61 今さら遅いと僕は言う
僕が古都の主、呪竜ドウマンから『複製』したスキルは『竜種:C』という。
その効果はシンプルながらも強力。
幻想の最強種であるドラゴンは、単一のスキルで四つの補正を得るのだ。
タフネス補正、パワー補正、スピード補正……それから、マジック補正。
すべてCランクの補正だったけれど、スケ鹿から手に入れたBランク魔石を砕いて『竜種:B』にランクアップ。
いまの僕は、肉体性能においてすべての面で達人級だ。
「レイジ、この馬鹿野郎が……!」
身体性能が上がったところで、もとからある疲労はどうしようもない。
だけど、この馬鹿だけは自分の手でぶん殴らないと気が済まない。
「ハッ! テメェごときがいっちょ前に喧嘩できるってか!?」
レイジが牙骨剣を僕に向け、あざ笑うように言う。
「化けの皮剥がしてやるよ、パクリ野郎」
言うと同時に、牙骨剣の一刀が振るわれた。
滑らかで、軌道に一ミリのブレもない達人の一撃。
だけど、僕には見える。
さっきまでドラゴンの薙刀を相手に斬った張ったの大立ち回りをやっていたのだ。
暴走したバカの攻撃ごとき、見切れないわけがない。
短く持った薙刀の刃で一撃を受け止め、背後のみんなに指示を出す。
「ナナちゃん、ヤカモチちゃんと班員みんなは一般住民の避難誘導!
レンカちゃんはカグヤ先輩を処置ッ、お願い!」
「承知いたしましたわ。必ず命を繋ぎますの」
「お兄さん、私も一緒に――」
「待つし。今のイコマっちに、ナナの助けは必要ないよ。でしょ?」
「……うう。わかった。お兄さん、待ってるからね!」
慌ただしく動き出す周囲と比べて、僕とレイジは時間が止まったかのようだ。
にらみ合う。
「レイジ。どっちにしろぶん殴るけど、その前に聞いとくよ。
こんなことしていいと思ってるのか?」
「イコマぁ。どっちにしろぶった切るけど、その前に言っとくぜ。
いい悪いってのはだれが決めるんだ。
オマエか? いいや、違うね!」
レイジの刃が押し込まれる。
「おれだよ! おれが決めるのさ!
国は滅んだ! 憲法も民法も刑法もねえ!
だれもおれを裁く根拠も権利も持ってねえだろうが!
強いやつがすべてを手に入れる、それが今の世界のルールだ!
飯もオンナもなにもかもッ!
力のあるおれが手に入れてなにが悪いってんだッ!!」
ぎりぎりと刃が擦れ合う。
『パワー補正:B』の膂力と『剣術:B』の技術で、じりじりと僕を押しつぶしにかかる。
「そうだね。弱肉強食はこの世界のルール……かもしれない。
だけど、だからこそ!
モンスターに勝てない弱い僕らは、都市圏を放棄して地方の学校に閉じこもったんじゃないか!
僕らは弱い側、助け合って生きる側なんだ、勘違いするな!」
「弱者の理論をおれにあてはめんな、ペテン師がァ……ッ!!」
「レイジ、キミだって――弱いんだよ……っ!!」
対して、僕も『竜種:B』によるパワー補正で膂力は互角。
それ以外にあるものは、『複製』を使って忙しく過ごした経験だけ。
その経験が、今日までの僕を生かしてきて、明日からの僕を作っていくものだと、僕はもう知っている。
重心をずらし、絡まった糸をほどくようにして、レイジからかけられる力を分散し、受け流す。
「クソッ、がァ!」
業を煮やしたレイジが蹴りを放つ――その蹴りにあわせて地面を転がり、剣の範囲から逃れた。
つばぜり合いが終わり、数メートルの距離が空く。
荒っぽいとはいえ、達人級の剣士は油断できる相手ではない。
僕が上回っている点を生かして戦わなければ、勝利はない。
「――シッ」
威力よりも速度重視で薙刀を振るう。
僕の利点。
Bランクに底上げされたスピードが、まず一点。
加えて、薙刀によるリーチ差。これが二点。
そして最後に、経験から来る自前の技術。
器用貧乏ながらも鍛えに鍛えた対応力が、三点。
出して、引く。
突いて、戻す。
突きの連射を基本に戦闘を組み立てよう。
「はンッ、その程度かよッ!?」
秒間二発以上の薙刀の嵐を、しかしレイジの牙骨剣は捌き切る。
がりがりと骨と鉄がかち合い、削れ、破片が散っていく。
技術は相手の方が上。これは間違いない。
身体スペックが上であろうと、Bランクの武術系スキルは対応してくる。
だから突きを選んだ。
突きという攻撃は、地味な印象に反して非常に強力だ。
薙ぎ払いならば、剣を立てれば防御できる。
振り下ろしならば、剣を横に構えれば防御できる。
だが、突きはそうはいかない。
攻撃が線ではなく点であるため、防御が非常に難しい。
速度もあって、動きも小さい。
その上、力が一点に集中するため、威力も高い。
攻められにくく、攻めやすい。
弱者の戦い方こそが、人類の叡智。
ドウマンは笑った。
レイジは怒った。
その差に意味を見出せるほど賢くはないけれど。
「おおお……!!」
気合いと共に、腕に力を籠める。
もっと速く――強く!
「パクリ野郎がァ……ッ!!」
しかし、レイジは対応しきった。
僕の本気の連打。
鋭い突きのラッシュの中で、甘い軌道で走った突きを柄の一打で叩き落とし、
「バカがッ! 甘ぇんだよ!」
薙刀を戻すよりも早く、牙骨剣の一閃が僕へと迫る。
避けられない。
ざぐん、と凶刃が僕の肉を裂く。
「――あ?」
予想通りに――予定通りに。
「ああもう、痛いなぁ!」
ぽたぽたと掲げた両腕から血が滴る。
僕は薙刀を手放し、クロスした両腕で牙骨剣を受け止めていた。
革製防具。アームカバーが威力を大きく減衰させているとはいえ、痛いものは痛い。
『竜種:B』によって底上げされたBランク相当のタフネスも防御力に影響し、レイジの刃は僕の肉をわずかに裂いたところで止まっている。
それだけじゃない。
「……使い方が乱暴なんだよ、おまえは」
達人ほど武器を長く使う。
ナナちゃんが言っていた。
だけど、レイジはまるで逆だ。
達人級の腕前があるのに、丈夫な武器を振り回し、傷つけ、壊れたら次の武器へ。
使い捨てて来た――その性格こそが、最大の弱点。
「薙刀の連打、もっと上手に受けられただろうに……!!」
牙骨剣――その最大の特徴。
殺傷力を上げるための牙パーツの大半が砕け、鈍り、切れ味を失っていた。
そんなもの、もはや剣ではない。
慌てて後退しようとするが、もう遅い。
足を踏み出し、レイジのつま先を踏み潰す。
「ぎっ……!?」
クロスした両腕を横に倒して牙骨剣を遠ざけつつ、
「おおお……っ!!」
ごんっ!!
と音を響かせて、全力の頭突きがレイジの顔面へと突き刺さる。
「ごぱッ!?」
Bランクのタフネスとパワーが、歯を叩き割り、鼻骨をへし折った。
衝撃で互いの体が離れる。
額に痛みを感じつつ、落とした薙刀を足で蹴って拾い上げ、再度構えた。
牙骨剣の反撃がある――そう思っていたけれど、攻撃はない。
たたらを踏み、レイジが牙骨剣を取り落とし、顔面を押さえていた。
「ひ、ああああああッ!?
いてえ、いてえよ……ッ!!
クソ、なんでおれがこんな目に遭わなきゃいけねえんだよッ!?」
思わず、口から「はぁ?」と変な息が漏れる。
この期に及んで、なにを言ってやがるのか。
「おいこら、レイジ……!」
この程度の痛みで混乱するのか。
この程度の反撃で困惑するのか。
カグヤ先輩も、ほかのみんなも――もっとひどい傷つけ方をしておいて。
「この……っ! バカ……!!」
ようやく理解した。
こいつは悪党じゃない。それよりももっと下の――三下だ。
ドウマンみたいな、違う価値観を持つ敵じゃない。
僕らと同じ価値観の中で、自分の主観で価値観を捻じ曲げて泣きわめく。
ただの『子供』だ。
僕と同じ――みんなと同じ。
自分の中に『子供』があって、だけどその『子供』とうまく付き合えていない。
わがままな子供。
怖くて震える子供。
それが表出して、暴走して、だれかに止められるべきところを。
だれにも止められなかった。
だれにも止めてもらえなかった。
力が、あったから。
だれの言葉も届かず、だれの力も及ばず。
自分でだって、止められない。
それも、今日までだ。
僕が止める。
たとえ――彼をひどく傷つけることになったとしても。
薙刀を持つ腕を真横に構える。
「ひぃッ!? い、イコマぁ!
ゆる、ゆ、ゆ、許してくれッ!
おれが悪かったから!!」
怯えた目をする男に、僕は短く返した。
「……今さら遅いよ、レイジ」
横一文字に、叩き切る。
ごとり、と肉塊がふたつ地面に転がった。
次回、一章最終回です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




