6 探索型ADV
タフネス、パワー、スピード。
三種類で構成されていると思っていたステータスには、四種類目があった。
呪竜ドウマンから譲り受けた『竜種』によって、いまの僕には『Bランクの魔力補正』があるのだ。
「いくよ……!」
『やすい』の文字がテカテカ輝くネオン看板に照らされたダンジョンの一角で、僕は気合いを入れて『粘液魔法:C』を発動する。
ローパーが使っていた魔法の劣化複製品。
その効果は――。
「粘液分泌量の異常増加だね。
僕の場合は、唾がいっぱい出ます」
「……変な能力でんなぁ」
「お兄さん、念願の魔法がコレってどうなの?」
やかましい。僕だってもうちょっとマシな魔法欲しかったわ。
僕が下を向いて口から唾液をでろでろと滝のように垂れ流すと、二人は「うわぁ」とめちゃくちゃ嫌そうな声を出した。
なお、唾液を出すのは意外と楽しい。
無限につばが湧いて出るのだ、不思議な感覚である。
「まあビジュアルはともかくさ。
この粘液にはどんな効果があるの?
『傷舐め』だってビジュアルはともかく、有用性は高かったわけだし」
「触手エロ系なら媚薬効果がデフォですわな。
そうでなくとも、自然治癒能力を高めたりとか、大穴やと粘液が大爆発したりとかですかねぇ。
いや、ワテもこういうゲームみたいなのには目がないんで、年甲斐もなくワクワクしますわ」
テンション高めの二人には申し訳ないけれど。
「この粘液の効果は、ねばねばぬるぬるすることです」
「……それと?」
「以上です」
「またまたあ、イコマはんも冗談がお上手ですなぁ。
……え? ホンマに?」
頷くと、二人は目に見えて落胆した。
「はぁ……唾液がいっぱい出るってなんなのさ。
ニッチな企画モノのビデオじゃないんだから」
「安売りワゴンでアホほど見ましたわ、そういうパッケージ……」
「な、なんだよう。
これだって一応、なんらかの役には立つかもしれないでしょ。
数少ない魔法スキルだし、研究には使えるはずだよ」
そう言っておかないと自分を納得させられそうにない僕である。
希少な魔法スキルだ、『いらない』と消すにはさすがに惜しい。
古都攻略の際、骨リーダーから得た『炎魔法:C』を消したのは仕方がないことだったけれど、こうして魔力といらない魔法スキルを抱えてみると「あー、もったいなかったな……」と思ってしまう。
現在は『複製:B』『竜種:B』『傷舐め:A』『統率:C』『粘液魔法:C』の五つが僕の手持ちだ。
スロットはあと一つ空いているし、キープしておこう。
「ともあれ、ローパーから得られるスキルもわかったし。
どんどん進んじゃおうよ、ようやくこういう普通のダンジョン攻略なわけだし」
「だね。ローパー自体はナナちゃんがいれば脅威じゃないし、粘液で武器がダメになっても僕の『複製』でリカバリできる」
粘液がまとわりついた武器は、残念ながら整備なしでは使い物にならない――が、そこは僕の強みで対応可能。
となると、問題は『ダンジョンの組み換え』だろう。
すでにダンジョン突入から十五分ほどが経過している。
アダチさんの話では、きっかり一時間に一度、大幅に『再接合』が行われ、道がぐちゃぐちゃになるらしい。
ダンジョン突入は『再接合』後の時間帯を狙ったから、あと四十五分は組み換えに左右されず、探索を進められるはずなのだ。
「アダチさん、『下り階段』が次の階層への道……でしたよね?」
問うと、アダチさんが大きく頷く。
「でっせ。急いだほうがええでしょう。
下り階段は数が多いけど、『再接合』後は自分の現在位置もわからんようになりますさかい。
探索の進捗がゼロに戻されるのは、致命的なタイムロスになるし、時間がかかればかかるほど、物資も体力も削られてまう。
最悪の場合、進んだ階層までシャッフルされることすらあります。
……まあ、物資はイコマはんがいるから大丈夫やろうと思いますけど」
「問題は体力ですね」
ローパーという粘液に守られた耐久系のモンスターがうごめく中で、探索の効率化を求められるわけだ。
なにわダンジョンを作ったユウギリという竜は、やはり趣味が悪いらしい。
いや、一周回って趣味がいいのかもしれない。
呪竜ドウマンもそうだった。
人間で遊び、人間と遊ぶ。
本質に差はなく、あるとすればフォーマットにしたゲームの違いだろうか。
彼の場合はレトロなRPGゲームのような様式だったけど、ユウギリはアダルトな探索ADVがモチーフに見える。
ダンジョン内に街を呑み込み、闘技場等の施設まで作ったというのだから、自由度の高さはドウマン以上。
厄介な相手だと思ったほうがいい。
僕はそんなことを考えながら、バックパックから例のプラスチック爆薬と導線を取り出し、複製して床に設置する。
二人を連れて曲がり角まで退避したのち、伸ばした導線の先に取り付けたスイッチを押して、電気信号を送った。
ぼっ ごぉんっ
気の抜けた爆音と爆風が、曲がり角にぶつかって渦を巻く。
砕かれ、巻き上げられたコンクリ片の煙から鼻や口を守りつつ、角から顔を出して確認すると、床に穴が開いていた。
うんうん、計算通り。
ドウマン戦で使用したとき、爆破の威力や爆風の計算式などを一通り勉強しておいてよかったね。
「よし! これで二階層へ行けるぞ!」
「よし! じゃ、あらしまへんけど!?
手際良すぎてスルーしてもうたわ、なんやコレ!?」
「やっぱりこうなるんだね……」
僕からすれば、むしろこれこそが正道なんだけどね。
ご丁寧に竜に付き合ってやる必要はないのだ。
だから微妙な目をするのはやめなさい、ナナちゃん。
壊れる床が悪い。
★マ!!




