13 大晩餐会
なにわダンジョン地下街、仮称『ユウギリの王国』。
中央にそびえる、ユウギリの城を兼ねた円形闘技場。
その中の広い一室、パーティーホールが大晩餐会の会場だ。
立食形式のパーティは、たくさんの人でにぎわっている。
闘技場自慢の剣闘士たちは、各々自由な格好で参加していた。
剣を持つ女性、タキシードで決めた青年、目深にフードをかぶった性別不詳。
個性のごった煮状態だ。
会場を甲斐甲斐しく動き回るイケメン執事さん、見目麗しいメイドさんたちも目に眩しい。
メイドさんはえちち屋ちゃんで慣れたつもりだったけど、幼児体型の女性が着るクラシックなメイド服とは攻撃力が違う。
ミニスカからは網タイツが覗き、胸部をざっくりと開いて谷間を見せつける、えちち屋ちゃんとは対極のフレンチメイド服だ。
そして、剣闘士も給仕もみんな、首に黒い紋様が巻き付いている。
思わず目を細めてしまう――首輪で、従わされている。
「お兄さん、目がいやらしいよ」
「なにを馬鹿な。僕がいやらしい視線を女性にぶつけるわけがないだろう」
「そうだね、お兄さんは見る前にまず舐めまわすタイプだもんね」
「なにを馬鹿な。僕がそんなことするわけないだろう」
「大胆すぎる言い逃れだね」
いつも通りセーラー服のナナちゃんが横目で僕を見つつ言う。
いや、いつも通りじゃないな。
いつもより気合いが入っている。
赤みの強いチークと、まぶたに散らされた控えめなラメがとても大人っぽい。
「ナナちゃん、お化粧似合ってるよ」
「ばか」
僕にだって、さすがに照れ隠しだとわかる。
ナナちゃんは頬を赤く染めて、「だいたいさ」と続けた。
「お兄さんに化粧褒められても、なんか微妙に負けた気分になるだけだよ。
だって――」
そこで、横合いからぶしつけな声がかかる。
「お、美人ちゃんが二人もそろってどうしたの?
おれと飲もうぜー、お酌してよー」
軽薄そうな顔で、タキシードをキメた青年剣闘士が千鳥足で近寄ってきた。
やれやれ。まだ晩餐会は始まったばかりなのに、酔っぱらっているようだ。
「ごめん、僕オトコ」
「えっ……」
僕の地声に、青年剣闘士が目を丸くする。
そう。
僕も今日はマコちゃんモードなのだ。
しかも、聖ヤマ女村の制服ではなく、普通に女物のカジュアルなドレスワンピース。
赤いワンピースにあわせるのは、おなじみ厚手の黒タイツに、丸っこいシルエットのローファーシューズ。
黒の長髪ウィッグにフリル付きの大きなリボンを結んでいる。
ナナちゃん曰く『地雷女が嫌いな女の結婚式で着る服』である。
アダチさんに案内されて王城に入り、待機していたメイドさんに指示されるがまま、風呂に入って体に清めて浴室から出て用意されていた衣装に袖を通して化粧をしたら驚いたものだ。
いつの間にか、女装させられていたのだ。
なんの違和感を抱く隙間もなかった。
不思議なこともあるものだ。
あるものだ(念押し)
「え、ええ……オ、トコ……?」
「ごめんね、ややこしくて」
「……いや、すみません。こっちこそ酔っぱらってたみたいで。
一気に覚めました、すみませんホントマジ」
首をかしげながら退散していく青年剣闘士を見送り、僕はミックスボイスでナナちゃんに語り掛ける。
「いやあ、しかし困っちゃうなあ。
まさか男のヒトにナンパされちゃうなんて。
女装なんて趣味じゃないのに、ホントに困っちゃう。
でも一杯くらい注いであげたほうがよかったのかな、うふふ」
「ノリノリじゃん。見た目も言動も性別も全部地雷じゃん。
よくない承認欲求の満たし方してるよ、お兄さん」
ぱしゃりと僕の写真を撮りつつ、ナナちゃんが溜め息を吐いた。
「でも、あんまり調子乗りすぎるのはダメだからね。
マコちゃんはヤカモチのお嫁さんなんだから、他のヒトと遊ぶのは不貞行為だよ」
「自分で言うのもなんだけど、僕の周囲の相関図、矢印がバグってるよな」
「みんな納得してるからセーフだけど、普通なら二、三人刺したり刺されたりしててもおかしくないよ。
悪女だねー、お兄さん。ウケる」
ちなみに一番いっぱい刺しそうな子はキミだけどね。
赤じゅうたんの敷かれた会場を歩きながら、メイドさんからノンアルのカクテルを受け取る。
食べ物も肉から魚からスイーツに至るまで多種多様で、明らかに文明崩壊後のラインナップではないけれど、その程度の不思議に気圧されていても仕方ない
相手はドラゴン。
呪竜ドウマンは自身を悪魔と比べていたけれど、豪華な食事を生み出すなんてまさに童話の悪魔の所業に近い。
竜ならできて当然――というか、神話や伝説を参照するのであれば、悪魔まで含めた広義の『竜』にできないことなど存在しないはずだ。
「お、このお肉美味しいよ、お兄さん。
A5ランクの高級和牛ステーキだって。
柔らかさ的には1ヤカモチくらいあるってことだね」
「ヤカモチちゃんを単位にするな」
「1モチ」
「かわいく略すな」
実際に食べてみると、たしかに柔らかくてジューシーだ。
まあでもヤカモチちゃんとは柔らかさの種類が違うような気がするけれど。
「どう? おなかより美味しい?」
「比較対象にするもんじゃないでしょ。
だいたい、おなかの味なんていちいちおぼえてないよ、治療行為なんだから」
「ひどい! あんなに舐めまわしたのにもうおぼえてないなんて……!」
うう、と泣き崩れるナナちゃんに、慌ててフォローを入れる。
「ごめん、うそ。しっかりおぼえてるし、美味しかったよ」
「へんたい! ヒトのおなかを舐め回した挙句、テイスティングまでしてたなんて!」
「最初から詰んでるじゃねえか、この質問」
しかし、本当に美味しいお肉だ。
アダチさんも食べられたらよかったのに、と思うけれど、彼はこの会場にいない。
アダチさんも挑戦者、つまり剣闘士の一人ではあるはずなんだけど、勝手にダンジョンの外に出た罰として、謹慎を食らったらしい。
なんともまあ、軽い罰である――「新しい挑戦者を連れてきたのがプラスに働いたみたいですな」と、アダチさんは疲れた顔で笑っていた。
大晩餐会が始まって三十分ほど経った頃、中央に設置されたステージに、小さなメイドさんが上がった。
どう見つもって小学生か中学生くらいの、仏頂面の少女だ。
……どこかで見たことがあるような気がする。
「それでは、これよりユウギリ様がご登場なされます。
皆様、失礼のないよう拍手でお迎えください」
マイクを通したソプラノボイスも、かなり起伏が薄い。
合法ロリメイド先生ことえちち屋ちゃんも平坦な話し方をするヒトだけど、この子はそれに輪をかけて声に感情が乗っていない。
「お兄さん。あの子――タマコちゃんじゃない?」
「あっ。そっか、なんか見たことあると思ったら、アダチさんの持ってた写真か」
つまり、あのメイドさんがアダチさんの大事な娘。
ユウギリに奪われ、メイドとしてこき使われている――。
「うわあ、違法ロリメイドだよ。
うちの先生が禁忌力で負けてる……!」
「もっと他に考えることあったでしょ、この瞬間」
平常運転が過ぎる。
僕がナナちゃんにツッコミを入れている間に、タマコちゃんはイベントを進行させていた。
「なにわダンジョンの女王、太陽を掲げた主、ユウギリ様のおなーりー」
そして、彼女は現れる。
『ん、苦しゅうない』
一切の前触れなく、音や衝撃もなく、まるで最初からそこにいたかのように。
ステージの上に、巨大な女が出現した。肘をついて寝転んでいる。
頭から一対のねじれた竜角を生やした、身長五メートルはあろうかという大生物。
長大な紫色の布を豊満な体にゆったりと巻き付けたそいつは、甘い声を会場に響かせる。
『……なんじゃ、拍手が足りんのう。
もっと激しく猿のように叩かんか。
殺すぞ、貴様ら』
竜の女王が、そこにいた。
新キャラです。
・ユウギリ とてつもなくでかい(身長が五メートルあるため)




