58 竜
ドウマンは瀕死だ。
体中ずたぼろで、滴り落ちる血液が白い砂利の庭を赤黒く染め上げるほどに。
倒すなら今しかない。
いまを逃せば、僕らはもうコイツをここまで追い込めない――!
「弓兵隊――ッ!!」
叫ぶ。
百八十億円アタックで倒せなかった場合も考えてあった。
そのための準備も、もちろんある。
「――ランチャー用意ッ!」
『それはもう弓兵ではないだろうがッ!!』
弓兵隊が構えたのは、自衛隊基地から拝借してきた肩当て式ランチャー……の、劣化複製品。
肩に担いでぶっぱなす、単発使い切りの対戦車ロケット弾射出装置。
使用方法は弓兵全体に教導済みだ。
「撃てぇーッ!」
ぼしゅ、という気の抜けた音が連続した。
ロケット弾の群れがドウマンへ殺到し、炸裂する。
爆発の連打が大気を大きく揺らし、けれど、ドウマンは爆発の中で笑った。
『かかッ!
わしを殺したいなら戦闘機でも持ってこんかッ!』
薙刀が空中を飛ぶロケット弾を切り落とし、爆発させていたのだ。
右腕一本で振り回した黄金の刃が、殺到するランチャーを迎撃し続ける。
一振り一振りがいくつもの爆発を生み出し、花のように咲き乱れる。
幸運にも薙刀をかいくぐったランチャーの一発がドウマンの鱗を貫き、炸薬の爆圧が肉を抉る。
それでも竜は止まらない。
その程度では、止まってくれない。
『おお……ッ!』
五メートルの怪物が大極殿の残骸から玉砂利の上に飛び出し、走る。
傷のせいで身体がうまく動かなくとも、竜の一歩は人間よりはるかに大きい。
一歩ごとに全身から血を噴出させながら疾駆する竜の狙いは――
『構えよ、人類!
構えよ、イコマよ……!』
――僕だ。
当然か。僕は将で、アイツは僕の邪道を気に入っている。
気に入った相手と遊びたいのは、竜もヒトも同じだろう。
……その遊びが殺し合いや文明の破壊だったのは、残念でならないけれど。
接近戦が始まれば、遠距離攻撃は難しくなる。
位置が激しく入れ替わり、乱れる戦場で味方を避けて矢や弾丸を撃ち込むのは至難の業だ。
対戦車ライフルも拝借してはいるけれど(拝借しすぎだな、僕たち)銃の練度が高い兵はいない。
使えないと考えるべきだろう。
そして、あの巨体相手に近接戦闘ができる戦士も限られている。
背中のシールドを投げ捨てる。ドラゴン相手じゃ小さすぎるし薄すぎる。
手に取るのは、丈夫でがっしりとした年代物の薙刀だ。
「弓兵隊は下がって補給、制圧部隊は弓兵隊の守護を!
ドウマンは僕らが相手します!」
僕が狙いなんだ。それを利用せずしてどうするか。
将として最後の仕事をしようじゃないか。
すると、隣に頭一つ分低い影が並び、前に出た。
「ナナちゃん――」
「お姉――いや、お兄さん。
いまさらついてくるなとか言っても、もう遅いからね?
おなかの責任取ってもらわないと」
ざわ、と背後で「おなかの責任……!?」と戦士たちが色めき立つけど、アレすごい勘違いされてない?
僕はただ、ナナちゃんのおなかを隅から隅まで念入りに舐めまわしただけなので、妙な勘違いはやめていただきたい。
だいたい、そう――今さらと言うなら、こちらこそ今さらだ。
「ついてくるな、なんて言わないよ。
言っても無駄だし、僕はナナちゃんがいないとオオカミにも勝てないんだから。
いないと困る――言ったろ。
『僕ら』が相手をします、って」
告げると、ナナちゃんはこんな時なのに「えへへ」と笑った。
「それ、戦いが終わったあとにも言ってよ?
言わないと泣いちゃうからね」
「死亡フラグを立てるんじゃないよ、こんな時に!」
『いちゃいちゃしてる場合か、貴様ら……ッ!』
ごもっともなツッコミと共に、黄金のひと振りが古都の空気を裂く。
横薙ぎの一刀を、僕は身をかがめて、ナナちゃんは跳びあがって回避する。
彼我のリーチ差、十メートル。
このリーチの差は圧倒的だけど、右腕しか使えないドウマンの動きは制限されていて、見切りやすい。
片腕じゃスイングの速度も半減だ。
決して避けられない攻撃じゃない。
『かかっ! ようやく近くに来たな、イコマ!』
「近づきたくはっ! なかったんですけどもっ!」
とはいえ、僕では避けるだけでも必死だ。
黄金大薙刀の末端速度は音速を超えているらしく、短い炸裂音と共に線状の白い蒸気を空気に残している。
僕に攻撃する余裕はない――あくまで、僕にはね。
「お兄さん、次!」
「『複製』――ッ!」
僕の持つ薙刀・オリジナル。
その複製による武器を顧みない全力攻撃の連打。
僕ら、『複製』使いと薙刀使いの正攻法は、これしかない。
思えば、出会ったときからそうだった。
ギャングウルフと戦ったとき、ナナちゃんは僕の作ったヤソウマキ・レプリカを複数本使って戦っていたのだから。
『ぐ、ぬぅ――ッ!?』
ナナちゃんの振るう全力の薙刀が、ドウマンの足に打ち込まれる。
本来、それでもナナちゃんの膂力じゃ鱗を突破することはできなかっただろう。
だけど、ドラゴンの体中には傷口が開いている。
邪道の百八十億円アタック、それに続くロケットランチャーの炸裂。
それらが刻んだ傷跡が、どくどくと血を流し、内部の肉を露出させている。
鱗を失ったそこを狙い、薙刀が叩き込まれ、
「次ッ!」
ナナちゃんは傷に深く突き刺さった薙刀を手放して叫ぶ。
『複製』した薙刀を手渡し、時には投げ渡し。
黄金の刃の上で、ナナちゃんが舞う。
竜と、踊る。
僕はただ、必死にステップをあわせるだけだ。
一歩遅れれば死ぬ。
踏み間違えれば殺される。
そんなダンスのステップを、必死に踏み続ける。
僕らに一撃の必殺技はない。
あるのは、ただ愚直で正直な努力だけ。
一撃当たれば肉塊と化すことは確実な黄金の薙刀を避け、振り回される大木のような尻尾から逃げて、だけど一刀ずつ確実にぶち込んでいく。
『――くはッ! 意外と動けるではないか、貴様ら!』
ドウマンは楽しそうに笑って、口の端から赤黒い血を飛ばす。
『ああ、楽しい――楽しいなぁ……!
ヒトと遊ぶのは、まことに楽しいッ!
感謝するぞ、イコマ!
感謝するぞ、薙刀使い!
感謝するぞ、貴様ら人類――ッ!!』
その感謝と、その笑いは絶え間なく続き。
砂利の上に血が撒き散らされ。
空に見える日の角度が大きく傾き。
相対する僕らが心身ともに限界を迎えるまで。
そして、ドウマンの体が力を失い、砂利の上に倒れ伏すまで続いた。
決着。
次回、大ボス攻略最終回。
そして。




