51 宮跡と魔力
古都奪還戦争開始から、はや一ヶ月が過ぎた。
じりじりと夏の気配が近づいてきている。
魔石によって体力、耐久力、自然治癒力の上がったナナちゃんは今まで以上に活躍した。
タフネスの向上による継戦力の増加は効果絶大で、ナナちゃんが戦場に立つ時間が増えれば、それだけで制圧速度が上がる。
レンカちゃん曰く、
「DPSが上がったようなものですわね」
とのこと。言い得て妙だ。
ナナちゃんに魔石を使用したのは正解だったと安堵する。
制圧が終わったマス、特に討伐済みの中ボスマスの周囲四百マスはもはや本陣より安全と言っても過言ではない。
聖ヤマ女村旧市街地の仮設キャンプからフジワラ教授たち建築担当を招き、すでに再開拓を開始している。
「いやはや。また古都に……この街に住めるとはねぇ」
と、フジワラ教授は静かに涙をぬぐっていた。
いまはまだ廃墟だけれど、開拓が進めば街になり、かつての賑わいを取り戻す。
文明をこの手に取り戻すのだと、教授は泣きながら笑っていた。
現在、僕ら本隊は北西部を攻略中。
古都の東半分はすでに制圧済みで、その過程でさらに三体の中ボスを追加で撃破している。
すべてスケ鹿だった。
中ボスはすべてスケ鹿なのかも。
生み出すスケルトンリーダーに違いはあったけれど(槍使い、ハンマー使い、鎖鎌使い)、どれも寺院史跡の庭に陣取っていたため、これ幸いと穴を掘ってハメた。
工兵たちも穴掘りにすっかり慣れたし、僕も微妙な顔で見られるのに慣れた。
なんだよぅ。
古都の建設会社廃墟から発掘した道具も加わり、今では三日もあれば五十メートル掘り抜けるまでになった。
これが効率化である。
ちなみに、案の定ドロップした魔石三つは、今回は保留という形で僕が預かっている。
どちらもBランク。
『統率』や『傷舐め』に強化が必要であれば使う予定だ。
しかし、問題はまだ残っている。
「モンスター増加ですが、いまだに減少傾向が見受けられません。
むしろ、少しずつ増えているのでは、と懸念があります」
本陣本殿の仏さま前でアキちゃんの報告を受け取り、目を閉じる。
目下、一番胃が痛い問題は、これだ。
「中ボス倒したし、少しくらいマシになるんじゃないかと思ったんだけど」
「古都からスケルトンが溢れて、それらが周囲のモンスターを追いやったと考えていたのですが――違うのでしょうか」
首を縦に振る。
おそらく、原因は骨ではない。
「前線での体感だけど、そもそもあいつら、古都から溢れてないと思う。
古都内部での上限数が決まっていて、古都から出てこないなら、外へ影響を与えること自体がないんだ」
つまり、スケルトンは直接の原因ではない可能性が高い。
「では、先輩はなにが原因だとお考えですか」
「……たぶん、中ボスじゃなくて大ボス。
宮跡、まだ入れないから確定じゃないけどね」
宮跡――読んで字のごとく、宮殿の史跡だ。
往古、一千年以上も前の時代、皇が住み、政を行なっていた場所である。
古都のど真ん中を南北に突っ切る大きな道の、北の果て。
北部中央の大部分を占めるその史跡。
そこに大ボスがいると、僕らは考えている。
もっとも、僕らはまだその内部を見ることができていないけれど。
隣接マスまで制圧したけれど、宮跡全体を透明な壁――いかにも魔法って感じだ――が覆っており、入り込めないのだ。
魔法があるのだから、こういう結界的なモノもあるだろうと思っていたけれど、実際に見ると「おお……バリアだ……!」と無駄にテンションが上がった。
ちなみに、上からはもちろん下から穴を掘って侵入、というのも試したけれど、すべて失敗に終わった。
どうやら球形の『壁』らしく、地中にも透明な壁が斜めに展開していたからだ。
そして、宮跡の正門には六芒星型の紋章が浮き上がっていた。
その頂点四つが紫色に妖しく光っている。
ゲーム的に考えるのであれば、ギミックで開くタイプの門だろう。
ご丁寧なことだ。
正門の六芒星発見時に点灯していた頂点は二つ。
それから二体を討伐し、さらに追加で二点が点灯。
つまり、討伐した中ボスの数だけ六芒星の頂点が灯るのだ。
『中ボスを全部倒したら開く扉』形式の可能性が高く、であれば中には古都ダンジョンの大ボス、つまり竜種がいると見るのが自然だろう。
「もしも、集団暴走の原因が宮跡にあるとすれば、宮跡を開いて攻略・制圧しないと解決したとは言えない。
仮設キャンプからも不満の声が上がり始めているし、本格的に夏が来る前になんとかしないと」
決意を新たにして拳を握ると、アキちゃんが微笑んだ。
「ご武運を、マコちゃん先輩」
「キミまで僕をマコちゃんと呼ぶんだね、アキちゃん」
「お嫌でしたら『デニール大明神』と。
……そのタイツ、そろそろ暑くないですか?
生足を所望する部隊員も多いのでは?」
「しょうがないじゃん、濃いのじゃないとすね毛が透けるんだからさぁ」
足の毛の処理は行なっているけれど、どうにもならない部分が多い。
ていうか、僕もう一ヶ月も女装で生活しているのか。
最近ナチュラルに女座りとかするようになっちゃった自分が怖い。
なおさら早急に古都を奪還し終わらないと、本当に女の子になってしまう。
「ちなみに私はバリタチです。
ワンチャンを感じています」
「いきなりなんのカミングアウトしてんだ、勝手にチャンスを感じるな」
アキちゃんの僕を見る視線――じっとりと湿っぽい狩猟者の瞳が怖いので、本陣から最前線へと飛んで帰った。
さっさと終わらせよう、マジで。
●
ついに魔法を使うスケルトンリーダーが現れた。
北西部の中ボスマスに、そいつはいた。
スケ鹿に乗り、ボスエリアに入り込んだものに遠慮容赦なくバスケットボール大の火球をぶつけてくる。
両手の指骨を組み合わせ、陰陽師が印を切るように動かして火球を生み出す様子は、幻想的ですらあった。
威力はかなり大きく、試しにボスエリアに一歩踏み込んでライオットシールドで受けてみたところ、盾を構えた僕の体ごとを大きく吹き飛ばしてしまうほどである。
ちなみにボスエリアはいつもと変わらず半径五十メートルの円形で、場所は寺社史跡の庭、砂利の上だった。
せっかく遠距離攻撃を使えるというのに、このスケルトンもまた、狭い円形エリアの外には反応しなかったのである。
「……あの、みんな、その『またか』みたいな顔はやめない?」
工兵たちが微妙な顔で「はいはい」とか言いつつスコップを構える。
なんだよぅ。いいじゃんか、無事に終わるんだからさぁ。
頭蓋残しによるスケルトン発生の抑制、落とし穴による本体スケ鹿の討伐はこれまでの四回と同じ。
だけど、今回のスケルトンリーダーは魔法使い。
慎重に行かねばならない――と思って挑んだら、ナナちゃんがあっさり首を切り落としてしまった。
スケ鹿の落ちた穴の傍から放たれた火球を二回ほど華麗に避けつつ駆け寄り、スパッと一撃。
あまりに鮮やかな手腕で、終わってからみんなで「えっ」と疑問符を飛ばしてしまったくらいだ。
「いやだって、火球前には必ず手を切るんだから、予備動作が丸見えだし。
速度は弓矢よりずっと遅いし。
近接武術は使えないみたいだから、近づけば隙だらけだし。
私的にはむしろ楽だったというか……その、なんでみんなそんな微妙な顔で見るの!」
なるほど、こういう気持ちか。
楽に終わって嬉しいし、安全に終わって安心する。
だけど、覚悟とか情緒とかをさらっと超えて終わってしまうのはこう、微妙な顔になっても致し方ないね。
ともあれ、スケ鹿を燃やしながら周辺制圧。
ついでにスケルトンリーダーの頭に触れて『複製』を使用してみたところ、『炎魔法:C』を獲得できた。
やったぜ、と思ったのもつかの間、獲得したスキルの詳細を把握して、がっかりする。
「……どうやら魔法スキルの行使には魔力が必要らしいよ」
「つまり?」
「魔力のない僕には使えません。
……なんだよぅ、その微妙な顔は!
さすがにコレは僕のせいじゃないぞ!?」
ナナちゃんに触れて『スピード強化:C』を再獲得し、残念だけれど『炎魔法:C』は消去。
使用できる当てがない以上、持っていても枠の無駄だ。
しかし、魔力。魔力かぁ……。
どうすれば鍛えられるのだろうか。
中学生時代は毎日破道の九十九を詠唱していた僕だけれど、あれは修行に含まれませんか。
「女子力は日ごとに上がってるけどね。
お姉さん、もうぜったい私より化粧上手いよ。
そんなに化粧上達してどうすんの?
次は逆ハーレムでも作んの?」
やかましい。
ちょい駆け足ですが、次回からが戦争終結のラストバトル、ボス戦です。
たぶんそこから濃いめです。
楽しんでいただければなによりです。