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第二章【なにわダンジョン解放編/大悪党に連れられて】

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24 正義



 タマコちゃんのためなら、とチャンピオン――アダチさんは言った。

 闘士を六人殺した男は、娘のためだと言ってのけた。


「人殺しですら、あの子のためだっていうんですか!?」

「……ガン細胞が、全身のリンパに転移しとったんです」


 淡々と。

 息がつまりそうな事実を、ただ淡々と。

 父親の言葉が、闘技場の床に落っこちた。


「文明が壊れる前から、あの子は余命数年と宣告されとった。

 病院施設は崩壊し、環境は過酷化し、それでもワテらはなんとか二年を生き延びてたけど――タマコは、日ごとに衰弱してたんです。

 そんな時ですわ、ワテらがこのダンジョンに呑まれたのは」


 右肩の痛みから意識を遠ざけつつ、僕はアダチさんに問う。


「つまり……あなたはチャンピオンになって、タマコちゃんを救ってほしいとユウギリに願ったのですね!?」


 返答はない。

 だが、それが事実だろう。

 頭の中で、いろいろな情報がかちかちと組み立てられていく。


 不治の病を治したチャンピオン。

 ユウギリがかなえられる願いは『ユウギリが可能な範囲』――ならば、自分以外の者の快癒も願えば叶うはず。

 必死だったに違いない。

 文字通り、必ず死ぬ覚悟で殺しにかかった――自分の命を懸けて、相手の命を取る覚悟で。

 勝つために、全力を尽くし。

 そして、タマコちゃんの肉体を治した。


 けれど、それならば。


 わざわざ僕らを、このダンジョンに誘い込んだ理由はなんだ?

 タマコちゃんを救うという願いは叶えたはず。

 なのに、どうしてアダチさんは僕を騙すような真似をした……?


「なぜ、と思ってはると思います」


 僕の表情がわかりやすかったのか、中年は苦笑して首を振った。


「ユウギリを楽しませるには、単なる闘技者以上の逸材が必要やった。

 その辺の喧嘩自慢じゃあきまへん。

 ホンモノをキャスティングせなあかんかったんです」

「ユウギリを楽しませる、って……。

 どうして竜に付くんですか!?」


 タマコちゃんを治したならば、あの竜はもはや用済みであるはず。

 なのに、どうして――?


「チャンピオンになったものは、願いを一つ叶えてもらえます。

 ほんなら――チャンピオンがさらに願いをかなえてもらうには、どうすればいいと思いはりますか」

「……ッ、なるほど……!」


 つまり、リアリティショーだ。

 ユウギリが見たいものを見せる演出家――チャンピオンはその役割を負うのだろう。

 つまらない番組にテコ入れをするディレクターのように。


 組み伏せられたまま、壊れた四指で闘技場の砂を掻く。

 痛みはあるけれど、動かないほどじゃない。

 骨にひびが入り、皮膚が裂けてはいるものの、柄まで砕け散った薙刀・レプリカとは違う壊され方だ。

 破壊の程度が違う。

 Aランクより下位の攻撃に対する耐性……下位であればあるほど、破壊されるのだろう。

 劣化複製したCランク以下のなまくらは大破し、Bランクの肉体は壊されはしても致命ではない……と。


「チャンピオンが、ユウギリを満足させられれば……追加で願いを叶えてもらえるんですね?」

「理解が早くて助かります。

 とは言うても、生半可な露悪では満足してもらわれへんのですけどね。

 ヒトを殺したんも……人類同士の殺し合いなら、アイツも満足するかと思ったんですが」

「あなたってヒトは……!」


 しかし、ようやく理解できた。

 つまるところ、ユウギリは最初から闘技者の戦闘なんて、なかばどうでもよかったのだろう。

 闘技場がなまくらの武器しか使えないのも、ユウギリにとって『闘技試合で仕方なくヒトがヒトを殺す状況』よりも『ヒトが自ら選択してヒトを殺す状況』のほうが重要だった。

 ヒトで遊ぶ――その、極致。


 箱庭に人類を閉じ込めて、自滅をそそのかし、その様子を見守る悪辣主義。


 アダチさんみたいな人を。

 きっと、本来は優しいだけのお父さんを。

 昏い決意持つ殺人者に仕立て上げるストーリーを、自らに演出させている。


 ぎちぎちと軋む右腕を無理やり捻って、僕は背中の上にのしかかるアダチさんと目をあわせた。

 なにかを言わなきゃいけない。

 だけど、なにをどう言っていいものか、わからない。

 脳みそはぐちゃぐちゃで、痛みで意識もノイズがかかっているけれど、それでもなにかを言わなきゃいけないと思った。

 なにかを言わなければ。

 負ける。

 意志が、折れる。


「我が子のためなら、正義に反してもいいって言うんですか!?」

「なら、イコマはんは正義のためにタマコに死ねって言わはるんですか」

「っ、そんなことは――!」


 ない、と思う。

 だって。

 だって、だ。

 僕はこの人の『娘を救いたい』という願いまで、否定できない。


 メイド服を着た少女を思い出す。

 仏頂面の少女は、きっと今も剣闘士控室にいるのだろう。

 死ななければならないと言ってのけたのは、これが理由か。

 タマコちゃんはこう思っているのだろう。

 自分がいなければ。

 自分が死んでいれば。

 アダチさんは、こうはならなかったはずなのに、と。

 六人の犠牲者を、彼女は自分の責任だと感じている。


 願いは正しい。けれど、行動が間違っている。

 間違っているが、行動を否定すると、タマコちゃんがただ死んでいっただけの状況を認めてしまう。

 ひどいジレンマだ。

 ぐぐ、と左腕に力を込めて、押さえ込まれた体を無理やり動かしにかかる。

 ぶっ壊れた右肩が歪み、ぶちぶちと筋が切れる感覚すら感じつつ、それでも無理に動く。


「……追加の願いというのは、なんです?」

「タマコのガンは消えましたが、タマコが死なん確証はない。

 竜が支配するこの地球で、タマコが死なんようにする道は、ひとつだけです」

「あなたが守ればよかったでしょう!」

「竜には勝てへん。ワテでは守り切られへんのです。

 やったら、竜の味方になるのがいっちゃんええ道ですやろ」


 アダチさんは、とても自然にそう言った。


「ワテは、タマコを竜にします」


 言葉が出ない。

 ヒトを、竜にする……?

 そんなことが――いや。

 可能だ。

 僕が一番、よく知っているじゃないか。


「ユウギリに願い、彼女に『竜種』スキルを植え付ける気ですね!?

 それも、相当に高ランクな――劣化複製ではない、本物の『竜種』を!」


 答えはない。

 ぶち、と最後に一音鳴って、僕がアダチさんを跳ね飛ばした。

 右腕はだらりと垂れて、手のひらは外側を向いている――二回転くらいしているな、コレ。

 脳が痛みをシャットダウンしたのか、右腕の感覚が一切ない。


 アダチさんはマスクの奥の瞳を静かに燃やしながら、再度、両手を前に構えて戦闘のポーズを取った。


「ナナはんが言うとりました。

 ワテはもう、半ばヒーローであると。

 立場も真意も違えど、ワテはその言葉を信じとります」


 覚悟が、ある。

 アダチさんには、彼なりの覚悟が。

 信じるべき柱が。

 心の中に、たしかにそびえたっている。


「ワテはタマコのヒーローになる。

 そのためなら、たとえ何人でも、何十人でも、人類丸ごと敵に回したってかまわへん。

 そういうヒーローになるって、決めたんです。

 言うなれば――それが、ワテの正義です」

「……ッ!!」


 正義という言葉を聞いて、とっさに――僕は、半壊した左拳で全力の一撃を放った。

 無我夢中で、その一撃に願った。


 止まってくれ、と。

 倒れてくれ、と。


 それ以上、僕の軽い決意を、甘い考えを、正面から見据えないでくれ、と。



 ぱき ぶし ぐちゃ



「……ワテは決して、アンタのことは嫌いじゃあらへん。

 けど――なあ、イコマはん」


 軽い音の連続。

 アダチさんの顔面に正面からぶち当たった僕の左拳。

 まずは皮が裂け、次に骨が砕け、最後に肉が捻じれて肩までコワれた。


「アンタの拳は、軽すぎる」


 カウンターで放たれたのは、ハンマーのように固く握りしめた拳。

 神が雷の槌を打ち下ろすように、僕の視界に拳が迫る。

 僕よりも遅い速度で。

 僕よりも弱い膂力で。


 けれど、僕よりもはるかに頑強な決意で固められた拳が。


 ゴッ、と最後の鈍い音がして。

 僕の意識は、そこで途絶えた。



Aランクのタフネスを持つ者すべてがBランク以下の攻撃を棄却するわけではなく、アダチさんの『タフネス強化:A』特有のアビリティです。

闘技場の武器が刃を潰されたなまくらでなければイコマが辛勝、プラスチック爆弾ありの市街戦ならば確実に勝てたでしょう。

Bランク以下の武器、武術でも刃が付いていれば、減衰されつつも通ったりします。

肉体VS肉体、肉体VS打撃であれば最強だけど、刃物や爆発物はさすがに無理な感じ。

闘技場内のルールでのみ『ハマる』タイプの強者です。


ユウギリは悪趣味で自分勝手な運営です。

ガチャの最高レアリティイベントキャラの排出率を0.8パーセントとかにするタイプですね。

許さねえ……!!


★マ!



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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの投稿嬉しいです
[一言] 大丈夫。知ってる中で排出率一番低いのフェイトだから
[一言] え、0.8%とかめちゃくちゃ有情じゃん。0.175%のプリコネの話する?
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