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断章【いってんご】

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ミワ先輩とアキちゃん

ここから一章と二章の間、断章になります。

けっこう重めの話もあるのでご注意ください。



「追放はヌルいんじゃないかって思ってるだろ」


 ミワがそう聞くと、かわいい後輩は少し逡巡しつつも頷いた。


「はい。彼は……極刑がふさわしかったんじゃないでしょうか」

「ひはは、極刑ときたか。過激だねぇ、アキちゃん」


 思わず変な笑いが出てしまう。


「じゃあよ、アキちゃあん?

 レイジを死刑にしたとして――さて、みんなはそれで満足するかい?」

「満足……ですか?」

「ああ、満足だ。少なくとも現状の追放には納得してねえんだろう?」


 後輩は顎に指を当てて、まるでどこぞのお嬢様のようなポーズで考えたあと、少し悲しそうな顔をした。


「……そうですね、しないかも。

 もっと重い――そう、例えば過去に狩猟班の班員であった人たちに、矛先が向くかもしれません」

「そうだな、連帯責任だとかなんだとか言って、そっちにも刑罰を要求する可能性もあるわなぁ」

「だとすれば、多少の不満は織り込み済んで、追放で済ませておくのがよかった……ということですね?」

「そう考えるやつもいるだろうな」


 だけど、違う。違うのだ。

 その答えは、否、そもそものっけからまるで『間違っている』のだから。

 ミワはきざったらしく指を横に振ってみせる。


「ノーだぜ。

 ノーだ、アキ」


 過激でかわいい後輩の素直な答えに、ミワはにんまりと笑った。


「そもそも刑ってのは大衆を満足させるためにあるんじゃねえだろうが」



 ●



 ミワは三下だ。


 少なくとも自分のことをそう認識している。

 三下とは信念なき者。自分の行動指針に柱がない者。


「たとえば道端に財布が落ちていたとする。

 アキちゃんよ、それ拾うか?」


 古都食堂。

 邪竜ドウマンが巣食っていた宮跡の一部、広大な芝生庭園の上に設置した簡素な天幕の群れ。

 食堂とはいうものの、再開拓を円滑に行うために仮設した炊き出し場だ。

 その一角で、ミワとアキは休憩中だった。

 いや、厳密に言えば。


 ――休憩にかこつけた部下との面談だな、こりゃ。


 自由な時間を奪うのは申し訳ないが、必要なことでもある。


「……拾います。拾って、警察に届けます」

「だろうな。アキちゃんならそうする。

 だから想像できねえ。想像しねえ。

 『拾って自分のものにするやつ』の存在を知っているし、嫌悪するが――『なぜ自分のものにするのか』まで考えが回らねえ。

 視野が狭いぜ、アキちゃんは」


 むっとするアキに、ミワはにやりと――悪人面とよく言われる顔で――笑う。


「そんなの、その人が悪人だからに決まってるじゃないですか」

「そりゃ思考停止だ、アキちゃあん。

 『悪人だからパクる』のか、『パクるから悪人』なのか考えたことはあるか?

 世にごまんといる善人だって、ちょっとしたことで魔が差しちまうもんだ。

 誰にも見られていないなら、この財布は持っていってしまおうか――ってな」

「それは……心が弱いからじゃないですか」

「『弱いから悪い』って理屈はレイジと一緒だな、オイ」

「……そんなことはっ」


 言葉を詰まらせる後輩に、ミワはひらひらと手を振った。


「ひとまず最後まで聞け。

 この問いには二パターンの答えがあると考えられがちだ。

 一、届け出る。

 二、自分のものにしてしまう。

 だが、実際にウチらがこんな状況に陥ったとき、三つ目の選択肢が現れ……そして、おそらくその選択肢を取るものが大多数なんだよ」


 それはいったいなにか。


「三、拾わない。あるいは拾っても元に戻す。

 見なかったことにするんだよ」


 あっけにとられた顔をするアキは、ちょっと純粋すぎるかもしれない。

 ミワは苦笑する。


 ――ま、高校生のときに天変地異を迎えてA大村に移住してきた『後輩』だからな。


 若い。いやミワも若いが。ぴちぴちだが。

 しかし、年齢を比べればアキが若いのは確かだし、極限環境の地球でその若さのうち二年間を費やしてしまったのだ。

 社会の仕組みもあやふやなまま、壊れた地球に放り出された。

 あいまいな『正しさ』を追求するのは若さゆえか、過酷な環境ゆえか。


「財布の中にな。

 とんでもねえ額の札が入ってた時、迷いなくパクれる奴はそういない。

 一万円が二枚だけ入ってた時、一瞬たりとも迷わないやつも少ない。

 十円しかなかった時、わざわざ届け出るのは面倒くさいだろう。

 なあ、アキちゃん。わかるか?」


 心に確かな柱がない。

 だから迷ってしまう。

 善にも悪にも振れてしまう。

 世の中の人間の多く。大衆というやつは。

 信念なんて大それたものを、持ち合わせてはいないのだ。


「ビビるし、迷うし、怠惰なんだよ。大衆(ウチら)は。

 額がデカけりゃビビって戻す。

 額がそこそこなら悪意に惑わされちまう。

 額がショボけりゃ関与するのも面倒だ。

 いや、その財布自体がなにかの罠だったら?

 悪意のある人間が置いていったトラップだったらどうする?

 不安を考えればきりがねえ。

 だったら――最初から財布なんて拾わなけりゃいい。

 そうだろ?」


 パンドラの箱には厄災が詰まってる。

 箱の中にいるのが猫か、あるいは病か。

 いや、もっと別のなにかかもしれないとしても、大衆には関係ないのだ。


「ともかくな?

 大衆は日常を愛する……変化のない毎日を愛するのさ。

 『関わりたくない』って思いは存外強いんだぜ?

 そのくせ、代わり映えのない日常に飽き飽きもしてやがる。

 やつらにとっちゃ、『拾わない』のが一番なのに、ついつい拾っちまう。

 なにかが起こるかも、なんて思っちまう。

 変化は嫌だが刺激は欲しい。

 つまり――コンテンツに飢えているのさ、大衆ってやつは」


 漠然とした刺激(コンテンツ)を期待して拾ってしまい、拾ったからには中を見て、見てしまったならもう手遅れで。

 そこで初めて気づいてしまう。


 自分の中にある、あいまいな善意と悪意の存在に。


 コンテンツを求めて開いた箱には、見たくもない醜悪な自分が入っていた。

 だから――蓋をする。


「大衆ってのは、そんなもんさ。

 アキちゃん、おまえだってそうなんだぜ。

 程度の違いはあれ――ヒトは必ず迷う。

 イコマみたいな、ヒーローじみた男であっても、な。

 いや、アイツの場合、むしろ迷いながら進むからイイんだろうけど」

「……それは、わかります、けど」


 理解はする。

 だが、納得はしていない――したくないという顔だ。

 ミワは苦笑して、言葉を続けた。


「いいか、アキちゃん。人類は軒並み三下だ。

 認めたくねえかもしれねえが、ウチら大衆は根本的に主体性を持たない怠け者の集団なんだよ。

 だが、時折、その中から迷いながらも立ち上がるやつがいる。

 イコマやレンカ、カグヤみてえな英傑がな。

 ウチらは本能で理解してんだよ、そいつらについていくのが一番楽だってな」

「……楽、ですか」

「楽してえだろ? 誰だって」


 考えるという行為は非常に面倒で、だからついつい他人に任せてしまいがちだ。


「そんな大衆の性質を利用して、レイジみてえなのが幅を利かせることもある。

 それを止められなかったウチらは、大衆として学ばなきゃならねえ。

 『ついていく相手』を選ぶとき、慎重にならなきゃならねえなって」


 学ぶ。

 そうだ、学びだ。


 ――先輩、後輩の間柄だしな。


 あえて悪い言葉を使うのは、ミワが自分に課したルールである。

 自分を正義だと信じ切る人間ほどタチの悪いモノはない。

 だから、露悪的に現実を切り取って、自分たちを見つめ直す。


「ウチらは今回イコマたちを選んだ。

 大衆はそうやって誰かを選び、ついていく」

「ええと……それってつまり、選挙ですか?」

「そういう仕組みもある。

 今回は選挙っていうか革命だったけどよ。

 あるいはハーメルンの笛吹き男か。

 大衆のうち、レイジを選んでいたやつらも含めて言葉と女装でだまくらかして誘導し、半ば詐欺同然に古都へ連れ出したわけだからな。

 一時の夢を見させて誘導する――失敗してたら、ウチらはとんだ詐欺師だったわけだ」


 イコマたちとレイジ。

 彼らの最大の違いは、善性か悪性かという部分でなく、『夢を実現できるかどうか』にあった――と、ミワは考えている。


「それこそ選挙風に言うなら『マニフェスト』ってやつさ。

 言葉で語って夢を見せるだけならだれでもできるが、実現させられなきゃただの絵空事ってわけ。

 レイジはできなくて、イコマたちはできた」


 『A大村の存続』はレイジには不可能で。

 『古都の奪還』はイコマだからこそできた所業で。


 しかしながら、夢を語ってヒトを動かすという点において、彼らを分ける要素はない。


 善悪、正誤は立場で変わる概念に過ぎないのだから。

 成功か失敗か。

 結果だけが、彼らを勝者と敗者に分けた。

 ミワは木を削って作ったコップから茶を一口すすった。


 ――冷めてるな。


 少々、話し込みすぎたか。


「レイジを処刑する。

 それもいいかもな。

 刑罰ってやつは『見せしめ』の意味を持っていると考える立場もある。

 相対主義って言うんだけどな?

 刑罰があれば、人々は軽率に犯罪を起こさなくなるはずだ――予防効果があるだろうってな。

 実際、江戸のさらし首にヨーロッパの火刑に絞首刑、これらはぜんぶ見世物だった。

 二千年代になっても見せしめの公開処刑を行なっていた国だってある。

 だが――いいか、アキちゃん。

 胸糞悪い話をするぞ」

「もう十分胸糞悪いんですけど」

「まあ聞けって」


 ジト目もかわいい後輩である。


「見せしめ刑はな、大衆の娯楽になってたんだ。

 コンテンツだったんだよ。

 他人の不幸は蜜の味。

 そんなら他人の死は(ハニー)にバターにチョコレートをこれでもかとぶっかけたフレンチトーストみたいなもんだろ。

 楽しいよなあ、ヒトが苦しみながら死んでいく様を見るのは。

 それが犯罪者なら、見てるこっちに罪悪感もねえしな」

「ちょっと班長、悪趣味すぎですよ……!」

「そうだな、趣味が悪い。ホンットーに趣味がわりぃ」


 だが。


「だがよぉ、アキちゃあん。

 極刑はほかならぬ大衆(おまえ)が求めた処罰だぞ?

 レイジを死刑にしろ――アイツの死をコンテンツにして消費させろ、留飲を下げさせろ、スッキリさせろ、『私たちの気持ちを満足させろ』って、なあ?」

「わ、私はそんなつもりは……っ」

「なかったか?

 本当にそうか?

 そうかもな。

 アキちゃんの気持ちを、ウチは知らねえ。

 他人の気持ちなんか知ったことか。

 だがよ、アキちゃん」


 唇の端を釣り上げて笑う。


「お気持ちで他人の生死を左右するのは、おまえが信じる『善』か?

 最初にも言ったが、刑罰ってのは大衆を満足させるためにあるものじゃねえ。

 罪に対する制裁でしかねえんだ。

 そこをはき違えた瞬間、ウチらはレイジと同じになっちまうんだよ」



 ●



 休憩を終え、なにか考え込みながら訓練に戻るアキを見送って、ミワは笑みを消した。


 ――ま、本当は追放じゃなくて監禁刑が望ましかったんだが。


 判断はレンカとカグヤが下した。

 死は望まないが、古都に残すほど甘くもない。

 古都に罪人を養う余裕もないと、そういう判断だったのだろう。

 しかし。


「三下は柱がねえから三下なんだ」


 ぼそりと呟く。

 ミワは三下だ。自分の中に柱を持たないし、持つ気もない。


 けれど――持とうと思えば、三下はいつだって柱を持ち得る。


 ほんの小さな出来事で、ちょっとした気持ちの変化で、だれだってヒーローに……あるいは大悪党になってしまう。

 それが人間という生き物だ。

 善にも悪にも振れてしまう。振り切ってしまう。


「管理下においとけば、馬鹿の三下のままコントロールできただろうによ」


 ミワは冷めきった茶を煽って飲み、席を立つ。


 ――この追放を、後悔する日が来ねえといいんだが。


 そんなことを思いながら。




今回の話について。

『イコマ視点』以外にネガティブの役割を振り分ける構造の都合、どうしてもミワ先輩がちょっとヤな奴になっちゃいますね。

『ヤな奴をやる』キャラなので仕方ないんですが。

でも、ちょい重めというか、ややこしい話ですが『追放モノ』を掘り下げる以上この話はやりたかったので、ミワ先輩に感謝です。

二章以降のネタ振りも兼ねているので、なんとなくぼんやり記憶の片隅に置いておいていただければ……という感じ。


次回はもうちょっと軽いノリで、「フジワラ教授と合法ロリメイド先生」予定です。

意外な組み合わせと見せかけつつ、両方教職なので実はシナジーがあるという。



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― 新着の感想 ―
[一言] その世界に生きる人間としては。 性根の曲がった人間が更生することを期待して生かすより、殺した方が良い。 自分が殺される側になったとしても、自分が間違っていたならその他が生き残るし、その他が間…
[一言] 通常の世界なら腕を切り落とされた場合、復活は不可能だがファンタジー界なら復活する可能性が有る。 ミワ氏の理屈は通常なら成立するが、ファンタジー界では成立しない。芽は摘まなければ発芽する。摘ま…
[一言] たぶん1番のベストは追放→ある程度離れた地点で暗殺だっただろうなと 大衆へ影響は本編通りで後顧の憂いも無し 問題はその非情な判断を下し実行する人間が居ないことかな
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