはるんですか」
「っ、そんなことは――!」
ない、と思う。
だって。
だって、だ。
僕はこの人の『娘を救いたい』という願いまで、否定できない。
メイド服を着た少女を思い出す。
仏頂面の少女は、きっと今も剣闘士控室にいるのだろう。
死ななければならないと言ってのけたのは、これが理由か。
タマコちゃんはこう思っているのだろう。
自分がいなければ。
自分が死んでいれば。
アダチさんは、こうはならなかったはずなのに、と。
六人の犠牲者を、彼女は自分の責任だと感じている。
願いは正しい。けれど、行動が間違っている。
間違っているが、行動を否定すると、タマコちゃんがただ死んでいっただけの状況を認めてしまう。
ひどいジレンマだ。
ぐぐ、と左腕に力を込めて、押さえ込まれた体を無理やり動かしにかかる。
ぶっ壊れた右肩が歪み、ぶちぶちと筋が切れる感覚すら感じつつ、それでも無理に動く。
「……追加の願いというのは、なんです?」
「タマコのガンは消えましたが、タマコが死なん確証はない。
竜が支配するこの地球で、タマコが死なんようにする道は、ひとつだけです」
「あなたが守ればよかったでしょう!」
「竜には勝てへん。ワテでは守り切られへんのです。
やったら、竜の味方になるのがいっちゃんええ道ですやろ」
アダチさんは、とても自然にそう言った。
「ワテは、タマコを竜にします」
言葉が出ない。
ヒトを、竜にする……?
そんなことが――いや。
可能だ。
僕が一番、よく知っているじゃないか。
「ユウギリに願い、彼女に『竜種』スキルを植え付ける気ですね!?
それも、相当に高ランクな――劣化複製ではない、本物の『竜種』を!」
答えはない。
ぶち、と最後に一音鳴って、僕がアダチさんを跳ね飛ばした。
右腕はだらりと垂れて、手のひらは外側を向いている――二回転くらいしているな、コレ。
脳が痛みをシャットダウンしたのか、右腕の感覚が一切ない。
アダチさんはマスクの奥の瞳を静かに燃やしながら、再度、両手を前に構えて戦闘のポーズを取った。
「ナナはんが言うとりました。
ワテはもう、半ばヒーローであると。
立場も真意も違えど、ワテはその言葉を信じとります」
覚悟が、ある。
アダチさんには、彼なりの覚悟が。
信じるべき柱が。
心の中に、たしかにそびえたっている。
「ワテはタマコのヒーローになる。
そのためなら、たとえ何人でも、何十人でも、人類丸ごと敵に回したってかまわへん。
そういうヒーローになるって、決めたんです。
言うなれば――それが、ワテの正義です」
「……ッ!!」
正義という言葉を聞いて、とっさに――僕は、半壊した左拳で全力の一撃を放った。
無我夢中で、その一撃に願った。
止まってくれ、と。
倒れてくれ、と。
それ以上、僕の軽い決意を、甘い考えを、正面から見据えないでくれ、と。
ぱき ぶし ぐちゃ
「……ワテは決して、アンタのことは嫌いじゃあらへん。
けど――なあ、イコマはん」
軽い音の連続。
アダチさんの顔面に正面からぶち当たった僕の左拳。
まずは皮が裂け、次に骨が砕け、最後に肉が捻じれて肩までコワれた。
「アンタの拳は、軽すぎる」
カウンターで放たれたのは、ハンマーのように固く握りしめた拳。
神が雷の槌を打ち下ろすように、僕の視界に拳が迫る。
僕よりも遅い速度で。
僕よりも弱い膂力で。
けれど、僕よりもはるかに頑強な決意で固められた拳が。
ゴッ、と最後の鈍い音がして。
僕の意識は、そこで途絶えた。
Aランクのタフネスを持つ者すべてがBランク以下の攻撃を棄却するわけではなく、アダチさんの『タフネス強化:A』特有のアビリティです。
闘技場の武器が刃を潰されたなまくらでなければイコマが辛勝、プラスチック爆弾ありの市街戦ならば確実に勝てたでしょう。
Bランク以下の武器、武術でも刃が付いていれば、減衰されつつも通ったりします。
肉体VS肉体、肉体VS打撃であれば最強だけど、刃物や爆発物はさすがに無理な感じ。
闘技場内のルールでのみ『ハマる』タイプの強者です。
ユウギリは悪趣味で自分勝手な運営です。
ガチャの最高レアリティイベントキャラの排出率を0.8パーセントとかにするタイプですね。
許さねえ……!!
★マ!




