9 けが人
ギャングウルフ対策に必要なのは、群れを駆逐できるだけの潤沢な武器だ。
籠城戦はよくない。我慢比べになれば、水や食料を調達できなくなって、いずれ僕が負ける。
『複製』を使えば一ヶ月は籠城できるかもしれないけれど、オリジナルの食品が腐りでもしたら、その瞬間にアウトだ。
ヤソウマキを複製して、ヤソウマキレプリカを作り、各バリケードの裏に立てかけておく。
この槍、威力は十分だけど、角に返しがついているせいで、引っこ抜くのに時間がかかってしまう。
突き刺した槍は回収せず、使い捨てるつもりでいたほうがいい。
香りの強い、獣が嫌がる野草も昼のうちに採取しなければ。
森の中に入り込みすぎないよう注意しつつ、野草をバックパックいっぱいに詰め込んだ。
やつらが襲ってくるとすれば夜。
偵察が来たということは、近いうちに本隊が来るはず。
もしかすると今夜にでも来るかもしれない。
ロッジに戻り、床に座り込んでひたすら作業に没頭する。
タオルを複製して、すりつぶした野草を挟みながら重ねて、腕や足に巻けるような帯を作るのだ。
腕や足、胴に巻けば爪に対する緩衝材になるし、オオカミに噛みつかれても匂いがきついから、嗅覚にはダメージが入るはず――だといいなぁ。
出来る限り分厚くしつつ、けれど、僕自身の動きを阻害しない程度の重みになるよう調整していく。
「……まさか、あいつらがこんな田舎まで来るなんて」
このあたりも大樹林と化してしまっているけれど、元々は過疎化が進んだ街だった。
本来、古都近郊で生活しているシティ派のギャングウルフが人間の地域まで降りてくるなんて。
古都でなにか、よくないことがあったのかもしれない。
あるいは、
「狩りの最中とかかも」
口に出してみると、それが正解のような気がした。
ギャングウルフの狩りから逃れた獲物が、こんな田舎まで逃げてきたのかも。
ギャングウルフから逃れられる実力を持ち、そしてギャングウルフが縄張りの外に出てでも狩りたい獲物――縄張りを侵した敵対生物。
クマ型のモンスターとかだと、こっちにも被害が出る。
そっちも対処が必要になると、より多くの準備が必要になってしまう。
くそ、武器が足りない。いっそ重火器が欲しいくらいだ。
もっと多くの備えをしておかないと――
からん からん
「ッ!?」
金属片が打ち合わされて鳴る音。
侵入者感知用のツタに、なにかが引っかかったのだ。
とっさにヤソウマキを手にして立ち上がる。
まだ日は高い。夜じゃない。
かがり火も絶やしていないから、ホーンピッグ等のモンスターが来るとも考えにくい。
ギャングウルフが夜になる前に襲ってきたのか、あるいはもっとほかの脅威か。
僕は慎重にロッジの扉を細く開け、外を確認した。
「――え?」
慌ててロッジから飛び出す。
そこにいたのは、侵入者感知用のツタに絡まってぶっ倒れている血まみれの少女だった。
●
気づけば夜だ。
タオルを複製しまくって、女の子の傷口に当ててきつく縛って……そんな処置を繰り返していたら、時間が過ぎ去っていた。
『医療:C』を複製した経験がなければ、うろたえることしかできなかっただろう。
なんでもかんでも経験しておくものだ。
全身擦り傷だらけだけど、特に脇腹がひどい。
女子の服を勝手に脱がせる形になったのは大変申し訳ないけれど、よこしまな気なんて微塵も起きないくらい、ひどい怪我だった。
平行に走る三筋の切り傷。
鋭いもので切り裂かれたその傷は、爪痕。
間違いない。
ギャングウルフが追ってきた獲物は、この子だ。
いまは布で作った簡易ベッドに寝かせて、安静にさせている。
時折苦しそうにせき込むけれど、意識はまだ戻らない。
ギャングウルフをなんとかできたら、この子を背負ってA大村まで行こう。
追放された僕は入れなくとも、この女の子の処置を頼むくらいはできるはずだ。
あそこなら『医療』スキル持ちもいるし、包帯や薬品も潤沢にある。
この子を見つけた時点で行くか迷ったけれど、移送中に襲われでもしたら本末転倒だと判断した。
女の子の血の匂いを、ギャングウルフが覚えていないわけがない。
「……問題は、僕にオオカミの群れをなんとかできるかってことだけど」
眠る女の子の横顔は、眉をひそめて苦しげではあれど、凛と整っている。
黒髪は長く、腰まであるだろうか。
血みどろになっていたため、ナイフで裂いてはだけさせた服は古式ゆかしいセーラー服。
女子高生。年下だ。
驚くほどの美少女だけれど、それゆえに体中に巻いた布と滲む血が痛々しい。
「ごめんね。僕にはコレが手いっぱいでさ」
溜め息を吐いて、僕は立ち上がる。
ジャージを二重に着る。若干もこもこするけど、動作に支障はない。
関節を阻害しない程度に、腕や足、特に太い血管が通る部位に香草バンドを巻いて固定する。
首や額にも香草バンドを巻き、しっかりと準備を整えたら、ヤソウマキを手に取る。
この一週間でずいぶん手に馴染んだ僕の愛用武器は、手のひらにカッコいい木の硬質な感触を返してくる。
「いくぞ」
静かに気合いを入れて、ロッジの扉を開ける。
空には丸い月が浮かび、星の光が降り注ぐ。
ロッジの周りにはバリケードとかがり火。
扉を後ろ手で締めて、僕は森の暗闇をじっと見つめた。
いる。
のそりと姿を現したのは、オオカミたち。
大型犬ほどの大きさのオオカミの群れ――黄色く光る瞳がたくさん、僕を睨みつけている。
全部で十匹以上……もしかすると、もっと隠れているかもしれない。
実ははぐれオオカミが一匹いるだけだったりしないかなと思ったけど、これはもう間違いなく危険度B相当の群れである。
女の子が血まみれで逃げ込んできたのだ。追うものも当然、すぐ近くにいる。
やるしかない。覚悟を決めて、ヤソウマキを正面に構えなおした。
「来いよ、ワンころ。全員ぶっ倒してやる」
アォン、とギャングウルフの一匹が高く鳴いた。
耳に傷のある、一回り体の大きな個体だ。
戦闘開始の合図だった。
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