21 ぺろぺろ(※汁多め)
試合開始から約十分後。
じりじりした攻め合いの末、一瞬の隙を突いたナナちゃんの薙刀が、怒りの双剣の双細剣を叩き割った。
攻めあぐねた双剣さんと、堅実に守り切ったナナちゃん。
勝敗を分けたのは、持久戦における集中力と、武器の差だ。
一撃貰ったら即死のドウマン戦を乗り越えたナナちゃんの精神力は伊達ではない。
そして、細身の剣は長期戦向きではない――いくら丁寧に扱おうと、打ち合うたびに歪み、傷つき、耐久性能の限界を迎えてしまう。
刃の分厚い薙刀と、刺突と撫で斬りに特化した細剣。
どちらのほうが長く戦えるかなんて、考えるまでもないだろう。
双剣さんの得物が細剣でなければ、勝負はわからなかったもしれないけれど。
石突のコンパクトな突きが双剣さんのみぞおちを捉え、闘技場の砂に崩れ落ちた。
今回は、ナナちゃんの勝ちだ。
「強いですね、ナナ様は」
と、剣闘士控室の入場口から一緒に観戦していたタマコちゃんが言う。
「でしょ?」
「なぜイコマ様が得意げなのですか。
第一、あれほど強くともチャンピオンを殺せるとは思えませんから、ここで勝っても結局意味はありませんよ」
殺せる、とは。
また物騒な物言いだな。
過激な言葉遣いをしたいお年頃、中二病にはまだ早い気もするけれど。
「ただ、まあ、タマコちゃんの言うこともわかるよ。
無敗のチャンプ……覆面レスラー、無限の拳。
情報によれば、とんでもない豪傑だもの」
異名通り、拳のみの無手格闘にてチャンピオンの座まで昇りつめた超常の人。
戦闘スタイルはプロレス。
チョップ、キック、タックル、組み技、絞め技……大迫力の肉体技で、六人の武器持つ剣闘士を素手で殺害した実力者。
おおかた、ランクの高い『徒手格闘』のようなスキルを持っているのだろう。
武器を持つよりも、素手で戦ったほうが強いタイプの戦士だと予測できる。
ただ、残念なことにそれ以上の情報はあまりない。
大怪我を負って街に戻った剣闘士たちは、その大半がチャンプに辿り着く前にやられているからだ。
観客として観戦した者たち曰く『対武器戦闘のスペシャリスト』で『超絶技巧の持ち主』らしく、対戦相手の武器をガンガン叩き折ってしまうそうだけど。
Aランク相当の戦士だと考えて間違いないだろう。
「チャンピオンを殺せる人は、残念ながらどこにもいません」
「残念ながら、って。
まるで死んでほしいみたいな言い方だね、タマコちゃん」
「……死んでほしいわけでは、ありませんけれど」
タマコちゃんが目を泳がせた。
まただ。
彼女は、チャンピオンの話をするときだけ、クールさが剥がれ落ちる。
「死なねばならない人、というのは。
確かに存在すると思います」
「死なねばならない人?
死刑囚とか?」
チャンピオンが罪人だとか、そういう話かと思ったけれど、小さなメイドさんは首を横に振った。
「私です」
「……はい?」
「私は、死なねばならないのです」
「ちょ、ちょっと……っ!?」
いきなり希死念慮である。びっくりしてしまった。
どうやら中二病の時期ではなく、病み期らしい。
けれども、僕はこれでも一軍を率いていた将。
メンタルケアにはいささか自信がある。
こういうとき、どんなふうに話しかければいいか、もちろん心得ている。
「大丈夫?
僕でよかったら話聞くよ?」
優しく話しかけると、控室の入場口側でガシャンと音がした。
振り返ると、薙刀を取り落としたナナちゃんが、わなわな震えながら僕を指さしている。
「お、おお、お兄さんの変態ロリコン出会い厨!!」
「待て、なんだその不名誉なあだ名は」
「問答無用だよ!
さすがに十歳児相手にワンチャンムーブするのは見過ごせない!」
してねえよ。
半泣きで詰め寄ってくるナナちゃんをなだめている間に、タマコちゃんはこっそりと姿を消していた。
もう少し話を聞きたかったのだけど。
……いや、聞かれたくなくて、逃げたのかな。
だとすれば、深追いするのも良くないだろう。
「――と、ナナちゃん。
ほっぺた、怪我してるよね。
治してあげるよ」
「あ、うん。そうだなぁ。
えへへ、お兄さんがそんなに舐めまわしたいっていうなら、仕方ないなぁ。
うふふ、久々のぺろぺろだけど、うん、好きなだけ舐めまわしても……いいよ?」
「大丈夫、安心して。
粘液を染み込ませたガーゼがあるから、これをテープで固定して――なにその悲しそうな顔!?」
この世の終わりみたいな顔で、ナナちゃんが『よよよ……』と床に崩れ落ちた。
「違うじゃん……そうじゃないじゃん……。
うう、やっぱりもう私じゃダメなんだ……」
なんか久々だな、この感じ。
「ヤカモチの次は違法ロリに宗旨替えしたんだ……」
「人聞きが悪すぎる」
「もう普通の写真部陰キャバーサーカー美少女じゃ満足できないんだ……」
「わりと自己評価高いな……いや、ナナちゃんはもちろん美少女だけども」
あと普通のバーサーカーってなんだよ。
どこの世界の普通だ、それは。
だけどまあ、どうやらナナちゃんは僕にほっぺたを舐めてほしいらしい。
「わかったよ、そんなに舐めてほしいなら、仕方なく舐めてあげるよ」
「なにその上から目線!
なんかむかつくんだけど!?」
「いやだって、治療行為なんだから、別に包帯でもいいわけだし。
ナナちゃんがどうしてもとお願いするなら、仕方ないなあというだけで。
ね? どうしても舐めてほしいんだよね?」
「そ、そんなこと……!」
「じゃ、包帯でいいよね」
「う、ううう、うー……! うううーっ!
お、おに、お兄さんに……舐めて、ほしいです……!!」
「だれの、どこを?」
「わ、私の……ナナの、ほっぺたを……」
「どんなふうに?」
「ど、どぉんッ……!?
あの、その……うう、恥ずかしいよ、お兄さん……!」
「じゃあ包帯かなぁ」
「ねっとり汁多めで舐め回してほしいです!!
ナナのほっぺたぺろぺろしてください!!」
「うーん、そこまで言われるとねぇ。
やれやれ、仕方がないから舐めてあげるよ」
「はい! ありがとうございます、お兄さん!」
ふぅ、患者の期待が重たいぜ。
ともあれ、僕は『粘液魔法:C』を併用しつつ、ナナちゃんのおとがいに手を当てて固定し、顔を寄せた。
その滑らかな肌、柔らかいほっぺたに舌を這わせ、『傷舐め:A』を発動する。
血はすでに止まりつつあるけれど、裂けた肌に傷が残らないよう、しっかりと舌で唾液を塗り込んでいく。
「失礼いたします。
イコマ様、次の試合、序列四位の吠える大槌様との対戦準備が整いましたので、闘技場へ入場を――」
「や、は……っ。お兄さん、そんな、だめぇ……っ」
「こら、動くんじゃない。
粘液をちゃんと顔で受けとめるんだ……!
これは治療液だからね……!」
「ん、く、はぁ……んっ、治療液で……顔が重いよ……」
「――あの、イコマ様? それとナナ様」
「あ、はい」
「はい、すみません」
顔を真っ赤にしたメイドさんが、控室の扉側で眉をひそめていた。
「なにをしておいでですか?」
「「治療です」」
ハモって答えたけれど、なぜかしこたま怒られた。
あ、あとハンマー氏との試合は普通に勝った。僕もトップテン入りである。
いやあ、今回も健全な治療行為でしたね!
タマコちゃんのシリアスな雰囲気もあいまって、とても硬派なファンタジーです(断言)
次回、チャンプ戦。
★マ!!




