6 ヤソウマキ
湖に付くころには、すっかり夜になっていた。
ホーンピッグの血抜きと解体に時間がかかったからだ。
必要な角といくつかの肉のブロックを手に入れて、残りはそのまま放置。
獣や虫が寄ってきて自然に還るだろう。
次からはもっと効率よくやらないといけないなぁ。
湖のほとりに、半分潰れた小さな木製の建築物がある。
このあたりはもともと、キャンプ場を兼ねた自然公園だったのだ。
湖のほとりには宿泊用の小さなロッジが数棟あって、それが目当てだった。
大半は侵食してきた大樹にやられていたけれど、無事なロッジもいくつか残っていた。
その中から一番マシな状態のロッジに入り込み、バックパックを下ろす。
しばらくはここを拠点にして生活しよう。
ロッジの外に出て、拾っておいた乾いた枝を大量に複製し、積み重ねる。
バックパックからマッチ箱を取り出して、丸ごと複製。
ランクが下がった劣化品だけれど、マッチはマッチだ。
こうすればオリジナルを消費することなく火をつけられる。
いきなり木にマッチを投げ込んでもなかなか燃えないので、まずは乾いた布――これもタオルを複製して作った――に火を移して息を吹き込み、火を大きくしてから焚火に放り込む。
サバイバル講習を受けておいてよかった。
モンスターも一部を除けば火を恐れるし、怖がる。
野生動物とほとんど大差はない。
その『一部』こそが人類の敵であり、文明崩壊を招いた怪物どもだけれど。
ホーンピッグのような野生動物系のモンスターは、火を焚いておけば向こうから襲ってくることはない。
ロッジの周り数か所に、同じように焚き火を設置しておく。
少なくとも、これで夜中にいきなり襲われて死ぬことはなくなったと思う。
『一部』のモンスターの大半は文明があった場所、つまり二年前には都市だった場所にいるから、自然公園なら火があるだけで十分なはず。
食事は外で、月を見ながら食べることにした。
どっちにしろ火は外でしか扱えないし。
貰ったパンを複製し、Cランクの丸いパンを二つ作る。
ホーンピッグから切り取った肩肉を解体用ナイフで薄く削いで、焚き火で丹念に炙る。
ジビエは殺菌をしっかり行わないといけない。
調理班で『調理:C』を複製して手伝ったときに、肉を薄く切るコツみたいなのは掴んでいた。
あの時ほど上手には切れないけれど、それでも意外とうまくやれるものだ。
豚肉を複製しないのは、どうせオリジナルも明日にはダメになるから。
わざわざランクを下げたものを食べる必要はない。
湖の水を複製したタオルで濾して濾過し、持ってきた鍋で沸かし、再度濾過する。
きれいな水とは言い難いけれど、『タフネス強化:C』の補正もあるから、多少体に悪くても問題ない。
野草もしっかりと洗って土を落とし、焚き火で炙って、焼いた豚肉でくるりと巻いてやる。
「初日のディナー、豚肉の野草巻き。我ながら贅沢してるなぁ」
バックパックから小さな塩の瓶を取り出す。
コレはA大村の学食にあったもの――を、複製したもの。
ランクCの精製塩だ。この塩をさらに複製して、味付けに使用する。
塩というものは不思議なもので、塩化ナトリウムに不純物が含まれた状態の岩塩などのほうが高品質とされることもある。
美味しさを求めるなら、いろんなミネラルが入っている食塩のほうが良い。
ではランクの低い塩とはなにか。
『塩化ナトリウム以外のミネラルが少ない食塩』である。
つまり、ただ単に塩として使用するぶんには問題ない品質なのだ。
塩を振った豚肉の野草巻きは、野性味あふれる味で、
「うーん……やっぱ熟成期間置かないと肉は微妙かなぁ……?」
平均点は超える。
九十点は超えない。
そんな感じの味で、僕にお似合いな料理と言えた。
ロッジ内に入り、持ち出したロウソクを複製して火をともす。
当然ながら電気やガス、水道は止まっているから、こうした備品は普通ならパカパカ使えないのだけど、僕には『複製』がある。
何本か複製して、部屋を明るくしておく。暗いのは苦手だ。
割れた窓ガラスに複製したタオルの切れ端を張ってふさいだり、床に落ちていたゴミや落ち葉を掃除して、少しでも住みやすくする。
こればかりは時間を掛けざるを得ない。
増やすのは得意でも、減らすのは得意じゃないのだ。
「やっぱりキャンピングカー、欲しいなー」
夢の生活だ。
家ごと移動できれば、どれほど快適だろうか。
だけど、今日の道程を考える限り、やはり日本に車が走れそうな道はもうほとんどないだろう。
樹林に呑まれた駅前の商店街。自然公園の横を通る太い国道のアスファルトは亀裂と起伏だらけ。
今日見た光景のすべてが、地震と植物の根によって過酷な自然に呑み込まれていた。
ないものねだりをしても仕方がない。
僕はまたタオルを数枚複製して増やし、毛布代わりにする。
横にはならない。周囲の安全が完全に確保できるまでは、壁に背中を着けて座って寝る予定。
武器である角ブタの槍は、いつでも掴めるように手元に置いておこう。
バックパックから手回し充電式のラジオ付きデジタル時計を取り出し、タイマーを一時間でセット。
焚き火に薪を足す必要があるから、定期的に起きないといけない。
しっかり眠るためにも、ブタの脂とロウソクを複製して、長時間燃えるかがり火を作る必要がある。
明日からはいろいろと忙しくなりそうだ。
ラジオを点けると、このあたりは電波が悪いらしく、ノイズしか流れなかった。
夜は『オールナイト元・日本』の軽快なトークを聞きながら寝るのがルーティンだった。
災害情報やモンスターの情報はサバイバル生活に必須だ。
日本各地の集落の情報などもわかるため、旅行の参考にもなるだろう。
だけど、それも今日は無理らしい。
しばらくチャンネルのつまみを回して調整してみたけれど、ノイズが大きくなるばかり。
僕は溜め息を吐き、諦めてラジオの電源を切った。
壁を背にして襲い来る眠気に身を任せていると、槍の名前をどうするか悩んでいる自分がいることに気づいて、笑ってしまった。
自分の持ち物に名前を付けるという行為。
まるで、一人が寂しいみたいじゃないか。
そんなわけない、僕は半ば望んで外に出てきたんだから。
でも、ああ――明日からはカグヤ先輩に会えないんだなと思うと、それはやっぱり寂しいと思ってしまう。
メンタル弱いなぁ、僕。
カッコいい木の棒と角が合体した手製の武器は、ロウソクの火に照らされて、木製の床に細長い影を落としている。
――そうだ。コイツの名前は豚槍ヤソウマキにしよう。
しばらくは毎日更新予定ですので、ブクマしていただくと追いかけやすいと思います。
でも追いかけるだけじゃダメなのよ、恋は駆け引きだから(は?)