54 三問答
ドラゴンはリモコンを投げ捨て、テレビを踏みつぶした。
それらはさらさらと砂のように分解され、金銀財宝の山へと溶けて還ってゆく。
あれは魔法――なのか?
『くく。やり方はデザイナー泣かせだが、倒した事実に変わりはない。
低レベルクリアや低ランククリア、縛りプレイはやり込みの花だ。
その卑しき知略を褒めてやるぞ、邪道のサルよ』
邪道のサルとはまた過分なあだ名を頂けたもので。
僕にはイコマという名前があるし、いまはマコちゃんという仮の名もある。
そんな名前はいらないのでお返ししたい。
しかし、それはともかく。
「……よければひとつ、お聞かせ願いたいのですが」
『なんだ? わしは機嫌がいい、ひとつと言わず三つまで答えてやろう。
ただし、質問できるのは邪道のサル、おまえだけ。いいな?』
頷いて、僕は聞いた。
「あなたは――僕ら人類の、敵なんですか?」
『くはは』
と、ドラゴンは人間臭く笑った。
『サルの言葉を解せる相手ならば、話し合いで解決できると期待したか?
違うな、サルの隊長よ。
わしらは竜だ。獣を食い、サルを喰い、星を喰い、そしてそれらの過程すべてを娯楽として遊ぶものだ。
そういう概念なのだよ、竜というものは』
「ですが現状、こうして話し合えています――言葉があるならば、相互理解も」
『言っただろう、娯楽だと。
ヒトで遊び、ヒトと遊ぶ。
そうしてヒトを殺し、わしらもまたヒトに殺される。
伝説、伝承、すべてがそうであろう?
わしも同じだとも。
そして、そんなわしの前で、邪道のサルが口先を回しながらも、しかし脳内ではわしをどうやって殺そうか必死で考えておる――これほど愉快なことがあるか?
くははは! いや、ないな!』
ぎらりと牙をむき、ドラゴンは長い首をかがめて僕と目線をあわせた。
『貴様が会話を長引かせ、後ろ手のサインで仲間を撤退させようとしておるのも知っておる。
だが、見逃そうではないか。邪道のサルよ。
わしはこの古都を預かり、ダンジョンの長を任ぜられた。
シンボルエンカウントはいささかオールド・ファッション過ぎるかとも思ったが、このレトロな街にはよく似合っただろう?
最後までオールド・ファッションに、戦闘も虐殺も問答のあとにしてやろう。
このダンジョンのボスとして、イベントシーンのひとつやふたつ、用意してやらんとなぁ』
なるほど。デザイナー。
つまり、古都を古風なRPGのダンジョンにリメイクしたのは、コイツだ。
顎に手を当てて、しばらく考える。
さきほど、このドラゴンは『SランクもAランクもいないのか』と言った。
デザイナーたる彼が想定していた、本来の討伐難易度はそのレベルである、ということ。
僕ら程度の徒党には簡単に対応できると示したのだ。
であれば、三度の質問権を生かし、なんとしてでもうまくここを切り抜けなければならない。
「……うそかもしれません」
『なんだと?』
「うそをついていない保証がない」
疑問形で話を展開するのはナシだ。
質問と捉えられるのは避けたい。
『はっ。いらぬ心配だな。
竜はうそをつけぬ。
ドラゴンは概念だと言ったろう。
わしらはうそをつけぬし、約束を破ることもできぬ。
ドラゴンが説話にて話す時、それは甘言にて人心を惑わすときに他ならんからな。
悪魔と同じだ。
誘惑はする。試しもする。食い殺すことなどしょっちゅうだ。
だが嘘はつかんし、己に課したルールを破ることもできぬ』
――そういう概念ということか。
なるほどね。
『くく、話し方に気を付けるその健気な努力もまた良い余興よな』
うるせえな。
頭使ってんだから話しかけないでくれ。
ともかく、ええと。
「それでは二つ目の質問ですが。
集団暴走の予兆……モンスターの異常発生と異常行動は、あなたの悪だくみですか?」
『ほう。うまい聞き方をするではないか、邪道の。
そうさな……わしが原因だが、悪だくみではない』
原因であっても、悪だくみではない……?
どういうことだろうか。
聞き返すのは我慢して、黙ってドラゴンの言葉を待つ。
『わしらは二年前、地球を滅ぼすと決めた。
この星を滅ぼして遊ぼう、とな。
そして地球に天変地異を引き起こし、新たなルールを追加した。
それだけでも疲れるというのに、その後、国家や軍隊相手の大暴れだ。
わしらは疲弊しておった。消耗しておった。
だから、寝ることにしたのだ。二年ほどな』
二年――つまり、いまが起きるタイミングだったということか。
『ヒトもまた、疲弊し、消耗しておった。
ヒトで遊べるようになるには、今少しの時間がかかるだろうと、わしらは思った。
ゆえに休息を兼ねて眠って待っておったのだ。
そして起き――貴様らの言う異常が発生したのだろうな。
ドラゴンは概念だが、その大元は自然災害に強力な獣などへの恐怖よ。
わしらが起きれば、ヒトが恐れてやまない獣もまた増える。
道理よな。寝起きゆえ、まだ影響は少ないが。
長く続けば地震や嵐、日照りも起ころう』
……お、起きてるだけで災害を引き起こすのか、こいつら!?
存在が理不尽すぎる……!
たしかに言うとおりだ。話が通じるからといって――仲良くできる相手ではない。
そもそもが『ヒトを害する』概念なのだ。
遊びで人類を虐殺し、遊興のために文明をぶっ壊した。
到底、理解できる相手ではない。
頬を引きつらせる僕に、ドラゴンがにんまりと笑った。
『もう二つ質問をしたな、邪道の。
残り一つ、なにを聞く?
わしの弱点か? それとも命乞いでもしてみるか!?
さあ、最後の質問をするがいい――!!』
ドラゴンがそう言った。
そう、この質問をすれば、戦闘が始まる。
AランクかSランクか、そんな感じの勇士でなければ太刀打ちできない怪物との戦闘が。
なにか質問をしてしまえば、それが最後。
僕も、ナナちゃんも、部隊のみんなも――殺される。
それは避けねばならない。
だから、僕は後ろを向いて精鋭部隊のみんなに笑いかけた。
「よし、それじゃみんな、撤収しよっか!」
『おいコラ貴様ァーッ!?』
「三つ目の質問をしなければ攻撃してこないから安心して!
一回帰って、じっくり作戦会議してからこのトカゲぶっ飛ばそうぜ!」
『この……ッ! 邪道がァ!!
待て、待たんか!!
その選択は面白いが、わしが暇になるではないか!!
もう少し遊んでいけ!! な!?』
無視して撤退した。
自分の課したルールに従わなければならず、嘘もつけない――僕に『戦闘も虐殺も問答のあと』なんて言わなきゃよかったのに。
イベントシーンで一時停止して飯食いに行くやつ。




