2 来客
夏の日差しが降り注ぐ八月の古都は、再開拓真っ盛りと言えるだろう。
瓦礫を取り除き、改修が望めない危険な建造物を崩落させたりして、少しずつだけど廃墟から街へと変化しつつある。
他府県からの避難民も日に日に増え続けている古都で、目下一番の問題は――。
「シンプルに『古都』か『奈良』で良いと思うんだけど」
「取り戻した、という意味では旧県名がいいでしょうけれど、カグヤ様。
一歩『先へ進む』意味も込めて、新しい名前を付けるのは有意義だと思いますの」
宮跡内部、古都食堂。
テーブルのひとつを貸し切って、レンカちゃんに呼び出された僕らは侃々諤々の議論を行なっていた。
僕ら――つまり、僕、カグヤ先輩、ナナちゃん、ヤカモチちゃんの四人である。
ミワ先輩、アキちゃんは急用だとかで、フジワラ教授は長期の古都外遠征中で不在。
本日の議題は『新しく作り直される古都の街を何と呼ぶか』だ。
今まではずっと『古都』で通してきたけれど、ヒトが新たに拓き、住む街になるのであれば、新しい名前が欲しいのだという。
「いっくんは、なにがいいと思う?」
「ありきたりですけど、『NEO平城京』でどうでしょうか」
「どこがありきたりなのよぅ」
「なぜでしょうね、悪の組織感がありますの」
「NEOってイマドキ聞かない単語だし」
「お兄さん、ネーミングセンス死んでるよね」
散々な言われようである。
むっとした僕は隣席のナナちゃんに言い返す。
「じゃあ、ナナちゃんはなんて名前がいいのさ」
「……古都ドウマン、とか。
あの竜の名前を付けるってのは、どう?」
思わず黙ってしまった。
意外な名付けだけど、悪くない――ように思える。
「アタシは嫌いじゃないけど、敵の名前を付けるのは、どうなのかな。
嫌がる人も多そうだけど……」
「いえ、むしろ良いのではないかと。
古来より名前には力があると考えられているわけですから。
『ドウマンを倒した場所』であり、『祟りが起こらぬよう敵を祀る場所』だと考えれば、日本文化の面からもしっくりくる名付けだと言えますの。
あくまで、わたくしたちが新しく拓く街の名前としてならば、元からある呼称が消えるわけでもありませんし」
「なるほどね。
じゃあ、間を取って『NEOドウマン』でどうか」
「いっくん、せめて『平城』のほうを残そうよ、そこは」
「ていうかなんで間をとれる気でいたの?
イコマっちの案は対立候補ですらない枠だし」
「お兄さん、ちょっと黙ってようね」
本当に散々な言われようである。
「子供ができたら、名前は私が付けるからね」
「はわ、その、ナナちゃん?
私、それはちょっと気が早いんじゃないかなって思うよぅ」
「そうですわ。子供に名前を付ける前に、まずは子供を作るところから――。
子供を作る!? そんな、いやらしいですわ!」
「こ、こづ……イコマっちのえっち! すけべ!
そんな……キャベツ畑でなんて!?」
なぜ僕がなじられることになるのか。
あとヤカモチちゃんはナニとナニがどう混じってるの?
「まあともかく、良い名前だと思いますの。
将軍マコちゃん様、もといイコマ様が竜を倒した証として、ここから再び始まる古都に竜の名前を奉じる――というのは、センセーショナルですし。
ミワ様はどう思われます?」
レンカちゃんが、僕の背後に呼び掛けた。
椅子に座ったまま振り向くと、褐色肌で悪人面な美人と、槍を携えたスポーティなショートカットの女の子が立っている。
ミワ先輩とアキちゃんだ。
「おう、悪くないんじゃねえの?
今までにねえ由来なのがいい。
昔と同様の名付けをすると、旧家だの政治家だのなんだのが『我らにも統治権があるはずだ』とか言い出しかねないからな。
その点、古都ダンジョンボス、邪竜ドウマン由来なら、権利はイコマと連合軍のモンだ」
と、ミワ先輩。
「班長はひねくれた見方をしていますが。
私はよい名前だと思いますよ、みなさん」
と、アキちゃん。
「かっこええ名前ですやんか。
ボスの名前を街の名前にするっちゅうんは粋ですなぁ」
と、二人の後ろに立っていた小太りのおじさん。
にこやかな笑顔を浮かべているが、夏の日差しにやられたのか、汗だくである。
「……いや、だれ?」
「ナナ、お客様に失礼ですわよ。
ミワ様、そちらの方が『急用』だったのですね?」
ん、とミワ先輩が頷く。
「そういうこと。
詳しい話は直接聞いてくれ」
薄い頭髪のおじさんが、へこへこ頭を下げながら前に出た。
「そう、そうなんですがな。
いや、ワテはアダチいうんですが、お願いがあって参った次第でしてな」
「あー、じゃあ僕らは居ないほうがいいかな。
ナナちゃん、『複製』業務の続きを――」
席を立ちかけた僕の肩を、ミワ先輩の両手がすっと抑えた。
「待て、イコマ。
むしろおまえがいなきゃ始まらねえタイプの話だぜ、コレは」
僕がいないと始まらない話?
なんだそれ、と思っていると、汗だくのおじさん――アダチさんが急に真面目な顔になって、がばっと宮跡の土の上に四つん這いになって、頭を下げた。
――って、土下座!? なんで!?
「そう、そうなんや!
古都の英雄、イコマはんにお願いがあってきたんです!
どうか、ワテの娘を……タマコを助けてくれまへんか!?」
新キャラ
・アダチ
汗だくのおじさん。小太り。娘がいる。
自分が関西弁で話すのでわかるんですが、関西弁キャラって「やりすぎ」なくらいにしないと通じないんですよね。
特に敬語絡ませると……難しい。
★マ!




