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#壊れた地球の歩き方 【コミカライズ全3巻発売中!】  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!
断章【いってんご】

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ヨシノ



 暗い部屋に、二人の女がいた。

 机を挟んで向かい合う構図は、尋問のようにも見える。

 女の一人がおもむろにこう言った。


「おまえは被害者だ」


 にんまりと笑う、褐色肌で悪人面の女性だ。


「ようするに、DV被害者なんだよ。

 認識がおかしくなってるんだ。

 レイジから引き離し、保護するべきだとウチは思っている」

「……そう、でしょうね」


 言われた女は年若く、特にこれといった特徴がない。

 目を伏せ、力なく膝の上に置いた両手は震えている。


「『あのヒトは悪くない』とか言わないんだな。

 意外だぜ、擁護すると思ったんだが」

「悪いですよ。レイジせんぱいは、悪いヒトです。

 でも仕方ないじゃないですか」

「ほう?」

「そんな悪いヒトに惚れてしまったんだから」


 伏せていた目を上げて、褐色肌の女性を見つめる。

 悪人面が弓の形に曲げていた口が、平坦になった。呆れ顔だ。


「……おいおい。その眼、三下の眼じゃねえぞ。

 じゃあおまえ、『あたしが正します』ってのは――」


 特徴のない女は、そっと膝の上から手を動かし、傷ついた頬に……殴打されてついた痣に触れる。

 ぴりぴりとした痛みで、腹の底にある昏い覚悟を再確認する。


「――もちろん、『あたしが殺します』って意味ですよ」



 ●



 人間は群れで生活する生き物だ。

 群れの中で役割を分業し、効率的な共同体を構成する。

 その群れから追放された人間は、信じられないほど無力だ。


「せんぱぁい。もらったパン、なくなっちゃいました」

「そうか」


 古都から大阪方面に少し行ったところ。

 ヨシノとレイジは山中の小さな廃村に拠点を構えていた。

 追放されて以来、ヨシノはレイジを甲斐甲斐しく世話する毎日だ。

 レイジは両手首から先を失い、剣を振るどころか自力での食事すら難しい。


 ――せんぱい、今日も静かだ。


 ヨシノはうっすらと笑みを浮かべて、器を持ち上げた。

 近くの沢から汲んできた水を煮沸して、野草を塩で煮ただけのスープ。

 民家を漁れば、塩やら食器やら、多少は見つかるものだ。

 ただ生き延びるだけならば、しばらくはなんとかなる。

 生きたいかどうかは別にして。

 ねじ曲がったスプーンで塩味のお湯をすくって、ベッドに寝転ぶレイジの口元まで持っていく。


「はい、どうぞ」

「……おれは、いい」


 古都で両手を失って以来、レイジはずいぶんしょぼくれてしまった。

 仕方ないだろう。

 格下だと思っていた相手に敗北し、あまつさえ情けなく命乞いまでしたのだから。

 自業自得だと思う。

 報いを受けているのだと。


「そんなこと言わないで、食べてくださいよ」

「おまえも」


 レイジが目だけをヨシノに向ける。

 どろりとした、粘質の視線。


「おれをバカにするのか」

「……しないよ、せんぱぁい」


 一瞬、気圧されたが、負けてられない。


「なら、なんでいつまでもおれに構う。

 放っておいて、どこへでも行けばいいだろ。

 古都にだって、おまえだけなら戻れるだろうが」

「あたしの居場所はせんぱいのそばだって、決めてるから」


 この問答も、初めてではない。

 言い方を変えて、何度も同じ内容の話をしてきた。


「……馬鹿な女だ」


 そして、決まってこの言葉で終わる。

 馬鹿な女だという自覚はある。


「言われなくても知ってるよ、せんぱぁい。

 あたし、ほんとに馬鹿だもん」


 だから、どれだけ拒絶されてもいい。

 諦めないと決めたのだ。

 スプーンを再度、レイジの口元へ持っていく。

 根負けした彼が、大人しく食事を始めるまで、何度でも。



 そんな生活も、二週間でとうとう限度が来た。

 野草だけでは体力も落ちるし、体調も狂う。

 近隣の村に頼るのも考えたが、いい顔をされるわけがない。

 狩猟班らしく狩りをすることにした。

 ヨシノのスキルは『追跡:B』だけだが、獲物の巣や移動ルートを洗い出せば待ち伏せ猟ができる。

 罠を設置できればよかったのだが、ヨシノには知識がない。

 山中の獣道、木々の上から襲い掛かることにした。


 餞別代わりに古都で貰った細身の牙骨剣。

 女性でも振れる軽い武器。

 ホーンピッグの一匹くらいなら、なんとかなるはずだ。

 そう思っていた。過信していた。


 不運だったのは――所属していた狩猟班の実力が、決して低くはなかったことだ。

 ホーンピッグ程度なら、単独でなんとかできる班員が多かった。

 あれは弱い獲物だとみんなが言っていた。

 だが、ヨシノは『追跡』要員だ。

 狩りに参加はするが、直接戦闘には出ない。

 いつも班員たちが、軽々とモンスターを討伐する様を見ているだけだった。

 だから、知らなかった。


 豚の皮膚の厚さも、筋肉の強靭さも、剣をまっすぐ振ることの難しさも。

 怒り狂ったホーンピッグに角先を向けられるまで、モンスターに命を狙われる恐怖すらも。


 ――ああ、私、死ぬんだ。


 視界の中で、ゆっくりと角が迫ってくるのに、体は少しも動かない。

 そのくせ、頭の中ではぐるぐると思い出と後悔が渦巻いている。

 走馬灯というやつなのか、なんなのか。



 レイジと初めて出会ったのは、実はA大村が出来上がるよりも前だった。

 文明崩壊前の、大阪だ。

 ヨシノは高校生で、繁華街をひとりで歩いているとき、ガラの悪い大学生に絡まれたのだ。

 酔っぱらっていたのだと思う。

 無視して歩いていたのだが、それが気に入らなかったらしい。

 周囲の人々が見て見ぬふりをする中、下品な言葉を浴びせかけられ続けた。

 泣きそうになるヨシノを救ったのは、一発の蹴りだった。


 その酔っぱらいに、横合いから前蹴りをぶちかましたヒトがいたのだ。

 きっと、彼はそんな出来事をおぼえちゃいないだろう。

 蹴った理由も、『視界にうざいのがいた』くらいだったに違いない。

 蹴ってもよさそうな男がいたから、蹴ったのだと。


 だけど、それでも、ヨシノにはそれで十分だった。


 ――あたしが逝ったら、せんぱいがひとりになっちゃう……!


 一気に意識が現実に戻ってくる。

 どうにかして逃げないといけない。

 だけど、足は震えて動きそうにないし、ホーンピッグの角は一秒ごとに迫りくる。

 避けられそうにない。


 そんなヨシノをホーンピッグから救ったのは、一発の蹴りだった。


 『パワー強化:B』から繰り出される強力な足裏が、突進するホーンピッグの横っ面に前蹴りで叩き込まれたのだ。

 二メートル近い体躯のブタが、大きく体をよじって倒れる。

 突進中に横から強い衝撃を受ければどうなるか。

 転倒したホーンピッグは、地面を滑るように勢いよく転がり、バキバキと茂みの枝を割って大樹の根に激突した。


「馬鹿な女だ」


 と、蹴りを放ったその人は、いつも通りに言った。


「おまえ一人で狩りができるわけねえだろうが」

「せ、せんぱぁい……!」

「抱き着くな。邪魔だ。

 ――クソ、蹴りじゃ無理だな。剣貸せ、ヨシノ」


 レイジが見る先、ホーンピッグがひっくり返ってじたばたしている。

 ごるごる、と荒々しい鳴き声を喉から零し、怒り心頭といった風体だ。

 すぐにでも起き上がるだろう。


「か、貸せって……せんぱい、その手じゃ」

「縄くらいあるだろ。巻け」


 言われるがまま、包帯で固められたレイジの右腕に、細身の牙骨剣の柄を縄で巻きつけていく。


「……わかってんだよ。おれだって。

 ヨシノ、おまえが覚悟キメてココにいるって」

「……うん」

「イコマもそうだ。

 あのメスガキどもも」


 気に入らねえ、とレイジが吐き捨てた。


「クソどもが。

 だれもかれも、おれを馬鹿にしてやがる。

 おまえだって――おれを殺せると思ってる」


 ぎゅ、と縄をきつく締めあげる。

 レイジの右腕に牙骨剣がつながった。

 Bランクの剣士は、軽く手を振って固定を確認する。


「わかってんだよ。おれだって」


 レイジはもう一度言った。

 目は泳ぎ、ヨシノと目をあわせることもない。


「あんな風にはなれねえって。

 おれにはなにもねえんだからよ。

 信念ってやつか? ねえんだ、おれには」


 ホーンピッグが起き上がり、身震いしながら突進の構えを取った。


「わかってんだ。

 おれに、おまえの人生を浪費するほどの価値はねえって。

 だから野垂れ死ぬ前に古都に帰れや、ヨシノ」

「いや」


 即答する。


「せんぱいのそばにいるって、決めたんだもん」


 まったく。

 我ながら、馬鹿すぎて嫌になる――と、ヨシノは苦笑する。


「せんぱいがダメになったら、あたしが殺すって決めたんだから」

「……本当に馬鹿な女だな、おまえは」


 ホーンピッグの突進に、剣の一閃が走った。



 ●



「それで、その後の追跡はどうなった?」

「申し訳ないのですが。夜間、交代の隙をついて撒かれました。

 さすが『追跡:B』だけあって、逃げ方も心得ているようで」

「ま、仕方ねえな」

「おそらく、大阪方面だろうと思いますけど……探しますか?」

「いや、そこまでしなくていい。

 人手が足りねえし、遠くに行くってんなら、ひとまずは安心していいだろ」

「それじゃ、追跡は打ち切りで?」

「ああ。一週間休息したら、通常任務に戻れ。

 苦労かけたな、アキ」

「了解です。――いいんですよ、ミワ先輩。

 私、こういうヒリついた密命系の任務が向いてるみたいですし」

「言うねぇ、甘っちょろい小娘が」

「大して歳離れてないでしょ。

 ……でも、やっぱりちょっと心配です。

 古都を出るんでしょう? イコマ先輩も」

「大丈夫だろ。

 世界は広いんだ、かち合うなんて偶然はねえさ。

 それに、イコマの目的はダンジョン攻略だろ?

 レイジがわざわざ危険地帯に向かうわけねえ」

「ですよね、そうですよね……」


 自分に言い聞かせるようにして去っていく後輩を見ながら、褐色肌の悪人面が小声でつぶやいた。


「やっぱ、二人とも監禁すべきだったかぁ?

 今後、どうなるかはお天道様次第だが……いい予感はしねえなぁ」


 ともあれ。

 次になにかが起こるとき、事態の中心は大阪に違いない。



ヨシノちゃん視点なので、レイジが美化されていますが、ちゃんとクソ野郎なのでご安心ください(ご安心くださいってなに?)

今後も敵対しそうな雰囲気ですが、単純にそういうわけではない(もちろん味方でもない)展開を考えていますので、お付き合いいただければ幸いです。


さて、次回より二章開始です。

二章【退廃のなにわダンジョン】編、タイトルは仮題ですが、よろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
[一言] 何気のこの二人相性良いんだよなぁ、スキル的に。 探す。 見つけたやつをぶっつぶす。 二人揃えば狩りが楽ちん!
[気になる点] 2度と見たくないキャラなんだけど
[一言] パワーと剣術……第三の足にくくりつけたら自由自在に振り回せそう(笑)
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