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第二章【なにわダンジョン解放編/大悪党に連れられて】

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9 閑話 アダチ、歩く



 アダチは不思議に思っていた。


「焦らないんやねぇ、ナナはん」

「焦ってるよ、アダチさん。

 でもまあ……お兄さんなら、どんな状況でもなんとかしちゃうから」


 分断された直後から、彼女は慌てることがなかった。

 涼しい顔でローパーを斬り伏せ、黒塵に帰しながらなにわダンジョンを歩く少女は、娘より八つ年上だという。


 ――八年経ったら、タマコもこんな風になるんやろか。


 きりっとした凛々しい娘だ。

 男の趣味はやや悪いが。

 いや、イコマも性格はいいのだが……口から粘液出すのはちょっとどうかしている。

 あと周りに女子が多いのも難点だろうか。

 ハーレムは男の夢だが、娘が組み込まれるの想像するのも嫌なアダチである。


「ほら、アダチさん。進むよ」

「ああ、失敬失敬。ほな、荷物は任せてください」


 大きなバックパックを背負って、アダチはナナの後ろに続く。

 『組み換え』の影響はあったが、運良く十分ほどで下り階段を見つけた。

 いや、明らかに運だけではない。


 ナナの殲滅速度が異様に速いため、ダンジョン進行も爆速なのだ。

 『薙刀術:B』と『スピード強化:B』による補正だけでは、こうはならないだろう。

 見切りの技術に秀でているのだと、アダチは見て取った。

 触手の動きを先読みするだけではない。

 最小限の動作、コンパクトでスピーディーな自分の動きを、相手の動きの隙間に滑り込ませて、一撃でローパーを黒い霧に変えてしまう。

 戦闘が一交差で終わるし、動作も少ないから休息も武器の整備も最小限で済む。


 ――どんな戦闘経験してはるんや。


 武芸スキル以上の実力。

 古都奪還戦争とやらで積んだ経験が、この少女を単なる達人以上の格へと押し上げているようだ。

 なるほど、古都のエースと言われるだけはある。

 アダチは感心しながら、再度、少女に問いかけた。


「ホンマに、イコマはんを探さんでええんですか?」

「目的地は一緒だから。

 互いの現在位置も階層もわからない以上、合流するにしても『下を目指す』のが最適解になるはず。

 それに、私たちは物資を増やせないし」


 ナナがちらりとアダチの背中に目をやった。

 大きなバックパック――旅道具が詰め込まれた大きな荷物だが、しかし、食料や水はさして多くない。

 消耗品はイコマ頼りだったのが、裏目に出た。


「野外環境なら、水も食料も手に入れられる自信があるけどさ。

 なにわダンジョン内でそういったものを手に入れるには、ユウギリの王国に行くしかないんでしょ?

 だったら、上に戻るか、下に進むかの二択だけど、お兄さんは間違いなく『進む』から。

 お兄さんはひとりでも絶対に辿り着くもん、私たちも王国を目指せばいいよ」

「……イコマはんのこと、えらい信用してはるんですなぁ」

「私のお兄さんはね、変態ぺろリストだし、邪道だし、言動バグることも多いけど……それでも、カッコいい私のお兄さんだから」


 ――羨ましい関係やなぁ。


 アダチは苦笑する。

 子供がアニメを見ながら『ヒーローは負けない』と考える理屈だ。

 彼女にとって、イコマはそういう存在なのだろう。

 一種の盲信と切り捨ててもいいが、イコマはその盲信に応え、古都奪還の成果を残した『ホンモノ』だ。

 どういう経緯で共に行動するようになったかは、四日間の旅路で聞いている。

 イコマもナナも、古都ドウマンでの話を聞く限り、英雄英傑の類だとアダチは感じた。


「……ワテも、なれますやろか」


 そんなことを考えていたからだろう。

 アダチはついつい、そんな言葉を漏らしていた。


「ワテも、タマコにとってのヒーローになれますやろか。

 あの子を救う、ヒーローになれますやろか」


 十八歳の薙刀使い、ナナ。

 自分より二十も年下の娘に聞くことではないとわかりつつ、聞かざるを得なかった。

 自分には突き詰められるか、と。

 徹頭徹尾、目的のために行動し、結果を残す、そんな英雄になれるかどうか、と。

 問われたナナは、困ったように眉を寄せて笑った。


「こういうとき、お兄さんなら『大丈夫、なれますよ』って言うんだろうけど。

 私はあんまりキャラじゃないんだよね。

 だから、正直に言うけどさ」

「はい」

「首輪絞められながらダンジョンを脱出して、不眠不休で古都まで辿り着いて、私たちを連れてタマコちゃんを助けようとしている――その時点で、半分くらいなっちゃってるんじゃない?

 ヒーローってやつにさ」

「――あ、ああ……なるほど」


 アダチは少し、呆然とした。


 ――そうか。そうやったんか。


 すでに、半分まで来ているのだ。

 トラブルこそあれど、娘を助けるために行動し、いまはその途中。

 あとはどんなエンディングを迎えるか次第だが。


「ワテはもう、動き始めとったんですなぁ……」


 無我夢中でここまで来た。

 もしかすると、英雄(ヒーロー)とは自覚的にヒーローであろうとする者ではなくて。

 行動と結果が生むものなのかもしれない。

 であれば、アダチは『できるかどうか』なんて考えなくていいのだ。


 ――ただ、やりきる。それだけ考えていくしかあらへんな。


「……ありがとう、ナナはん。

 吹っ切れましたわ。

 ワテは絶対に、ぜぇぇえったいに、タマコを助けます」


 気合いを入れて、バックパックの肩ひもを掴み直す。


「最後まで、しっかりとやらせてもらいますわな!」

「ん。それなら、よかった」


 ネオンに照らされた通路を、一歩ずつ歩いていく。

 いまはそれでいいのだ。

 アダチは凛々しい女子高生に続いて進む。


 それから、三十分後。

 アダチとナナは、二つ目の下り階段を見つけた。

 あと五分遅ければ、『再接合』が行われていた、ギリギリのタイミングであった。


 地下三階層、最深部到達である。



パッパ……(涙)


★マ!(感想と★マによって作者の承認欲求が満たされるため)

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― 新着の感想 ―
[一言] 安室奈美恵のヒーローを聴きながら読む。 イイネ♪
[一言] これでアダチがもっと若くてナナが主人公に惚れて無ければ恋愛イベントだったのにね(笑)
[良い点] 半分くらいなっちゃってるんじゃない?ヒーローってやつにさ 言葉を飾らない、常に全力勝負のナナちゃんのセリフだからこそ、心に響きますね。 さすがペロリスト被害者第一号。
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