3 アダチさん
僕らが倒したとき、邪竜ドウマンはまだ『目覚めかけ』だった。
悪しきもの――竜の目覚めに呼応して集団暴走の予兆があったのは古都だけではない。
アダチさんのいた大阪もまた、同様にモンスターが増加していたのだという。
なにかが起こるかもしれないと、村の防護を重ね、警戒を強めていたらしい。
そして、僕らがちょうど自然公園のロッジでカグヤ先輩の療養を行なっていたころ。
六月半ばに、事件が起こった。
「の、呑まれた……ですか?
住んでいた村が、ダンジョンに?」
「そうとしか言いようがあらへんのです」
宮跡内にある、レンカちゃんの執務室に僕らは移動していた。
他の人もいる古都食堂でやるには、ちょっと重い話だと判断したからだ。
木製の椅子に座ったアダチさんは、神妙な顔で言う。
「もともと、どこにダンジョンがあるかっちゅうんはわかってたんです。
大阪の中心、梅田から難波にかけた全域が危険区域やったから、ワテらは県境寄りの高校に住んどったんやけど……。
六月中旬の朝、目ぇ覚まして仰天しましたわ」
空がね、とアダチさんは口ごもる。
「空が、ダクトに覆われとった。
一目見てわかりましたわ、『あ、コレは地下や』って。
ワテらの村だけやなく、大阪中の村がひとつに合体させられて、梅田地下のダンジョンに呑まれとったんです」
そして、村の外にはそれまで見たこともないようなモンスターが跳梁跋扈していて。
状況把握もままならない混乱の中、巨大な村はまたたくまに鎮圧されたという。
虐殺ではなく、鎮圧というのがネック。
一人の犠牲者も出さず、ただ、全員が捕虜にされた。
「捕まってもうたワテらは、あの女の前に引きずり出されたんですわ」
レンカちゃんが眉をひそめる。
「あの女とは誰ですの?
その現象には、下手人がいたのですね?」
「ユウギリっちゅう、頭から角を生やした、身長五メートルくらいある、デカいオンナです。
モンスターどもを従えて、偉そうにしとりましたわ」
「ご、ごめーとる……!?
それは大きすぎだよぅ……!!」
「いや。そのサイズなら、覚えがある。
ねえお兄さん、ソイツ……たぶん、ドラゴンだよね?」
ナナちゃんの言葉に、僕も頷く。
「サイズがドウマンに近いし、角もあって、モンスターを従えてて、なによりダンジョンを操作できるんなら間違いないんじゃないかな。
ヒト型の竜がいてもおかしくはないよ。
ドラゴンは人類が災害や獣に見出した『恐怖』がもとになった概念だって、ドウマンは言ってたから……僕らが想像しうることはすべて、ドラゴンには可能なはずだ」
ゲームや漫画、アニメでは鉄板だしね。
ドラゴンがヒト型の女の子になるやつ。まさか五メートルとは思わないけど。
「ドラゴンいうんはよぉわからんけど、ともかくそのユウギリがワテらを支配しよったんです。
綺麗な人間は着飾って侍らせ、強い人間は闘技場で戦わせ。
ダンジョン内で人間を飼って、遊び始めよった」
人間を――飼う。
ちょっと想像したくない光景だし、想像できない光景だ。
大阪の地下に、多数の村が丸ごと呑み込まれ、竜女に支配されている。
なかなか考えづらいけれど、この壊れた地球ではあり得ないことじゃない。
あり得ないことなんて、なにひとつない。
「アイツは――ワテの娘を、タマコを奪っていきよった。
タマコだけやない、若い女子供は軒並みアイツの宮殿に囚われてもうた。
取り返そうと思って、アイツに挑んだんですが……」
ぎり、とアダチさんが歯を食いしばった。
彼はシャツの襟元をひっぱり、首を大きく露出させる。
そこにあるのは、首を一周する帯状の黒い紋様。
漢字にもアルファベットにも見える、妖しげな文字で構成されたそれは、まるで――。
「首輪と、呼んどります。
奴隷の中でも『ユウギリに挑戦し敗北した』人間の証。
……ユウギリの気分で『絞められる』調教道具ですわ。
いまこの瞬間も、ダンジョンから逃げ出したワテの首に食いこんどる」
「なんて、ひどい……!」
「許せないし!」
カグヤ先輩が驚き、ヤカモチちゃんが憤り、ナナちゃんが口元に手をやった。
「助けを求めて外に行くのは、ワテにしかできへんことでした。
タマコを置いてくるんは迷いましたが……ワテにはタマコを救えん」
アダチさんが悔しそうに言った。
「ワテのスキルは『タフネス強化:A』のみ。
戦闘には向いとりませんが、ゴリ押しで逃げるだけならワテでもできる。
多少絞められるくらいなら、なんともありまへんわ。
それに……ユウギリは、ワテを見逃すっちゅう確信もありましたさかい」
「見逃す? どういうこと?」
ナナちゃんの疑問に、レンカちゃんが顎に手を当てた。
「そういう遊戯ということですわね。
呪竜ドウマンがそうであったように、ユウギリなる竜はわたくしたち人類で遊ぼうとしている――ゲームのプレイヤーを求めているのではありませんか?
アダチ様が挑戦し、敗北したゲームの挑戦者を。
つまり、アダチ様は『ゲームの参加者』を探しに来た……でしょう?」
アダチさんが神妙にうなずく。
しかし、なるほど。そういうことか。
「アダチさんの娘さんや、奪われた子供たち、囚われた他の人々……彼らはトロフィーにされたんだね。
取り返したかったらクリアしてみろって。
ドウマンよりも厄介そう……ていうか、タチ悪いドラゴンみたいだね、ユウギリって竜は。
で、アダチさんは古都を攻略した僕らに助けを求めに来た、と。
問題は――どういうゲームなのか、だけど」
みんながアダチさんのほうを向くと、彼は傷だらけの拳を持ち上げて、力なく笑った。
「奴隷を使った遊びでは、かなり伝統的なヤツでっせ」
つまり。
「人間同士の殴り合い――ようするに、剣闘士ですわ」
説明回はちゃちゃっと流して次から大阪です。
なろう伝統芸能の闘技大会編ですね。
打ち切りフラグとかいうのは禁止だぞ。
★マ!




