9 閑話 アダチ、歩く
アダチは不思議に思っていた。
「焦らないんやねぇ、ナナはん」
「焦ってるよ、アダチさん。
でもまあ……お兄さんなら、どんな状況でもなんとかしちゃうから」
分断された直後から、彼女は慌てることがなかった。
涼しい顔でローパーを斬り伏せ、黒塵に帰しながらなにわダンジョンを歩く少女は、娘より八つ年上だという。
――八年経ったら、タマコもこんな風になるんやろか。
きりっとした凛々しい娘だ。
男の趣味はやや悪いが。
いや、イコマも性格はいいのだが……口から粘液出すのはちょっとどうかしている。
あと周りに女子が多いのも難点だろうか。
ハーレムは男の夢だが、娘が組み込まれるの想像するのも嫌なアダチである。
「ほら、アダチさん。進むよ」
「ああ、失敬失敬。ほな、荷物は任せてください」
大きなバックパックを背負って、アダチはナナの後ろに続く。
『組み換え』の影響はあったが、運良く十分ほどで下り階段を見つけた。
いや、明らかに運だけではない。
ナナの殲滅速度が異様に速いため、ダンジョン進行も爆速なのだ。
『薙刀術:B』と『スピード強化:B』による補正だけでは、こうはならないだろう。
見切りの技術に秀でているのだと、アダチは見て取った。
触手の動きを先読みするだけではない。
最小限の動作、コンパクトでスピーディーな自分の動きを、相手の動きの隙間に滑り込ませて、一撃でローパーを黒い霧に変えてしまう。
戦闘が一交差で終わるし、動作も少ないから休息も武器の整備も最小限で済む。
――どんな戦闘経験してはるんや。
武芸スキル以上の実力。
古都奪還戦争とやらで積んだ経験が、この少女を単なる達人以上の格へと押し上げているようだ。
なるほど、古都のエースと言われるだけはある。
アダチは感心しながら、再度、少女に問いかけた。
「ホンマに、イコマはんを探さんでええんですか?」
「目的地は一緒だから。
互いの現在位置も階層もわからない以上、合流するにしても『下を目指す』のが最適解になるはず。
それに、私たちは物資を増やせないし」
ナナがちらりとアダチの背中に目をやった。
大きなバックパック――旅道具が詰め込まれた大きな荷物だが、しかし、食料や水はさして多くない。
消耗品はイコマ頼りだったのが、裏目に出た。
「野外環境なら、水も食料も手に入れられる自信があるけどさ。
なにわダンジョン内でそういったものを手に入れるには、ユウギリの王国に行くしかないんでしょ?
だったら、上に戻るか、下に進むかの二択だけど、お兄さんは間違いなく『進む』から。
お兄さんはひとりでも絶対に辿り着くもん、私たちも王国を目指せばいいよ」
「……イコマはんのこと、えらい信用してはるんですなぁ」
「私のお兄さんはね、変態ぺろリストだし、邪道だし、言動バグることも多いけど……それでも、カッコいい私のお兄さんだから」
――羨ましい関係やなぁ。
アダチは苦笑する。
子供がアニメを見ながら『ヒーローは負けない』と考える理屈だ。
彼女にとって、イコマはそういう存在なのだろう。
一種の盲信と切り捨ててもいいが、イコマはその盲信に応え、古都奪還の成果を残した『ホンモノ』だ。
どういう経緯で共に行動するようになったかは、四日間の旅路で聞いている。
イコマもナナも、古都ドウマンでの話を聞く限り、英雄英傑の類だとアダチは感じた。
「……ワテも、なれますやろか」
そんなことを考えていたからだろう。
アダチはついつい、そんな言葉を漏らしていた。
「ワテも、タマコにとってのヒーローになれますやろか。
あの子を救う、ヒーローになれますやろか」
十八歳の薙刀使い、ナナ。
自分より二十も年下の娘に聞くことではないとわかりつつ、聞かざるを得なかった。
自分には突き詰められるか、と。
徹頭徹尾、目的のために行動し、結果を残す、そんな英雄になれるかどうか、と。
問われたナナは、困ったように眉を寄せて笑った。
「こういうとき、お兄さんなら『大丈夫、なれますよ』って言うんだろうけど。
私はあんまりキャラじゃないんだよね。
だから、正直に言うけどさ」
「はい」
「首輪絞められながらダンジョンを脱出して、不眠不休で古都まで辿り着いて、私たちを連れてタマコちゃんを助けようとしている――その時点で、半分くらいなっちゃってるんじゃない?
ヒーローってやつにさ」
「――あ、ああ……なるほど」
アダチは少し、呆然とした。
――そうか。そうやったんか。
すでに、半分まで来ているのだ。
トラブルこそあれど、娘を助けるために行動し、いまはその途中。
あとはどんなエンディングを迎えるか次第だが。
「ワテはもう、動き始めとったんですなぁ……」
無我夢中でここまで来た。
もしかすると、英雄とは自覚的にヒーローであろうとする者ではなくて。
行動と結果が生むものなのかもしれない。
であれば、アダチは『できるかどうか』なんて考えなくていいのだ。
――ただ、やりきる。それだけ考えていくしかあらへんな。
「……ありがとう、ナナはん。
吹っ切れましたわ。
ワテは絶対に、ぜぇぇえったいに、タマコを助けます」
気合いを入れて、バックパックの肩ひもを掴み直す。
「最後まで、しっかりとやらせてもらいますわな!」
「ん。それなら、よかった」
ネオンに照らされた通路を、一歩ずつ歩いていく。
いまはそれでいいのだ。
アダチは凛々しい女子高生に続いて進む。
それから、三十分後。
アダチとナナは、二つ目の下り階段を見つけた。
あと五分遅ければ、『再接合』が行われていた、ギリギリのタイミングであった。
地下三階層、最深部到達である。
パッパ……(涙)
★マ!(感想と★マによって作者の承認欲求が満たされるため)




