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第二章【なにわダンジョン解放編/大悪党に連れられて】

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23 チャンピオン戦



 チャンピオンは、今まで戦った剣闘士に比べると、ずいぶんと覇気を感じない見た目だった。

 薄汚れたレスラーマスクとパンツに、編み上げのブーツ。

 小太りながら、皮膚の下にある確かな筋肉を感じさせる体型は、いかにも『プロレスラー』といった風体。


「チャンピオンさん、今日はよろしくお願いします。

 できれば――勝たせてくれると嬉しいんだけど」


 レスラーは首を横に振り、露出した口元を固く引き結んでいる。

 勝たせるつもりはもちろん、話す気もないらしい。


『さあ! ひと月ぶりのチャンピオン戦じゃ!

 無限の拳(ラスト・フィスト)無限の薙刀(エンドレス・アームズ)、奇しくも無限同士の決戦となった!

 両者、わらわを楽しませるがよい!』


 ユウギリの楽しそうな声が闘技場に響き渡る。

 無限の薙刀とかいう二つ名、恥ずかしいからやめてほしいんだけど……まあ、いまだけの我慢だ。

 美少女将軍マコちゃんよりはいい。


 ぐるりと薙刀を回して構え、正面を見据える。

 メイドさんが右手を振り下ろし、戦闘が始まった。


「おお……ッ!」


 開幕速攻。

 毎度のごとく、僕は複製した薙刀・レプリカをぶん投げる。

 回転しながら猛烈な勢いで飛んでいく薙刀が、チャンピオンの肉体にぶち当たる――!


 ――ばきり、と軽い音がした。


「……はぇ?」


 思わず、変な声が漏れた。

 チャンプは避けなかった。避けるそぶりすら見せなかった。

 正面からぶち当たった薙刀が、あっさりと折れた。

 いいや、折れたなんてものじゃない。


 刃は砕け、柄までひびわれが通って、端から端まで粉々に砕け散ったのだ。

 まるで堤防にぶつかるさざ波のように、飛沫に砕けて闘技場の床に散らばる。


「うそだろ、おい……!」


 頑丈な鉄と木材で作られているはずの薙刀がスナック菓子みたいに頼りない。

 どういう肉体――どういう能力だ、あれは!?


 無限の拳(ラスト・フィスト)は身をかがめたタックルで僕に向かってくる――けれど、決して速くはない。

 だが。


「う、わ……!」


 薙刀の連投を無視して、ステップやすり足を織り交ぜながらぬるりと近寄ってくる足さばきは、一流の格闘家のソレである。

 速くはない。けれど、いつの間にか近づかれている。

 そういう技術だ。

 慌ててオリジナルの薙刀をひっつかんで構えなおし、突きを繰り出す。

 これは間違いなく悪手だった。

 ぬるい戦いばかりで、勘所が鈍っていたのは否めない。


 ばきん、と。


 手のひらの中で、柄まで砕け散った――劣化複製でない、オリジナルの薙刀すらも、だ。


「……っ!」


 まるで物理法則を感じさせない不自然さで、レスラーの肉体が武器を粉砕する。

 武器で攻撃したのが、失敗。

 ひとまず仕切り直すため、後ろに跳んで距離を取り、両手を構えて正面を見据える……が。


「――いない!?」


 視界から、レスラーが消えている。

 直後、膝元に衝撃が走り、僕は仰向けに転がされた。

 タックルだ。

 それも相当上手い――僕の意識が後退に向いた一瞬で、身をかがめてタックルを繰り出した。

 間合いの取り方やタイミングの計り方は、間違いなく達人級。

 だけど、膂力は……それほどでもない!


「う、おお……!!」


 地面に押し倒されつつも、両手足に力を込めて、押さえ込んで(フォールして)くるチャンピオンを力ずくで跳ねのける。

 チャンプはあっさりと飛びのいて離れた。

 様子見だった、ということだろうか。

 彼がナイフを持っていれば、僕の腹は引き裂かれていた――もっとも、闘技場の武器では無理ではあるけれど、しかし、組み伏せるところまで詰めたのに、その利点をあっさり放棄したのであれば。


「……舐めプかよ、おい」


 相手を舐めたプレイ、舐めプをしているのだと思った。

 けれど、チャンピオンはまたしても首を横に振った。

 違う?

 彼は無言で両腕を広げて、会場内を示した。

 観客席に溢れる人々の群れ、もはやなんと言っているのか聞き取れない怒号、そしてからからと笑う竜女、ユウギリ。

 ああ、なるほど。


 舐めているのではなく、見せている。

 あるいは、魅せているのだ――闘技場の本懐を果たすべく、コンテンツとして戦闘をショーにしている。

 こんな程度で相手をくたばらせてしまうと、試合にならない――そう言っているのだ。

 ははあ、それはそれは。


「魅せプも魅せプでムカつくなあ……!」


 いったいどんなスキルによるものかはわからないけれど、武器攻撃はすべて無効化された。

 残骸が闘技場内に残るのみ。


 武器破壊のプロフェッショナル。

 なるほど、そのスキルは確かに脅威だ。

 しかし、それならば。


 僕は両腕を掲げ、軽くステップを踏む。

 スタイルはキックボクシング。

 押さえ込みの膂力や、技術に偏重したタックルなどから考えるに、チャンピオンはパワー補正もスピード補正も大したものは持っていない……はず。

 僕にはステータスオールBのスピード、パワー、タフネス。

 武器がダメなら、肉体の総合力で勝負する。

 ステップで距離を詰め、にらみ合う――。


「シッ……!」


 左のジャブから右のストレートにつなぐ、シンプルなワンツー。

 相手に反応すら許さない高速の連携が、マスク越しにチャンピオンの顔面を打った。

 鈍くて激しい打音が響く。

 会心の手ごたえ。

 特に右ストレートはチャンピオンの頬に突き刺さり、威力で吹き飛ばせると自負するものだった。

 けれど。


「……あれ?」


 チャンピオンは軽くのけぞっただけ。

 マスクの向こうから、眇めた両目が僕を見ている。

 じわじわと上がってくる痛みに目を向ければ、頬に突き刺さった僕の拳が――赤く染まっていた。


「は、あ……!?」


 痛い。

 痛い、痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!?


「なん、だッ、コレ……!」


 気づけば、左拳も手首から先が血に濡れている。

 指の骨が折れ、皮膚が裂け――破砕されているのだ。

 床に散乱する薙刀の残骸同様に。


「武器だけじゃないのかよ……!?」


 相手に格闘戦を強いるスキルかと思っていたけど、まるで違う。

 混乱と痛みで足が鈍った僕に、チャンピオンがぬるりと接近。

 慌ててよけようとするも、もう遅い。

 チャンピオンが僕の右腕を絡めとり、肘の関節をキメて僕を地面に押さえ込む方が早かった。

 それでも、抵抗しようとした。

 したのだ。


「わるいなぁ、イコマはん。

 ワテの『タフネス強化:A』は下位ランクの攻撃に対する絶対上位権限を持っとるんです」


 だけど、マスク越しに聞こえてきた、人のよさそうな、困ったような声色に、またしても動きが鈍った。

 この声は――知っている声だ。


「いや、わるいなぁ言うんは、ちょっとちゃうか」


 ぎしり、と体重をかけて、なに固めかはわからないけれど、チャンピオンのプロレス技が僕の右肩から異音を発生させる。

 ああ、これはもう、右腕は当分使い物にならないな、と僕はどこか他人事みたいに考える。

 わかっている。これは現実逃避。


「イコマはんには、騙すようなことをして申し訳ないて思うとります。

 けど、それでも――ワテは、この道こそが正しいと、この道を歩み貫くことだけが正しいんやと、そう思っとるんです。

 だから、ワテはわるくない――わるいとは思わない」


 彼は。


「――アダチさん……!!」

「タマコのためなら、ワテはなんでもやると……決めたんですわ」


 チャンピオンは。

 僕らをこの大阪へといざなった、アダチさんだった。





★マ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 顔を隠すキャラは大抵が既出のキャラ。 俺、そう言うの詳しいんだ(棒読み
[良い点] なんと! まさかアダチさんがチャンピオンだったなんてー(棒 [一言] お約束は大事だと思います!
[一言] 対抗するには同じランク!つめりペロペロ!おっさんナメナメぬるぬるローションプレイで闘うとか性癖破壊伝説ですな(勝っても見学者達の性癖はもう…な事になってしまぅ)。
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