22 決戦前
「僕しか勝てない?」
「信じるかどうかは、お兄さんに任せるけどね。
ああ、いや――」
夜、二人で回らない寿司を食べているときに、ナナちゃんが怒りの双剣の言葉を伝えてくれた。
カウンター席には僕らだけしかいない。貸し切り状態だ。
「――信じるか信じないかは、あなた次第です」
なんで言い直した?
「正直、嘘をついている感じはしなかった。
双剣さん、技量の見立ては正確だったから……私がチャンプに勝てるとまったく思っていないのは、ちょっと、いやかなり腹立つけど。
あのヒト、なんかヤな予感がするというか……気配が怖いんだよね」
「怖い?」
「不快感があるの。
嘘はついていないけど、たくらみはある――そういう気配」
たくらみ。
その言葉に、思わずため息が出てしまった。
このダンジョンは、そしてこの街は、たくらみを誘発する。
ユウギリが見たいものは、すなわちソレなのだろう。
「嫌になるよ、まったく……。
あの悪趣味な竜女め」
サーモンの握りを寿司職人メイドさんから受け取りつつ、ユウギリの底意地の悪さに歯噛みする。
あの竜は『人間で遊ぶ』ドラゴンであり、その形質は悪魔に近いらしい。
いわゆる愉悦というやつ。
追い詰められた人間の悪辣さとか、だれもが常に持つ心の弱さとか、そういうものを引き出して嗤っているのだ。
人類を堕落させて遊んでいる。まさに悪魔の所業である。
――ん、いや。あれ?
「……ええと……ううむ」
「どうしたの、お兄さん」
「いや、違和感というか、なんというか……」
そもそも、最初から違和感だらけのダンジョンではあるんだけど。
「ドラゴンの目的は『遊ぶこと』そのものだけど、ユウギリはいま、なにを見て楽しんでいるんだろうって、ふと気になって」
「……なにって、願いや待遇に目がくらんで、闘技場で足引っ張りあってる剣闘士たちじゃないの?」
「うん、そう。そうなんだ。そうなんだけどさ」
僕がユウギリの立場で、悪趣味こそを趣味とするならば。
「僕に愉悦の正確なところははわからないけれど……今の剣闘士たちの人間関係を楽しむの、難しくない?」
「……え? なんで?」
「だって……いま、チャンプの一強状態なんだよ?
下の剣闘士たちはチャンプに勝つことを諦めていて、そこそこの位置につければいい、みたいな態度だし。
待遇を上げるために本気で試合はするけれど、殺し合いはしない。
怪我をしたらすぐに敗北を認めて、なかば『なあなあ』で済まそうとしているようにさえ見える」
「……たしかに。
双剣さん以外は、正直まったく歯ごたえがなかった。
私を止めようとはしていたけれど、敗北はすんなり認めていたし……。
なんというか『負けても仕方ない』感というか、そういうのがあったよ」
それはナナちゃんが激強バーサーカーだからだと思う。
いや、僕も他人のことは言えないか。
ずっと薙刀ぶん投げてたからなぁ。
今日戦った槌の人は、薙刀を弾き飛ばして対応してきたけれど、ステータスオールBのスペック差でゴリ押しできる相手だった――遠距離攻撃を戦闘に組み込んだ相手は、剣闘士たちには相当なストレスだったことだろう。
ひとりだけズルをしているようで、申し訳ない気もする僕だった。
ともあれ。
「ようするに『リアリティショーを見て楽しむ人間』と同じ感覚だと仮定すれば。
チャンプが一強なのは、どう考えても――」
うん、とナナちゃんが頷いた。
「――どう考えてもつまんないね、それ。
波乱がない。人間関係をごちゃごちゃかき混ぜるモノがない。
『なあなあ』だらけのリアリティショーなんて、あり得ないよね。
みんなはギスギスだったり恋愛だったりが見たいのに」
その通り。
だから、リアリティショーは『ショー』なのだ。
きちんと台本があって、でも出演者たちはそれをおくびにも出さず、刺激的な人間関係を演出し続ける。
ある種、プロフェッショナルの仕事というわけ。
だが、僕らは……というか、剣闘士たちは別に演技のプロじゃない。
ユウギリを楽しませようともしていない。
「ユウギリは、現状のなにを楽しんでいるんだ?
アレの立場から考えれば、いまの状況はぜんぜん楽しくないはずなんだ――だって、あまりにも刺激がない。
こんなつまんない番組、すぐにテコ入れを……」
「まあ、いいんじゃない?
細かいことはわかんなくても、とりあえずユウギリぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん」
ナナちゃんが湯飲みでお茶をすすり、ほっと一息つきながら狂戦士の理論を展開した。
「チャンピオンに勝つ。ユウギリにも勝つ。
で、完全勝者になったあとで、直接聞けばいいじゃん。
『おまえ、なにがしたかったの?』って」
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
身も蓋もねえな。
「あー。ていうかさ。
結局、私とお兄さん、どっちがチャンピオンに挑むのか決めてないけど、どうするの?」
「僕が出るよ」
「信じるの? 双剣さんを」
目を細めたナナちゃんに、手を横に振って否定を返す。
微塵も信じないとは言わないけれど、彼の助言はウェイトが低い。
「相手が拳闘系スキル保持者なら、一瞬でも触れられたら『複製』でCランクの拳闘まではゲットできるから。
武器破壊のスペシャリストらしいし、武器折られても戦い続けられる僕が優先かなって」
「ステータスもオールBだもんね、お兄さん。
相手がひとかどの武芸者でも、総合力でゴリ押しができるわけだし、その選択自体は納得するよ」
目を細めつつも納得してくれたナナちゃん。
彼女には黙っているけれど、実はもうひとつ理由がある。
勝利の確率ではなく、生存確率でも僕のほうが上だろうから、だ。
六人を殺害したチャンピオンの前にナナちゃんを立たせる気は、まったくない。
ナナちゃんを傷つけられたくないし、傷つけたくもない――彼女はなぜか『傷舐め』を僕との大切なつながりだと思っているようだけど、治療系スキルなんて、本来は使う機会がないほうがいいのだ。
けれど、ナナちゃんは心配そうな顔でカウンターの上に置いた僕の手に、小さな手のひらを重ねた。
「でも、お兄さん。
無理しちゃだめだよ?
お兄さんの体はもうひとりのものじゃないんだから」
「妊婦か、僕は」
「私とカグヤ先輩でシェアしてるんだからね。
あとマコちゃんはヤカモチのお嫁さんだし」
「剣闘士よりもよっぽど複雑で刺激的な人間関係だな、僕」
「勝てそうにないと思ったら、すぐに降参すること。
序列十位以内で命さえあれば、たとえ奴隷落ちしてもチャンプには挑み直せるんだから。
ね? 私、お兄さんがいなくなるの、本当にイヤだから」
ナナちゃんの珍しく殊勝な態度に、さすがの僕も茶化すことなく頷いて返した。
当然、負ける気も死ぬ気もないけれど。
「大丈夫、無理だと思ったらすぐに降参するよ。
約束する――無理はしない。
命は無事に帰ってくるよ」
そう、命大事に。
あとになって思えば、やはり、僕は見誤っていた――吞まれていた。
このダンジョンは、別に命など欲しくないのだと気づいておきながら、考えを深めなかった。
ユウギリが見たいのは、人間の心そのものなのだから。
命だけでなく、心も守れるよう、備えておかねばならなかったのだと。
次回、チャンピオン戦開始です。
★マ!!




