53 古都の竜
宮跡突入部隊は精鋭を揃えた。
隊長は『統率:C』を持つ僕。
副隊長はエース・オブ・エースであるナナちゃん。
この一ヶ月半、最前線で戦い続けてきた戦士たちがそろい踏みだ。
突入は朝もやの中で行うことになった。
すべての頂点に妖しい紫色の光が灯った六芒星の正門は、すでに開いている。
透明な壁は消えずに残ったため、この正門だけが唯一の出入り口だ。
ゆっくりと警戒しつつ、中に進む。
入った瞬間に扉が閉まるかも、と不安があったけど、その様子はない。
気を付けて進もう。
宮跡内部の大半は広大な芝生だ。
あまりにも広大なので、鉄道の線路や一般道が内部に通されている。
電車で通ると、居並ぶ建物の群れが突然途切れ、大きな朱塗りの建物がぽつんと建つ光景を目にするのだ。
史跡と共に生きる街。ゆえに、古都。
あの光景を取り戻さねばならない。
本陣史跡の半分崩れた五重塔から双眼鏡で観測していたけれど、芝生の上に動くものはない。
ボスはおろか、スケルトンの一匹すらいないのだ。
となれば、最奥にある大型の神殿型木造史跡、朱塗りの柱が特徴的な大極殿が怪しい。
拾ってきた宮跡のパンフレットの地図と、本陣史跡の五重塔からナナちゃんが撮った写真を見つつ、レンカちゃんが言ったのだ。
「ドラゴンがいるとすれば、大極殿ですわね」
「どっちの? ふたつあるけど」
「一番奥ですの。
こちら、明らかに『崩れていない』でしょう?
二年前の天変地異を受けたというのに、瓦も屋根上の金飾りもキレイに残っているなんて、まるで用意したかのようではありませんか」
今までの中ボスもすべて、寺社史跡にいた。
となれば、大ボスもまたシンボルエンカウントの様式美に従って、いかにも『ボスがいるところ』に居座っていると考えるのが自然だろう。
バスターミナル跡地を越え、宮跡内を通る線路の崩れた踏切を越え、砂利の庭やお堂の廃墟を越えて、精鋭部隊は大極殿へと進む。
なんの妨害もなく、けれど一秒ごとに緊張の度合いを高めつつ、僕らは大極殿に辿り着いた。
静かにたたずむ古代の建築物は、この廃墟だらけの古都で威容を保ち、残っている。
大極殿前の石畳の上で、部隊員たちに向き直った。
「……最後にもう一度、退路の確認をします。
正門以外からは逃げられません。
いま来た道が最短です。
もしも逃げたいヒトがいるならば、いまのうちに逃げてください」
伝えると、みんなが緊張した面持ちで首を横に振った。
覚悟はもう、決まっているのだ。
踵を返し、大極殿へ視線を送る。
「それでは――突入します」
僕とナナちゃんが先頭、そこから数歩の隙間をあけて連合軍の精鋭たちという布陣。
大極殿の階段を上り、朱塗りの柱の間を通って内部に入る。
――そこに、ドラゴンがいた。
黒い体に四足と二枚の翼。
太い尻尾は力強く、鋭い鉤爪が恐ろしい。
頭から生えた鹿角状の枝分かれした角が特徴的だ。
そのドラゴンは、どこから集めてきたのか、板張りの床に金銀財宝の山を築き上げ、埋もれるようにしてうずくまっている。
映画のようで、しかしその質感はどこまでもリアルで、だけど現実とは思えないほど幻想的。
これが、竜か。
なにも言えなくなってしまった僕らに、厳かな低い声がかけられた。
『――我が居城へ辿り着くものがいようとはな』
空間を震わせるような話し方。
ずず、と金銀財宝の山を崩しながら、ドラゴンが後肢で立ち上がった。
意外と小さい。体長は四メートル以上五メートル未満。
黄色い爬虫類同様の縦に割れた眼光は、あまりにとげとげしい。
なによりも恐ろしいポイントは、いまの言葉。
「……話せるんですね、ドラゴンって」
冷や汗をかきつつ言うと、ドラゴンが鼻を鳴らした。
『貴様らとて話せるサルであろうが』
「それはそうですが……僕らはその、人間ですから」
『鳥とて鳴く。虫とて触角を鳴らす。自然なことだ。
サルがしゃべる、竜がしゃべる――なにもおかしくはあるまい?
会話はサルだけの特権だと思うたか?
形式は違えど、コミュニケーションをとる生物などごまんとおろうが。
というか、ほれ、貴様らの伝説の中でも竜は比較的よくしゃべる怪物であるはずだが?』
どうしよう、ものすごく正論で論破されてしまった。
『だが、ふぅむ。なるほど、これは異なこと。
サルにも強い、弱いはあるが……貴様らは弱いサルではないか。
SランクもAランクもゼロ、Bランク複数持ちが一人。
あとは有象無象の兵士とは……わしを舐めておるのか?
その程度でわしを倒せると思うたのか?』
じぃ、と黄色い眼光が蠢き、僕らを看破した。
『鑑定:B』以上は確定――あるいはスキルとか関係なく判定しているのかも。
『その程度の力で、よくもまあ、我が配下たる六天の守護者を倒せたものよ。
あれは我が力を分けた角持つ獣、強力な将であったはずだ。
うむ、興味深いな。見てみるか』
言って、ドラゴンは尻尾の先端を金銀財宝の山に突っ込み、引き抜いた。
その先端が小さな黄金のリモコンを握っている――黄金のリモコン?
なんだそれ。
『寝ておって、リアルタイムを見逃したのは口惜しいが、こういうときのために録画機能をつけておったのだ。
さすがわし、抜かりない。
……む? 画面はどこだ、画面は……』
足元を両手で漁り、今度は鉤爪の先端で摘まむようにして黄金のテレビが引っ張り出された。
なにも言えない僕らの前で、ドラゴンはテレビを床の上にそっと置き、リモコンを向ける。
ケーブルなんてひとつも繋がっていないのに、ぱちん、と音を立ててテレビが付く。
そこに映っていたのは――。
「……僕とナナちゃん?」
「ホントだ。
アレ……たぶんだけど、最初のスケ鹿戦の時の映像じゃない?
鹿視点だから、私たちと戦ってるように見えてる」
『しっ。黙って待てぬのか、サルどもめ』
「あっ、すみません」
ともあれ、映し出されたのは最初の戦闘だ。
正攻法を試したときの遣り取り。
数合打ち合い、刀を折り、しかしスケ鹿が本体だと見抜けず、一度は撤退した。
『ふぅむ。やはり弱いな。
筋は悪くないが、いかんせんスキルランクが低すぎる』
ドラゴンがリモコンを操ってチャプター送りを選択。
次に映ったのは、大自然を眺める鹿の視界だ。
その視界が、ぼご、という鈍い音と共に、土やら建材やらで埋まった。
外部からわあわあという歓声が聞こえ、骨の鳴る音やら油を流し込む様子やらが映し出されたあと、スケ鹿の視界が炎で真っ赤に――。
『……おう』
ドラゴンは無言で再度チャプターを操り、すべてのスケ鹿の視点から、穴に落とされて燃える光景を確認し終えた。
それから僕を半目で見て、巨大な牙の生えた顎を開く。
『……お前さぁ』
「な、なんだその微妙な顔はぁ!」
ドラゴンにまでそんな顔をされるとは思っていなかった。
しかし、微妙な顔をしていたドラゴンは、やがてこらえきれないように口の端を歪め、牙をむき出しにする。
それから。
『ぶはっ! くはははははっ!』
大口を開けて、笑いだす。
ぽかんとする僕らをよそに、ドラゴンは楽しそうに叫んだ。
『素晴らしい!
なかなかによい遊戯相手ではないか!』
ドラゴンさん、入場です。




