5 ローパー
「旅の概念が崩壊しましたわ。
『複製』ってホンマにすごいスキルやで……」
というのが、アダチさんの四日間の感想だった。
元手さえあれば、水も食料も確保できてしまうスキルだから、こういうサバイバル旅では非常に有用なのは間違いない。
今回はA大村追放後と違って、古都でしっかり準備をしてきていたから、万全である。
それに、という話でもないけれど、僕のほうもアダチさんには驚いた。
「アダチさんもすごいですよ。
四日間、一睡もしてないじゃないですか」
「古都で一日、休息させてもろたんで。
『タフネス強化:A』の恩恵っちゅうやつですな」
はっはっは、と元気よく笑うアダチさんだけれど、百時間近く眠らずに行動し続けるなんて、余人にできることではない。
四連徹夜だけならば、できるヒトはいるだろうけれど、それは無茶の結果に過ぎない。
『タフネス強化:A』は、シンプルに体力が続くから徹夜できてしまうのだという。
伝説級のタフネス。不眠不休で、軽く半月は動き続けられるらしい。
首輪に絞められながら、単独で古都までたどり着いた耐久力と持久力は、伊達ではない。
Aランクスキル――カグヤ先輩の『農耕』と僕の『傷舐め』以外では初めて見た。
やはり、Aまで行くと破格の性能になるようだ。
大阪も地上が荒れていた。
めっきり平和になった古都周辺と違い、モンスターが多いのだ。
といっても、僕もナナちゃんも、いまやランクBスキルを複数持ち――僕は『竜種:B』によるところが多いけど――戦闘経験も豊富ないっぱしの戦士だ。
いまさらダンジョン外のモンスターに後れを取るつもりはない。
舐めてかかる気はないけれど、多少傷を負わされても舐めれば治るので、過度に怖がる必要もないのである。
だから、ダンジョンの入り口まではすんなりと辿り着けた。
「……え、ここが入り口なんですか」
「はい。奇妙でっしゃろ。
これと同じのんが、いっぱいあるんですわ」
アダチさんが苦笑する。
僕らの目の前にあるのは、斜めの屋根がついた建造物。
地下鉄へ下る階段とそっくりだけど、明らかに違う点がある。
「『なにわダンジョン入り口』って、わざわざ看板まで付いてるけど、これもユウギリがやったの?」
「やろなぁ。遊び心……なんやろうと思いますけど」
しかも、紫色にちかちか妖しく光るネオン看板だ。
なにわっぽいと言えば、なにわっぽい見た目だけど。
「……なんか、やらしい雰囲気だね。
――やらしい雰囲気っ!? そんな、いやらしいですわ!
ハイこれレンカの真似」
「四日も聞いていないからちょうど切らしてたんだ、助かるよ」
ナナちゃんの雑なモノマネに、適当に返しておく。
「たぶんだけど、そういうコンセプトなのかもね。
呪竜ドウマンは古都の風景を活かし、ここの主は『遊楽街としての大阪』を強く意識している……とか」
ともあれ。
「入ってみるしかないよね」
「任せてお兄さん、触手に絡まれているところはちゃんと撮影するから」
助けろよ、まずは。
「ま、簡単に触手にしてやられる気はないけどね。
薙刀もあるし、まっぷたつにしてやるよ」
と、僕にしては珍しくドヤ顔で言っておいた。
●
「いいね、お兄さん……!
もうちょっと足を開いて、そう、そうやって触手に無理やりされてる感を演出……!!」
「助けてよ、まずは……!!」
ローパーは高さ一メートル半、太さ五十センチほどの肉で作ったドラム缶みたいな円柱の本体と、本体から伸びる大量の触手だけで構成された、シンプルなモンスターだ。
ねとねとした粘液を全身から分泌し、やや紫がかったピンク色の肉が非常にいやらしい。
そして数本の触手が僕の四肢に絡みつき、その細長さからは想像もつかない力で拘束を試みてくる。
一本一本はひょろい見た目通りの力しかないが、束になると『竜種』によるBランク相当のパワーでも振りほどけない。
一本の触手なら容易くほどけるが、三本の触手ならばなかなかほどけない。
戦国の逸話通りである。
「いや、なんで僕なんだよっ!?
普通ナナちゃんに行くだろ、こういうのっ!」
「あ、私に来たの触手はぜんぶぶった斬ったから。
お兄さんも薙刀持ってるんだし斬れば?」
「ぬるぬるで上手く斬れなかったんだよ!」
「あー……なるほど、そういうことね」
ナナちゃんは最後にもう四、五枚カメラをカシャカシャ言わせた後、僕と格闘していた触手の群れをスパッと一発で両断。
間髪容れずに体を翻し、二歩で本体まで接近して、円柱状の肉をまっぷたつにした。
ネオンに照らされた通路に、黒い粒子が溶けていく。
「私は『薙刀術:B』あるから余裕だけど、お兄さんは違うもんね。
趣味でぬるぬるにされてるのかと思ってた、ごめんごめん」
「いや、趣味でぬるぬるにされるヒトはいないでしょ」
「でもラジオで『いろんな趣味のヒトがいる』って言ってたし、ホラ、お兄さん女装が趣味だから、そういうプレイもアリなのかなって」
「アリでっせ」
「アダチさん、スゲえタイミングで乗ってこないで。
ていうか、あれあれ、女装させたのはナナちゃんたちの策略じゃなかったかな……?
いつの間にか僕の趣味を捏造されている気がするぞ……?」
あと『オールナイト元・日本』にはいつかクレームを入れてやる。
はがきもネットもないから、いまは無理だけどさ。
「で、どう?
プレイは冗談だとしても、わざと触らせたのは事実でしょ?」
と、ナナちゃんが言う。
アダチさんが手渡してくれたタオルを『複製』し、革製防具の上にべっとりとついた粘液をふき取りつつ、僕は頷いた。
「ひとつ『複製』できたよ。
『粘液魔法:C』だってさ」
絡みつかれた際に複製しておいたのだ。
久々の新スキルである。
エロダンジョンといえば触手に絡みつかれるヒロインですよね!
だからイコマをねちょねちょにしました(王道展開)
★マ!




