20 閑話 ナナ、怒りの双剣戦
ナナは闘技場の砂を足で払い、両手に持った打撃薙刀を握りこんで感触を確かめる。
体をぐるりと回して伸ばし、体の不備や不調がないことも確認。
――よし。
右足を前に出して薙刀を構えれば、臨戦態勢だ。
初戦から三日。
さらに二人の剣闘士を叩き伏せて、ナナは序列二位の男、怒りの双剣とマッチアップしていた。
三位から十位までをスキップして、いきなり二位だ――勝てばトップテン入りは確実だろう。
そうなれば、チャンピオンへの挑戦権を得られる。
上級剣闘士にランクアップした昨日からは、イコマともどもスイートな部屋で寝起きしていて、贅沢すぎるほど贅沢な生活だ。
――このままじゃダメになっちゃう。
他の剣闘士を『竜にこびへつらう』と言い切った身が、この街の空気に呑まれてどうするのか。
心が腐り落ちてしまう前に、ダンジョンを攻略しなければならない。
などと考えつつ、昨日はガッツリ寿司を堪能したナナであったが。
まあでも寿司は仕方ない。なぜなら寿司だから。回らない寿司には勝てない。
ともかく。
――お兄さんが得た情報によれば、流れの戦士……ダンジョンに迷い込み、この街に辿り着いた流浪の旅人だっけ。
「今日はよろしくね、仮面のヒト」
「…………」
気さくに話しかけてみたが、怒りの双剣は、なにも言わない。
ただ、そのフードの両袖から伸びた細身の双剣が、ぎらりとネオンの光を反射するだけだ。
――剣闘士になった理由は不明だけど、無敗でチャンピオンまで辿り着いたものの、敗北。奴隷落ちして、序列二位の剣闘士になったんだよね。
戦闘スタイルは名前の通り双剣。
堅実かつ丁寧な戦闘の組み立てから『戦闘職人』の異名をとるという。
顔の仮面に関しては、剣闘士にはよくあることらしい――チャンピオンも顔をマスクで隠しているとか。
奴隷の首輪を隠したい市井の人々同様、剣闘士もまた素性を隠したいのだ。
竜に屈し、人類を裏切って、豊かな生活を享受する罪悪感から目を背けるために。
要するに、後ろ指をさされたくないのだ。
アイツは竜の奴隷だぞ、と。
――気に入らないね。
ナナは静かに呼吸を整えつつ、口を『へ』の字にする。
剣闘士の多くは顔を隠し、名前を隠す。
ユウギリに名前を呼ばれたイコマはともあれ、他の剣闘士は異名か、あるいは『○○使い』等の武器種で呼ばれている。
ナナが『薙刀使い』と呼ばれたように。
――名前を隠すくらいなら、最初から剣闘士なんてやめておけばいいのに。
本当に、気に入らないダンジョンだ。
さっさと攻略しよう、とナナは決意を新たにした。
――あと二、三回お寿司を食べたら、本気で全員なぎ倒してやる。
まずは目の前の仮面の男からだ。
この双剣使いに関しては、気になる情報がもうひとつある。
「あなた――この街に入ってきたときは、連れがいたんだって?
その人は下町に置き去りにして、あなただけ剣闘士でいい生活してるってホント?」
双剣はなにも応えず、ただ両手を軽く挙げて構えた。
おしゃべりする気はないらしい。
互いに準備は整った。
『序列二位怒りの双剣対序列十四位の薙刀使い――はじめ!』
ユウギリの号令が闘技場にこだまする。
メイドが右手を振り下ろすやいなや、ナナが突っ走った。
リーチは薙刀に分があるものの、手数は双剣が優位だろう。
距離を保って戦うのが正攻法だが、ナナは走り回って有効打を叩き込んでいくのが好きだ。
タフネスとスピードに任せて、達人級の一撃を高回転で入れていく。
だから、近寄る。先手を取る。動いて、当てる。
今までの二戦も、そうやって一撃で倒してきた。
速攻だ――雑魚相手に長引かせる必要はない。
対して、双剣は動かない。
ただ、両足を肩幅に広げ、両袖から生やした双剣をゆらりと構えなおしただけだ。
がきんっ
と、硬質な打撃音が闘技場内に響く。
薙刀の一撃が、交差させた双剣に受け止められた音。
――フルスイングを止められた!?
ナナは『パワー強化』を持たないが、三メートルの薙刀のフルスイングはステータスオールBランクのイコマであっても『受けたくない』と言う一撃だ。
それを、腰を落とした体勢で受けとめられた。
後ずさりすらしない。
膂力で衝撃を抑え込んだだけでなく、腰や膝を使って分散して地面に逃がしている。
――パワーはBランク以上確定、技量も……たぶん、お兄さんより上……!
流れるように差し込まれた反撃の突きを、バックステップで回避――しきれなかった。
「わッ!」
細剣のリーチが伸びたかのような錯覚。
怒りの双剣の突きが、伸びあがる。
間一髪、首をひねって直撃を免れたものの、頬に鋭い擦過傷を残す。
――ローブだ。
垂れ下がる両袖と、そこから伸びた細剣。
ゆったりとした袖の中で、試合開始前から腕や肩の筋肉を締めておいたのだろう。
突きと同時に筋肉の収縮を解放することで、ナナの目算よりも数センチ長く、突きが伸びたのだ。
たかが数センチ。
されど、戦闘においては致命になり得る数センチ。
――このヒト、うまい……!
ナナは薙刀を大きく振って細剣を弾き、今度こそ距離を空けた。
「……女の子の顔に傷つけるなんて。
また舐めてもらわなきゃダメじゃない」
頬に感じるのは、戦闘では久々に感じる痛み――血が垂れている。
刃を潰したなまくらの武器とはいえ、達人級の突きがかすれば皮膚が裂ける。
――武芸スキルもBランク以上……!
おそらく『剣術』系のなにか。
二つ以上Bランクのスキルを持っていると、この時点で仮定できる。
魔石でタフネスを強化する前のナナと同格か、それ以上の相手だ。
「舐めてもらわなきゃダメというか、舐めていたのは私のほうか」
苦笑する。
剣闘士。闘技場。不殺の試合。ネオン煌めく会場に、コーラ片手の観客たち。
呑まれる前になんて、とんでもない。
すでに半分以上、この街の空気に吞まれていたのだ。
これまでの試合に歯ごたえがなさ過ぎて、なまくらになっていた――刃を潰されていた。
イコマの相棒として、なんたる体たらく。
大きく息を吸い、吐く。
ナナは薙刀を構え、腰を落とす。
――もう気は抜かない。薙刀の優位点を生かす。相手に動かせて、迎え撃ち、消耗させる。
好みの戦い方なんて我が儘を通せる場ではない。
勝つために、好き嫌いはない。
スピードはナナのほうが上。
剣と薙刀の対決、セオリーを順守すればナナは順当に勝てる。
ならば。
正攻法で、いく。
「……冷静だな」
意識と型を改めたナナに、くぐもった低い声が届く。
正面にいる仮面の男だ。
「なんだ。しゃべれたの、双剣さん。
てっきり、しゃべれないのかと――」
「こうなれば、おまえが勝つだろう。
おれのタフじゃ、消耗戦では分が悪い」
しゃべれはするが、会話をする気はないらしい。
キャッチボールを無視して、双剣は言った。
この闘技場内では、ナナにしか聞こえないであろう声量で。
「だから、おまえにぶちのめされる前に、伝えておく」
――聞き覚えがある……?
少なくとも、知らない声ではない――と、思う。
だが、思い出せない。これは誰の声だったか。
心がざわつき、不快感を得る声ではあるのだが。
眉を寄せて首をかしげるナナに、男は淡々と言った。
「チャンピオンには、イコマが当たれ。
あれに勝てるやつがいるとすれば、イコマだけだ」
怒りの双剣……いったい何者なんだ……!?
そしてなぜ有益情報を教えてくれるんだ……!?
いったい何が目的なんだ……!?
ぜんぶ今から考えます。
★マ!




