57 正攻法
僕たちが自衛隊基地から持ち出すべき最大の武器は、ロケットランチャーではない。
いや、もちろんあれば有用に違いないので、それはそれで持ち出したけれど、もっと使いやすくて便利なものがある。
爆薬だ。
いわゆるプラスチック爆弾というやつ。
粘土状であるため、張り付けたり詰め込んだりするのに便利だけど、それだけじゃない。
『衝撃で暴発しない』『火をつけても燃えるだけ』という扱いやすい性質が、素人部隊である僕らにとって最大の利点だ。
そして、特殊な爆薬はその量に比例して威力を増すため、僕の『複製』と非常に相性がいい。
結果、僕らは太い朱塗りの柱をぶち折る発破と、大極殿の崩落を成し遂げた。
「――くぅ、もうちょっと距離とってから爆発させたかった……!」
あと僕は至近で爆破の衝撃を食らったので体の感覚がない。
口を開き、目を閉じ、両手で両耳をふさいで体を丸める対爆姿勢。
起爆指令を出した直後にこの姿勢を取った僕は、吹っ飛ばされて階段を転がり落ち、大極殿前の砂利の上に投げ出された。
死んでないから良しとしよう。
「お兄さんっ、大丈夫っ!?」
「あー、ナナちゃん?
ごめん、いまあんまり声聞こえないの。
鼓膜いってるかもしれない。
読唇術あるから大丈夫だけど」
「えっ? じゃあ耳舐めようか?
メイド先生も『耳舐めはジャンルとして確立されています』って言ってたし、頑張って練習するね」
なに教えてんだ、えちち屋ちゃんは。
それでも教師か。
「ていうか、ナナちゃんは『傷舐め』持ってないでしょ。
……うん、鼓膜は破れてないと思う。
一時的なショックで聞こえなくなってるだけかなぁ」
ナナちゃんの腕に掴まって立ち上がる。
大極殿前の砂利で控える部隊のみんなに手を振って『大事ない』と伝えつつ振り返ると、そこに惨状があった。
朱塗りの立派な神殿――大極殿が、その高さを失い、ひしゃげた木と瓦礫の山と化している。
ところどころから火が上がっているのは、爆破の影響だろうか。
「いやぁ……やっちゃったなぁ」
「フジワラさんもそうだけど、なんでお兄さんはこの建物吹っ飛ばすのを渋ったの?
もったいぶって『失うものが大きい』なんて言うほどのもの?」
ナナちゃんの疑問に、宮跡のパンフレットを手渡す。
指で示すのは『大極殿の復元』の欄だ。
「……ええと、歴史の中で失われた大極殿を再建して復元?
あ、わりと最近の話なんだね。
完成したの、私が生まれてからなんだ。へー。
大極殿の再建には九年間の歳月と……ひゃ、百八十億円!?」
ナナちゃんが手元のパンフレットとひしゃげた木のオブジェを何度も見比べる。
そうだよね。びっくりするよね。
「……大極殿だけがきれいに残っているのはなんでだろうって疑問だったんだ。
竜が巣にするために、魔法かなにかで保護したのかな、って。
でも、それなら宮跡全体をバリアで覆ってるのは妙だよね。
宮跡の中で、どうして大極殿だけが守られているのか。
巣にするため?
それならバリアも大極殿だけを覆えばよかった」
つまり、逆だ。
ただ単に、人間が天変地異に耐えうる建造物を作っていただけ。
「天変地異で崩壊した古都を見て、あの竜は宮跡をダンジョンボスの居城にした。
だけど、天変地異の結果、多くの建造物が失われていたから、あいつは一番マシな建物を選んだんだと思う」
大極殿は、あの地獄のような天変地異を生き残り。
けれど、僕らがぶっ壊した。
「二十一世紀に入ってから、百八十億円もかけて再建された巨大な木造建築だよ。
しかも観光の目玉で、政府肝入りの文化財の一部。
免振構造、災害対策はどんな建物よりも念入りに設計されたはずだ。
今後百年、千年残るものを――と、そう考えた多くの人が関わって。
そうして二年前、大極殿は残るべくして残り、あの竜は大極殿を選んだ」
それがどういうことかというと。
「あの建物自体は、魔法もなにもない巨大な木造建築に過ぎないってこと。
だったら、それを利用しない手はないよね」
『建築:B』を持つフジワラ教授を中心に、自衛隊基地から持ち出したプラスチック爆弾を取り付け、あの建造物を爆破解体した。
極太の柱や巨大な屋根が、ドラゴンに打撃を与えるように計算して。
フジワラ教授のなんとも言えない悲しそうな顔は、しばらく忘れられそうにない。
「総計百八十億円の大打撃。
五メートルサイズの大型生物とはいえ、あのレベルの打撃を食らえばただでは済まないでしょ」
「なんだろう、もはやお金に価値なんてないはずなのに、すごくもったいない気がする……」
ようやく聞こえるようになってきたけど、まだナナちゃんの言葉が少し遠い。
「文明崩壊を生き延びた建物を、僕たち自身の手で破壊した。
もったいないけど、そのぶん、威力は絶大――な、はずだったんだけど」
それでもどうやら足りなかったらしい。
瓦礫の山の中心に、動きがあった。
『く、かかッ、くはははははッ!
愉快、愉快よのう、邪道のォ!!』
がらがらと音を立てて、瓦礫の山から鉤爪の生えた腕が突き出される。
瓦礫をかき分けながら屋根の残骸を掴み、体を引っ張り上げるようにして這い出てきたのは、黒い鱗を持つ竜だ。
翼はひしゃげ、片腕はあらぬ方へ折れ曲がり、角は根元から砕け、口からはぼたぼたと赤黒い血を吐き散らし。
まさに満身創痍といった様相で。
しかし、その黄色い竜眼は爛々と精気に満ちていた。
『感謝するぞ、邪道の……。
あァ、楽しい。楽しいなぁ。
こんなに楽しいのは、いつぶりか……あるいは、生まれて初めてか。
現世に来て、本当に良かった……!』
ぎちりと顔をゆがめて、竜は笑った。
『邪道の将よ。名を名乗れ』
「……マコ」
『否、それは偽りの名だろう。
わしに見抜けぬと思うたか?
真の名を名乗れと言うておる』
真の名。
後ろには工兵部隊や制圧部隊、みんなが控えている。
ここで名乗れば、みんなに聞かれてしまう。
一瞬体が硬くなるけれど、竜が名乗れと言っているのだ。
ここで名乗らなければ、それこそみんなを率いる将として恥だ。
「イコマ。『複製』使いのイコマだよ、古都の竜」
ざわり、と背後でみんながどよめく。
A大村の出身者が多いし、当然だろう。
『かか。イコマか。よい名だ。
――わしはドウマン。
王より古都を預かった呪竜、ドウマンだ』
竜が右手を上げると、瓦礫の隙間からさらさらと煌めく砂が湧き出てきた。
黄金のテレビやリモコンを構成していた砂だろう。
それらの砂はドウマンの足元で渦巻きながら上へと伸びあがり、凝固してひとつの形を取った。
刃渡りだけで三メートルはある、十メートル級の大薙刀だ。
ドウマンは右手だけで黄金の大薙刀を掴み、持ち上げ、振った。
『さて、第二ラウンドだ。貴様らの得物でやってやる。
よもや、屋根の一撃でカタが付くと思っていたわけでもあるまい?』
「いや、そうなればいいとは思っていましたけど」
予想通りの大ダメージで、しかし、予想以上にやる気満々。
ドラゴンという存在は、なるほど、こちらの予想を超えてくる。
「ドウマン、ひとつ問います。
三つ目の問いを――いいですか?」
『構わん。言ってみよ』
「ここで僕らが撤退したら、あなたはどうなります?」
『ボスから撤退すれば、ボスは回復する。
道理であろう?
挑み直せばやり直し、それが遊戯のルールよ』
そりゃそうだ。
諦めたら、最初から。そうだよな。
いや、次からは百八十億円アタックが使えないぶん、最初からより分が悪い。
はあ、とため息が口から漏れる。
仕方がない――ああ、そうだ。
『仕方がない』のも、仕方がない。
僕らはその先にある勝利を望んでいるのだから。
「みんな、正念場だ。
工兵部隊は後退、制圧部隊は前へ。
最後の最後、満を持して――」
ナナちゃんが僕の横で薙刀を構えた。
緊張の面持ちながら、決意に満ちた瞳で竜を見据えている。
「――正攻法だ」
ラストバトルを始めよう。
ここから終わりまで駆け抜けていきますー!




