50 魔石
中ボス討伐の影響は大きかった。
スケルトンが消えたのだ。
さすがに古都全域からではないけれど、古都北東、数で言えば四百マス近い範囲でスケルトンが消滅した。
その範囲が中ボスであるスケ鹿の『支配域』だったのだろう。
発生源を討伐したことで、その範囲内のスケルトンも消えた、と僕らは考えている。
現在、急ピッチで制圧、安全確保とバリケード敷設を行なっているところだけれど、僕はまたしてもナナちゃんに怒られ、今度は一緒に本陣に帰ってきた。
トンネル開通作業中、一度しか本陣に戻らなかったから、そのお色直しというのもあるけど、一番の目的は中ボスのドロップ品を持ち帰るためである。
今朝、スケ鹿が燃え尽きた穴を調査していると、それが落ちていた。
拳大の黒くて丸い、宝石のようにも見える石。
現在、レンカちゃん、ヤカモチちゃん、そして仏さまの前で検分中である。
「『鑑定』での鑑定結果が『魔石』でしたのね。
魔石と来ましたか、ベタですわねぇ」
「透かして見ると、中に黒いもやもやが見えんね。
つまりコレが魔力ってことだし?」
興味津々である。
もちろん、その効果は『鑑定』で判別済みだ。
「一人用の消費アイテムだとさ。
割って、中のもやを吸うことで、スキルひとつのランクを一段階上げられるらしい」
「まあ! それはなんと……!」
「いや強くね!?」
二人が驚くのはわかる。
驚異的な効果だ。
『鑑定』スキルを使った工兵も、慌てて僕に報告してくれた。
そして、『地球ゲーム化説』の裏付けにもなる。
ダンジョン攻略の報酬がスキルのランクアップとは、いかにもゲーム的な発想じゃないか。
「カグヤ様に使うとどうなるんでしょうね、これ。
やっぱりSランクとかになるのでしょうか」
「いやいや、使うならイコマっちの『複製』っしょ!
ランクAの『複製』なら、それこそBランクスキルを劣化なしで複製だってできちゃうかも……!
そしたら無敵じゃん、無敵!」
「ヤカモチ的には『傷舐め』をランクアップしてぺろテクを向上してもらったほうが嬉しいんじゃありませんの?」
ぺろテクってなんだよ。
「ちょっとレンカ!?
アタシ、別に舐められたいわけじゃないし!?
……ま、まあその、イコマっちがどうしても舐めたいっていうなら、やぶさかではないというか、仕方ないなって思うけどぉ……」
「しっかりぺろ堕ちしていますわね……!」
ぺろ堕ちってなんだよ。
テンションが高い女子たちに、僕は咳払いをする。
残念ながら、そうパーフェクトなアイテムでもない。
「この魔石のランクはBなんだ。
で、結論から言うと……Bランクスキルには使えないみたい。
最高でもCランクスキルをBランクにあげるだけだってさ」
途端に二人のテンションが下がった。
「……あら、あら。
それでも十分強力ではありますけれど……」
「……Bランクかぁ。
強いけど、Bランク……うーん、悩ましい……」
そう。
たとえばナナちゃん。Bランクスキルを二つ所持している。
Bランク複数持ちはかなり希少で、他にはレイジくらいしか見たことがない。
だけど、一個所持しているヒトなら守護班のアキちゃんがいるし、僕の『複製』だってBランクだ。
Bランク持ちはけっこうざらにいる。
「ナナちゃんは、ヤカモチちゃんの『予見:C』に使ったらどうかって。
予見の精度が上がれば、古都攻略に役立つはずだってね」
「あー……いや、アタシはナナの『タフネス強化:C』に使うべきだと思うし。
『予見:B』がどれほどの未来を見通せるのは未知数だし、役立つかどうかは不確定だけど、Bランク三つ持ちの戦士はぜったい役に立つっしょ」
「スケルトン消滅範囲から考えますと、他にも中ボスが存在する可能性は非常に高いですの。
それらの中ボスも魔石を落とすと考えれば、あといくつか確保できると考えるべきでしょう。
であれば、今回限りの消耗品だと割り切って、イコマ様の『統率』か『傷舐め』あるいは生存率向上のために『タフネス強化』に使うのもアリではないかと」
「……うーん、どうしたらいいのかなぁ」
難しいところである。
僕の複製した『統率』等のCランクスキルをBランクに上げれば便利ではあるだろう。
だけど、『複製』の強みは「最大五個のスキルを状況にあわせて自由につけ外しができる万能性」にある。
であれば、軽々にスキルのランクを上げてしまうのはもったいなく見えてしまう。
ホント、どうしたものかなぁ……。
「あの、ちなみにですけれど、その魔石は『複製』できませんの?」
「無理だった。たぶんカテゴリーが違うんだと思う」
僕がこれまで複製できなかったものは、極端に大きいものや、持ち上げることが困難なもの――家とか山とか――だ。
この魔石はどちらでもないけれど、だからこそ『別の種類のモノ』だと思う。
例えるならば、『アイテム』欄ではなく『だいじなもの』欄にあるような道具なのだろう。
「ちなみにミワ様はどう言っていらっしゃいますの?
本陣におけるA大村の代表として、なにか意見があったのでしょう?」
先んじて本陣守護の伽藍で相談したとき、ミワ先輩の返答は至極シンプルだった。
「めちゃくちゃ嫌そうな顔で『任せる』って言ってたよ。
できればトラブルにならないよう、前線の貢献者である僕ら――僕かナナちゃんか、さっさとどっちかに使ってほしいとは言っていたけど」
「トラブル……そうですわね。自分に使いたいひとが、たくさんいることでしょうし」
「そりゃま、普通は奪い合いになるか……」
困った石である。
「……イコマ様的にはどうですの?」
「保留しておいて、ケースバイケースで使いたいと思っていたんだけど、トラブルになる前に使うなら……ナナちゃんかなぁ」
レンカちゃんが言った通り、中ボスはおそらく他にも存在する。
スケルトン消滅範囲がどうこう、というのももちろんあるけれど。
「まだ見てないんだよね。魔法を使うスケルトン上位種」
強敵がいるはずだ。
巨刀を持つスケルトンリーダーはナナちゃんの薙刀で対応可能だったけれど、他のボスもそうだとは限らない。
であれば、最前線で戦う戦士たち、とくに強敵相手に出張ることになるエース・オブ・エース、ナナちゃんに使うのが最適だろう。
「じゃあそうしましょう」
「うん、それがいいっしょ」
「いや軽っ! そんなんでいいの!?」
「いいに決まっているでしょう、イコマ様。
あなたは将であり、その石を勝ち取った本人なのですから」
「イコマっちを信じて戦うと決めたんだから、みんなその判断なら文句も言わないし?」
そんな風に真正面から言われると、悩み続けるわけにもいかなくなる。
ナナちゃんに使ってもらうことにしよう。
「次以降の魔石もマコ様預かりにすると明言しておくべきかと思いますわ。
無用な混乱を避けるためにも」
「それから、その……『傷舐め:C』をランクアップさせたら、念のため教えてほしいかな。
うん、あの、やましい理由はないんだけどさ。
いちおうね、やっぱりほら、第一人者としてね?」
第一人者ってなんだよ。
「他のヒトが使う前に使用感を確かめておきたいっていうか……」
使用感ってなんだよ。僕の舌だぞ。
呆れていると、赤い顔でそんなことを言うヤカモチちゃんのうしろに、簡易シャワーから帰ってきたナナちゃんが音もなくそっと寄りそった。
「ね、慣れたら癖になるって言ったでしょ?」
「な、ナナっ!? いつの間に――違う、違うかんね!?」
「大丈夫、わかってるよヤカモチ。
いまは私の方が挑戦者、だけどいつか奪い取るからね。
せいぜい第一人者の席にあぐらを掻いて座っているがいい……!」
「なんで競技みたいになってんの!?」
「第二回お兄さんにぺろぺろされるヒト選手権大会連覇は絶対に阻止する!」
第一回を開催したことすらねえのに第二回を予定するな。
そんな大会の開催、僕が阻止するわ。
ナナちゃんが魔石を使うと、
『薙刀術:B』
『タフネス強化:B』
『スピード強化:B』
となります。
Bランクスキルが並ぶと壮観ですね。
次回はどんどん中ボスをアレしていきつつ、古都攻略のゴール提示です。




