52 一歩
古都南西部にある寺社史跡の庭。
そこで六体目のスケ鹿が燃える穴を囲んで、僕ら前線部隊は本陣から持ってきたパンをかじっていた。
星がよく見える、空気の澄んだ夜だ。
達成感が身に染みる。僕らはついにやったのだ。
「いやー、中ボス討伐完了お疲れ様!
今回も過酷な戦いだったけど、乗り越えられたのはみんなのおかげです!
おそらくこれが最後の中ボス、残すところは宮跡だけ。
古都奪還戦争開始から一ヶ月半、みんな本当にありがとう!
不安もあると思うけど、その不安はぜんぶ僕に預けて次に備えましょう!
そう、勝利はもう目前、僕らの手の中にあるといっても過言ではないんですから!」
返事はない。ただ、ぱちぱちと火の粉が跳ねる音が、夜の闇に響いてる。
そして隊員たちは全員、半目で僕を見た。
「……みんなしてなんだよぅ、その微妙な顔は!
あっ、こら! 溜め息を吐くな!」
半目でパンをかじりながら、ナナちゃんが穴を見つめた。
「なんでわざわざここで食べようと思ったの……?
やっぱりお姉さん、ちょっとサイコなとこあるでしょ」
「サイコとは失礼な、むしろ中ボスぜんぶ終わって最高って感じでしょ?
――隊長に向かってなんだその顔は!」
「見てコレ、アヒル口」
「映えを狙うんじゃないよ」
まあいい。
こほん、と咳払いして立ち上がり、両手を打ち鳴らす。
「ともかく、大ボスエリアと目される場所、宮跡の正門が解放されました。
みんな宮跡内部が気になってると思うけど、まずは残りのマス目を制圧するのが先です。
工兵はマス目内の安全確保と、道路の瓦礫撤去を優先してください。
古都内の動線が確保できれば、再開拓は進みますから。
ただ、スケルトン発生源が消えたとはいえ、油断は禁物です。
残党スケルトンとの散発的な戦闘に注意するのはもちろん、古都の外に残っているモンスターが侵入するケースもあるかと思います。
制圧済みのマスであっても、要塞化が終わるまでは決して油断しないように」
周囲、数十人の隊員たちが大きく頷く。
もう見慣れた仲間たち、心強い同志たちだ。
「そのあとが、本番。
大ボス討伐、おそらくドラゴンとの戦いがあると考えられます。
文明の破壊者、人類最大の敵、伝説の怪物――いろいろ呼び名はありますが、やることは変わりません。
退路の確保、偵察と攻略法の確定。
大丈夫、今まで通りにやれば、僕らなら勝てます。
勝てば古都を取り戻せるんです。
……たとえ勝ち方が微妙だとしても。だよね?」
周囲、隊員たちから軽い笑いが漏れる。
僕も笑顔を返しつつ、さらに言う。
「僕はいま、『僕らなら勝てます』と言いました。
ですが、追い込みをかけるため、ひとつ事実を追加しましょうか。
――『僕らは勝たなければなりません』と」
強い言葉だ。
「現在もまだ、古都周辺の野生モンスターが各村の近くで観測されています。
集団暴走の予兆は続いていて、そちらの対処が必要です。
そして、県内の人類は徐々に古都へと移動を始めています。
旧A大村と聖ヤマ女村の連合軍以外、つまり僕らの村以外からも、話を聞きつけた希望移民が古都に向かってきています。
これを聞くと、もう後戻りできないところまで来た、と思う方もいるでしょう。
一大事業が始まろうとして……ううん、もう始まっているんです。
大ボスが倒せるかどうかもわからないのに」
ぱちぱち、と燃え盛る穴の爆ぜる音が、よく聞こえる。
五月も半ばだ。
気温も湿度も上がって、夜でも少し暖かいと感じるくらいになってきた。
「僕とレンカちゃん――聖ヤマ女村代表は、現在こう考察しています。
『集団暴走は宮跡内の存在によって引き起こされる』と。
僕らが開いた扉の向こうにいるものが、果たして本当にドラゴンなのかどうなのか、僕にはわかりません。
いえ、二年前から、なにも本当のことなんてわかっちゃいないんです。
僕にはなにもわからない。みんなもそうでしょう?
この壊れた地球のことなんて、なにひとつわかりゃしない」
少し、笑ってしまう。
スキルやらステータスやら、そんな意味のわからない新しいルールを押し付けられて。
国も政府もなくなって。
よくもまあ、こんな戦争を試みたものだ。
「なにも見えない暗闇の中で、僕らはずっと仕方なく――そう、仕方なく歩き続けてきました。
歩くしかないから、わからないなりに、ただ『こちらが前だ』と思ったほうへ。
だけど、ここに来た僕らにはもう、見えています。
道しるべが、ようやく見えたんです」
僕らがいる古都南西部の寺社の庭。
ここから東に行くと、大きな道がある。
古都の南北を通る巨大な大通り、朱雀の名を冠する道。
その道を北上した先に、門がある。
竜に通じるその門を、僕らは今日、開いた。
思わず握った拳に力が入る。
「宮跡は、最後の一マスになります。
僕らがこの一ヶ月以上、必死に塗りつぶしてきた地図の最後のマス。
後戻りできないんじゃないんです。
僕らはやっと、戻れるんです。
二年前失った場所に。
理不尽に追い出されてしまった家に。
もちろん、いきなりとはいきませんけれど。
世界はやっぱりぶっ壊れてて、元通りになるまでどれくらいかかるか、本当に戻るのかもわかりません。
でも、ようやく、一歩目を踏もうとしています。
帰り道の一歩目を歩こうと、足を踏み出しているんです。
ようやく――ようやく、戻れるんです」
握りしめた拳を胸に当てる。
革製防具の上で、ぎゅっと強く握りしめる。
「戻りましょう。
取り戻しましょう。
僕らにしかできないことです。
僕らにしか踏めない一歩が、あるんです」
は、と一度深い呼吸を入れる。
熱い吐息がこぼれる。
高まっている。
昂っても、いる。
「勝たねばなりません。それは事実です。
だけど、それだけじゃない。
ようやく歩き出せるんです。
この壊れた地球の上で、一歩目を」
ナナちゃんが小さく微笑んで、胸のカメラを僕に向ける。
こんなシーンを撮影されているのは少し気恥ずかしいけれど、僕は拳を空へと突き上げた。
「古都を取り戻す最後の戦いに!
そして、地球を取り戻す最初の戦いに!
気合い入れて、歩いていきましょうっ!」
おうっ! と良い応答が空へと上がっていく。
僕と同じように固く握られたいくつもの拳が、星空に向いていた。
次回、ついに宮跡突入です。
ラストバトルだー!




