55 作戦会議
『地球ゲーム化説』――地球はゲームになった、という考え方。
これは真実ではあったけれど、しかし、より正しく言えばこうだった。
地球はゲームにされたのだ、と。
ドラゴンは言った。
ヒトで遊び、ヒトと遊ぶ、と。
本陣の本殿、作戦会議場で円になって座り、僕らは今度こそ最後の作戦会議を行なっていた。
「ヒトをおもちゃ扱いとは、竜が言った通りですけれど、やはり価値観が違うのでしょうね。
キリスト教圏の竜は、しばしば悪魔と同一視されますから。
仏さまの前でする話でもありませんけれど」
「そうでもねえぞ、聖ヤマ女村代表。
仏教関係の説話の竜は確かに神聖視されるものが多いが、ブッダが毒龍を倒したなんて伝説もあるし、その毒龍は西洋竜の概念を指すって説もある。
無関係ってこともねえさ。
……ま、ウチらはブッダじゃねえから倒すのは難しそうだが」
「あら、お詳しいんですのね」
「宗教関係の講義で二単位取ったからな」
レンカちゃんは顎に指を当てるいつものポーズで。
ミワ先輩は険しい顔で腕組みしている。
「『鑑定:B』の兵士では名前も看破できなかったのだろう?
であれば、Aランク以上は確定。
スケ鹿が中ボスだったことも考慮すれば、Sランクである可能性が高い。
現状、戦わずに無視できるのであれば、わざわざ戦う必要はないのではないのかね?
無視して古都に住んでしまうというのは、大胆すぎるかもしれんが」
「それは無理ですよ、フジワラせんせい。
ドラゴンが生きている限りモンスターが増え続け、天変地異にもつながるのであれば、古都だろうが余所であろうが『生きていくこと自体が難しくなる』のは間違いありません」
「ふむ、やはり倒すしかないわけか」
フジワラ教授は神経質そうに髭をこすっている。
アキちゃんはいつも通りクールだけれど、よく見ると少し眉根を寄せて困り顔だ。
「ナナは実際に見てどう思ったん? 勝てそう?」
「人類が五メートルサイズの爬虫類に勝つのに必要なのは、薙刀じゃなくてロケット砲だよ。
正直、スケ鹿があんな感じだったから、ドラゴンもなんとかなるかもって考えてたけど、実物を見ると印象がまるで違う。
尻尾でリモコンを操作し、鉤爪でテレビを摘まめるんだよ?
末端の精密性は人間以上かも。
全力戦闘する私の映像見て『弱い』って判断できるあたり、速度も私より上。
力なんて比べるまでもないよ、あの巨体だもん。
どうやって戦えばいいのかすらわからない」
「うーん……そう聞いたらめちゃ強そうに思えてきたし。
どうしたらいいんだろ……」
ナナちゃん、ヤカモチちゃんも頭をひねって考え中だ。
「イコマ様なら、なにか思いついているのではありませんの?」
「……まあ、いくつか」
「いくつか? さすがだねぇ、マコちゃあん」
「マコちゃんはやめてくださいよ、ミワ先輩」
「お聞きしてもよろしいですの?」
レンカちゃんの問いに頷き、言う。
「そう、例えば、いまナナちゃんが言ったよね。
ロケット砲で戦う相手だって。
だったら、ロケット砲を手に入れてしまえばいい。
古都付近には自衛隊基地があるし、そこで発掘すれば一つくらいは見つかるでしょ。
一つ見つかれば、劣化品だけど僕が増やせるし」
「それだよ、イコマ君!
それならば――」
目を輝かせるフジワラ教授に手のひらを立ててみせる。
これじゃダメなのだ。
「いえ、フジワラ教授。
それで勝てるとは限らない――むしろ望みが薄い案なんですよ。
確かにロケットランチャーがあれば、いまよりマシな戦いはできるでしょう。
だけど、大前提として『僕らよりはるかにマシな戦士』であったはずの自衛隊が、二年前、ドラゴンに敗北しているんです。
そして、たとえ『三つ目の質問』を問わなかったとしても、こちらから攻撃してしまうと、さすがに反撃があるでしょう。
ロケランで倒せなかった場合、今度こそ終わりなんです」
「……そ、そうか。だめなのか、うむ……」
天変地異直後の混乱があったとはいえ、自衛隊はプロだ。
その自衛隊が古都を守れなかった結果が、いまの日本なのである。
「ただ、当時と違うのは、いまのドラゴンたちが『弱体化している』という点です」
「弱体化……? 弱くなってるの?」
「うん。そのはずなんだ」
なぜかといえば。
「二年前、ドラゴンたちは天変地異に地球へのルール追加、そのあとに国家、軍隊との戦闘を行い、疲労から長期の休息に入った――そういう流れだったと、あの竜は言ったよね」
「言ったけど、それがどうかしたの?」
「……ああ、なるほど。
そういうことかい」
ミワ先輩があぐらに頬杖を突いてにんまりと(悪人顔で)笑った。
「その流れのどこで『ダンジョンを作ったのか』ってことだな」
「つまり……どういうことですか、班長」
「アーキぃ、よく考えろっての。
当時の自衛隊や軍隊はダンジョン攻略したと思うか?
ちげえだろ、準備期間もなにもなくいきなりドラゴンと戦闘することになったんだ。
中ボスもなく、扉をあけたりする必要もなく、天変地異の混乱の中で突然にな」
先輩の視線に頷きを返して、続きを引き継ぐ。
「ドラゴンたちは、ゲームを成立させるため、先に軍隊を潰しておきたかったんだ。
戦闘職のいない状態から、人類がどうやってダンジョンを攻略するのか。
やつらはそれを見て楽しみたい。だけど、そうなると軍隊は邪魔だろ。
ということは、順番は『天変地異』『ルール追加』『軍隊との戦闘』、そして『ダンジョンの設置』を行なってから『休息』だったはず。
ダンジョンのない状態での竜は、ボスとしてのルールに縛られない。
当時は神話の竜そのものだったってこと。
だけど、今は攻略を前提にデザインされたダンジョンのボスって型に自らを当てはめている。
大幅に弱体化しているのは間違いないよ」
「ですが、イコマ様。それでは――」
レンカちゃんが目を伏せた。
気持ちはわかる。
「――負けイベだったと、そういうことですのね?
わたくしたちの国家、文明が崩壊させられたのは、この地球で遊ぶための下準備、物語のイントロであったと。
あれだけ多くの人を失った天変地異もなにもかもが、そうであったと」
「……そうだね。まさしく負けイベントだったんだろうと思う」
ひどい話だ。許せない話だ。
ドラゴンたちも相応に消耗したようだけれど、やつらは成し遂げた。
文明は崩壊し、人類は分断され、地球はぶっ壊されてやつらの遊技場になった。
多くの人類を犠牲にして。
「だけど、そう考えれば攻略法の糸口はつかめる。
『ボスエリア』の縛りに加えて、『三つ目の質問』もある。
ドラゴン自身が、自分を弱体化させてるんだ。
あいつ、僕らに言ったよね。
『縛りプレイはやり込みの花だ』って。
あいつ自身が自らに課した縛りこそが、僕らの突くべきポイントなんだよ」
あいつは遊んでいる。
倒されるかどうかのギリギリで、いやおそらく『Sランク相手ならば負ける』くらいのバランスで。
縛りプレイを楽しんでいる。
「絶対にクリアできないゲームはクソゲーだ。
そんなもの、楽しくもなんともない。
デザイナーを自称するなら、そんなバランスにするはずがない」
手元の魔石を転がして、僕は言う。
「そのバランスに穴があることも、スケ鹿で確認済み。
僕らの勝機はそこにある――いや、むしろそこにしかないんだよ。
武器を強化するような正攻法じゃ無理だ。
レベルを上げて物理で殴るようなゴリ押しは、僕らにはできない」
「それじゃ、邪道で行くんだね。
また穴でも掘るの?」
ナナちゃんの言葉に、首を横に振る。
「飛べるかどうかは不明だけど翼があるし、前腕も物を掴める構造だ。
穴に落としても登ってこられる可能性が高い。
第一、五メートル級の生物を落とす穴なんて、大工事だよ。
何か月かかるかわかんないし、難しいと思う」
僕は本殿の天井を見上げた。
巨大な仏さまを収めるために作られた本殿は、天井がとても高い。
たしか、五十メートルくらいあるんだっけか。
大極殿は三十メートルくらいだとパンフレットに書いてあった。
このデカさで木造建築だというのだから、古都を築いた古代の人々はもちろん、失った史跡を復元した現代の人々にも畏敬の念が堪えない。
いつか、僕ら文明崩壊後の人間にも復元できるだろうか。
「では、本命の案が別にありますのね?」
「ある。これしかないって手が、あるにはある」
即答する。
おお、というみんなの声に申し訳なさを感じつつ、僕は言葉を続ける。
「ただ正直、あんまり気が進まないんだ」
「なぜですの?」
少し息を吸って、吐く。
みんなの顔を見渡して、僕は目を伏せた。
「この作戦は――失うものが、とても大きいんだ」
肩がいてえ。




