12 ユウギリの王国
はしごを降りると、道があった。
街へ続く道だ。
第三階層、ユウギリの王国の周りには、アスファルトと土がランダムなモザイク柄に混ざって広がっていて、土には緑色の植物が規則正しく並んでいる。
あれは畑だろうか。ちらほらと作業をしている人の影も見える。
まあでも降りたばっかりで若干足が震えているので、もうちょっとしてから向かおうと思います。
粘液が染みてぬめぬめする服で、高いはしごを降りるときの恐怖はすごい(新知識)
でこぼこしたアスファルトや配管を跨いで、合体した巨大な街へと向かう。
古都並みのサイズに加えて、建物の高さは古都以上だ。
古都ドウマン――旧奈良市は史跡が多かった影響で『景観を損ねる背の高い建物は建てられない』ルールがあったとかなんとか。
そんな建築のルールのない大阪で、しかも上下に二つ繋げられたりしているものだから、めちゃくちゃ高いビルもある。
ダンジョン化しても、どうやら大阪というやつは都会らしい。
いぶかしげに粘液まみれの僕を見る農民たちとすれ違いつつ、ダンジョン街の入り口と思しき場所に辿り着くと、腕組みをするナナちゃんが待っていた。
「お兄さん、おそい!」
「いや、まあ、その……ごめん」
「もう。カグヤさんに『絶対連れて帰る』って約束しちゃってるんだから……。
あんまり心配かけちゃ、ヤだからね?」
「え、でも僕だって僕なりに必死に――はい、すみません。
今後、気を付けます……」
年下の女の子の不安そうな瞳にはめっぽう弱い僕である。
ナナちゃんは首から下げた一眼レフカメラを持ち上げて、かしゃりと写真を一枚撮った。
「粘液まみれのお兄さんブロマイド、今日の記念写真。
……古都なら大量に売れるね、コレ。販路はレンカに相談すれば……」
「おいこら、なに怪しい計画立ててるのさ」
「女装してれば、なおよかったんだけど……。
偶然にもセーラー服を持っていたりしない?」
「しねえよ。どんな偶然だ」
「私のは、若干サイズが違うし……。
仕方ない、街に入ったらまずはかわいい服を探そう」
「探さねえよ。なぜ僕を執拗に女装させようとするのさ」
「写真映えがいいし、あとほら、お兄さんの趣味だし」
「あれあれ、やっぱりなし崩しで僕の趣味を捏造しようとしているな……?」
なんて無駄なやり取りに安心をおぼえてしまうのも、いまばかりは許してほしい。
けっこうピンチだったし、四六時中一緒にいたナナちゃんと、久方ぶりの別行動だったのだ。
僕だって、内心は不安でいっぱいだった。
……恥ずかしいから、直接は言わないけれど。
ナナちゃんの横に置いてあるバックパックから水筒を取り出して、『複製』で増やしながらごくごくと飲む。
あー、生き返る。
そんな僕の姿も、ナナちゃんは「のどぼとけ……!」とか言いつつ写真に収めている。
やめたまえ。
「あ、ちなみに売るっていうのは冗談だよ」
「当たり前だよ」
「仲間内で楽しんでるだけだから、安心してね」
「仲間内で楽しんでるってなに!?」
こっちは冗談じゃなさそうなのが、とても怖い。
僕の写真、いったいどこでどんな風に扱われているんだ……?
「大丈夫、枕の下に入れたりとか、そういう乙女な使い方しかしてないから」
「それはそれでめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。
ち、ちなみに相手はカグヤ先輩……なのかな?」
「……うん」
そのあいまいな表情の頷きはなんだ。
●
「今日は『恥じらいマコちゃんデッキ』で寝ようかなぁ。
それとも、ここはスタンダードな『日常のいっくんデッキ』にしようかなぁ」
「カグヤ様、ずいぶんとお悩みなようですけれど、十分も二十分も悩むくらいなら両方というのはいかがですの?」
「ミックス! そういうのもあるのか……!」
「カグヤっち、なんでそんなグルマンみたいな顔してるの?
あ、アタシも写真ちょーだい。マコちゃんのほうで」
「あらヤカモチ、あなたはこちらのお写真ではなくて?
イコマ様が舌を出してはにかんでらっしゃるお写真」
「し、舌出してる写真はえっちだからだめ!」
「なんだろう、ヤカモチちゃんはなんか、順調に汚されてる感があるよぅ……?
舌イコールえっちで結びついてるの、むしろヤカモチちゃんの脳がえっちになってるんじゃないの?」
「教育のたまものですの! えっへん!
それはそれとして、わたくし、少々お花を摘みに行ってまいりますの」
「あの、レンカっち。
なんで写真を持っていくの?
お花摘みなら必要ないじゃん?」
「……それは、まあ。ねぇ?」
「だよぅ。……あ、私もちょっと、お花を、へへへ……」
「だからなぜそんなにたくさん写真を抱えていくし……?」
●
「トラスト・ミー。健全な使い方しかしておりません」
「ナナちゃんがそこまで言うなら、きっとそうなんだろうね。
――目を逸らすんじゃないよ。なんだその滝のような汗は」
ともかく、だ。
「アダチさんは?」
「中。ユウギリに話を付けてくるってさ」
「……挑戦の件、だね」
そう、ここからが本番なのである。
わりとギリギリだったけど。先が思いやられるダンジョン攻略だ。
「闘技場で等級を上げて、チャンピオンを倒して優勝する――それがユウギリのゲームなんだよね」
ナナちゃんの確認に、頷いて返す。
「そのためにはまず、ギルドに登録して薬草の採取から始めるんだよね」
「いや、そんな要素はないが」
薬草どころか、このダンジョンでは配管とネオン看板しか取れないし。
道中目にした植物畑は、おそらくユウギリによって街に丸ごと合体させられた畑だろう。
採集要素はどこにもない。
「でも気を付けてお兄さん、だいたい難易度一か二あたりの採取クエストで看板モンスターが乱入してくるから」
「いや、だからそんな要素はないが」
ていうか、ナナちゃんの世代のゲームじゃないだろ。
現在二十歳の僕でもギリギリ知ってるかどうか、くらいのゲームネタだ。
「まあ、私たちの場合、狩人はあんまりいい印象ないか。
ごめん、変なネタ振っちゃって」
と、ナナちゃんは苦笑する。
「……レイジか。
あいつ、今頃どこでなにやってんだろうね」
「さあ。でもまあ、あの女の子、ええと……」
「ヨシノちゃん?」
「そう、そのヨシノちゃん。
あの子と二人で、旅でもしてるんじゃない?」
「なのかなぁ」
気にするべきではないのだろうけれど、一度話題にしてしまうと、彼の現在が少しだけ気にかかる――心配だとかではなくて、いま古都のカグヤ先輩にちょっかいを掛けに来たらどうしよう、といったものだ。
剣を握る両手を失ったし、心も折れただろうし、大丈夫だとは思うけど。
ヨシノちゃんもいるしね。
「――お。アダチさんだ」
そこで、街中から正門に向かって走ってくるおじさんの姿を見つけた。
小太りな割に、意外と速い――フォームがめちゃくちゃ良くて、ちょっと笑ってしまう。
もしかしたら、ジョギングとかマラソンが趣味なのかも。
「イコマはん! 無事でしたか!」
「アダチさんも、ご無事でよかったです」
「ナナはんのおかげで、傷ひとつあらしまへんわ!
街に戻ってきたからか、首輪も緩まりましたし、絶好調ですがな!」
がはは、と元気よく笑ったアダチさんだけれど、すぐに真面目な顔になった。
「で、さっそくなんですけども、お二人、これからの予定、ええでっしゃろか。
ユウギリのやつが、直接イコマはんと話したいとか言うとるんです」
「え、直接……ですか」
「はい、直接。
今夜のパーティに招待する、と」
そう言ったアダチさんは、ズボンの尻ポケットから、しわくちゃになった招待状を取り出した。
曰く――。
「『女王と闘士の大晩餐会』……?」
いきなり謎の催しに呼ばれた僕たちである。
次回、ユウギリ登場とゲーム説明回です。
★マ!




