16 なにわダンジョン街
で、朝起きたらガッツリ抱き枕にされていた僕である。
大きくはないけど柔らかいものが、寝間着代わりのジャージごしに『ふにょん』と……ふむ。
「さて、どうやって抜け出したものか」
軽く身じろぎして感触を楽し――じゃない、拘束を確かめる。
かなりしっかり抱き締められていて、僕が姿勢を変えるたびに、まるで熟練の組み技師みたいに関節を押さえに来る。
抜け出せない。
できれば起こさないようにしたいんだけど。
仕方ないので、そっと手を持ち上げて外す――と、その手が僕の手首を掴み返してするりと関節を決められた。
「……ナナちゃん、起きてない?」
「寝てるよ。ぐーすかぴー」
「起きてんじゃねーか。
いまどきそんな寝息立てる奴いねえよ」
昔もいたわけではないだろうけれど。
力で引きはがそうとするも、見事な寝技で返されてしまうので厄介だ。
むふん、という自慢げな笑いには、僕も闘争心と少しばかりのプライドに火が着くというもの。
押さえに来る手を逆に押さえ返し、関節をフリーにして拘束から抜け出す――が、すぐにマウントを取られて再び押さえ込まれる。
抜け出す。押さえる。
手を取られる。押さえ返される。
まるでプロレスのような遣り取りを朝から繰り広げ、互いにそこそこ汗をかいたところで、二人そろって笑いをこらえられなくなった。
「あははっ、なにしてるんだろうね、私たち」
「ナナちゃんが始めたんでしょ、もう」
こんこん、とドアがノックされる。
顔を見合わせ、ベッドから降りてドアを開けると、タマコちゃんが立っていた。
「今後のスケジュールをお伝えしにまいり――あの、お二人とも汗をかいていらっしゃいますけれど、ええと、あとにしましょうか?」
いつも通りの仏頂面だが、なぜか額に冷や汗を流している。
「いや、大丈夫だよ。
ちょっとベッドの上でプロレスしてただけだから――あ、汗臭かったかな」
「あー……。
なるほど、いえ、匂いは気にならないというか、気にしたくないというか。
まさか、真正面からオーソドックスかつ古典的な表現でごまかそうとするとは思っていなかったので」
タマコちゃんは頬を赤くして、少し目を逸らしながら言った。
「やはり、後にいたしましょう。
私、これでも配慮ができるメイドですので。
さっさとシャワー浴びて着替えやがってください」
別にいいのに、と思ったけれど「いいから時間をおけ」という強いプレッシャーを感じたので、シャワーを浴びて身支度を整えることにした。
時間短縮のために二人で一緒にシャワーを浴びるべきではないかと主張するナナちゃんをひと睨みで黙らせたタマコちゃんであった。
本当に十歳なのか、この子。
人心地ついてから、改めてタマコちゃんにスケジュールを確認する。
朝食も兼ねて、と誘われたので――あとタマコちゃんが部屋の中に入りたくないと言ったので――十五階のラウンジで、朝食を頂くことになった。
ベーコンと目玉焼きと厚切りのトースト。大阪らしく六枚切りの分厚いやつだ。
久々に丸パン以外のパンを食べるので、少し感動的である。
これもユウギリによって生み出されたものだろうとは思うけど
「お二人には、本日午後からさっそく一試合ずつこなしていただきます。
新人剣闘士のお披露目ですね」
「おっけおっけ。
私の薙刀で全員なます斬りにしてやる」
「ナナちゃん、僕らは助けに来たんだからね? なます斬りにするな」
犠牲者を増やしてどうする。
「でもまあ、『竜に媚びて甘い汁をすすろう』なんて連中、多少痛い目を見ても仕方ないと思わない?」
「だめ。そういう人類同士のいさかいを見たいんだよ、ユウギリは。
僕らが相手の術中にはまっちゃったら元も子もないでしょ」
「むう……」
テーブルサイドに立つタマコちゃんに視線をやって、話を戻してもらう。
「試合までは自由時間です。
温泉やジム、カラオケなどは自由にご利用いただけますが、下級剣闘士なのでコロシアム十五階までの施設が対象です」
この広いラウンジも、実は下級剣闘士用らしい。
これだけのモノを生み出す能力を持つあたり、やはりドラゴンに縛りなしで挑むのは無謀すぎるな。
「じゃあ、十六階より上はもっとすごいの?」
「ネイルサロンとか、高級スパとか……。
あ、あと無料で食べ放題なお寿司屋さんがあります。
ユウギリに『握り:B』スキルを与えられたメイドが握る、回っていないやつです」
「回ってない寿司……!?
それどこで食えるの!? 何階!?
どいつを斬ればいい!?」
いかん、ナナちゃんの意識が一気に寿司に持っていかれた。
古都は海がないから、文明崩壊後は海の魚を食べる機会が皆無なのだけれど、ユウギリの用意する高級寿司となれば海だろうが河だろうが関係なく食えるに決まっている。
魚に飢えている女子高生には無視できない話題だろう。
話題を変えなければ。
「僕は回ってるほうでもいいから食べたいな。
ネギトロ巻を上限いっぱい注文しておなかいっぱいになるまで食べたい」
変えられなかった。
魚に飢えているのはナナちゃんだけではないのだ。南無三。
が、ありがたいことにタマコちゃんが話題を変えてくれた。
「私も回っているほうが好きです。
昔、パパと一緒に――んんっ!
なんでもありません。寿司の話はやめましょう」
かわいい失言には目をつむろう。
「あ、かーわいいっ。
アダチさんのこと、パパって呼んでるんだねぇ」
目をつむれなかった女子高生がひとりいた。
かわいいものにも飢えているのだろう。
ひとしきりタマコちゃんを弄り倒して満足したナナちゃんがトーストにかぶりついたのを見計らって、脱線から戻った。
「自由時間に街を見て回ってもいい?」
「かまいませんが、外出の際は首元の隠れるファッションがよいかと。
首輪がない方は、逆に目立ちますから。
それから、試合時間の三十分前には控室に入るようにお願いします」
「了解。ありがと、タマコちゃん。
……それじゃ、ナナちゃん。
なにわの街を見て回ろうか」
「……わお。それってつまり、でえと?」
「いや、ただの視察――ごめん、うそ、デートデート。
だからフォークを構えるのはやめなさい」
「やったー、でえとだ!」
そういうことになった。
時折、ナナちゃんの言動がバグるんだよな。
まったく、だれの影響なのか――ピュアな女子高生に悪影響を与えるのはやめていただきたいものである。
パパとママはベッドでプロレスごっこをしていただけなのよ。
★マ!




