レンカちゃんとヤカモチちゃん
古都が解放されようと、聖ヤマ女村は変わることなく『女性の駆け込み寺』である。
しかし、それゆえに――ひとつの問題が生じていた。
「手が! 足りませんわよ!?」
古都運営の本部として、宮跡の木造史跡から一棟を借り受けた。
運営本部長がレンカの役職であるが、しかし、聖ヤマ女村を率いる生徒会長でなくなったわけではない。
再開拓がはじまったばかりの古都を離れるわけにもいかず、かといって聖ヤマ女村を放置するわけにもいかず。
――考えなしは自業自得ですけれど、板挟みですわね……!
『ぜんぶうまくいく』と確信していたし、事実、古都奪還もイコマの名誉回復もうまくいったが、統治者の仕事は『そのあと』にこそある。
結果として、毎日死ぬほど忙しい。
「あはは、どんまいレンカっち」
板張りの床に寝っ転がってのんきに笑うヤカモチに、レンカはジト目を向けた。
「あの、ヤカモチ?
そこでなにしてますの?」
「珍しく手いっぱいなレンカを観察してるんだし!」
ムカついたので、おもむろに馬乗りになって揉みしだいてやった。
「ひゃうわぁーっ!?」
「む。また大きくなりましたわね?
ぺろぺろされた結果でしょうか、エステ効果もあるそうですし」
「お、おっぱいはまだぺろぺろされてないし!?」
「……まだ?」
「あっ」
「あらあら、あらあらあらあら。
ヤカモチったら――」
『やっちゃった』顔をする少女を、より一層強く揉みこんでいく。
「――いやらしい! いやらしいですわ!
そんな……いずれ舐められたいだなんて!」
「いいい、言ってない! 言ってないもん!
ていうかいい加減揉むのやめるし、この……っ!」
ヤカモチの反撃をひらりとかわして、レンカは改めて立ち上がる。
「ひまならこちらの仕事を手伝ってほしいのですけど?」
言って指さすのは、机の上に溢れ、机の下にも山積みになった紙の山。
机の上が古都の抱える諸問題の意見書。
聖ヤマ女村から送られてきた報告や確認は、机の下。
実のところ、『どう対応するか』はすでに決まっているものが大半だ。
レンカの仕事は、対応も含めて確認し、承認のハンコを捺すことである。
「騎士クラブの大半が古都に来ているのです。
サボるくらいなら、聖ヤマ女に戻ってメイド先生の手伝いでもしてくださいません?」
「あ、合法ロリメイド先生はいま古都にいるよ?
なんか、有給? とか言ってた」
「ソレわたくし聞いてないんですけれど……!?」
有給? このタイミングで?
混乱するレンカに、いつの間にか室内に立っていた、メイド服を着た背の低い女性が言った。
「まあそういうこともありますよ」
「あなたの話ですのよ!?
どこから入ってきましたの!?
ていうか有給ってどういうことですの!?」
「入り口からメイド歩法で。
言ったら反対されると思いましたので、有給は勝手にいただきました。
さぷらーいず♥
しばらく古都でご主人様にご奉仕しようかと思い、はせ参じた次第です」
「自由人すぎますの……!!」
というか、ご主人様にご奉仕ってなんだ。
――もしかして、えっちな話ですの?
「はい、えっちな話ですよ」
「思考を読まないでくださいな。
でも詳しく教えてほしいのであとでお時間ください、先生」
ともかく。
特定の主人を持たないメイド先生が、ご主人様と呼ぶ人間はいないはず。
いるとすれば、それは新たに主人足ると認めた相手だけだろう。
「……ええと、つまりイコマ様に会いに来たのですね?」
「もちろん、ナナやあなたたちの顔を見るのも目的ではありますが。
門番に関してはシフトを調整していただきました」
「……乙女として、強く『帰れ』と言えないのが困りどころですわね」
「ナナには言われてしまいましたけれどね」
「え?」
「つい先ほどの話ですが」
●
「そういうわけでやってまいりましたよ、イコマおにーちゃん♥
ごほーし♥ しちゃいますね♥」
「待って。
カグヤさんとは『お兄さんをシェアする』で基本的に合意したけど、合法ロリメイド先生まで入ると多すぎるよ。
ヤカモチとレンカもいるのに……早々に帰ってほしいんだけど?
特に年上系は危険が危ないからね……!」
「あら、ナナ。もしかして自信がないのですか?
イコマ様……ご主人様の目が私に移ってしまうのが怖い、と?
たしかに小娘にはない魅力にあふれていると自負していますが」
「ほ、ほぉん……言うじゃない、この年増」
「おやおや、言うに事欠いて年増とは……教師として、世間知らずな生徒に教育が必要だと判断します」
「あの、二人とも、僕を挟んでバチバチするのはやめてくれない……?」
「ちなみにイコマ様、ロリ系とヅカ系ならどちらがお好みですか?」
「え? 僕、そもそも巨乳派なんだけど」
●
「と、まあ、そんな経緯で巨乳を倒すためにこちらに参りました」
「なぜわたくしの居ないところで、そんなおもしろいイベントを起こしましたの?
きちんとわたくしがイジれる場所でやってくださいませんと!」
「ていうかなんでアタシまでハーレムに組み込まれてるしっ!?
……いや、その、決して嫌じゃないんだけどぉー。
ほら、やっぱり順番ってあるじゃん?
最初は、えへへ、てて、手をつなぐところから……きゃーっ!」
指をいじいじしながら照れるヤカモチを、半目の巨乳スレイヤーが馬乗りになって揉みしだき始めた。
「ひゃうわぁーっ!?」
「この純情無知おにくにも教育が必要なようですね……!
そしてヤカモチ、また大きくなりましたね?
使い方も知らないくせに生意気な!
教育してやる!」
「なんでみんなアタシを揉むしっ!?」
「妬み半分、ご利益半分ですね」
「現人神扱い!?」
くんずほぐれつする教師と生徒を見下ろして、レンカは卓上の紙に向き直る。
「やれやれ、ですわね」
「手伝いましょうか?」
「お休みをとったくせに、わざわざ働こうとしないでくださいまし」
「んあっ、揉みながら会話しないで、ひゃんっ!
助けてレンカっち! 変な扉が開いちゃうっ!」
「どうぞ」
「どうぞじゃなくない!?」
なくなくないですわよー、と適当に生返事をして、レンカは紙に目を通していく。
内容に目を通し、問題なければハンコをぺたんと捺して『承認済み』の箱に入れる。
問題や疑問があれば、その旨を記して『未承認』の箱に入れる。
為すがままにされるヤカモチの艶っぽい声をBGMに、レンカは順調に仕事を進めていく。
――ともかく、聖ヤマ女村をどうするか、ですわね。
書類をさばきつつ、レンカは思考する。
――重要度で言えば古都のほうが上。かといって、聖ヤマ女村を放置するわけにもいきませんもの。
古都の問題は共同統治者のカグヤに頼るのもアリかと思ったが、彼女には為政者ではなく『古都のシンボル』であってほしいとレンカは考えている。
古都の食糧事情が安定するまで、カグヤには『農耕:A』による農地開拓に専念してもらわなければならないし、いま頼るのはナシだ。
――県外からの移住者が増えておりますもの。
北から、どんどんヒトが流れてきている。
食糧確保は急務だし、カグヤこそが古都の要であるのは間違いない。
――やはり、だれか信用できるヒト……信頼できる組織に任せる必要がありますわね。
聖ヤマ女村だけの話ではない。
県内各村から、協力の要請を受けている。
統治形態を作らなければならないとレンカは考えていた。
古都を一番上に置き、その下に県内の各村を並べた、ピラミッド状の組織だ。
つまり。
「……国家としての形を再生する。
選挙制の復活は難しいですから、まずはカグヤ様をシンボルに据えた疑似的な立憲君主制でしょうか」
小声で口に出してみて、ついつい笑ってしまう。
――まさか一介の女子高生が、建国を志すなんて。
壊れた地球は過酷で残酷なのに、大きなやりがいと少しばかりの面白さを感じてしまうのは、不謹慎かもしれない。
けれど、少なくとも高校入学から半年後の生徒会選挙で圧勝したときに比べれば、はるかに大きなフィールドにいる。
そのことに、挑戦心が疼くのはいけないことだろうか。
「ふう、堪能しました♥」
「もうお嫁にいけないし……うう……」
「大丈夫ですよ、嫁が無理なら婿になればよいのです」
「先生、謎理論で押し通そうとしないで――いや、ちょっと待って?
そうか、アタシにはマコちゃんがいるんだった……!!」
――ヤカモチまで謎理論に目覚めてますわね。もう手遅れでしょうか。
どの扉をどう開いたのか。
――イコマ様は本当に罪作りな方ですわね。
女装させたのはレンカだが、そのあたりは棚に上げておこう。
レンカは紙の山にちらりと目をやった。
まだ山はたくさん残っているが、区切りとしてはいいところ――だと思うことにして、立ち上がる。
「そろそろ休憩ですわ。
イコマ様のところへ、からかいに――もとい、甘えに行くとしましょうか」
「よいのですか? 仕事は」
「よくはありませんけれど、わたくしが動きませんと、わたくしのことを心配して一緒にいる誰かさんもまた、ずっとここに籠りっぱなしになってしまいますもの」
「あはは、バレてた?」
バツの悪そうな顔をするヤカモチに、レンカは苦笑する。
――大方、先生もわたくしたちを連れ出すために来たのでしょうし。
良い仲間たちに恵まれた。
やることは山積しているが、きっとなんとかなるし、なんとかする。
そういうメンバーだ。
「しかし、いいことを聞きましたわね。
イコマ様は巨乳派、と。
ふふ、わたくしとヤカモチで挟撃すればイコマ様もたまらず――。
えっ!? 巨乳で挟撃!? そんな、いやらしいっ!」
「ほえ? どういうこと?」
「いいですか、ヤカモチ。
この柔らかいおにくにはいろんな使い方があってですね」
そういうメンバーだ。たぶん。
わるいおにくめ……!




