7 ペナルティ
二階層も配管とネオン看板で構成されていた。
ネオン看板の文字は『おおきい』『たのしい』など、絶妙に店の実態を感じさせない謎の単語で占められていて、非常に妖しい。
「なにが大きくて楽しいんだろうね……」
「『やわらかい』もあるよ、お兄さん。
ぜんぜん関係ないけど、ヤカモチ元気かな……」
「ぜんぜん関係ない思い出し方じゃないね、それは」
「たまに『あっ、間違えた!』とか言いながら正面からガッツリ揉んでみるんだけど、格の違いを感じざるを得ないよね、アレは」
「間違えてないねそれ、確信犯じゃねえか」
ぷんすこしつつも、最終的に許してくれる光景が目に浮かぶ。
ヤカモチちゃんはそういう子だ。チョロいとも言う。
いつも通りふわふわしたやり取りをする僕らをよそに、バックパックを背負ったアダチさんは真面目な顔で通路の角を覗き込んでいる。
「周辺、ローパーはおらんようですな。
また爆破で降りはるんで?」
「下手すると街の上で爆破しちゃうことになるから、危険かもしれません。
ただ、さっさと降りたいのも事実ですし、小規模爆破で床の様子を確認しつつ、徐々に掘り進める感じで――」
と、僕が今後の方針を答えたところで、異変があった。
じじ……がが、が……
ノイズがかった電気音が地下にこだましたのだ。
「っ、なに!?」
狭い通路で薙刀を構えなおし、ナナちゃんが油断なく目を光らせる――が、敵影はない。
ローパーがいないのは確認してもらったところだ。
ただ、明らかに様子のおかしいものがある。
そこらじゅうの壁や天井から突き出し、あるいは直接埋め込まれているネオン看板だ。
「これは――」
ちか、ちか、と明滅するたびに、本来変わるはずのないネオンの文字が一文字ずつ変形し、壁上を蠢いて移動する。
常識や物理現象を超越した変化現象。
思い出すのは、呪竜ドウマンの黄金……テレビやリモコンや、それから大薙刀に変化したあの砂金。
やがてひとつの文章になったネオン看板は、こうだ。
『床の爆破は不正な操作じゃ、チートじゃチート!
ずるいではないか!』
「…………」
思わず黙り込んでしまった。
ずるいって言われても……床が壊せる以上、こういう攻略法が手っ取り早いのは確かじゃないか。
困惑する僕をよそに、アダチさんが拳を握りしめ、ネオン看板を睨みつけた。
「ユウギリ……!
やっぱり見とったんか、ワレぇ!」
『これ以降、大規模な通路破壊は不可とするのじゃ。
通路破壊対策の修正パッチを適用すると同時に、不正者にペナルティも与えるとしようかの。
わらわが頑張って作ったダンジョンになんてことするのじゃ、ホントにもう』
ちかちかと光る看板。
その向こうにいるのが、このダンジョンを支配するユウギリらしい。
ユウギリはアダチさんを無視してネオン看板を操作し、文章を形作る――。
「――って、ペナルティ!?」
『せっかくのダンジョンじゃ、楽しむがよい。
そしてまた、わらわを楽しませるがよい。
わらわは邪道は嫌いじゃ、おのこなら正面から勝負せんか』
がこん、と。
まるで膝を裏から叩かれたみたいな衝撃があった。
音も、衝撃もあっけない。
だけど、その一瞬ですべてが――切り替わっていた。
「……ナナちゃん!? アダチさん!?」
いない。
ふたりが、いないのだ。
それだけではない。
通路が、ネオンや配管の形が、なによりも頭上に開いていた爆破跡が、ない。
いつの間にか、僕は三方向を壁に囲まれた袋小路に立っていた。
これは、そう。
「『組み換え』たのか!?
僕らを分断する形で……!!」
ちかちかとネオンが光る。
『ペナルティじゃ。ドウマンを屠り、竜の血を得たおのこよ。
邪なる道は閉ざした、貴様の本質を見せてみよ』
や……やられた!
いや、やったのは僕なんだけども。
その文章を最後に、ネオン看板は変形をやめた。
「マジかよ、おい……!」
書き方的に『僕だけを隔離した』と考えられる点だけが、安心できるポイントだろうか。
邪道攻略を行なった僕をペナルティの対象にしたのであれば、二人はセットのままのはず。
ナナちゃんは薙刀・レプリカを持っているし、バックパックはアダチさんが持っている。
彼女の腕前ならローパーは敵じゃないし、少ないながらも物資がある。
二人なら大丈夫――だと思うしかない。
対して僕にあるのは、薙刀・オリジナルと防具だけ。
バックパックが二人のもとにあるのは、幸か不幸か。
二人は大丈夫だろうけど、僕のほうがヤバい。とてもヤバい。
思い返せば、ドウマンは寝起き……というか、ほぼ寝てたから、鹿埋め攻略を見逃し、録画を確認して大笑いしていた。
しかし、このユウギリという竜は明確に目覚めており、僕の邪道に即応してパッチを当ててきた。
いまも見られているのは間違いない。
ここから邪道で進むのは難しいだろう。
邪道が嫌いならチュートリアルでそう書いといてくれよ……!
頭を抱える僕の視界、ネオンと配管で構成された通路に、うぞうぞと触手の影が蠢いた。
通路にローパーがいる。
袋小路に落ちた僕を、しっかりと認識しているらしく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……くそ、やるしかないか」
『複製』は万能だけど、元手がなければ使えない。
ここから先はほとんど身一つ、こんなにも早く正攻法を強いられるなんて。
さすが大都市圏、なにわダンジョン。
一筋縄ではいかないようだ。
対応がはやい運営は神運営。
★マ!!




