4 いざ大阪
なにわダンジョンは、地下三階層に渡る広大なダンジョンだという。
地表は樹林に浸食された大阪廃墟で、ホーンピッグ、ギャングウルフ、マッシュベアなどおなじみのモンスターがはびこっているが、こいつらは大した脅威ではない。
いや、Bランクモンスターたちは脅威ではあるんだけれど、地下に比べればいささかの脅威にもなり得ない。
なにわダンジョンの本質は、地下にこそある――らしい。
「地下階層のモンスターは、実のところ一種類だけなんですわ」
と、アダチさんが言う。
今回は僕とナナちゃん、万能性の高い『複製』使いと、古都でいちばん強い薙刀使いの二人で大阪へ向かうことになった。
案内のアダチさんも加えて、合計三人の旅だ。
旅とは言っても、古都ドウマンから西へ向かって、鉄道の線路跡に沿って歩くだけ。
僕の『複製』があれば、物資は最低限でいいから大きな荷物も不必要だし、補給もいらない。
四日ほどで到着する予定だ。
道中は、アダチさんの知っている情報を教えてもらう時間である。
「ローパー……って言って、わからはるやろか。
ぬめぬめした触手が大量に生えてるモンスターなんですけども」
「ええと……まあ一応、知ってますけど」
「私も知ってるよ、えっちなアニメで見た」
なぜえっちなアニメを見ていたのかは聞かないことにする。
僕だってローパーを知っている理由はナナちゃんと似たようなモノだし。
「そいつらが、山ほどおります。
あまり群れない性質なので、囲まれることは少ないですが、戦闘が始まるとうようよ寄って来よります」
「なんか、あんまり想像したくないダンジョンですね。
触手だらけって……」
「レンカはめちゃくちゃ喜びそうだけどね。
やだ卑猥ですわね、とか言いながら記念撮影してそう」
そんな観光名所みたいな。
「触手はめんどうですが、ワテでも逃げ切れる程度のスピードしかあらしまへん。
実のところ、問題はダンジョンそのものでしてな」
「ダンジョンそのもの?」
「地下三階層にあるなにわダンジョンの中枢、呑まれた村で構成された、ユウギリの……王国としときますか。
ユウギリの王国以外のエリアは『組み変わる』んですわ」
「組み……変わる?」
「一定周期で、通路と通路、区画と区画が動いてズレて、ランダムに繋がりよるんです。
梅田の地下は迷宮や、なんてよう言うとりましたけど、まさかホンマもんの迷宮になるとは……」
「それは……厄介ですね」
線路を歩きながら、腕を組んで唸る。
ユウギリは挑戦者を待っているから、挑戦者は欲しい。
だけど、どうせなら骨のある挑戦者が良いに決まっているから、ダンジョンはそれなりに難しいだろう。
腕っぷしの強い挑戦者を迎え、逃がさない。
そういう構造であるはず。
邪道攻略……一回ダンジョンから出て古都に戻るような『キャンセル技』はできないと覚悟しておこう。
今回は進む道しかない。
「組み変わるダンジョンに、ローパー……。
それらを越えて王国に辿り着いて、ようやく本番。
長くなりそうだね、お兄さん」
「秋までに終わるといいんだけどね」
「秋? ああ、収穫手伝うって言ってたもんね」
うん、と頷く。
カグヤ先輩は「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた。
今回も『約束』をしたのだ。
秋には植えた作物の多くを収穫できるから、必ずそれまでには帰ってきて手伝うと。
カグヤ先輩の顔を思い出すと、思わず笑みがこぼれてしまう。
「でも、意外だったよ。
僕の出発、もっと渋ると思ってたけど」
「いや……うん。
たぶんだけど、カグヤさん、今頃めちゃくちゃ泣いてるよ?」
「泣いてるって、そんな大げさな」
●
「うわああああんっ! いっくん行っちゃったよぅ!」
「あの、ミワ班長。
なんで私たちがカグヤ先輩のやけ酒の付き合いを……?」
「しゃあねえだろ、アキちゃん。
こういうときにお鉢が回ってくる役回りなんだよ、ウチらは」
「ていうか、よくお酒なんてありましたね。
私は未成年なので、まだ飲めませんけど……」
「ん? ああ、コレはウチがA大村でフルーツ漬けて密造してたヤツ。
文明崩壊して酒税法もクソもねえから作り放題ってわけよ。
アキちゃんも飲むか? ン?」
「……や、やめときます」
「お、揺らいだな? くかか、可愛いねえ、アキちゃあん。
善悪、正誤、さて自分のおこにゃいのなにをもってただしいというにょか……にゃむ」
「さては班長、酔ってますね……!?」
「うわああああんっ! いっくん成分が足りないよぅ!
くすんくすん……ふえぇん!」
「アレ、これシラフの私だけが損するやつでは……?」
●
ナナちゃんはゆっくりと首を振った。
「いやあ、お兄さんの遠出に理屈で理解はしていても、感情は納得してないでしょ。
一通り泣いちゃうんじゃないかな」
「そんなもんかなぁ」
「そういうもんでっせ、イコマはん。
ワテも娘に会えない間は……胸が張り裂けそうですさかい」
アダチさんがズボンのポケットから一枚の写真を撮りだした。
よれよれになった写真には、仏頂面だけどかわいらしい女の子が写っている。
「タマコ、すぐに帰るからな……」
「娘さんも寂しがってるでしょうね……」
僕も思わずしみじみしてしまったけれど、アダチさんはあっけらかんと首を横に振った。
「いや、娘は顔あわせるたびに『ウザい!』って言いよるんですわ」
「台無しだよ」
「わかる、父親ってウザいんだよね」
「ナナちゃんも頷かないでよ」
ともあれ、そんな会話をしつつ、特に障害もなく四日間。
僕らは大阪に辿り着いたのである。
★マ!




