8 触手チャレンジ
ゆっくり、ぬめぬめと通路を滑るように近づいてくるローパーの群れに対し、僕の武器は薙刀のみ。
通路の幅は横に五メートル、縦に四メートルとそれなりに広いけど、せり出した看板や配管のせいで、全力で振るうのは難しそうだ。
特に縦方向、天井が低いのが厳しい。
三メートルある薙刀の中ほどを持ち、細かく小さな取り回しを意識する。
ローパーの触手は二メートル以上伸びるから、リーチは対等か。
速度は僕のほうが上だけど、相手は文字通り手数が多いから、そこも対等と考えたほうがよさそうだ。
「――シッ」
群れは三匹。彼我の差、三十メートルほど。
身を低くして駆け、薙刀の先端を右端の本体へと突き出す――!
ぶにゅ、と嫌な感触がして、刃先がズレた。
「ぬ……!」
急制動。
かかとを軸に速度を殺し、絡みついてくる触手を力任せに振りほどきながらバックステップで袋小路まで後退。
やはり、速度は大したことがないし、触手も一本、二本なら『竜種:B』の補正で振りほどける。
だけど、こちらから攻撃が通らないのであれば、いずれは壁まで追い詰められる。
討伐、撃退、あるいは強行突破の手段を持たないと、僕はここで死ぬ。
ローパーにぐちょぐちょにされて、こう、大変な最期を迎えることになってしまう。
それはいやだ。心底いやだ。
秋の収穫祭でカグヤ先輩といちゃいちゃするまで死ぬことは許されない。
「……冷静に、冷静に」
自分に言い聞かせる。
頭を使え。
幸いにも体力には余裕がある。
拘束されなければ、常にワンチャン残せる相手だ。
しっかりしろ、僕。
じっとりと汗ばむ手のひらをジャージにこすりつけて、再度、薙刀を握りなおす。
こちらの攻撃は粘液で滑らせるくせに、拘束はしっかりしていて抜け出す隙がない。
一度でも振りほどけなかったら、アウトだ。
『粘液魔法』で生み出した粘液は、自身の魔力で生み出したねばねばだからか、使用者の行動を阻害しない――地味で厄介な魔法である。
じりじりと近づいてくるローパーを、じっくりと観察する。
どう考えても動物系ではない。魔法動体系か。
スケルトンと同じ分類、ダンジョン特有のモンスターと考えるべきだ。
両断すれば塵になったあたり、本体の円柱部分を攻撃すれば倒せるはず。
とにもかくにも、なんとかしてダメージを与えなければならないが、打撃も斬撃も粘液で軸をずらされ、防御されてしまう。
せめて爆弾があれば、と思ったけど、いまはアダチさんが持っているバックパックの中だ。
これは、さすがに詰んだか……?
「……いや。違う」
発想が違う。
ネガティブになるな。
アタマを切り替えろ。
無限に湧いて出るように見える粘液も、実際は戦闘、捕食時にしか分泌しない『武器』なはず。
魔法で生み出している以上、やつらは粘液を『ローパーの強み』として扱っている。
戦闘の基本は『強みの押し付け合い』だ。
ギャングウルフのコンビネーション。
スケルトンの圧倒的物量。
人類の器用な手先と遠距離攻撃。
粘液で詰んでいると考える時点で、相手の強みに押し負けている。
粘液が問題なんじゃない、自分の強みを認識できないからダメなのだと。
思い出せ、思い返せ、思い直せ。
僕の強みは、いったいなんだ?
「『複製』――薙刀・レプリカ」
A大村での日々と古都奪還戦争を経て、拡張され続けた『複製』の使用上限回数は約四千回。
今まで積み重ねた多種多様なCランクスキルの経験値。
元手がないと役に立たない?
いいや、元手ならある。
僕にとって『複製』は大きな意味を持つスキルだけど。
僕自身の強みは、いつだってその愚直さと忍耐力だったはずじゃないか。
「器用貧乏の真骨頂、見せてやる」
ユウギリが正攻法をお望みなら、愚直なまでに正攻法でやってやる。
薙刀・オリジナルをアスファルトの床材の隙間にぶっ刺して固定し、再度『複製』する。
両手に一本ずつ、レプリカを持った。
「……床に刺したり、多少削ったりした程度では『修正パッチ』の効果はないみたいだね」
だったら、いける。
息を吸って、止めて――達人の膂力で両腕の薙刀を突き立てる。
ローパーに、ではない。
やつらはまだ三十メートル先にいる。
突き立てる先は、アスファルトの床だ。
オリジナルに手を触れて『複製』しては、あたり一面に薙刀・レプリカを刺していく。
アスファルトを砕き、ネオンの電飾を割って刃が削れるけれど、気にしない。
無秩序に配置するんじゃない。
それじゃ、意味がない。
檻になるように、柵になるように、罠になるように。
刃ではなく、柄を隙間に突き立てて固定したりもする。
相手の行動を阻害し、僕の助けになるような配置を脳から絞り出す。
三メートルの長さは、この狭い通路では丈夫で長大な棒――立派な建材だと言える。
古都奪還戦争でさんざん思い知ったじゃないか。
僕はナナちゃんみたいに戦えないけれど、工兵としてはそれなりなんだって。
つまり、コレは。
「……即・応・建・築――!!」
テンションを上げてワザ名など叫んでみる。
どうせ一人なので、見ている人はいないしね。
思えば、自然公園のロッジでナナちゃんと出会って以来、久々のソロ活動だ。
あの時も、格上のギャングウルフ相手に似たようなことをしていたのだ。
なにも変わらない。
全力駆動で薙刀を突き立て続ける。
ローパーの本体は円柱型で、床から離れて動くことはない。
知性もほとんど感じないから、武器を奪われて利用されることも、おそらくないだろう。
あったら困るが、その時はその時だ。
どちらにせよ、僕にはこれしかできないのだから。
ローパーと僕、彼我の差はいまや十五メートルを切った。
だけど、袋小路の先、僕の立つ五メートル圏内は、縦横に薙刀が張り巡らされた結界だ。
「名付けて――薙刀・一夜城……!」
もっとも、完成まで一夜どころか五分もかかっていないけど。
塩揉みしてぬめりを取ってからだと切りやすいです(なにが?)
★マ!!




