15 ユウギリのルールとダブルベッド
ユウギリがダンジョンで人類に仕掛ける遊戯のルールはシンプルだ。
闘技場にて剣闘士たちを戦わせる。
もっとも強い剣闘士を『チャンピオン』として擁立。
チャンピオンはユウギリに『願い』を一つ叶えてもらえる。
以上。
これがざっくりとしたルールだ。
細かく言えば、もっといろいろあるんだけどね。
たとえば。
「剣闘士は上級、下級の二階級で、剣闘士の数は合計百人超。
さらにランキングトップ10の剣闘士はこっぱずかしい『二つ名』を贈られる、と」
「そうなります」
「勝敗は気絶、投了、あるいは死亡によって決定。
武器はユウギリ側が用意したものだけ使用可能。
今までの死者数は六人……」
一ヶ月半で六人だから、週一ペースか。
多いのか、少ないのか。僕には判断できない。
しかしまあ、なんというか。
試合のルール自体は、とてもシンプルなんだけど――それ以外の部分が厄介だ。
「ランキングが上がれば上がるほど、暮らしの待遇がよくなっていく。
文明崩壊前と同等どころか、ロイヤルスイート級の生活だってできちゃうわけだ」
「最上級の部屋は、この部屋の数倍の広さがあり、ジャグジーやカラオケルームもございます。
上級剣闘士の中には、専属のメイドや執事をつける方もおられますね。
いろいろなご奉仕をするために、同居、同衾を強いられるメイドもおります」
ぞっとする。同衾だって?
それはつまり、性的なサービスを……ということだろう。
仏頂面で言いきったタマコちゃんに、ナナちゃんがそっと語り掛ける。
「タマコちゃんは、大丈夫?
変なこと、されてない?」
「……私も専属ですが、性行為を強要されたことはありません。
身の回りのお世話をするだけで済んでいますし、それ以外のことはなにも。
放任主義が過ぎて、こうしてユウギリ様の使い走りをすることも多いくらいですから」
それはよかった。
意外と紳士的な剣闘士もいる、ということか。
「それにしても、暮らしのレベルが上がるシステム、本当に性格が悪いな。
勝てば勝つほど、攻略よりも『剣闘士であり続けること』のウェイトが高くなっていく仕組みなんだ。
チャンピオンになって、ユウギリへの『願い』でダンジョンの解放を望めば、ダンジョンボスとの戦闘が――つまりユウギリとの決戦を行えるルールなんだよね?」
幼女が頷く。
古都奪還戦争で中ボスを倒して扉を開けたように、ここではチャンピオンにならなければユウギリと戦えない。
それ以外のルートで戦闘を仕掛けても、おそらくボス戦にはならないだろう――ダンジョンボスではないユウギリと、つまりなんの縛りのないドラゴンと戦うことになる。
弱体化のない竜との戦闘なんて、想像したくもない。
呪竜ドウマンとの戦闘は、彼が自分自身に大量の縛りを設けていたから勝てたようなものだ。
なので、なにわダンジョンを攻略するためには、まず正攻法で『扉を開ける』ところまでいかねば。
つまり、チャンピオンを目指さなければならないのだが。
「チャンピオンになって、ユウギリと戦う――少なくとも、剣闘士たちはそんなこと望んでないだろうなぁ」
「あのへたれどもめ」
「口が悪いよ、ナナちゃん」
しかし、気持ちはわかる。
ユウギリに挑むということは、快適な暮らしや『願い』の権利を捨てて、命懸けでドラゴンと戦うことに他ならない。
宝を捨てて死を望むような、バカバカしいおこないなのである。
だが、もしも――竜ではなく、バカバカしいほうを選んだ馬鹿が勝ってしまったら?
剣闘士たちの生活は、竜の神秘によって成立している。
彼らが僕に敵意を向けた理由は、つまるところ、僕らこそが彼らの日常を脅かすものだからだ。
彼らからすれば、『願い』を放棄してユウギリに挑むのは、愚か極まりないだろう。
『願い』はユウギリの能力が許す範囲であれば、なんでもできるらしい。
「ユウギリの能力が許す範囲――神話に相当する竜だ、むしろできないことを探すほうが難しい気がするけど。
その辺どうなの、タマコちゃん」
「できないことの具体例としてですが、まず死者蘇生は不可能です。
竜王様が許可した最高位の竜しか死者の蘇生は許されていないと。
現状、可能なことの例として挙げられているのは『スキルをAランクまで上昇させる』、『病気や怪我を治す』となります。
他はユウギリ様に要相談ですね」
「スキルのランクアップと、傷病の治癒か……それはデカいね」
僕のとなり、ダブルベッドに腰かけたナナちゃんが手を挙げた。
「チャンピオンは、この一ヶ月半、最初のヒトから代替わりしてないの?」
「ずっと無限の拳様です」
「……彼がなにを願ったのか、聞いてもいい?」
ここで初めて、仏頂面だったタマコちゃんの表情が崩れた。
微妙に視線が揺らいだのである。
「――病気の快癒です」
「病気? 不治の病だったとか?」
「はい。もう長くなかったのです。
二年前の文明崩壊以降、安定治療が受けられなくなって、全身に悪い細胞が回って……早ければ、数か月後には朽ちる命でした」
悪い細胞……ガンか。
もう少し質問をしようと思っていたけれど、タマコちゃんが頭を下げた。
「申し訳ございません。
そろそろ、会場のほうへ戻らせていただきます。
あちらにも手伝いが必要でしょうから」
「あ、うん。わかったよ。
ごめんね、引き止めちゃって」
タマコちゃんが静かに退出すると、つかの間、室内に沈黙が満ちた。
……うん。
ここは僕のほうから勇気を出して問いかけるべきだろう。
「で、ナナちゃん。どっちが床で寝る?」
「いや、なんで床なの。
一緒に寝るためのダブルでしょうに」
呆れ顔のナナちゃんだが、これは交渉のテクニック。
『ドア・イン・ザ・フェイス』というやつ――先に要求水準の高い要求を出して、徐々に水準を下げていくことで、こちらの要求を呑ませる高等テクニックである。
僕と、そしてナナちゃんの若いリビドーを鎮めるための駆け引きだ。
「わかった、じゃあ僕は右の端っこで寝るよ」
「了解、じゃあ私も右の端っこで寝るね」
「うん、それじゃ重なってるよね、座標が」
駆け引きをさせろよ。
「あのね、ナナちゃん。
僕は右か左かの話をしてるんだよ、それだと上か下かの話になっちゃうでしょうが」
「初めては普通に下がいいかな……」
「レンカちゃんみたいな発想のトビ方をするんじゃないよ」
「あるいは舌でもいいかな……あの日の夜みたいに」
「あの日の夜もなにかあったみたいな言い方はやめようね。
あれはれっきとした治療でありやましい気持ちなど微塵もなかったとここに表明する所存であるけれども」
紆余曲折の末、ナナちゃんから提示された『手を繋いで寝る』で手を打った僕である。
……なんだか、僕のほうが『ドア・イン・ザ・フェイス』を使われたようで、首をかしげてしまったけれども。
なお、このあと『どっちが先にお風呂に入るか』でも若干もめた。
僕の残り湯をどうするつもりだったのだ、ナナちゃんは。
隙あらばいちゃつくから話が進まない……!!
★マ!




