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第二章【なにわダンジョン解放編/大悪党に連れられて】

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22 決戦前



「僕しか勝てない?」

「信じるかどうかは、お兄さんに任せるけどね。

 ああ、いや――」


 夜、二人で回らない寿司を食べているときに、ナナちゃんが怒りの双剣(レイジング・ツイン)の言葉を伝えてくれた。

 カウンター席には僕らだけしかいない。貸し切り状態だ。


「――信じるか信じないかは、あなた次第です」


 なんで言い直した?


「正直、嘘をついている感じはしなかった。

 双剣さん、技量の見立ては正確だったから……私がチャンプに勝てるとまったく思っていないのは、ちょっと、いやかなり腹立つけど。

 あのヒト、なんかヤな予感がするというか……気配が怖いんだよね」

「怖い?」

「不快感があるの。

 嘘はついていないけど、たくらみはある――そういう気配」


 たくらみ。

 その言葉に、思わずため息が出てしまった。

 このダンジョンは、そしてこの街は、たくらみを誘発する。

 ユウギリが見たいものは、すなわちソレなのだろう。


「嫌になるよ、まったく……。

 あの悪趣味な竜女め」


 サーモンの握りを寿司職人メイドさんから受け取りつつ、ユウギリの底意地の悪さに歯噛みする。

 あの竜は『人間で遊ぶ』ドラゴンであり、その形質は悪魔に近いらしい。


 いわゆる愉悦というやつ。


 追い詰められた人間の悪辣さとか、だれもが常に持つ心の弱さとか、そういうものを引き出して(わら)っているのだ。

 人類を堕落させて遊んでいる。まさに悪魔の所業である。

 ――ん、いや。あれ?


「……ええと……ううむ」

「どうしたの、お兄さん」

「いや、違和感というか、なんというか……」


 そもそも、最初から違和感だらけのダンジョンではあるんだけど。


「ドラゴンの目的は『遊ぶこと』そのものだけど、ユウギリはいま、なにを見て楽しんでいるんだろうって、ふと気になって」

「……なにって、願いや待遇に目がくらんで、闘技場で足引っ張りあってる剣闘士たちじゃないの?」

「うん、そう。そうなんだ。そうなんだけどさ」


 僕がユウギリの立場で、悪趣味こそを趣味とするならば。


「僕に愉悦の正確なところははわからないけれど……今の剣闘士たちの人間関係を楽しむの、難しくない?」

「……え? なんで?」

「だって……いま、チャンプの一強状態なんだよ?

 下の剣闘士たちはチャンプに勝つことを諦めていて、そこそこの位置につければいい、みたいな態度だし。

 待遇を上げるために本気で試合はするけれど、殺し合いはしない。

 怪我をしたらすぐに敗北を認めて、なかば『なあなあ』で済まそうとしているようにさえ見える」

「……たしかに。

 双剣さん以外は、正直まったく歯ごたえがなかった。

 私を止めようとはしていたけれど、敗北はすんなり認めていたし……。

 なんというか『負けても仕方ない』感というか、そういうのがあったよ」


 それはナナちゃんが激強バーサーカーだからだと思う。

 いや、僕も他人のことは言えないか。

 ずっと薙刀ぶん投げてたからなぁ。

 今日戦った槌の人は、薙刀を弾き飛ばして対応してきたけれど、ステータスオールBのスペック差でゴリ押しできる相手だった――遠距離攻撃を戦闘に組み込んだ相手は、剣闘士たちには相当なストレスだったことだろう。

 ひとりだけズルをしているようで、申し訳ない気もする僕だった。

 ともあれ。


「ようするに『リアリティショーを見て楽しむ人間』と同じ感覚だと仮定すれば。

 チャンプが一強なのは、どう考えても――」


 うん、とナナちゃんが頷いた。


「――どう考えてもつまんないね、それ。

 波乱がない。人間関係をごちゃごちゃかき混ぜるモノがない。

 『なあなあ』だらけのリアリティショーなんて、あり得ないよね。

 みんなはギスギスだったり恋愛だったりが見たいのに」


 その通り。

 だから、リアリティショーは『ショー』なのだ。

 きちんと台本があって、でも出演者たちはそれをおくびにも出さず、刺激的な人間関係を演出し続ける。

 ある種、プロフェッショナルの仕事というわけ。

 だが、僕らは……というか、剣闘士たちは別に演技のプロじゃない。

 ユウギリを楽しませようともしていない。


「ユウギリは、現状のなにを楽しんでいるんだ?

 アレの立場から考えれば、いまの状況はぜんぜん楽しくないはずなんだ――だって、あまりにも刺激がない。

 こんなつまんない番組、すぐにテコ入れを……」

「まあ、いいんじゃない?

 細かいことはわかんなくても、とりあえずユウギリぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん」


 ナナちゃんが湯飲みでお茶をすすり、ほっと一息つきながら狂戦士の理論を展開した。


「チャンピオンに勝つ。ユウギリにも勝つ。

 で、完全勝者になったあとで、直接聞けばいいじゃん。

 『おまえ、なにがしたかったの?』って」

「いや、まあ、そうなんだけどさ」


 身も蓋もねえな。


「あー。ていうかさ。

 結局、私とお兄さん、どっちがチャンピオンに挑むのか決めてないけど、どうするの?」

「僕が出るよ」

「信じるの? 双剣さんを」


 目を細めたナナちゃんに、手を横に振って否定を返す。

 微塵も信じないとは言わないけれど、彼の助言はウェイトが低い。


「相手が拳闘系スキル保持者なら、一瞬でも触れられたら『複製』でCランクの拳闘まではゲットできるから。

 武器破壊のスペシャリストらしいし、武器折られても戦い続けられる僕が優先かなって」

「ステータスもオールBだもんね、お兄さん。

 相手がひとかどの武芸者でも、総合力でゴリ押しができるわけだし、その選択自体は納得するよ」


 目を細めつつも納得してくれたナナちゃん。

 彼女には黙っているけれど、実はもうひとつ理由がある。


 勝利の確率ではなく、生存確率でも僕のほうが上だろうから、だ。


 六人を殺害したチャンピオンの前にナナちゃんを立たせる気は、まったくない。

 ナナちゃんを傷つけられたくないし、傷つけたくもない――彼女はなぜか『傷舐め』を僕との大切なつながりだと思っているようだけど、治療系スキルなんて、本来は使う機会がないほうがいいのだ。

 けれど、ナナちゃんは心配そうな顔でカウンターの上に置いた僕の手に、小さな手のひらを重ねた。


「でも、お兄さん。

 無理しちゃだめだよ?

 お兄さんの体はもうひとりのものじゃないんだから」

「妊婦か、僕は」

「私とカグヤ先輩でシェアしてるんだからね。

 あとマコちゃんはヤカモチのお嫁さんだし」

「剣闘士よりもよっぽど複雑で刺激的な人間関係だな、僕」

「勝てそうにないと思ったら、すぐに降参すること。

 序列十位以内で命さえあれば、たとえ奴隷落ちしてもチャンプには挑み直せるんだから。

 ね? 私、お兄さんがいなくなるの、本当にイヤだから」


 ナナちゃんの珍しく殊勝な態度に、さすがの僕も茶化すことなく頷いて返した。

 当然、負ける気も死ぬ気もないけれど。


「大丈夫、無理だと思ったらすぐに降参するよ。

 約束する――無理はしない。

 命は無事に帰ってくるよ」


 そう、命大事に。


 あとになって思えば、やはり、僕は見誤っていた――吞まれていた。

 このダンジョンは、別に命など欲しくないのだと気づいておきながら、考えを深めなかった。

 ユウギリが見たいのは、人間の心そのものなのだから。


 命だけでなく、心も守れるよう、備えておかねばならなかったのだと。



次回、チャンピオン戦開始です。


★マ!!



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ユウギリの目的が刺激的なゲームとか人の葛藤する様子がみたいというなら・・・ねぇ。
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