10 ローパーの斬り方
縦横に張り巡らせた薙刀の結界。
その隙間から伸ばされた触手に薙刀を叩きつける。
斬れない。
ぬるりと潜り抜けた一本が、僕の左腕に絡みつく。
それでいい。
「ふんっ!」
絡みついた触手を手繰って引っ張り、設置した薙刀の柄に押し付ける。
ハサミのように交差させて設置した二振りの薙刀の間に。
粘液でズレるって言うなら、固定してズレないようにしてやればいいのだ。
右手に持った一刀を、交差する柄で固定した触手に振り下ろす。
ぐにゅり、と嫌な反応が手に返ってくる。
両断はできない――だけど、表面に傷が入った。
「いける……!!」
結界の隙間から伸ばされる他の触手を力任せに振り払いつつ、もう一度薙刀を振り下ろす。
最初につけた傷に、再度の斬撃。
びちり、と触手が跳ねながら地に落ちた。
まずは一本。
これをひたすら繰り返す。効率化していく。
薙刀の柵に侵攻を阻まれるローパーたちが伸ばす触手を、一本ずつ処理する。
二本以上同時には相手しないよう、一夜城内でポジションを変え、薙刀を替え、五本斬ったあたりでようやく理解した。
圧して斬るのではなく、引いて斬るのだ。
力ではなく、速度と技巧による切断。
ナナちゃんの斬撃を思い出す。
パワー強化補正のない彼女が、どうやってローパーを両断していたのか――さんざん見てきたはずの達人の技を、今こそ我が物にしなければならない。
がしゃんっ、と最初の柵が薙ぎ倒され、ローパーが一夜城内に入ってくる。
でも大丈夫、柵や妨害手段はまだ残っている――逆に言えば、コレが尽きたら、僕はぐちょぐちょ死することになる。
薙刀一夜城が僕の生命線なのだ。
袋小路の端、五メートルの範囲が僕の城。
十本斬ったあたりで、固定した触手を一撃で両断できた。
二十本斬ったあたりで、一刀両断が安定するようになった。
三十本斬ったあたりで、固定した状態ならほぼ一刀両断できる自信がついた。
柵がまたひとつ越えられた。
無遠慮に伸ばされた触手を、反射的に斬る。
ずぱ、と速度重視の撫で斬り。
粘液に軸をずらされることなく走った斬撃が、ぼとりと触手の先端を地面に落とした。
固定なしでの斬撃、はじめての成功。
「――なんとなく、掴めてきたよ」
感覚を。
でもまだ油断はしない。
床に刺した薙刀・レプリカを引き抜いて、コンパクトで素早い振りを繰り返す。
粘液でダメになった薙刀は放棄し、新しい薙刀を引き抜き、振り抜く。
粘液の膜と表皮を撫で斬りで越えれば、そこから先は通常の肉を切るのとなんら変わりない。
速度で斬って、力で圧す。
意識的にそういう斬り方を心がける。
いや、無意識でもそういう斬り方ができなければならないのかも。
思考停止は悪だけれど、不要な思考と手順は省略できたほうがいい。
無心で、けれど技巧は尽くして薙刀を振る。
速く、疾く。
僕のスピードはランクB。ナナちゃんと同じだ。
ナナちゃんと同じように薙刀を振るえない理屈がない。
いや、タフネスもパワーもBなのだから、彼女以上の一撃だって目指せるはずなのだ。
だから、振る。呼吸を止めて、意識を刃先に集中する。
現在、僕の体はただ最高の一閃を生み出すためにある。
それ以外の動作を削ぎ落し、一瞬に命を懸ける。
より速く、より鋭く。
四十本斬ったあたりで、完全に固定が不要になった。
五十本を超えて、理屈ではなく感覚で、粘液の向こうに手ごたえを感じるようになった。
六十本以上を斬って、気づけば。
僕にまとわりつき、拘束し、命を奪おうとする触手がなくなっていた。
ひどく短くなった触手をうごめかせ、薙刀一夜城の檻に囚われたローパーが三体、所在なさげに粘液を床に垂らしていた。
「――ぷはぁ……!」
息を吐く。無呼吸の一撃を、いったい何度繰り返しただろうか。
視線を下にやると、僕もずいぶんねとねとになっていた。うええ。
ジャージが無惨な姿になっている。
「ま、これも勉強代だよね」
最初に床に突き立てた薙刀・オリジナルを引き抜いて、最速の一閃を放ち。
ローパーの本体を三つぶった切って、僕はドヤ顔を決めた。
「僕にかかれば、こんなもんってわけよ。
どうだユウギリ、見てるかダメ運営の性悪ドラゴンめ……!」
言った直後に、また膝カックンみたいな衝撃が来て、ダンジョンが『組み換え』られた。
「うわっ!?」
広場のような場所だ。
『高級』『出会い』『無料案内』等のネオンに照らされ、中央には朽ち果てた噴水の残骸があって。
「……あいつぜったい趣味悪いでしょ」
そして、僕の周囲にはローパーがざっと二十匹ほど、うぞうぞと蠢いていた。
薙刀・オリジナルを構えつつ、レプリカを連続で数本、複製する。
合流できるのは、もう少し先になりそうだ。
次回、ようやく三階層。
★マ!




